45 / 58
誤算なんですけど
しおりを挟む
「はぁあ~~?なんで由春がそんなことせにゃならんのだ!絶対に嫌だね!!!」
ハン!とそっぽを向いて、臍を曲げてしまった由春を前に、睡蓮は途方に暮れてしまった。
ことの発端は、睡蓮の何気ない思いつきであった。琥珀の傷もよくなったし、絹里の世話もひと段落し、幸からゆっくり休みなさいと休暇をいただいたのである。
怒涛に過ぎていった日々も落ち着きを取り戻しつつある。そして何よりも睡蓮に心の余裕ができた。じゃあ、出来なかったことをやってみようかと勇気を出して、椎葉のお山に帰省してみようと由春に相談を持ちかけたのだ。
「大体、なんでお前が水脈を辿れることを存じておるのだ。」
「ええ、そうおっしゃったのは由春様じゃないですかあ!」
「覚えてない。ふん、睡蓮が強請っても、あの業突く張りの馬鹿天狗が許さんだろうが。」
どうやら、由春なりに心配をしてくれていたらしい。己の預かり知らぬところで、椎葉の山の饒河とひと悶着あったことがバレてしまったのだ。
「大体、なんで私の知らぬところでエライ目ばかりに合うのだ!沼御前が私の寝床を跨いでこちらに侵入してきたせいで、由春の神気はずっとダダ漏れだ!!気ばっか張りつめる羽目になったから、私の自慢の美しい鱗もツヤを無くしてしまった!!」
「だ、だってあれは不可抗力…」
「知るかぁ!!!しかもあのジジイ、帰り際に由春に色気がないだと抜かして去っていきやがった!!この由春の寝床に勝手に侵入してきたくせに!!この若く美しい由春を目の前にして、色気がないだと!?生殖機能死んでるんじゃないかあのジジイ!」
沼御前をジジイ呼ばわりするなら、水喰様は化石なんじゃなかろうか。などと思ったが黙っておく。由春よりも年が上である沼御前は、どうやらこちらに来る時に水脈渡りをしたらしい。
普段、というか、御嶽山の水脈には水神である水喰が司っていることから、あまりこうして土足で踏み入ることはないのだが、よほど急いできたらしい。由春が放ってかれて拗ねて蜷局を巻いていたら、その真上を見知らぬ大蛇が駆け抜けていったので大層仰天したとのことだ。
おかげで水喰に怒られるとびくついて神気を張り巡らせて警戒をしていたようだが、どこの水源にも姿を見せず、途方に暮れていたらしい。それはそうである。だって、沼御前は陸に上がって蘇芳家にいたのだから。
「報告!!連絡!!相談!!」
「は、はいぃ…」
「と言うか、父上も父上だ!!なぜ沼御前に通行の許可を出していたことを言わぬのだ!!由春は、本当に叱られると思っていたのに!!」
ギャン!と鱗をざわめかせ、その身が絡まるんじゃないかと言うほど捩りながら駄々をこねる。睡蓮は、由春の寝床の前で正座をしたまま、申し訳なさそうに縮こまる。
「ほ、報告は…本当に突然の奇襲だったので叶わず…。連絡は、しようとは思っていたのですが、あの、こ、琥珀が怪我をして、そばを離れたくなくてですね…ええと…」
「相談!!」
「は、今こうして由春様に、椎葉のお山に道を繋げていただきたく…」
「やだやだやだ!!!どうせお前ら私を放ってよろしくやるつもりだろう!!ずっこい!!由春ばっか我慢をさせるのは不平等だあ!!」
いい加減に、ここで一人来るべき時に備えると言うのが嫌になったらしい。刺激が足りぬと駄々っ子のように我儘を喚く主に、睡蓮はもうどうしたらいいやらと頭を抱えてしまった。
「日帰りですよう、日帰りできるのも由春様のお力があってこそですう!一日だけ、一日で帰ってきますからあ!」
「いーやーだああ!いい加減あの男のそばにばかりいないで、由春のところに戻ってこい!!お前は私の侍従兎なのだぞ!!」
シュルリと音を立てて、その美しい白い体を睡蓮の周りを囲うようにして巻き付ける。嫋やかな手で睡蓮の両頬を包み込めば、まるで小さな子を叱るかのように顔を覗き込む。
