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ドリアズ編

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「うっっっわ。」
「ふわぁ…かぁいい…」

ギルド、『魅惑の風車』は王都からの出張所的な規模の大きさに対して、それはもう内装がアレだった。

「空魔石の…シャンデリア…貴族が仕切ってんのかここは…」
「えるぅ、あぇ。」

メルヘンな外装に違わぬ内装である。ナナシは壁紙に描かれていた白い花をみて、自分の摘んだものとお揃いだと喜ぶ。そんな無垢な様子に癒やされる。
しかし、ナナシはこの内装がお気に入りかもしれないが、エルマーはさっさと出ていきたい。無言でナナシの細い手を握りながら、換金所であろう窓口に一直線に向かった。

「なぁ、これかえてほしいんだけどいいかな。」
「あ、はい。ギルドカードはお持ちですか。」
「ん。」

受付嬢に声をかけ、エルマーがインベントリから取り出したのは、ナナシが漏らしたくらいデカいボアの討伐証明部位と切り分けた肉塊だ。そして、まだカウンターにはスペースがあると思ったらしい。エルマーはそこからさらに、ブロブと呼ばれる沼地に生息する鞠のような体の魚型の魔物の氷付け、女王蜘蛛の冠に、雪原魔狼の氷の牙など、おおよそ駆け出しの冒険者が狩るには手厳しい上位種の魔物の討伐証明部位を、それはもう片っ端からドサドサとインべントリから取り出していく。

エルマーは面倒くさがりなので、換金するなら一気にがモットーだ。それにインベントリだって無限ではない。ずっと使わずに眠っていた魔物素材を処理しようと思いついたのが、たまたま今日だった。それだけのこと。

薄汚れたギルドカードを、乱雑にブロブの上にべしりと張り付ける。呆気にとられて固まっていた受付の女性は、このへんじゃ見かけない魚型の魔物の醜悪な顔に恐れ慄きながら、そっとカードを摘んだ。

「ええ、え、F!?!?ぜぜ、絶対間違ってますよこの表記!!!」
「ん?ああ、金払ってまで更新すんのだるいしよ。別にFだって困ってねーもんよ。」
「で、でもですね、この女王蜘蛛の冠はSランク級の魔物の討伐部位です。これは今後の討伐依頼の偏りを防ぐ為にもランクを上げていただかないと…」
「んー、まあ考えとくわ。とりあえず後ろ詰まってっからさっさと換金してくれるぅ?」

エルマーの後ろには見慣れない魔物素材に興味津々なのか、まだ若そうな冒険者たちが覗き込むようにして、カウンターに守られた魔物の討伐部位を見つめていた。ナナシはというと、無邪気にも雪原魔狼のキラキラした牙に目を輝かせてつんつんとつついている。

「うぐ、と、とりあえず今はうちのギルドに現ナマで出せる額では無いので送金という形でよろしいでしょうか?」
「現ナマとか、あんた見かけによらず粗野な言葉使うんだなあ。かまわねーけど、あ、これはやっぱなしで。」

ひょいとナナシが気に入った雪原魔狼の牙を引っ込めると、受付の女性は名残惜しげな顔をする。エルマーからしてみれば、時間と行き先さえあれば狩りに行くことらしい吝かではない。そんなに欲しいなら依頼でよこせと思うが。

「この牙を加工できる職人はこの辺にいるかあ?」
「ああ、それなら裏通りのチベット爺さんがやってる鍛冶場でアクセサリーに加工できますよ…え、これ加工するんですか!?錬金術師垂涎のこれを!?」
「おうよ。欲しけりゃエルマーで指名依頼よろしくぅ。」
「ああっ!!ちょ、ランクの話がまだおわってな、もおおお!!」

ナナシに牙を手渡すと、キョトンとした顔のナナシを小脇に抱えて、エルマーはもう用はないと言わんばかりにさっさと撤退した。
背後では受付の女性が文句を言っている声が聞こえるが、受付に溜まり始めた若い冒険者やギルド登録をしているものたちが、測らずとも足止めをしてくれているらしい。
エルマーはこれ幸いといわんばかりに駆け足でギルドの外に逃げると、ナナシが雪原魔狼の牙を握りしめたまま困ったように見上げてきた。

「ぇる、えるまー…っ」

戸惑った顔で、目に見えてオロオロしている。エルマーとしては、ナナシが興味を示していたものを与えただけなのだが、どうやらそれがよほど驚いたらしい。
過去には寝たことのある娼婦や男娼にも、欲しいと強請られたものを何も考えずに渡してきたこともある。もらった相手は嬉しそうにすり寄ってきたり、その後のサービスがよくなったりとしたものだから、エルマーの感覚としては欲しいならやる精神を地で行っている。その方が何も考えなくていいから楽ということと、己に害がなさそうなものたちに限定をして行っているので、エルマーの中ではある程度の線引きはしているのだ。
しかしナナシは、エルマーの予想していた反応と違って、牙を握りしめたままずうっと眉を下げている。

