ヤンキー、お山の総大将に拾われる2-お騒がせ若天狗は白兎にご執心-

だいきち

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琥珀の足りないもの

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 そんなことは言っていても、まあ日にちというものはあっという間に経つものである。
 水喰から言い付けられたひと月は、琥珀の回復を待たずしてまたたく間に過ぎ去り、そして睡蓮の目標であった、琥珀と最後まで事を成す、というのも儘ならぬうちに、迎えが来てしまったのだ。
 
「睡蓮、ああ、なんてこと!こんな姿になって!」
「さ、幸さま…っ!僕は大丈夫ですよう!」
「一体どこが大丈夫だというのです!あなたの可愛らしいお手手が、ああ、もう、」
「ひゃっ」
 
 由春から、睡蓮の居場所を聞きつけた幸が、赤子を抱えて水喰と共に蘇芳の屋敷に突撃してきて、もう数十分はこの有様であった。
 幸は、睡蓮の左腕を見て悲鳴をあげたかと思うと、水喰に生まれたばかりの赤子を任せ、真っ先に睡蓮を抱きしめたのである。
 
「あ、あわわ…幸様、ぼ、僕もお子様にご挨拶がしたいですっ」
「ええ、ええ、それは構いませんが…うう、頑張りましたね睡蓮、よしよし。」
「水喰様のお顔がすごく怖いんです幸様ぁー!!」
 
 美しい幸の胸元にしかと抱きすくめられながら、睡蓮は顔を真っ赤にしてワタワタとする。幸の背後で、物凄く大人気ない理由でこちらを静かに睨みつけている水喰がいるのだ。
 しかしここは蘇芳家の屋敷の玄関口、無論この三人だけではないわけだ。上半身に包帯を巻いた琥珀が寝癖だらけで姿を表すと、水喰はますますその整った表情を変えぬまま、背後に不満極まりないと言わんばかりの暗雲を背負う。
 
「人妻の目前に現れてはいけない風体だな琥珀。」
「人妻っていうのやめろや。」
 
 マジで悪いことをしている気分になるわ。そう言って、渋い顔をする。その背後から、天嘉や蘇芳も顔を出すと、水喰の抱いている赤子に真っ先に反応して、天嘉がニコニコしながら睡蓮を抱きしめていた幸に歩み寄った。
 
「幸、ほら一先ず睡蓮から離れてやって、積もる話もあるだろうけど、まずは紹介してくれよ。」
「うう、そ、そうですね…」
 
 名残惜しげに睡蓮から離れると、幸は水喰から、生まれたばかりの由春の弟を受け取った。皆が覗き込むように幸の腕の中の赤子を見やる。透き通った肌に、ふわふわの黒髪、そして赤子ながら、水喰に似て将来が楽しみなくらい整った顔であった。柔らかな目元は幸に似ている。しかし、不機嫌気味の口元などは、由春もだがしっかりと水喰の血を受け継いでいるようだった。
 
「わあ…!可愛い!」
絹里きぬさとと名付けました、由春もきちんとお兄ちゃんが出来るといいんですけど。」
「きぬちゃんかあ、こはもこんな感じだったんだぜ?」
「おい、あまり見るな。絹里が減る。」
「減りません、もう、水喰様のうつけもの。」
 
 むくれた幸が、頬を染めながら覗き込むように目を輝かせる睡蓮を、ちらりと見る。
 子の誕生を心待ちにしてくれていた、優しい侍従に抱いて欲しかったのだが、きっとそれも叶わないだろう。恐る恐る絹里の頬にチョンと触れて、くふんと笑う睡蓮の姿に、やはり幸は切なくなてしまう。
 
「絹里の遊び相手になってあげてくださいね、睡蓮。」
「ええ!ま、まだおそばに置いていただけるのですか!」
「もう、何をいうのですか。貴方も私たちとは家族も同然、腕が使えぬからと言って、追い出したりなんてするものですか。」
 
 幸の言葉に、睡蓮が嬉しそうにオッポを振り回す、今にも跳ねてしまいそうなくらいに喜ぶ睡蓮に待ったをかけたのは琥珀であった。
 
「却下。」
「へ、」
 
 むすりとした顔の琥珀が、二人に水を差す。無論、幸も睡蓮も、一瞬何を言われたのか分からず、ポカンとした顔で琥珀を見やる。
 
「今、なんて?」
「だから、悪いけど睡蓮連れて帰んのはやめてくれ。」 
「え、だ、だって僕のお家、」
「だから、いらねえだろう。」
 
 琥珀の、不機嫌な顔の理由も、そして突然の横暴の理由もわからぬまま、戸惑ったように幸と顔を見合わせる。
 しかし、理解していない二人ではあったが、どうやら伴侶である水喰は意味を理解したらしい。目を細めると、その紫の瞳で蘇芳を見た。
 
「つまりそういうことか、蘇芳。」
「うむ、すまぬなあ水喰。琥珀がそう言うだろうとは、薄々は思っていた。」
「俺は構わぬが、由春は怒るだろう。」
「そこはお前が父親なんだ。よくよく言っておいてくれ。」
 
