ヤンキー、お山の総大将に拾われる2-お騒がせ若天狗は白兎にご執心-

だいきち

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分かりやすい催促

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 椎葉から帰ってきて、一週間。その間に山童からお家ができたよと言われたり、引越のための荷造りをせこせことしたり、睡蓮が由春にお願いをして、蘇芳家の池から新居の近くの滝壺まで、荷造りしたものを運ぶ手伝いをしてもらったりした。
 由春は、主に手伝いをさせるなど随分と図太くなったなあと嫌味っぽく言った割には、まんざらでもなさそうだった。

「ふはぁーー!」

 ぼてん!と、積まれた座布団の上に倒れ込む。いやあ疲れた。天嘉から手伝いとして影法師を数人入れてもらっているが、とにかくまともな引っ越しはこれが初めてで、何から手を付けていいか分からぬまま、バタバタと今日を迎えてしまった。睡蓮は、荷ほどきは任せろなんて意気込んで言ってしまったから、琥珀が帰ってくるまでは影法師たちと頑張る外はない。
 そんな琥珀はと言うと、由春から受け取った荷物をドカドカと家に運んでくれた後、せわしなく仕事へと向かった。
 今日は早く帰ってきてくれるらしいので、其れまでにはあらかた終わらせておきたい。睡蓮は、もぞりと動いて顔を上げると、気合を入れるべくペチンと頬を叩いた。

「よっし!もういっちょがんばろう!」

 ムクリと起き上がり、器用に荷作り紐を片手で解いていくと、取り出したのは持ち手と滑車の付いた台車である。なんでも、天嘉が法務専科なる外界の万屋に言って購入した一品だとかで、これはなんとも重宝する品物であった。
 睡蓮はひょこひょことその台車に荷物を載せていく。台所周りのものやら、勝手口に置きたい掃除用具など、人が持つ以上のものを乗せて、かろかろと押して運ぶ。
 
「んーっと、とりあえず飯炊きは後にして、調味料から整えようかなあ。」

 実のところ、睡蓮の持ち物は衣類位だった。ずっと居候生活を送っていたので、己の私物といえば背負っている籠くらいだ。
 睡蓮のボヤキに、早速意図を汲んだ影法師達が台所周りを掃除し始める。睡蓮が片腕でできることは限られているので、非常に助かる。

「ありがとう!じゃあ僕は琥珀の荷物解いてくるから、おまかせしてもいいかな?」

 無論、と親指を立てて了承する影法師達は、無口ではあるがなんとも気さくだ。親指を立ててお返事をするのが彼らの中では流行っているらしい。睡蓮も真似をして返す。
 睡蓮は、先程の部屋に戻ると、長持の蓋を開けて、包み紙に包まれた装束を取り出す。せっかくだから虫干しでもしようかと思ったのだ。衣紋掛けに、せこせこと袖を通して広げていく。両腕が使えたら直ぐなのに、睡蓮にとっては着物を引っ掛けるだけでも一苦労だ。
 ふう、とやっとこさ掛け終えたそれは、琥珀の天狗装束だ。紅蓮色の着物に、裁付袴を履き、そして羽根を出しやすく改良された陣羽織を羽織る。金襴緞子の見事な吉祥模様のそれは、蘇芳のものを受け継がれた形である。
 有事の際にはこれに面をつけると言っていたが、鐘楼のときも着ていなかった。というか、着る余裕がなかったのだが。睡蓮はそんなことは知らぬ。

「ふわあ…」

 睡蓮は、見事なそれに思わず吐息を漏らした。今後も、ただ眺めるだけで役目が終わればいいなあとも思う。
 暫く正座で見上げていたが、せっかく虫干しするのなら香でも焚き付けておこうかしら、と思い至った。たしか、香炉があったはず。小さめな葛籠から、陶器の擦れ合う音がする。これかと蓋を開ければ、僅かに蓋がずれた目当てのものが出てきた。焚き付けるのは白檀の香だ。魔除けの意味合いがあり、蘇芳の屋敷では馴染みの香りである。そして、睡蓮にとっては琥珀の香り。
 花瓶差しに水を入れて、庭に咲いていた野花を差した。それを玄関と、寝室に飾る。この二人の新居は蘇芳家程広くはないが、狭くもない。由春が御座す滝壺からも近く、琥珀の巡回の順路にある。

