ヤンキー、お山の総大将に拾われる2-お騒がせ若天狗は白兎にご執心-

だいきち

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芽吹いたのは

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 素直なはずの睡蓮の、唐突な変化に困ったように琥珀は溜息を吐いた。甘えているのだと思う、囲われた雌は不安定になるというし、あの天嘉でさえそうだったと言うのだ。
 長いお耳をへならせて、今にも泣きそうだ。可哀想で可愛いと思ってしまうのは、琥珀の征服欲から来るものだろう。大概に己も歪んでいるなと自覚して、小さく笑う。

「おあずけってんだぜ、そういうの。」
「うぅー…やだよう、おこんないで…」
「怒ってねえけどよ、なんでそんな愚図ってんだお前。」

 琥珀の足の間にぺたんと座った据え膳な睡蓮が、ぼすんと胸板に頬をくっつける。手のひらで少しだけ伸びた髪を梳くように項に手を這わせると、ひくんと肩を揺らした。

「あんまくっついてくっと、食っちまうぞ。」
「やだぁ…」
「いやならきちんと抵抗してみな。」
「ぅ、っ」

 睡蓮の細い首筋に顔を埋めて、あぐりと齧る。無理強いは流石にしないが、挿れはせずとも抜きあいくらいはお手合わせ願いたい。流されてくれれば重畳だがと邪な思いが顔を出しながら、睡蓮が口の割には抵抗しないのをいいことに、琥珀はそっと華奢な体を押し倒そうと、唇を肩口から離したときだった。

「……ん?」
「ひゃ、っ」

 べろりと舐めた部分が、噛み跡だけでは付かないような範囲まで赤く滲む。琥珀の髪の毛が首筋に触れて擽ったかったらしい。睡蓮は小さく声をもらした後、ゆるゆると右腕を背に回す。

「お前、肩ぶつけたか?」
「ううん…ぶつけてない…」
「なんか赤くなってんだけど。」
「ええ?いたくないよう?」

 睡蓮の左の首筋と肩口の僅かな隙間に、ぽつぽつと小さな斑点のようなものが浮かんでいた。そっとそこに唇を当てると、わずかに熱を孕んでいる。もしかしたら、なにか病の兆しかもしれぬと、琥珀は難しい顔をして睡蓮の肩口から顔を上げて抱き込んだ。

「明日、青藍とこいこう。」
「おんもでるのう?」
「気分転換してえっていったろ。」

 きょとんとした顔で琥珀を見上げる。その表情がみるみるうちにむすくれたものになると、睡蓮はかぷりと琥珀の肩口に噛み付いた。

「いでっ!」
「やだぁ!!」
「はあ!?」
「だって、こはが囲うって言った!孕ませるまで、雌はおんも出さないってこはがいったんじゃないか!僕まだ孕んでないもの、うぅ、やだぁ…」

 目に沢山涙を溜めてそんなことを宣う睡蓮に、琥珀はぽかんとした顔で見下ろす。むくれた顔で、不服だと言わんばかりにそんなことを言うのだ。あんなに素直だった睡蓮が、まるで性格が違う。余程情緒が乱れているらしい。しかしこんな一面は誰も知らぬだろう、抑え込んでいた部分が全面にでて、なんだか小さな子のようである。

「ここに、変な痣あんだよ。病気だったらどうすんだ。」
「だって痛くないもの、」
「行って、なんでもなかったらそれでいいじゃねえの。」
「やだぁ…」

 駄々を捏ねる睡蓮の頭を撫でながら、琥珀は困ったといった顔になる。どうやら睡蓮は、妊娠していないと言われるのも嫌らしい。明日は琥珀が一日家にいることもあり、どうやらふたりきりで過ごしたいというのもあるようだ。普段仕事で帰りはまちまちな為、どうやら寂しい思いもしているらしい。琥珀は睡蓮の我儘はそこからくるものかと思い至ると、その体を抱き締めたままコロリと横になった。

「わかった。だけど、少しでも具合が悪くなるなら俺は連れてくからな。」
「うん、」

 流石に孕んだかもわからぬまま、青藍をこちらまで通わせるには忍びない。琥珀は胸板に伏せをするように身を寄せた睡蓮の背を撫でながら、睡蓮のしょぼくれたままの様子を気にかけることしか出来なかった。



 翌日のことである。なんだか出汁のきいたいい匂いが鼻孔を擽り、琥珀はゆっくりと目を覚ます。ぼりぼりと腹を掻きながら己の体を見れば、昨日は睡蓮によって寝間着を剝かれたままなので、下履き一枚のままであった。

「………くぁ、」

 腕を伸ばして、大の字になる。目は覚めたが起き上がるのが億劫である。休日万歳、何がいいかって、朝餉から睡蓮の飯を食えるのだ。毎度ぎりぎりまでねこけているので、起き上がってから身支度を整えて、睡蓮の手渡す弁当だけを持って慌ただしく飛び立つのだ。

「こは、朝だよう?」

 襖が開いて、ひょこりと睡蓮が顔を出す。ぶかぶかの琥珀の寝間着を帯で括り、長い裾を摘んで帯に巻き込んだ不格好な姿で部屋に入る。こはくはというと、寝たふりをすることにしたらしい。睡蓮はお顔を覗き込むように見下ろして、目を瞬かせる。
 
