ヤンキー、お山の総大将に拾われる2-お騒がせ若天狗は白兎にご執心-

だいきち

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家族の形

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「で、説明。」

 スパァン、と天嘉が机を叩く小気味よい音がした。

「花!!」
「いや、だからなんのだよ!!」

 目を煌めかせた琥珀は、蘇芳とお揃いのたんこぶを頭に拵えながら、元気よくお返事をする。
 あの後、身支度を調えた天嘉によって、全裸の蘇芳と下履きのみの琥珀は着替えさせられた上にしこたま叱られた。ちなみに蘇芳は昨夜の大はしゃぎも含まってのお叱りである。

「天嘉殿のところに行くなら、きちんとした格好がよかったよう!」

 睡蓮はというと、天嘉に渡された琥珀が隠した私服を返され、ようやっとまともな格好になれたばかりだ。やはり、己の尊厳を守るというのは実に大切である。睡蓮は己の身の丈にあった、露出の少ない着物を纏ったあたりから、もったりとした思考がすっきりとしたのである。
 ぷんすこと天嘉の横でむすくれる睡蓮を見た琥珀が徐ろに立ち上がる。そそくさと天嘉と睡蓮の間を陣取ると、がしりと睡蓮の肩を抱き寄せて、着物の衿元を掴んで引き下げた。

「わぁあ!」
「これだよこれ!」
「ああ!?」

 再び剥かれるのかと思ったらしい、睡蓮は琥珀の朝からの奇行に振り回されてばかりだ。天嘉は、琥珀が行った唐突な横暴を窘めようとしたが、琥珀がなにか言いたげに絶句している睡蓮の肩口を指差すのだ。
 ずず、という蘇芳が呑気に茶を啜る音だけが響く。ごとりと湯呑をおいたかと思えば、ニコリと微笑んで鷹揚に頷いた。

「うむ、何も誤りはないな。お前の種が正しく睡蓮の腹に根付いたのだろう。まだ小さいが、見まごうことなき蘇芳の花だなあ。」
「やっぱり!!!」

 珍しく琥珀が若者のように声を上げる。ぽかんとした天嘉と、状況がわかっていない睡蓮はというと、ぱちくりと目を瞬かせ、天嘉と顔を見合わせる。

「蘇芳の花は言わば家紋のようなもの。また一つ血が繋がったなあ。ふむ、おめでとう。」
「睡蓮、よくやった!!いっとう大事にする!!」
「ひぇっ、あ、あええ?」

 がばりと琥珀の腕に閉じ込められ、家紋やら血の繋がりがどうのとか、なんだか仰々しい言葉並びに呆けていた睡蓮の頭には、もしかして、が浮かび上がる。琥珀が今にも飛び立ちそうな位に喜んでいる。じわじわと睡蓮の頬が染まってゆくと、何かを察したらしい天嘉のウッという小さな嗚咽が聞こえて、琥珀と揃ってそちらに顔を向ける。

「お、おれについにまご…っ」
「よいよい、お前も立派に息子を育て上げたということだなあ。流石、俺だけのできた雌だ。」
「まじで、なんでもいって…ほんと、からだだいじにして…」

 ずびりと鼻を啜りながら、感極まって泣いている天嘉の肩を抱いた蘇芳が、実に満足そうにうんうんと頷く。まるでおのが手柄かのような振る舞いは、天嘉が鳩尾に一撃を御見舞することで収まった。
 ヴッという感涙とはまた違ううめき声と共に、額を強かに机にぶつけた蘇芳と天嘉のやり取りを見て、なにやら羨望の眼差しを向ける睡蓮に一抹の不安を覚えはしたが、琥珀はもにょりと口元を緩ますと睡蓮の頭に頬を擦り寄せる。

「僕、おっかあになれるのう…?」

 もぞりと琥珀の腕の中で身動ぎをした睡蓮が、ぽしょりと呟く。小さな声だ、期待を込めて、それでいて縋るようなそんな声。肯定を待つかのようにゆるゆると顔をあげて、まんまるのお目めをきらきらと輝かせる。

「俺も、おっとうになれる。」

 にやりと笑う。相変わらずの意地悪な笑顔で、その声色には喜色を滲ませる。睡蓮はその言葉を噛み締めるかのように唇を噤むと、ボフンと琥珀の胸板に顔を埋め。ぐりぐりと頭を擦り付けた。
 
「睡蓮?」
「…ふひ、」
 
 嬉しいと、すぐに言葉は出ないのだと初めて知った。琥珀は、そんな気の抜けた睡蓮の笑みを見て、髪に指を通すようにして頭を撫でた。体温が高い、高揚しているらしい。そっと頬に手を滑らせて顔を上げさせようとしたが、やだやだと言わんばかりに琥珀の掌に顔を押し付けて、その表情は見せてはくれなかった。それでも、掌に触れた吐息の熱さと水分が、大人しくなってしまった睡蓮の素直な気持ちなのだとわかって、柄にもなく込み上げてくるものがあった。
 
「こは、わかってんよな。」
「あたぼうよ。母さんの息子だぜ?」
「蘇芳に似たとこあるけどな。」
「うむ。実に天狗らしく育ったなあ。」
 
 マイペース、駄目絶対!天嘉が標語のようなことを宣うと、琥珀は引き攣り笑みを浮かべながら頷いた。
 
「睡蓮、マジで、マジでこいつら言葉足らねえ時あるけど、そう言う時は素直になんでも言っていいから。俺も協力するし、なんならここと実家だと思って、逃げてきてもいいからな。」
「逃げ…?」
「いや逃さねえし!でもわかんねえことは聞きにくるからよろしく!!!」
 
