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シュマギナール皇国編

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ギルドについて、まずエルマーがしたことは達成報告だ。以前担当してくれていた利発そうな男性スタッフは、扉を開けて入ってきたエルマー達三人の姿を見ると、立ち上がって出迎えた。

「随分遅い報告ですが、何かございましたか?ダラス様から依頼は成されたとご報告がなければ忘れているところでした。」

ニッコリと嫌味を言うと、ムスッとした顔でサジが前に出る。エルマーは苦笑いしながらその手首を掴み後ろに下がらせれば、身構えた受付の男は腰に差した得物から手を離した。

「すまん、熱出て寝込んでたんだわ。」
「熱…それは、なんとも。」

まさか達成報告ができなかった理由が風邪だったとは。確かに内面の病気はよほどの治癒術者でないと治らない。バツが悪そうに眼鏡のブリッジを上げると、なんとも言えない顔でエルマーを見た。

「ナナシのかぜ、えるがもらってくりた。だからおこるするの、ナナシにしてぇ…」
「風邪をもらう?」
「よーしよしよしナナシはそれ以上言わんでいいからなあ。うん、ほら討伐した部位もあるから裏行こう。でけえんだわ。」

がしりと肩を掴むと、そのまま男の背を押してギルドの買い取りカウンター横にある裏口に向かう。押されるがままに無理やり連れてこられた男は、むすくれながらも依頼書を取り出した。
エルマーにしっかりと掴まれた肩が痛い。一体どんな力だと思いながら振り払うと、取り繕うように肩の埃を払う。

「ええ、まず討伐した証明に部位の掲示を。この魔物は大きいものなので、その一部で構いません。首のない魔物なので足でも尾でも。」
「おう、なら顔で。」

顔?と訝しげに見つめた。首が無いと言っているのに、なんで顔が出てくるんだ。口にはしないが、そう思っているというわかりやすい表情で見つめると、エルマーがインベントリから取り出した四つ切の肉塊を見て、目を見開いた。

「ひ、っ…う、うわああ!!」
「うわうるせえ、びびんなっての。もう死んでんだからよ。」

ズルリと取り出した四つ切のそれは、切り取った顔が大き過ぎて入らなかったからという理由で、エルマーが切断したものだった。日の当たるところで見るとたしかに不気味だ。緑色の鱗状のなにかに覆われた皮膚が特に。
エルマーは四つ切のそれをきちんと顔に見えるように並べると、インベントリから魔石だった石を取り出した。

「な、な、なんですかそのグロいのは!!」
「だからあ、あの化け物だって。首の根本らへんに顔が生えてたんだよ。あと、これ火葬してやれ。」
「か、火葬…?」
「ダラスんとこの孤児が一人いなくなったらしい。多分こいつだから。」

エルマーは読めない表情で言うと、腰に抱きついて顔を脇腹に埋めているナナシの頭を撫でた。
ジルバの言う魔女の人体実験の犠牲者だ。なんの罪のない孤児が巻き込まれた。知らなかったとはいえ、手を下したエルマーは少なからず思うところがあったらしい。
男は慌てて捜索依頼の控えのページをめくると、たしかにダラスが管理する孤児院に在籍する男児の捜索依頼が出されていた。
動揺を取り繕うかのように眼鏡のブリッジを指で押し上げる。そして、己の目の前に晒された、孤児だったものに目を向けた。
この男が持ってきた俄には信じ難い事実を、追求するというのもなかなかに恐ろしい。男は渋い顔をすると、ゆっくりと口を開いた。

「魔物になった人間は、もう戻れません。今回は討伐依頼と捜索依頼。その二つで受理します。ちなみにその魔物が孤児院の子だという証明はありますか。」
「無い。けどその魔物の皮膚片調べりゃでてくるだろ。まあ、ジルバが言ってたっつー方が的確?」
「ああ、ジルバ…影の魔女ですか。たしかに…」

ジルバは、末路を見る事もできるのだ。死期の近いもののその末路を。影の魔女として、名前持ちとなったジルバが守る神は夜の女王だ。冥府を司る彼女は、半魔のジルバをその配下に置くことで、その力を与えた。
ジルバが持つ本は、末路が決まっている善良な者たちには安らかな眠りを、業が深い者はその手で苦しみを与えるためのリストが載っている。
魔女の中でもサジと対をなすジルバは、執行人として多くの同胞から恐れられている。人間にも魔物にも、魔女にもだ。
まあ本人は楽でいいと言ってはいたが、彼なりの苦労もあったに違いない。だからあんな性格になったのだろう。

「そういえば、そのジルバさんからあなた宛の指名依頼が来ています。」
「あー、やらないっつっといて。」
「残念ですがやるようにと。そしてエルマーならやるだろうからと代筆で受理がなされてます。ジルバ氏の先見でしょうか。」
「そんな先見あってたまるかァ!!てかなんで俺だぁあ、…、もしかして土か?」