「お前。私の顔が大好きだろう、どら、いくらでも眺めて構わないから、私の言うことを聞きなさい。ね?」
「ち、近いぃ…!」
がしりと頭を固定されたまま。由春が詰め寄ってくる。睡蓮は確かに由春の造作の整った顔立ちが大好きであるが、ひ弱な睡蓮が一度目を合わせて仕舞えば、蛇睨みの如く目が離せなくなってしまうのは分かりきっていたので、頬を染めながら必死で抵抗していた時だった。
「何やってんだコラ!」
「ぎゃっ!」
由春の後頭部に衝撃が走り。間抜けな悲鳴を上げる。痛む頭を抑えるように睡蓮から手を離すと、由春はたんこぶが出来ていないかを確認をするように、おそるおそるそこに触れる。
大丈夫だ、何もこぶは出来ていない。ホッとしたのも束の間で、由春は安心したらフツフツと怒りが込み上げてきた。
「貴様誰の頭を宿木にしたのだ!このうつけもの!!」
涙目で睨みつけるように振り向く。そこには実に不機嫌顔の大鳶の姿をとった琥珀が、バサリと羽音を立てて舞い降りたところであった。
「あれえ!なんで琥珀こんなところに!」
朝。睡蓮が仕事に出かけると言った時は、ご機嫌に見送ってくれたのだが、今は分かりやすく不機嫌顔である。どうやら、仕事帰りにまっすぐ帰ってこなかったことが不服だったらしい。巡回がてら愛しの雌の行動を先読みして行動するあたり、琥珀も随分と過保護を拗らせている。
「俺の知らねえところで由春と乳繰り合いやがって。全く、油断も隙もねえ悪い兎だなァ。」
「乳繰りあってなんかないもの!由春様に頼み事があったからお願いしにきたんだ!」
「待て待て待て!私を挟んで痴話喧嘩をするな!鬱陶しい!」
側から見たら、大きな鳥がピュイピュイと喚いているだけなのだが、由春からしてみれば、猛禽の姿でも子憎たらしいの一言である。バサリと飛んで、再び舞い降りたのは由春の体の内側。挟むなとは言ったが、そう言うことじゃない。渋い顔をして体を解くと、由春は人型をとった。
「ったく、どいつもこいつも、私を巻き込むのはやめてくれ。由春の体は一つしかないのだぞ。」
やれやれとため息混じりに嗜める。己が散々っぱら駄々を捏ねていた事など忘れているらしい。由春は、睡蓮の肩に腕を回して目の前の大きな鳶を見下ろすと、人を小馬鹿にするような笑い方で宣った。
「おい、俺んだ。さわんじゃねえ。」
「ハン、睡蓮の雇用主は父上だぞ、そしてこの私の侍従。だからお前のものなんかではない、この由春のものだうつけもの。」
「悪いけど、俺ァもう遠慮するつもりもねえぜ。こないだ喰っちまったからなァ、そのうち腹に種付けて孕ませるのはこの俺だクソガキ。」
「わーーーー!!!!わーーーーー!!!」
琥珀と由春のやりとりに、今度は挟まれる形となった睡蓮が、顔に紅葉を散らして間に入る。発言が聞こえぬようにわあわあとやかましく喚きながら、びゃっと飛び跳ねて二人の間に割り込んだ。
由春はというと、普段大人しい睡蓮らしからぬ行動にポカンとしたのち、琥珀の言葉がじわじわと頭に染み渡ってきたらしい。ぱかりと口を開けたまま、うなじまで染め上げて恥ずかしがる睡蓮の後ろ姿を見つめると、ワナワナと唇をふるわした。
「くっちまった…?」
「まぐわった。」
「うわああ由春様に変なこと教えないでってばあ!!」
「ま、まぐわっ…」
はぁあ…!と溜息とも取れるような悲鳴混じりの驚愕を声に出すと、由春はへなへなとその場に座り込んだ。
「ぎゃっゆ、由春さま!ご気分が優れないのですか!」
「ほっとけ、どうせお前が大人になっちまったのが衝撃だったんだろうよ。」
ワナワナと震えている由春の肩に手を添える。睡蓮が心配そうに膝をつき、顔を覗き込むとほぼ同時に由春はガバリと顔を上げると、琥珀を指差して叫んだ。
「ゆ、由春のなのに、由春の睡蓮なのにいいい!!」
「げっ」