ナナシとしては、ギルドの受付の女性が言った錬金術師垂涎という、聞き慣れない難しそうな言葉の通りきっと高いものなのだろう。ということを気にかけていた。ナナシには分不相応だ。今だってエルマーからもらった襤褸布を身に纏い、ダボダボのズボンを履いているだけでも充分なのに。

「あり?いらんかった?ナナシが欲しがってると思ったんだけど。」
「うぅ、でも…だめ、ナナシはこぇ、もてあい…」

冷たくてキラキラした、宝石のような牙を貰っても、ナナシは何も返せない。ここに来るまで沢山の事をただでしてもらっているのに、こんなことされたらどうしていいかわからない。凄く綺麗で素敵なこれと、なにかを交換しようにも、道端で摘んだ花しかないのだ。
ナナシが、困った顔で握りしめた花と牙を見つめて泣きそうになっているのに気づくと、エルマーはナナシの頭をワシワシと撫でた。

「もて、な、い。だな。ほれ、」
「も、もてな、あい?」
「そーそー、うまいぞ。いいこなナナシにはこいつをいいものに加工してプレゼントしてやろう。」
「な、ナナシ、いぃ、こ?」
「おうよ、だからご褒美。ご褒美は見返りはいらねえんだわ。おいで、抱っこしてやる。」

ぐしぐしと目を擦るナナシは、片手に大切そうに牙を握りしめたままエルマーに近づくと、ひょいと抱き上げられた。ナナシの好きなおんぶとはまた違う、エルマーを正面から見流ことができるこれは抱っこというらしい。
おずおずと落ちないようにエルマーの首に腕を絡ませて抱きつくと、自分のひょろひょろの足がエルマーに抱えあげられたことでプラプラと揺れる。
あちこち擦り傷だらけで、薄汚れたサンダルのような靴を履いた足は、周りの人とは違う。

みんな、エルマーみたいに足を覆うような靴を履いていて、ナナシみたいなボロボロの靴の人は居ない。なんとなく、そんなままでエルマーに抱きついているのが恥ずかしくて。せめて服を汚さないようにしようと気を遣いながら、ナナシはエルマーの肩に顎を載せて夕焼けを見る。

ナナシは、ご褒美というものがあるのは知らなかった。
ご褒美の魔物の牙を落とさないように気をつけながら、ナナシはドキドキしながら手に持ったそれを見つめていた。いいこ、ナナシは、エルマーからいいこと言ってもらえたのだ。それだけで、ナナシの体の細胞はブワリと湧き立ち、顔が熱くなって、心臓が忙しくなってしまった。嬉しかったのだ。

エルマーの掌が、ナナシの背中を朝しく撫でる。この大きな手に、ナナシはたくさん救われている。

「やってっかなぁ、裏通りってこたぁこっちだろ。チベット爺さん、名前すらメルヘンだぁな。」
「えるぅ、」
「んあ?」
「あいぁと…」

ナナシはむずむずしながら、小さくお礼を言う。ナナシに優しくしてくれてありがとう。そう伝えたかった。
エルマーはキョトンとしたあと、にやりと笑うとポンポンと背中を撫でた。別にお礼を言ってほしかったわけではないが、こうして下手くそな言葉でお礼を言われると、やってよかったと思う。エルマーはナナシが嬉しそうにするのが嬉しいのだ。
それでも、エルマー本人が思っている以上に、ナナシにご褒美を与える行動は、側から見たら好きな子によく見られたいという、そんな男のカッコつけにも見えているかもしれない。気がついていないのは、当人二人だけである。

ご機嫌で、時折くふりと笑ってはぺたりと口を押さえる。そんなナナシを抱っこしたまま裏通りを歩くこと数分後、金槌のマークをぶら下げたレンガ造りの家を見つけた。

「ここかあ?」
「えるぅ、おいう、」
「お、り、る、だな。」
「お、りう、る?」
「んー、そんな感じ。ほらよ、」

ナナシを下ろしてやると、擦り減ったサンダルが自然と目に入る。ナナシの細い足に紐で巻き付くそれは、足首に擦れたあとを残していて痛そうだ。ギルドで逃げるように出てきたせいで、まだナナシの服すら買えていない。
エルマーはやっちまったと顔を歪めると、インベントリから使い勝手のいい襤褸布を取り出した。

「わり、すっかり忘れてた。」
「えう?」

ナナシの足元に、エルマーが跪く。ナナシの服にもなっている布の切れ端を地べたに置くと、その上にナナシの足を乗せて布でぐるぐる巻きにされた。その上からボロボロのサンダルを履かせてもらうと、さっきまでひりつく痛みを訴えていた足の裏や足首が段違いに良くなった。

「ふわぁ…」
「どーよ?ちったぁまし?」
「うん…はわぁ…」

薄紫のボロ布でただぐるぐると巻いただけなのに、ナナシはまるで立派になった自分の足元にキラキラと目を輝かせる。エルマーはすごい。なんでも知っている。
ふみふみと足踏みをして感触を確かめるナナシの様子を見る限り、靴買うまでの間に合わせだと言いづらいくらいには気に入ってしまったようである。