素材接ぎ専門のスタッフが、エルマー達の横で真っ青な顔をして討伐部位を運んでいる。
エルマーは、気にも留めずに男が持っていた依頼を横からかっさらう。その内容は、やはり予想通り例の土の出処について調べてほしいとの依頼で間違いはなかった。勿論同胞狩りはジルバがするだろう。となればエルマーは残された正体不明の魔物を狩ればいいのか。

エルマーは眉を寄せながら読み込んでいくと、出立前に必ず住処へ立ち寄るようにと書いてある。心底面倒くさい。報酬は応相談と書かれてあり、よくこんなんで依頼を出したなと思ったが、まあ今更やる事もない、気は乗らないが仕方なく、本当に不本意にその依頼を受けることにした。

「なんだ、結局受けるのか。」
「まあな。やることねえし、暇つぶしに。」
「ふふ、まさかあのジルバが、報酬は応相談とは。よほど無理じゃなければ受けてくれるぞ。」
「無理ってなんだよ。死んだら生き返らせるとかか?」
「サジはあいつがどこまで出来るのかは知らんが、仮死薬なら暇潰しに作っていたぞ。」

やりかねん。あいつなら遊び半分で恐ろしい薬を作りそうだと、エルマーは引きつり笑みを浮かべる。男はムスッとしながら腕を組んで見つめていた。やるのかやらないのか、はっきりしろという目だ。どうしてこう、エルマーを担当する奴らは後も揃って無愛想なのか。

「はぁ。ジルバんとこいってくる。」
「では、そのように。報酬は」
「あーいらね、その金で弔ってやってくれ。」
「…承りました。」

エルマーが手を振りあしらうと、男が素材接ぎ専門のスタッフを呼び戻して手配をすすめる。
ナナシはなんだか先程から大人しく、エルマーの腰に抱きついたまましょんもりとしていた。

売られて奴隷落ちをした自分と、年嵩の変わらない犠牲者の孤児。顔は知らないが、心無い大人達から怖い目にあってきたナナシは、そんな死に方があるということに衝撃を受けていた。

「ナナシ?」
「うぅ、」

ナナシをくっつけたまま、エルマーは歩きにくそうにしていたが、引き剥がしはしなかった。その優しさに甘えて、自分の中の気持ちの整理に必死になってしまう。
エルマーとサジは、戦争で沢山の可哀想な子供も見てきた。だからこそこういったものは仕方がないで割り切る。そういう大人になったともいう。
ナナシは駄目だった。消化しきれなくて、自分がそんな目にあったらと考えて、その孤児に対して比較してしまった自身のやましさに気がついてまた落ち込んだ。

結局、エルマーは何も聞かずにナナシを抱き上げると、あやす様に背中を撫でた。
しがみつくエルマーの首筋に擦り寄りながら、突然いなくなる死という可能性に怯える。
いやだった。想像して、ぐすりと鼻を啜る。
ギンイロがぺしょぺしょとナナシの顔を舐めるのをそのままに、ちょっとだけ泣いた。



「きたか。」

相変わらず染みだらけの砂壁に体を突っ込むという、少しだけ微妙な気持ちになる行為をしなくてはならない。エルマーは、こいつの人を不快にさせる嫌がらせは、もはや趣味の範囲だと思っている。

「気分的にさあ、すげえやなんだけどぉ。」
「魔女らしくていいだろう。それに、お前が嫌がっていたんだぞ。墓に入るというのを。」

そうだった。
以前、とはいえども数年前だが。ジルバと知り合ったばかりの頃の魔女の家への入り口は、自分の名前が刻んである墓のようなモニュメントだったのだ。
殺害予告かと身構えたが、笑顔で嫌がらせだと言われてシンプルに苛立ったのを思い出す。
まあそれと比べると確かにマシだが、比べるものがあんなものでは比較にもならない気もしてくる。

「何だ、お前の大切はご機嫌ななめか。」
「そっとしといてくれ。なんか落ち込んでんだわ。」

ジルバがエルマーの首にしがみつくナナシを見て、おや?と眉を上げる。一方でサジの頭の上はというと、ナナシと同じく落ち込んだギンイロが帽子のように陣取っている。不遜な顔で腕を組み、ムスッとした顔で佇むサジの顔は、不本意ながら渋々受け入れているといった具合である。

「おい、いつまで落ち込んでいる。何が嫌なのかはっきりしろ。ナナシがエルマーに泣き付くから、サジがエルマーのところに行けないではないか!」
「お前のがお兄ちゃんなんだから我慢しろよなぁ。」
「うむ、我欲を優先させるその魔女らしきふてぶてしさは相変わらずだな。」