「こはが帰ってきたら、庭に人参の種を撒くんだあ。」

 ぺたんと縁側に座り込んだ睡蓮に、影法師がお茶を入れてくれたらしい。そそそ、と側に侍ると、まるで相槌をうつようにこくんと頷く。

「…はやく帰ってこないかなあ。」

 細い脚を折り畳み、ポカポカと温かい日差しを浴びて、睡蓮が言う。ウトウトとしている様子が分かったらしい。影法師がにゅうっと手を細く伸ばすと、積み上げていた座布団の一つを引き寄せて、睡蓮に勧める。影法師は、天嘉から命じられていた。琥珀が帰ってくるまでは、影法師が睡蓮を守ってねと言われているのだ。
 影法師も、大好きな細君からの直々の命である。眠そうな睡蓮に、任せろと言わんばかりに胸を叩いて見せると、素直で可愛らしい若君の嫁御は照れくさそうに笑う。
 茶を飲み、やがて呑気にうたた寝をし始めた睡蓮を見やると、その半透明な体をぐんぐんと膨らませて、新居を包み込む。家の周りの小鳥は、唐突な影鰐の出現に慌てて飛び立ち、大きなその妖かしは、非常に分かりやすく周りにとある伝言を知らしめる。
 その姿はしかと由春の目にも映り込むほどだ、そしてその確認は巡回中の烏天狗にとっては任務の一つであり、現総大将琥珀への伝言の内容としては、雌が待ちくたびれているから、早く家に帰ってくださいとせっつく合図であった。
 まさか、多忙な大天狗にはやく仕事を切り上げさせるために、天嘉が策略した一つだとは誰も思わぬ。ただ聡明な元総大将である蘇芳の細君からの指示である。影鰐が出たら、即刻帰宅しろの合図だから。を、忠実に守っただけのこと。







 大将、雌を囲うのに遠慮なんていりますか。もう申し出はされたのですか?え、されてはいない?何をやってるんですか!そういう、察しろと物言わぬ雄が一番面倒くさいのです。え、誰が言ったかって?何を言ってるんですか、こう言ってたのは、貴方の母君ですよ!

「親父に振り回されてたのすっかり忘れてたわ…」

 帰路である。琥珀は、影鰐の出現を目にした所帯持ちの烏天狗の部下の一人に、先程の事を熱弁された。まさか、天嘉によって睡蓮が琥珀の大切であるということを知らしめられていたとは。
 まったく、さすが元総大将を支え続けただけある。人でありながら、あの隠神刑部狸までも手名付けた琥珀の母君、天嘉。またの名を名前持ち狩りの天嘉。しかも本人はその名を知らぬ。言い出したのは義骸と蘇芳がへべれけに酔った酒の席でだ。化けた大狸である義骸の胸ぐらを掴み、猛禽に化けた蘇芳の嘴を小脇に挟み、マジでいい加減にしろよ。と凄んだのがきっかけだとか聞いている。知らんけど。閑話休題、そんなことよりも、雄の振舞いの話であった。

ーマジで、ほんとに。あいつって言わねえで察しろとかそういう感じじゃん。あり得ねえから。口がついてんだから話せっての。言わなきゃ分かんねえの、仕事できるかもしれねえけど、そういう意思の疎通ができねえから、離縁されるやつだっているんじゃん。

「……。」

 天嘉の声での、余裕の脳内再生であった。件の烏天狗である部下が、妻に離縁されそうになったと以前天嘉に泣きついたことがあるそうな。そうして、天嘉の前で、出来る雄の象徴である蘇芳の真似をして、妻の前で振る舞っていたのだと告白をすると、先のことを言われたらしい。

「多忙が離縁のきっかけ?はは、んなわけねえよな…、や、察しろってとこ俺にもあるのか…?いやいや、…いやいやいや!」

 そういえば、蘇芳が天嘉に何も言わずに部下を連れて帰ってきたときは怒らなかったのに、何も言わずに意図を汲み取れと、日常の些細なことで目配せをしていたときは、天嘉に唇を引っ張られて怒られていたのを思い出す。琥珀は蘇芳の血を引いている、もしかしたらそういった一面が己にもあるのかもしれぬと思い至ると、引きつり笑みを浮かべた。
 手に持った土産を胸に抱く。睡蓮を手籠にしてから、琥珀は仕事で遅くなるたびに土産を買ってくるようになった。それは睡蓮の好物である人参やおはぎ、偶に着物や髪飾りなど。睡蓮はそれを受け取るたびに、挙動不審になりながらも喜ぶのが可愛らしくて辞められぬ。
 果たしてあの鈍感な兎の妖かしは、これが天狗の求愛だと言うことを理解する日が来るのだろうか。
 
 そんなことを思っている間に、眼下には新居が見えてきた。この家の周りにも、念のため結界をはり、領域を作った方がいいだろう。睡蓮が暮らしやすいように、気候は春の暖かさが続くような、そんな二人だけのための領域を。
 バサリとは音を立てて帰りを知らせる。優秀な小間使いである影鰐が、琥珀の姿を捉えると、その体躯をシュルシュルと縮めて護りを解く。中庭に降り立ち、縁側を見遣れば、琥珀の雌が丸くなって寝息を立てていた。
 
「んなとこ寝てっと風邪ひいちまうぞ。」
 
 おかえりを期待しなかったわけではないが、荷解きを頑張ったのだろう。睡蓮は、ぷうぷうと可愛らしい寝息を立てて薄い胸を上下させる。
 琥珀が隣に腰掛けると、影鰐から元の影法師に戻った小間使いが、いそいそと琥珀の袖を引いて、室内を指差した。
 
「んとに、気が利きやがる…」
 
 どうだ、といわんばかりに、胸を張る。影法師は先回りをして、布団を敷いていた。しかも、一組で、枕は二つ。風呂も沸いているとのことだ。あとはやっておくから、とやる気を見せる影法師に、琥珀はなんともいえない顔になった。やりたいけれど、まあ、今ではないのだ。お膳立てをされると、逆にやりづらい。琥珀は、我ながらなかなかに面倒な性格をしていることを自覚していた。

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