 にこりと笑って、そんな事を宣う蘇芳の横で、天嘉は目を輝かせて睡蓮と琥珀を見た。野暮は言わないが、なんとも心躍る展開であった。そんな浮き足立っている天嘉の高揚に気がついたのか、琥珀は顔を赤らめながら、ますます顔を不機嫌に歪める。
 
「幸さん、悪いけど睡蓮は俺にくれねえか。大事にすっから。」
「そんな、睡蓮は犬猫じゃないのですよ。」
「ああ、…まて、今のって伝わってねえ感じ?」
 
 己の言葉がうまく伝わってはいなかったらしい。琥珀は、まるで確認をするように両親に振り向くと、幸は天然だからなあ。と、なんとも暖かい目で微笑まれる。違う、そういうのが欲しいんじゃない。
 
「睡蓮は兎ですし、愛玩動物でもありません。理知的な貴方がそんな無体なことを言うだなんて、一体どうしたというのです。」
 
 幸が庇うように睡蓮の前に出る。話題の中心である等の本人も、一体なんのことやらと言わんばかりで首を傾げる始末。琥珀は心底頭の痛そうな顔をすると、しばらく考え込むように俯いた後、ようやっと腹を括ったらしい、顔を上げると、真っ直ぐに幸の顔を見て言った。
 
「好きだから、取り上げねえでくれって言ってんだ。」
 
 不機嫌な顔でありながら、その顔に紅葉を散らしたかのように赤く染め上げる。琥珀の一世一代の告白だ。まさか本人を察しおいて、雇い主に言うあたりがお察しであるが、それでも、睡蓮の長いお耳にはしっかりと聞き届けられたようだ。
 
「ひょわ…」
 
 幸の背後で、睡蓮の長いお耳が引き伸ばされるかのようにしてびゃっと伸びる。妙な声を出した睡蓮は、幸の腕に縋り付くようにヘナヘナともたれかかると、琥珀の言葉の意味を理解したらしい幸が、口を開けたまま固まった。
 
「…睡蓮、返事。」
「ひゃわ…」
「返事ぃ!!」
「おおっ、お願いしますうっ!!」
 
 痺れを切らした琥珀の二度目の催促に急かされるように、睡蓮が声を張る。幸はようやく思考が戻ってきたらしい、数度瞬きをして、天嘉を見遣る。
 
「つ、つまりあの、これは浮いた話でしょうか…」
「おう、うちの息子とお宅の侍従の浮いた話だな。」
「す、好いた…腫れた…の?」
「現在進行形でな。」
 
 にっこりと、幸の大好きな太陽のような笑顔で頷いた天嘉に、幸はブワリと顔を輝かせる。わかりやすい表情の変化に、隣にいた睡蓮がギョッとした顔で見上げると、ガシリとその両肩を鷲掴まれ、琥珀の前に押し出された。
 
「うちの子をよろしくお願いいたします!」
「ささささ幸さまっ!?」
「骨の髄まで美味しくいただきます。」
「なにその怖い言葉!!」
 
 琥珀の男らしい腕が、ガシリと睡蓮の左腕を掴んで引き寄せると、飛び込む形で熱い胸板へと強かに顔面を打ち付ける。鼻を押さえ、涙目のまま慌てて見上げると、実に満足そうな顔をした琥珀が睡蓮を見下ろしていた。
 
「睡蓮、お前には世話になったな。まあ、俺からもよろしく頼む。」
 
 なんとも可愛らしく頬を染めながら、静かに高揚している幸の肩を抱いた水喰が、そんなことを言う。言外に、住み込みじゃなくて通いで頼むと言われているような気がして、おどおどしながら確認を取ろうとすると、水喰は小さく頷いて、あとは若いものに任せればよろしいなどと締めくくった。
 
「僕またおうちなくなっちゃうの!」
「あに言ってんだ。お前は俺んとこ来りゃあいいだろう。」
「でもこれ以上蘇芳様と天嘉殿にご迷惑はかけられないもの!」
 
 アワアワしている睡蓮の言葉に、なんだそんなことかと蘇芳が笑う。思わず何事かと睡蓮が見上げれば、蘇芳は堂々と爆弾を落とした。
 
「うむ、琥珀よ。お前も独り立ちをせねばなるまいからな、軍資金は出してやるから、お前も家を持ちなさい。」
「お、おい親父、それはつまり、」
「ああ、お前も睡蓮を娶る気でいるなら、居を構えろということだなあ。」
「んな…っ」
 
 蘇芳の発言に、その場にいた天嘉、そして琥珀と睡蓮までもが絶句する。それぞれ言いたいこと、聞きたいことが山ほどあるのだが、もはやどこから突っ込むべきなのか。一先ず、先に我に帰った天嘉だけは大いに反対をしていたが、これが天狗のしきたりだと言われて仕舞えば何も言えぬ。
 
「元服も済んだ、気に入りの雌もできた。ならば足りぬのは家ばかりなり。うむ、きばれよ琥珀。」
 
 などと申して完結させるので、頭の痛い思いをする。先程までの和やかな空気は何処へやら。幸も水喰も、蘇芳の気ままな発言に振り回される二人を哀れに思いながらも、まあこちらも由春に同じことを申した分、これも成長かと思い口には出さなかった。


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