 己の母親の、頼り甲斐のある一面なんぞ睡蓮に見られたら、鞍替えされる可能性だってあるだろう。琥珀はそんな不毛な心配を心に抱くと、どうやらそれは蘇芳も同じだったらしい。
 
「よくない。浮気は許さん。たとえそれが雌同士だったとしてもだ。承服しかねる。」
「お前は一体何を言ってるんだ。」
「ぅぶっ」
 
 心底意味がわからないといわんばかりに、天嘉が蘇芳に裏拳をかますのを見て、琥珀は頼むから睡蓮は可愛らしい性格のままでいてくれと切に願うのであった。
 
 
 
 
 
 情緒不安定だったのは、妊娠したことによるものだったのかもしれない。天嘉がそう言った通り、女印が現れ、腹に子を孕んだことがわかった睡蓮は、あれから見違えるようにいつもの快活で少しだけ気の弱い玉兎に戻った。不安げに震えて、琥珀から離れたくないと我儘を宣う姿も愛しかったが、とにかく元気になってよかった。未だその薄い腹には本当に子がいるのか、目に見えてわかるほどではない。だけれど、琥珀の過ごす朝の時間には睡蓮の女印の証を確認する時間が追加されたし、何よりもわかりやすく変化したのは、琥珀が寝汚く朝の惰眠を貪らなくなったことだ。
 
「こは、朝だよう。」
「今起きた。」

 睡蓮が座敷から顔を出す頃にはもうすでに起きており、身支度も髪を結う以外は全て済ましている。睡蓮はくふんと嬉しそうに笑うと、ちょこちょこと琥珀の側にくっつきにくる。
 
「今日は赤にしよ。」
「ん。」
 
 桐箪笥の引き出しに入っているのは、揃いの髪紐だ。琥珀が睡蓮に髪を伸ばしてもらいたくて買い与えたものを、睡蓮はおそろいがいいとおねだりをして二人で半分こしたものである。琥珀の髪は睡蓮が毎日結うし、睡蓮の髪は女印の確認も兼ねて、毎日琥珀が結う。お互い器用貧乏なところはあるが、こうやって互いの為に何かをすると言うのは得意なのであった。
 
「今日もきれいに咲いてる、母さんのすまほがあれば、かめらで写してやれるんだがなあ。」
「天下殿の神器?すごいなあ、蘇芳様も使えるんでしょう?」
「親父はなあ、あれ使って楽しんじまうくらいには慣れてっから。」
 
 睡蓮の肩口の蘇芳の花は、少しずつ鈴なりになって咲き始めていた。琥珀の花も、睡蓮が見たがるので晒してやれば、こんなに嬉しいお揃いはないと言って可愛らしく喜んだ。だから、琥珀の髪結いは睡蓮の特権だ。お揃いのお花を愛でられるひと時、睡蓮の花は琥珀が、琥珀の花は睡蓮が。二人だけの秘密の花は、他に見られないようにと布を巻いて隠すことも日課になった。とは言っても、琥珀は天狗装束で隠れるし、ほぼ睡蓮しか行ってはいないのだが。
 
「今日、幸さんくるんだろ?なるべく早く帰ってくるけど、なんかあったら影鰐膨らまして呼ぶように言ってっから。」
 
 二人で身支度を整えて、朝餉の時間だ。琥珀が慌ただしく仕事に行くことも無くなったので、今はこうして睡蓮が作った朝餉をゆっくりと味わうことができる。
 
「過保護!もう情緒不安定なんかじゃないもの!」
「ばっか、おめーこう言うのはありがとうって可愛く言うんだよ。あ、卵焼きうまい。」
「ありがと、あ、ち、違う、今のありがとうはそう言うんじゃないよう!」
「嫁が閨以外でもこうも素直とは、旦那冥利に尽きるねえ。」
「だから違うってえ!!」
 
 琥珀が結んだ尻尾のような髪を揺らして、睡蓮が気恥ずかしそうに声を上げる。今日の朝ごはんの主役は、依から教えてもらった人参の金平である。少しだけ味付けを変えて甘辛くしたそれは、肉食なはずの琥珀がうまいと言うから、睡蓮の得意料理になったものだ。二人で植えた人参が食卓に上がるのはまだ先だけれど、収穫は二人ですると約束をしている。
 
「ん、」
「あ、う、うん。」
 
 薄い腹に、琥珀が手を伸ばした。青藍が言った通り、琥珀の方がわかるよ、といった意味はここにある。臍のあたりを覆うように触れると、じんわりとした琥珀の妖力が睡蓮の腹に伝わる。睡蓮の朝食は琥珀が食べて、腹の子はこうして琥珀が直接触れて栄養を与えるのだ。人肌とは違う温もりが、じんわりと腹に行き渡る。睡蓮はこの朝の時間も好きだった。
 
「豆粒、はよ育て。」
「ゆっくりでいいよう?」

 琥珀に似て、せっかちになったら困るもの。そう言って笑うと、琥珀の隣で睡蓮もまくりと米をくらう。睡蓮の作った飯で、琥珀の体が作られて、その琥珀から栄養を与えられて、腹の子が少しずつ育つのだ。琥珀はお前に似て玉兎が可愛いというが、睡蓮は琥珀に似て猛禽がいいなあとも思う。けれど、どちらでもいいのだ。だって、どちらに似てもきっと可愛いに違いないのだから。
 睡蓮の小さな掌が腹に触れた。山間の、水神様の座す滝が見える二人だけの塒のなか。腹の子が両親にそっくりな双子として生まれてくるのは、もう少し先の話である。 



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