「ま、まあ行くか、ほら、おいで。」
「えるぅ!つおい!」
「すごい?ってことかあ?あんがとよ。」

ガチャリとドアノブをまわして中に入る。入り口に置いてあるベルが呼び鈴替わりらしい。リンリンと涼し気な音のそれを鳴らすと、奥の方から嗄れた声が飛んできた。

「はぁあい、鍋の修理以外なら受けるよい!」
「おう、ペンダントつくってくんねぇ?」

奥のドアからのそのそと出てきたチベット爺は、滅多にお目にかかれないドワーフの姿をしていた。刀鍛冶の妖精と呼ばれる割にいかつい見た目が特徴の通り、チベット爺も薄のような白い眉毛に髭を垂らした小柄な筋肉ダルマだった。

「あんた、ペンダントつったかね?このわしに?」
「おうよ、ギルドの姉ちゃんに教えてもらった。アクセサリー作るんならここってな。」
「おお、久しぶりに調理器具以外の依頼じゃなぁ。腕がなるわい。」

チベット爺がその盛り上がった頬肉をほんのり染め、嬉しそうに髭を揺らしながら笑う。どうやらまともな依頼は随分とされていなかったらしい。短い腕で力瘤を作ると、急かすように店の中へと案内する。ナナシはその様子を、不思議そうに見つめた。

「なんだいお嬢ちゃん、やけにボロボロの服を着て。あんた可愛い子には可愛い服着せてやんなきゃあ駄目じゃろうが。」
「だよなぁ。あんたんとこ装備も売ってる?」
「あるにはあるが、男もんばっかじゃて。」

ナナシの襤褸布を纏っただけの姿を見て、渋い顔をする。どうやら性別は女だと思われたらしい。チベットは火かき棒のようなものを取り出すと、天井の取手に引っ掛ける。それを一気に引っ提げると、酷い埃と共に二階へと続く階段が現れた。
隠し階段だ。ナナシは心擽られるものがあったのか、つおい…ふわぁ…と感嘆を漏らしながら頬を染めて喜んだ。

「うげぇっ!!きったねぇ!!なんか落ちてきたぞお!?」

そして、隠し階段とともに、灰色の毛の塊のようなものがエルマーの足元にぼとりと落ちる。うねうねと動いたかと思うと、信じられないくらいのスピードで股抜けをして、扉の方へ向かって行った。どうやら前が見えていなかったらしい、それはズドンとぶつかると、くるくると目を回した。

「ああ、こりゃまずい。灰の妖精じゃあ。わしが契約しとる。鍛冶には欠かせんやつなんじゃあ!」
「あ?っておい、逃げっちまってんけどいいんか?」
「いいわけあるかあ!捕まえんとアクセサリーも作れんわい!」

灰の妖精はそのままぷるりと身を震わすと、すー‥とその身を半透明にさせ、扉をくぐり抜けようとした。それにいち早く反応したのはナナシであった。

「だぇ!めっ!」

ナナシの声にその毛玉は小さく身を跳ねさせると、そのもじゃもじゃな毛をフサフサと揺らして鎌首をもたげる。そして、声の主を探すかのようにナナシを見上げた。

「おどろいた。こいつがわし以外の言うことを聞くだなんて。」
「うわあ…見た目がやべえな。」

手足のない毛の長いイタチのようなそれは、パチリと一つ目を瞬きしてナナシを見つめると、ウニョウニョと身を動かしながらナナシの足元に大人しく近寄る。その様子が完全に毛虫のようで、エルマー身にはぞわりと嫌悪感が走る。やばい。シンプルにきもい。

「だぇ、いいこ。ひとぃ、だぇ。」

ナナシは跪くと、その身をそっと抱き上げる。にょろりと身を伸ばしながら持ち上げられた一つ目は、その大きな赤い目玉からぶわりと涙を溢れさせると、ぴぎぴぎと泣いた。どうやらなかなか出番がなく、相手にもされずに寂しかったらしい。

ナナシはこの毛玉が見た目に違わぬ元魔物だということを知っていた。
イビルアイのはぐれもの。それをチベットが捕まえて、もう何十年と一緒に過ごすうちに、この子は妖精へと転化したらしい。

ナナシはこの子の言葉が不思議とわかった。たまにいるのだ、意思の疎通ができる子が。
チベットもエルマーも、ぽかんとした顔でその様子を見ていた。柔らかな手がその身を撫でる。ナナシだけが、この子の寂しさを理解していた。

その奇妙な体をそっと抱きしめると、ちいさく、かぁいい。と擦り寄り呟いた。いい子、寂しがりのはぐれイビルアイ。チベットに頼りにされて、嬉しくて転化した健気な子。ナナシは言葉が下手だから、チベットに伝えられるかはわからない。
だけどエルマーなら、きっとナナシの言うことをわかってくれる。

「なんか、事情がありそうじゃん?」
「この子の言葉がわかるのかい、お嬢ちゃん。」
「う、」

小さく頷くナナシに、チベットの眉間にシワが寄る。妖精や魔物の言葉が理解できる能力というのは、総じて魔力の高い魔女がもっていることが多い。
ナナシはチベットのその表情の変化に戸惑ったように瞳を揺らした。




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