ヤンキー、お山の総大将に拾われる2-お騒がせ若天狗は白兎にご執心-

だいきち

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化け狐の饒河

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「ふぇっくしゅん!」
「風邪かい?漢方でも処方しておこうか。」

 長い耳をびゃっと振るようにくしゃみをした睡蓮に、青藍は笈から薬包を取り出す。天嘉から気にかけてやってと言われている為、数度こうして睡蓮の体調確認をしているが、日に日にぼんやりしてきたというか、まあ、有り体に言えば雌のようになってきている。
 兎の発情期は、長い。今日で七日目、通常だともう終わりであろう。しかし、腹にいまだ咥え込むことも叶わなかった睡蓮はというと、腰の奥の重だるさは未だ引きずっているようであった。

「発情期おわったら熱だもんなあ。やっぱあれかね、琥珀の精液を座薬にして入れちまったほうが早えんじゃねえの。」
「んなっこ、っとない!!なんてこと言って、もおーー!」
「だはは!照れてら、想像しちまったんかい、かあいらし。」

 けらけらと笑う青藍に小突かれながら、睡蓮は小さなお手々で顔を隠すようにして恥ずかしがる。琥珀の唾液を求めるように、毎夜唇を重ね、尻をいじられる。挿入には至らず、尻の合間に擦り付けるようにして互いの熱を誤魔化しているのだ、琥珀には済まないと思っている。

「睡蓮、」
「ひゃあ!」

 突然開かれた障子に、びっくりしすぎて変な声を出してしまった。それすらも面白かったようで、青藍はばんばんと畳を叩いて笑いを堪える、いや、堪えられてはいなさそうであった。

「腕は、やっぱダメそうか。」
「う、うん…うわ、あわわ…」

 睡蓮の素っ頓狂な声は疾うに慣れたらしい。さも当たり前かのように、後ろに腰を下ろすと、その薄い腹に手を回して体を引き寄せた。大きな手のひらが労るようにして左腕に添えられる。睡蓮はというと、きゅうっと唇を引き結んで、顔色を真赤に染めていた。

「おい乳繰り合ってんじゃないよ、ったく。」
「乳繰り合ってねえ。」
「それでえ?」

 琥珀はというと、全くの無自覚であった。そんな己のものだと示すかのように腹に抱え込んで、何を言っているかわからないといった面でこちらを見る。蘇芳は自覚ありでやっていたが、琥珀の無自覚は天嘉に似たのだなあと、そんなことを思ってしまった。

「こは、でも、ちょっときはずかしい…」
「どこが。」
「えぇ…」

 ふんす、とむすくれたまま、睡蓮の動かぬ左手に指を絡ませる。心做しか右腕に比べてやせ細った気がしないでもない。包帯を手に取り、琥珀はその手に巻なおしながらそんなことを思った。

「ふぇっくしゅ、」
「風邪か?」
「連日裸で寝かせてっからだよすけべ。」
「あー…、大丈夫か。」

 否定はしないのか。青藍はやれやれといった具合で数日分の薬を処方すると、熱だけではない理由で頬を染めた睡蓮の顔を見やる。

「ま、さっき言った事は考えておきな。」
「だ、だからしないもの…」
「お前はそうでも、琥珀はちがうかもしれないだろう。」
「あ?」

 どうやら己が話題に出されていたらしいと理解すると、片眉を上げて興味を示す。睡蓮はふるふると首を振って気にするなと伝達を試みたものの、いたずらっぽく笑う青藍によって、弁護を求めるまもなく二人きりにされてしまった。酷い、掻き回すことが趣味なのだろうか。

「うぅ、」
「睡蓮。」

 腹に回った琥珀の腕の力が強くなる。ぴとりと背中に熱が触れて、胸の忙しない鼓動は発作のように、睡蓮の情緒に支障をきたす。

「い、」
「い?」

 血管の浮いた男らしい無骨な手の平が、ゆっくりと睡蓮の下腹部に触れる。その行為だけでも、自分の頭の中が桃色に染まるように、妙な気分になってしまう。

「挿れてえ、はやくここに。」
「う、…」
「そうしたら、お前のここを知るのは俺だけになる。」
「うん…」

 その手の甲の血管に触れるように、睡蓮の細い指が辿るようになぞる。琥珀の指の間に、薄桃色の指先が絡まろうとしたときだった。

「……、」

 ぴくん、と睡蓮の指先が跳ねた。その長い耳がぴこんと立ち上がり、小さな物音一つ聞き漏らさぬようにと、ゆっくりと顔をあげる。

「睡蓮?」
「あ、う、うそっ」
「おい、」

 声が震えている。睡蓮はまるで琥珀に身を預けるかのように体を押し付けると、背中に右腕を回してぎゅうっと抱きついた。普段せぬ睡蓮の行動に、琥珀はわけがわからぬままゆっくりと背に腕を回す。守ってくれと言わんばかりの睡蓮の行動に、少しだけ胸の奥が満たされたような気がした。