「まだ眠たいのかなあ…」
 
 目を瞑って、素知らぬふりをする琥珀に気が付かぬまま、睡蓮は静々と立ち上がると、そっと桐箪笥の一番上の引き出しを引く。ゴソゴソと物音をたて何かを取り出した睡蓮が、それをそっと琥珀の枕のそばに置くと、パタパタと部屋から出ていった。
 
「…?」
 
 睡蓮が炊事場で食器を準備する音を耳にしながら、琥珀は腹筋だけで起き上がる。それが何かを確認するつもりで振り向けば、薄桃色の巾着であった。
 
「あ、こは!」
「うをっ!」
 
 琥珀が起きたことに気がついたらしい。睡蓮の声が背後から聞こえたかと思うと、ビョンと跳ねた睡蓮がガバリと抱きついてくる。勢い余ってべしょりと布団に倒れれば、琥珀はご機嫌な睡蓮の高揚を宥めるかのように背中を撫でる。
 
「おはよ、朝から熱烈だな。」
「おはよう!それ、人参の種だよう、植えよ、ね?次のお休みの時に、一緒にお庭に植えてくれるって言った!」
「わかったわかった、わかったからとりあえず顔洗わせろ。」
「朝ご飯もできたよう!」
「おう、なら落ち着いてから植えような。」
 
 琥珀の言葉に嬉しそうに微笑むと、睡蓮は琥珀から身を離して、その手を右手で握りしめながら引っ張った。遠くに行くのは嫌だけど、敷地内で二人事をするのは好きらしい。二人だけの巣の中で過ごしたいという雌のおねだりが可愛くないわけがない。
 昨日と違ってご機嫌な睡蓮の催促に苦笑いしながら立ち上がると、琥珀は睡蓮の肩に付くまでに伸びた髪の毛を避けるようにして撫でてやる。
 
「こは、くすぐったいよう…」
「ん、うん?」
「なあに?」
 
 琥珀が、なんだか妙竹林な顔をして睡蓮の肩口を見るのだ。口元に手を当て首を傾げたかと思えば、こしりと目を擦っては確認する。一体なんだろうと大人しくしていれば、琥珀はぱかりと口を開けて、両手で己の口元を覆うようにして深呼吸した。
 
「はあぁあ…」
「何い…変だよう?」
 
 琥珀が何をしたいのかわからない。睡蓮は困ったように眉を下げると、絶句する琥珀を催促するかのように、くいくいと手を引っ張った。

「咲いてる!!!!」
「え?まだ植えてないよう?」
「蘇芳の花!!」
「ええ?なあに?」

 まったく意思の疎通が出来ていない。突然感情の振れ幅が大きくなった琥珀に、睡蓮は訳が分からぬまま後ろを振り向く。てっきり、外からそんな花が見えたのかと思ったのだ。

「え、ひゃあっ!!!」

 琥珀は、そんな睡蓮の説明を求める様子にも気づかずに、いきなり睡蓮を横抱きにしたかと思えば、大慌てで外につながる障子を開け放ち、大きな翼をバサリと顕現させる。

「こ、こは、」
「花がさいてんだわ!!!」
「えぁ、わ、ま、まっ!」

 ばさばさと砂埃を立てて羽ばたいたかと思うと、琥珀は唐突に飛び立った。ぎょっとした睡蓮が慌てて首にしがみつく。みるみるうちに眼下の家が小さくなって、琥珀と睡蓮の髪を絡ませるかのように風を切る。すごい速さで飛ぶものだから、睡蓮は口を真一文字に噤んで肩口に顔を埋めるほかはなかった。
 しかし、訳はわからぬままではあるが怖さはない。琥珀の大きな手のひらがその背を支えてくれるからだ。
 手を回した琥珀の背中が温かい。余程興奮しているようである。もう番ったあとなのに、天狗の嫁取りとはこんな具合に拐かすものなのだろうかとさえ思った。そして、琥珀が説明もせずに空を駆けてから、数十分経つか経たないかくらいであった。

「花が咲いたあああ!!!」
「ぎゃああああ!!!」
「ぴゃああああ!!!」

 奥座敷の襖が勢い良く内側に倒されるとともに、下履きのまま、ぶかぶかの浴衣に睡蓮を包んだ琥珀が飛び込んできたのだ。昨夜の情事を引き摺ったままの素肌の天嘉が、突然の琥珀の奇襲に絶叫とともに起き上がる。その声にビビリ散らかした睡蓮の情けない悲鳴と共に、嫁の絶叫を聞きつけた蘇芳が駆けつける。

「何事だ!!」
「ぎゃぁああ!!」
「む、琥珀。」
「服着ろよお前らァ!!あとちょっと外出ててえええ!!」

 琥珀は天嘉の寝起き姿にぎょっとした後、飛び込んできた全裸の蘇芳に悲鳴を上げ、睡蓮は顔を真っ赤にして琥珀の首元に顔を埋めて縮こまる。天嘉は親子揃ってあられもない姿に怒鳴った後、とにかく今は状況の収拾よりも己の尊厳を守ることに決めたらしい、天嘉の呼び声一つで現れた影法師達によって、琥珀も睡蓮も蘇芳も、三人まとめて外に追い出されてしまった。
 朝っぱらからの阿鼻叫喚、思考と顔色を忙しなくさせている睡蓮はというと、可哀想に琥珀によって齎されたこの状況に、怯えて若干泣きそうであった。

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