ぶびゃあっ、とあまりにも分かりやすく幼児のように喚くと、ぎゃああと大泣きをし始めた。見る見るうちに空に雲がかかり、ポツポツと地べたに水滴を染み込ませる。琥珀が慌てて顔をあげれば、器用にこちら側だけに分厚い雨雲を被らせているではないか。琥珀は羽が濡れる前にと慌てて人型に戻ると、大扇子を大きく一振りをして、雨雲を散らす。
「な、泣くほど嫌だったのですか…」
睡蓮はと言うと、琥珀同様体をずぶ濡れにしながら、龍の体でもないのに器用に巻きついた由春の頭をよしよしと撫でてやていた。
ヒック、と小さな子のように愚図る由春の好きなようにさせながら、どうしてこうなっちゃったかなあと苦笑い気味だ。
「ゆ、由春がざきに見づげだのに…っ」
「ああ?」
「ゆ、由春のずいれんだのにいいいい!!」
「だああ!!また雨降るだろうが!!泣き止めって、謝らねえけど!!!」
「ぐぇっ!」
し、締まってます由春様あ!と、ぎゅうぎゅう抱きすくめた腕の中の睡蓮から、悲鳴が上がる。由春は、鼻水を擦り付けるかのように睡蓮の肩口に頭を押し付けると、めそめそしながら小さな声で呟いた。
「…も、ぃく…」
「あ?」
「え、」
睡蓮は聞き取れたらしい。長いお耳をピクンと跳ねさせると、ギョッとした顔で振り向いた。
「だから、由春も、椎葉に行く…っ!!!」
「はァ!?」
椎葉!?と、琥珀が素っ頓狂な声をあげて仰天する。睡蓮はというと、由春の後に琥珀に言うつもりだったので、これには大いに参った。琥珀は、説明をしろと言わんばかりに詰め寄るわ、由春は、いいよって言うまで泣いてやる!!とタチの悪い駄々を捏ねている。間に挟まれた睡蓮は、もはやどこからどう処理をしていけばいいのやら。
ちょっと待ってください!!と悲鳴を上げるかのような制止を試みたものの、結局我の強い二人に効くわけもない。ただ睡蓮の情けない悲鳴が山に響くだけであった。
ハン!とそっぽを向いて、臍を曲げてしまった由春を前に、睡蓮は途方に暮れてしまった。
ことの発端は、睡蓮の何気ない思いつきであった。琥珀の傷もよくなったし、絹里の世話もひと段落し、幸からゆっくり休みなさいと休暇をいただいたのである。
怒涛に過ぎていった日々も落ち着きを取り戻しつつある。そして何よりも睡蓮に心の余裕ができた。じゃあ、出来なかったことをやってみようかと勇気を出して、椎葉のお山に帰省してみようと由春に相談を持ちかけたのだ。
「大体、なんでお前が水脈を辿れることを存じておるのだ。」
「ええ、そうおっしゃったのは由春様じゃないですかあ!」
「覚えてない。ふん、睡蓮が強請っても、あの業突く張りの馬鹿天狗が許さんだろうが。」
どうやら、由春なりに心配をしてくれていたらしい。己の預かり知らぬところで、椎葉の山の饒河とひと悶着あったことがバレてしまったのだ。
「大体、なんで私の知らぬところでエライ目ばかりに合うのだ!沼御前が私の寝床を跨いでこちらに侵入してきたせいで、由春の神気はずっとダダ漏れだ!!気ばっか張りつめる羽目になったから、私の自慢の美しい鱗もツヤを無くしてしまった!!」
「だ、だってあれは不可抗力…」
「知るかぁ!!!しかもあのジジイ、帰り際に由春に色気がないだと抜かして去っていきやがった!!この由春の寝床に勝手に侵入してきたくせに!!この若く美しい由春を目の前にして、色気がないだと!?生殖機能死んでるんじゃないかあのジジイ!」
沼御前をジジイ呼ばわりするなら、水喰様は化石なんじゃなかろうか。などと思ったが黙っておく。由春よりも年が上である沼御前は、どうやらこちらに来る時に水脈渡りをしたらしい。
普段、というか、御嶽山の水脈には水神である水喰が司っていることから、あまりこうして土足で踏み入ることはないのだが、よほど急いできたらしい。由春が放ってかれて拗ねて蜷局を巻いていたら、その真上を見知らぬ大蛇が駆け抜けていったので大層仰天したとのことだ。
