ヤンキー、お山の総大将に拾われる2-お騒がせ若天狗は白兎にご執心-

だいきち

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琥珀の奔走

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 あれから、三日ほどが経った。睡蓮の発情期も少しずつ治ってはきたものの、やはりその小さな尻はなかなか熟れず、三日目にしてようやっと三本目を含んだところで悲鳴をあげる羽目になった。
 
「すまねえ、その…大丈夫か。」
「ぼ、僕がやめないでって言ったから…その、」
 
 充てがわれた座敷の真ん中で、床にふせっている睡蓮の真横で武士のように座りながら、琥珀はなんとも居た堪れなさそうな面を晒して宣った。
 
「俺ぁ確かに医者だけどね、まさかこんなことで呼び出されるとは思いもしなかったよ。」
「うっ」
 
 かちゃかちゃと使った軟膏を片付けながら、呆れた声で宣ったのは青藍である。息を詰まらせ、何も言われていないと言うのに嗜められた気がする睡蓮は、真っ赤に染まった顔を布団で隠した。
 
「んで、この場合いけねえのは睡蓮、お前だね。」
「う、うん…わかってる。」
「は、まて俺だろう。」
「馬鹿言いなさんな。こちとら雄の生態なんぞ一番わかってんだ。歯止め効かねえのわかってて煽ったこいつがいっとうタチ悪いに決まってるだろうが。」
「あう…すみません…」
 
 布団から僅かに見える頭をベチんと叩かれ、睡蓮は心底申し訳なさそうに声を漏らす。
 青藍が、なぜ琥珀に呼び出されたか。それは、睡蓮が頑張ると意気込んだせいで、蕾の淵が切れてしまったのであった。
 あの瞬間の、睡蓮の待ってを聞き入れなかった琥珀も確かに悪い。だが、雌を前にして止まれと言う方が酷である。煽られた雄がどれ程までに本能に忠実かだなんて、青藍は己の体験談からよく存じ上げていたのだ。
 
「そんなに嵌めたいなら、張り型でも突っ込んで一日過ごすとかすりゃあいいだろう。ただでさえお前さんは尻が小さいんだ。好いた奴と繋がりてえって気持ちは汲んでやるけどよ。」
「はりがた…?」
「うっそだろう!!琥珀、お前なんて無垢に手ぇ出しやがったんだいこのお馬鹿!!!」
「イッテェ!!」
 
 バコンと青藍にぶっ叩かれた琥珀が、痛む頭を抑えながらも、信じられないものを見るような目で睡蓮を見る。嘘だろう。その歳で張り型も知らぬ雄なんているのかと、そう言った目である。とうの睡蓮はというと、眉間に皺を寄せた琥珀も格好がいいなあとうっとりとしていた。
 
「ふむ、まあ互いがお馬鹿なのはようっく理解した。」
「張り型知らねえとか…うぶにも程があるだろう…」
「ええっと…流行りもんなの…?」
「そんなもん流行ってたまるかぁ!!」
 
 妙な勘違いをしている睡蓮に訂正をしようとしたが、やめた。そう言うのを知らぬうぶさもまた、アリなのかも知れねえと思い返した為である。そんな下心を抱いた琥珀の表情を見て、青藍だけは白けた目を向けていたが。
 
「まあいいやな。なんなら発情期終わってから市井にでもいって見てみりゃあいい。アカナメんとこで売ってるからよ。」
「なんでそんなこと知ってんだ。」
「通和散おろしてっから?」
「なんてもん副業にしてやがるこの人妻!!!」
 
 琥珀の言う通和散がなんなのかは知らないが、睡蓮はなんだかそう言ったものに己が疎いのは、怠慢かも知れぬと思い至った。元来から生真面目でありながら、不器用でもある睡蓮が、己を磨くために巷の話題を知らねばと思うのは当然の事だろう。琥珀も青藍も、まさか睡蓮がそう腹に決めたなどついぞ思わぬ、二人のしょうもない会話の掛け合いは、止まる気配もない。
 
ー天嘉殿なら知っているだろうか。でも、もしかしたら不躾なのかも知れない。やっぱり、同じ雄に聞いた方がいいのかも…。
 
 とは言っても、睡蓮の知り合いの雄といえば、宵丸とツルバミ、よいしょくらいだし、鐘楼さんは琥珀が怒るだろう。まさか仕えている由春にも、水神である水喰や幸にも聞けぬ。睡蓮が、うーんと悩んでいれば、バサリと羽の音がして、庭先に十六夜が降り立った。
 
「ご歓談中失礼いたしまする。琥珀殿、市井の巡回で輪入道と大蝦蟇が暴れましてな。取り締まったのですがいかんせん頭を出せとやかましく。」
「喧嘩かい、どうせ腕試しがしてえんだろう。ならどっちが格上か教えてやった方が早いだろうよ。」
「睡蓮殿はよろしいのですか。」
「すぐ戻る。待てるか睡蓮、」
「あ、うん…。」
 
 立ち上がった琥珀に、つい縋りそうな目を向けてしまった。いけない。琥珀は睡蓮だけのものではないと言うのに。おずおずと起き上がると、ぺたりと座ったままふにゃりと笑う。
 