「すいれ、」
「お願い、ぼ、僕を隠して!」
「隠してって、」

 ぽひゅんと情けない音を立てて、睡蓮が兎の姿を取る。そのまま琥珀の着物の袂に顔を突っ込んだかと思えば、止めるまもなく服の中に入り込んでしまった。

「おい、何やってんだお前。」
「睡蓮殿ーー!」
「あ?」

 琥珀の着物は、腹の辺りに睡蓮を抱え込んだ為に、妊娠をしているかのように膨らんでいた。渋い顔をしながら、そこに手を突っ込もうとしたのだが、その手を止めたのはツルバミの睡蓮を呼ぶ声であった。

「琥珀殿、睡蓮殿は何処に。」
「…何で睡蓮を探してる?」
「へえ、水喰様がお見えになっておりまする。」
「水喰が?」

 もぞり、と琥珀の腹を睡蓮の毛皮が撫でる。ちろりと腹を見ると、どうやらツルバミも睡蓮がそこにいるのだと察したらしい。

「お眠りですか?」
「いや…悪いけど具合が良くないって言ってくれ。」
「神を突き返すのですか?」

 琥珀の言葉に、ツルバミが眉を寄せた。服の中の睡蓮の身に、そっと手を添える。琥珀はきろりと金色の瞳でツルバミを見ると、その瞳を光らせた。

「勉強不足だな。水喰は律儀に玄関からなんて来ないさ。てめえは誰だ。」
「ゲコッ?な、ど、どうしたというのです。」
「神の名を借りて騙すだと?うちのツルバミはそこまで馬鹿じゃねえよニセモノ。」

 鋭い猛禽の瞳で睨みつけられ、目の前の侍従蛙は冷や汗を吹き出した。腹に収まった睡蓮の身を支えながら、琥珀は立ち上がる。そのままぴしりと固まったまま動かぬツルバミの前まで歩み寄ろうとした時だった。

「このニセモノめがぁ!!」
「ゲェエッ!!」

 突如、座敷の襖が勢いよく吹き飛んだかと思えば、ちまこい体に薙刀を持ったツルバミが、勢いよく突っ込んできたのである。

「どわっ!!っぶねぇ!!」
「ひゃっ」

 ブォン!という遠心力で空を切る音と共に、ツルバミの一打が琥珀とニセモノの間に突き刺さる。二人して顔を真っ青に染めて飛び退ると、琥珀の目の前でくるくると回転をしながら飛んでいった侍従蛙の姿は、またたく間に着物をまとった稲穂の髪を持つ妖かしへと姿を変えた。

「本性を出しましたな!!この化け狐めが!!ご夫婦の留守はこのツルバミめが預かっておることを思い知らせてやりましょう!!」
「いや俺もいるんだけど。」
「琥珀殿はそちらをお守りくださいませ!!」

 ゲコォ!!と叫んで、ツルバミは身の丈より長い薙刀をどむん!と地べたに突き刺した。器用にその柄に張り付くと、顔を抑え立ち上がった目の前の狐男に、勢いよく水を吹きかけた。

「くっ、蛙風情が私の体に水を吹きかけるなど、許されると思うなよ!!」
「ならばこの身を狐火で焼きますか。ふふん、面白い。沼御前の金魚の糞が、このツルバミに知略で叶うと思いますな!!」

 げこりと鳴いたツルバミが、そのままじんわりと薙刀の根本から何かを染み込ませる。徐々にそれは地べたに広まり、それはあっと言う間にその一体を沼に変えた。

「うわっ、こんなにしちまってどうすんだ!」
「だまらっしゃい!!ツルバミは今手が離せぬのです!琥珀殿はそこにおっちゃんこしてなされ!!」
「やべえ、いきいきしてやがる。」

 こうなったツルバミは、もう誰にも止められぬ。仕方なく、言われるがままに腰を下ろすと琥珀は服の中の睡蓮を見た。
 耳を伏せ、ちまこく震えながら、可哀想におびえている。宥めるようにその身を布越しに撫でながら、大暴れをするツルバミを見やる。

「毒沼か、くそ!青蛙だろうが!なぜ蝦蟇の持つ毒を貴様が使える!」
「はん!何年生きているとお思いか!ぽっと出の若蛙なんぞと比べられても迷惑ですな!!」

 化け狐の男は、その下駄が煙を立てて溶ける様子を見ると、身を翻して木に飛び移る。手を振り下ろすかのような仕草をすれば、どこからか現れた輪入道が、その身を燃やしながら飛び出てきた。

「思い通りにいかぬのなら燃やすまで!!聞こえるか睡蓮、お前のせいでこんな諍になったのだ!!」

 顔を歪めて笑う男に、琥珀が小さく舌打ちをする。その身を回転させながら身を燃やす輪入道が、その瞳に既知感を覚えたらしい。まるで急停車するかのようにつんのめった。

「げぇ!!!やっぱりお前の知り合いかっ!!!」
「猿彦貴様、私の命を聞かぬか!!」
「むりだの饒河の旦那!こいつ水も使うんだ!」

 狐の男は、饒河というらしい。毛を逆立てて思いの儘にいかぬことを憤ると、悔しそうに歯噛みした。
 琥珀はよりにもよって両親が買い出しに出ているときに来るだなんてと頭が痛そうにすると、睡蓮に手を添えたまま、その饒河と呼ばれた男を見やる。
 稲穂のような髪色に、澄んだの灰の瞳。黙っていれば整っている方なのだろう。饒河はその琥珀の手元をじとりと睨みつけると、心底蔑んだ瞳で、ニヤリと笑った。
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