おかげで水喰に怒られるとびくついて神気を張り巡らせて警戒をしていたようだが、どこの水源にも姿を見せず、途方に暮れていたらしい。それはそうである。だって、沼御前は陸に上がって蘇芳家にいたのだから。
「報告!!連絡!!相談!!」
「は、はいぃ…」
「と言うか、父上も父上だ!!なぜ沼御前に通行の許可を出していたことを言わぬのだ!!由春は、本当に叱られると思っていたのに!!」
ギャン!と鱗をざわめかせ、その身が絡まるんじゃないかと言うほど捩りながら駄々をこねる。睡蓮は、由春の寝床の前で正座をしたまま、申し訳なさそうに縮こまる。
「ほ、報告は…本当に突然の奇襲だったので叶わず…。連絡は、しようとは思っていたのですが、あの、こ、琥珀が怪我をして、そばを離れたくなくてですね…ええと…」
「相談!!」
「は、今こうして由春様に、椎葉のお山に道を繋げていただきたく…」
「やだやだやだ!!!どうせお前ら私を放ってよろしくやるつもりだろう!!ずっこい!!由春ばっか我慢をさせるのは不平等だあ!!」
いい加減に、ここで一人来るべき時に備えると言うのが嫌になったらしい。刺激が足りぬと駄々っ子のように我儘を喚く主に、睡蓮はもうどうしたらいいやらと頭を抱えてしまった。
「日帰りですよう、日帰りできるのも由春様のお力があってこそですう!一日だけ、一日で帰ってきますからあ!」
「いーやーだああ!いい加減あの男のそばにばかりいないで、由春のところに戻ってこい!!お前は私の侍従兎なのだぞ!!」
シュルリと音を立てて、その美しい白い体を睡蓮の周りを囲うようにして巻き付ける。嫋やかな手で睡蓮の両頬を包み込めば、まるで小さな子を叱るかのように顔を覗き込む。
「お前。私の顔が大好きだろう、どら、いくらでも眺めて構わないから、私の言うことを聞きなさい。ね?」
「ち、近いぃ…!」
がしりと頭を固定されたまま。由春が詰め寄ってくる。睡蓮は確かに由春の造作の整った顔立ちが大好きであるが、ひ弱な睡蓮が一度目を合わせて仕舞えば、蛇睨みの如く目が離せなくなってしまうのは分かりきっていたので、頬を染めながら必死で抵抗していた時だった。
「何やってんだコラ!」
「ぎゃっ!」
由春の後頭部に衝撃が走り。間抜けな悲鳴を上げる。痛む頭を抑えるように睡蓮から手を離すと、由春はたんこぶが出来ていないかを確認をするように、おそるおそるそこに触れる。
大丈夫だ、何もこぶは出来ていない。ホッとしたのも束の間で、由春は安心したらフツフツと怒りが込み上げてきた。
「貴様誰の頭を宿木にしたのだ!このうつけもの!!」
涙目で睨みつけるように振り向く。そこには実に不機嫌顔の大鳶の姿をとった琥珀が、バサリと羽音を立てて舞い降りたところであった。
「あれえ!なんで琥珀こんなところに!」
朝。睡蓮が仕事に出かけると言った時は、ご機嫌に見送ってくれたのだが、今は分かりやすく不機嫌顔である。どうやら、仕事帰りにまっすぐ帰ってこなかったことが不服だったらしい。巡回がてら愛しの雌の行動を先読みして行動するあたり、琥珀も随分と過保護を拗らせている。
「俺の知らねえところで由春と乳繰り合いやがって。全く、油断も隙もねえ悪い兎だなァ。」
「乳繰りあってなんかないもの!由春様に頼み事があったからお願いしにきたんだ!」
「待て待て待て!私を挟んで痴話喧嘩をするな!鬱陶しい!」
側から見たら、大きな鳥がピュイピュイと喚いているだけなのだが、由春からしてみれば、猛禽の姿でも子憎たらしいの一言である。バサリと飛んで、再び舞い降りたのは由春の体の内側。挟むなとは言ったが、そう言うことじゃない。渋い顔をして体を解くと、由春は人型をとった。
「ったく、どいつもこいつも、私を巻き込むのはやめてくれ。由春の体は一つしかないのだぞ。」