サジの声に余計にしがみつく力を強めたナナシは、どうやらエルマーを譲る気はないらしい。小さなお手々でしっかりと服を握りしめる薄い背を撫でながら、エルマーは溜め息一つ。思えば最近は溜め息しか吐いていない。このままでは幸せが逃げそうだなと考えながら、本題に入れとジルバに依頼を受けた証の書類を見せつけた。

「で。本題は。」
「ああ、そうだった。」

ジルバはまるで今思い出したと言うような演技じみた表情をとると、影がシュルリと伸びて一冊の本とツルリとした結晶を取り出した。

「いわずもがな。」

ことりと置いた魔石は、先日ナナシが取り込んだ純度の高い聖属性の魔石だ。
エルマーはそれを見て嫌な顔をする。ああなるとわかっていて敢えてナナシに手渡したそれは、無事だったとはいえエルマーにとってはトラウマものである。
倒れたナナシを見たことで押えきれぬ怒りが勝り、本気でジルバを殺しにかかったのだ。しかしジルバ自身はまるで気にしていないという余裕すら見せつけており、そこも何だか気に食わない理由でもあった。

「これは俺が手に入れた聖属性の魔石だが、これについてある実験をした。」
「実験?」
「リストに載っていた馬鹿者を一人処理したのだが、そいつはとある教会関係者でな。命乞いをしてきたから、試しにこいつを持たせてみた。」

とんとん、と魔石を指で突く。ジルバは悪行を行ったその男が聖属性を持っていると知ると、それはもう大人気なく燥いだという。
知ることが好きなジルバは、このわけのわからない魔石を調べるために片っ端から人体実験と称して様々な犯罪者に持たせていった。属性をもつ者に魔石を持たせて、反応が無ければ首を飛ばす。
こんな軽い石ころ一つで拘束され、瞬きの間にその生が終わるというのは、ある意味どんな死刑よりも怖いだろう。
これが自身の闇属性を打ち消したため、聖属性だということがわかってからは、ずっとその聖属性のものを探していたという。

「それで持たせた。通常なら反応するはずが、何も起きなかったのだ。」

魔石と属性は反応する。手に持たせると淡く光るのだ。それすらもなかった。
遊び半分で他属性の奴らに持たせていたのは、その魔石が虹色の光沢を持っていたからだ。
万が一すべての属性に反応するようであれば、これは大発見で、ジルバはこの魔石を表に出さずにしまい込んでしまおうと思っていたらしい。
だけれど、肝心の聖属性持ちですら反応しないのだ。これではただの空魔石同然である。

そこで小耳に挟んだのが、ギルドでの一件だった。

「ナナシが聖水晶を割ったと聞いて、もしかしたらと思ってはいたのだ。まあ、こちらから出向くまでもなくサジが連れてきたのは偶然だったが。」
「テメェ、この間のは実験か?俺はまだ許してねえからな。」
「吠えるな。まあ、いいものは見られたがな。」

ニヤリと悪く微笑む。

「つまり、この魔石はナナシにしか反応しなかった。ということだな。」
「…いやだ。お前またそれをナナシに飲めって言ってんだろう。」
「おそらくこの魔石の魔力を取り込んだから大きな変化が起きたのだろう。自分が一番わかっているよな、ナナシよ。」

ぎゅう、とエルマーの服の裾を握る。あの暖かな魔力が、まるで乾いた体に浸透するかの様に内側に広がった感覚は覚えている。
ナナシは怯えながらも、ジルバの問いに応えるかのようにゆっくりと顔をあげると、小さく頷いた。

「おまえは、あの一つの魔石だけで治癒術を施した。あの中にある純度の高い魔力を取り込んでな。」
「そんなわけわかんねえもん、取り込まなくていい。」
「エルマー、これはもう実験ではない。取り込んで力が使えるようになったということは、いわば無くしたものが還ってきたと考えてもいい。そうだろう、ナナシ。」

ナナシの目は揺らぐ。よくわからない魔物から取れた魔石が、自分の糧になるというのは、まるで自分が人間ではないと言われたかのようだと思ったからだ。
しかし、満たされたというあの感覚を思い出すと、幸福感がその身を包むのだ。失ったものを取り戻したと言ってもいい。確かにあのときのナナシの体は、震えるほどに喜んだ。

「ナナシ、にんげんじゃないの…?」
「それは俺にもわからん。だが、違うとも言い切れない。人は魔石から魔力を取り込むことはないからな。」
「じゃあ、やだ。ナナシは、エルマーとおそろいがいい…」
「そうか。」

ぎゅっと抱きついたまま、悲しそうな目の色でそう呟く。ナナシは全部、一緒がいい。たとえこれが一種の擦り込みだとしても、ナナシはエルマーと全部同じが良かった。

「ならば、この魔石は預けておく。いずれ使うだろうしな。」

尖った歯を見せつけて意地悪く笑うと、あの時のようにその石をふわりと浮かせる。
無言で睨みつけていたエルマーがそれを受け取ると、乱暴にインベントリの中に突っ込んだ。

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