「僕、待ってられるよ。琥珀、頑張って。」
「…引き止めねえのか。」
「なんでちょっと残念そうなんだ。そんなに名残惜しいなら、さっさと納めて戻ってきな。」
 
 けっと吐き捨てるように青藍が宣う。無論ぐうの音も出ぬほどの正論であるからして、背後で控えていた十六夜もうんうんと頷く始末であった。
 
「それにね、軽減したとはえ、まだお前さんの発情期は終わっていないんだからね。まったく、尻だって痛めてんだから、あんまり燥ぐんじゃないよ。」
「わ、わかってますよう…」
 
 指摘されて、なんとなく居た堪れない。睡蓮は耳をへたらせ落ち込みはしたが、居候の身であるし、それに何よりも琥珀は山を背負っているという身分である。いっかいの妖かしである睡蓮なんぞ一人にはかまけてはいられぬだろう。
 小さな頭の上に、琥珀の大きな掌が乗せられた。そのまま髪を掻き乱す様にして撫でられるのを大人しくしていれば、そっと頬を撫でられてから手を離された。
 
「まあ、すぐ戻る。」
「うん、」
 
 そんな二人の様子を、青藍も十六夜も、少しだけ驚いた様子で見つめていた。あの琥珀が、こうも労わりを込めて接するなど思わなかったらしい。身内以外には、計算で動く男である。数々の浮名を流してきたのも、軽薄そうに見えた方が、色々とやり易いからだ。

 故に、今回の件もそうだ。ここの大将は遊び人だから、その首をとってこちらが総大将になってやろうじゃないかという腹つもりで挑んでくるものか、或いはある程度の傘下をもつ、いわゆる名前持ちであるのだろう。そう言った物知らずを誘き寄せ、徹底的に叩きのめして取り込むために、琥珀は軽薄を装っている。
 
 屋敷に睡蓮を残して飛び立った。いつもより飛ぶ速度が速い。十六夜はもう眼下にある屋敷をチラリと見やると、小さく笑った。
 
「よもや琥珀樣も囲う雌がお出来になるとは。」
「ぶっ…」
「何、大天狗は元来一途です故。何も恥じることはないですよ。」
「変な邪智するな、俺はまだ睡蓮に何も言ってねえしな。」
「なら、早く申されよ。雌の前では、我々雄は阿呆にしかなりませぬぞ。」
 
 お父上を思いだされよ。そう言われて、琥珀は引き攣り笑みを浮かべた。バサリと羽を羽ばたかせ、知ってら。と言おうとして、赤橋付近で暴れる妖かしを目に留めた。
 
「どこの奴らだ。」
「椎葉からきたと。」
「沼御前の縄張りじゃあねえか。挨拶もまだできてねえ、丁度いいやな。」
 
 羽を引き伸ばすようにして、琥珀が急降下する。飛び方に長けている十六夜ですら行わぬ奇襲だ。おそらく、琥珀の目の前で蝦蟇の舌が小坊主の側に飛んできたのがきっかけだろう。
 
「人の縄張りで好き勝手してんじゃねえ。」

 縮こまった小坊主の目の前に降り立つと、顕現させた錫杖の柄で蝦蟇の舌を押さえ込む。炎を噴き上げて突っ込んできた輪入道を羽ばたき一つで鎮火させると、琥珀は蝦蟇の舌を高下駄でぐりぐりと踏みつけながら、吐き捨てるように宣った。
 
「雌待たせてきてんだ。悪いけど纏めて来てくれた方が手間が省ける。」
「なんだとう、貴様、若天狗のくせに生意気な。」
「蘇芳だ。蘇芳を出せ、貴様なんぞ話にならぬ。」
 
 再びその身を燃やして喚く輪入道に、蝦蟇も舌を仕舞い込んでは踏ん反り返るようにして腕を組んだ。
 稀にいるのだ、代替わりを果たしても理解を示さぬ古いものが。どうやらこの二人もその口らしい。琥珀は耳の穴をほじりながら、馬鹿にした態度で話を聞き終えると、持っていた錫杖をそっと霧散させた。
 
「いいぜ、こちとらお預け食らって溜まってんだ。好きなだけ相手してやっからよ。十六夜、人払いしな。俺ぁバリバリっとやりてえ。」
「頼まれましたが…ほどほどにですよ。取り込めたのなら加減をしてやってください。」
「多分な。」
 
 バチり、と琥珀の身の回りに青い稲妻が走る。どうやら久しぶりに若天狗が暴れるらしいと悟ったものは、十六夜の指示のもとそれぞれが散っていく。
 
「礼儀も知らぬ若天狗風情が、」
「我らの合わせ技でこんな街なぞ燃やし尽くしてくれるわ!!」
 
 纏っていた着物を脱ぎ捨てた蝦蟇が、それを勢いよく放り投げた。風によって上空に舞い上がった着物に向け、達磨顔を真っ赤に染め上げた輪入道が炎を噴き上げる。蝦蟇油が染み込んだその着物へと瞬く間に炎が伸びたその瞬間、琥珀はその金色の目を細め、その身をかがめた。
 
 
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