やれやれとため息混じりに嗜める。己が散々っぱら駄々を捏ねていた事など忘れているらしい。由春は、睡蓮の肩に腕を回して目の前の大きな鳶を見下ろすと、人を小馬鹿にするような笑い方で宣った。
「おい、俺んだ。さわんじゃねえ。」
「ハン、睡蓮の雇用主は父上だぞ、そしてこの私の侍従。だからお前のものなんかではない、この由春のものだうつけもの。」
「悪いけど、俺ァもう遠慮するつもりもねえぜ。こないだ喰っちまったからなァ、そのうち腹に種付けて孕ませるのはこの俺だクソガキ。」
「わーーーー!!!!わーーーーー!!!」
琥珀と由春のやりとりに、今度は挟まれる形となった睡蓮が、顔に紅葉を散らして間に入る。発言が聞こえぬようにわあわあとやかましく喚きながら、びゃっと飛び跳ねて二人の間に割り込んだ。
由春はというと、普段大人しい睡蓮らしからぬ行動にポカンとしたのち、琥珀の言葉がじわじわと頭に染み渡ってきたらしい。ぱかりと口を開けたまま、うなじまで染め上げて恥ずかしがる睡蓮の後ろ姿を見つめると、ワナワナと唇をふるわした。
「くっちまった…?」
「まぐわった。」
「うわああ由春様に変なこと教えないでってばあ!!」
「ま、まぐわっ…」
はぁあ…!と溜息とも取れるような悲鳴混じりの驚愕を声に出すと、由春はへなへなとその場に座り込んだ。
「ぎゃっゆ、由春さま!ご気分が優れないのですか!」
「ほっとけ、どうせお前が大人になっちまったのが衝撃だったんだろうよ。」
ワナワナと震えている由春の肩に手を添える。睡蓮が心配そうに膝をつき、顔を覗き込むとほぼ同時に由春はガバリと顔を上げると、琥珀を指差して叫んだ。
「ゆ、由春のなのに、由春の睡蓮なのにいいい!!」
「げっ」
ぶびゃあっ、とあまりにも分かりやすく幼児のように喚くと、ぎゃああと大泣きをし始めた。見る見るうちに空に雲がかかり、ポツポツと地べたに水滴を染み込ませる。琥珀が慌てて顔をあげれば、器用にこちら側だけに分厚い雨雲を被らせているではないか。琥珀は羽が濡れる前にと慌てて人型に戻ると、大扇子を大きく一振りをして、雨雲を散らす。
「な、泣くほど嫌だったのですか…」
睡蓮はと言うと、琥珀同様体をずぶ濡れにしながら、龍の体でもないのに器用に巻きついた由春の頭をよしよしと撫でてやていた。
ヒック、と小さな子のように愚図る由春の好きなようにさせながら、どうしてこうなっちゃったかなあと苦笑い気味だ。
「ゆ、由春がざきに見づげだのに…っ」
「ああ?」
「ゆ、由春のずいれんだのにいいいい!!」
「だああ!!また雨降るだろうが!!泣き止めって、謝らねえけど!!!」
「ぐぇっ!」
し、締まってます由春様あ!と、ぎゅうぎゅう抱きすくめた腕の中の睡蓮から、悲鳴が上がる。由春は、鼻水を擦り付けるかのように睡蓮の肩口に頭を押し付けると、めそめそしながら小さな声で呟いた。
「…も、ぃく…」
「あ?」
「え、」
睡蓮は聞き取れたらしい。長いお耳をピクンと跳ねさせると、ギョッとした顔で振り向いた。
「だから、由春も、椎葉に行く…っ!!!」
「はァ!?」
椎葉!?と、琥珀が素っ頓狂な声をあげて仰天する。睡蓮はというと、由春の後に琥珀に言うつもりだったので、これには大いに参った。琥珀は、説明をしろと言わんばかりに詰め寄るわ、由春は、いいよって言うまで泣いてやる!!とタチの悪い駄々を捏ねている。間に挟まれた睡蓮は、もはやどこからどう処理をしていけばいいのやら。
ちょっと待ってください!!と悲鳴を上げるかのような制止を試みたものの、結局我の強い二人に効くわけもない。ただ睡蓮の情けない悲鳴が山に響くだけであった。
10
お気に入りに追加
238
あなたにおすすめの小説
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編をはじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる