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言えないよ
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なんてことだろう、もしかしたら死ぬのかもしれない。睡蓮は、そんなことを思った。
朝っぱらから、なんともいえぬ心地で目が覚めた。全身の気怠さは無視できぬ。そしてなによりも、この状況も無視は出来ぬのだ。
「……ぉ、はよ」
「おう、」
蚊の鳴くような、そんな消え入りそうな声である。そんな睡蓮の声を受け取った琥珀はというと、掠れた声で端的に返事をした。
衣擦れの音がして、男らしい腕が睡蓮の背に回る。そのまま腹の上に華奢な体を乗せるかのようにして仰向けになった琥珀は、その胸板に顔を埋めて縮こまる睡蓮を見やる。
「体、具合は。」
「…、へいき…」
「こっちは、」
「ひゃ、っ」
片手で頭を撫でられたまでは、嬉しい。だけれど、そのもう片方が向かった先は、むき出しの睡蓮の尻である。琥珀の指が蕾に触れる。熱を持ったように、蕾はひりついていた。
「痛い?」
「す、すこし…」
「ん、頑張ろうな。」
「うん、」
睡蓮の額に、琥珀の唇が寄せられる。昨日、あの後の話だが、結局挿入までには至らなかったのだ。
未経験の睡蓮のそこは、いくら発情期だからといってそう簡単に緩まるわけもなく、体格の違いも相まってか、琥珀の指を一本根本まで含ませる程度で音を上げた。
発情期は、まだ続いている。睡蓮の腹の奥は未だ満たされぬまま、こうして火照った体を持て余し、そして琥珀の欲求も解消されぬまま翌日を迎えた。
「ごめん、あの、きのう…」
「あのな、そんなんで俺が怒ると思うのか?」
「でも、琥珀は」
「イけたし、いい。それに育てる楽しみも出来たしな。」
申し訳無さそうな顔をする、そんな睡蓮を不満に思うわけもなく、琥珀はその瞼に唇を落とした。擽ったそうに瞼を震わした睡蓮が、目元を赤らめながら琥珀を見やる。白い肌に映える薄赤が目に毒だ。心持ちが変わった今、睡蓮の一つ一つの仕草が容易く琥珀の理性の琴線を揺らすのだ。
左腕を使えぬ今、無体を敷いて抵抗もできぬ睡蓮に、己の欲を押し付けるのは違う。しかし、口の中に滲む唾液を飲み下すも、そんなことしても内側の渇きは満たされぬ。
「お前は、」
琥珀が言いかけた時であった。
「おおーい!おきてるかあー!!」
「くっ、」
襖の奥から、天嘉の元気な声が聞こえてくる。息を詰まらせるように言葉を飲み込んだ琥珀は、くぅ、と妙な音を喉奥から出して、がくりと頭を枕に預ける。睡蓮は、余程慌てたらしい。情けない音を立てて兎の姿に戻っていた。
「今いく。ちょっと待ってくれ、」
下履きに着物を羽織った琥珀は、兎姿の睡蓮を小脇に抱え、立ち上がった。まるで小包を持つように腕の中に収まった睡蓮はというと、もっと持ち方があったのではと思ったが、甘んじてそれを受け入れた。
「おはよう母さん、」
「はよ、睡蓮もおはよ。」
「お、おはようございますっ」
琥珀が天嘉の背に腕を回して抱き合う間に挟まれた睡蓮は、なにやら少しだけ照れくさそうである。天嘉がすくい取るように睡蓮を腕の中に収めると、琥珀は不服そうにしながらも、己の腕を組んでそのモヤ付きを抑える。
「な、後でツルバミに言っておくから札貰えよ。」
「ああ、そうする。」
頭上の二人の会話に耳をピクンと動かし、首を傾げながら見上げる睡蓮の頭を天嘉が撫でると、こっちの話と誤魔化した。
ちろりと天嘉が琥珀に目配せをする。やはり息子の恋路は親として気になるらしい。天嘉が視線をやるのと同時に顔をそらした琥珀の、ほんのりと染まった耳先に何かを悟ったようだった。
「今日は赤飯でも炊くか。」
「僕もお手伝いしますよう!」
「やめとけや!」
天嘉の冷やかしに、まったくの無意識ながらも乗った形の睡蓮。この場に琥珀の味方は居らず、天嘉は期待通りの流れにケラケラと笑う。
「手伝うの構わねえけど、睡蓮は先に風呂な。こは、お前も入ってこいよ。」
「そうする。ん、」
「はいはい。じゃ、俺は朝飯作るからまたな。」
天嘉に両手を差し出して睡蓮を受け取ると、またしても小脇に抱えられる。語弊はあるが、やはり抱くのは天嘉殿のほうがうまいなあと思う睡蓮は、短い前足で天嘉を見送ると、はたと気がついたように顔を上げた。
「おふろ?」
「おう、俺とな。」
「こっ、」
琥珀と!?等と宣って驚く睡蓮に、昨日のことを早々に忘れているのかと怪訝そうな顔をする。睡蓮はしばらく口を開けて絶句していたのだが、なにやら光明を見出したらしい。自分を納得させるように数度頷くと、ふんすと鼻を鳴らした。
「うさ、」
「兎のままじゃ駄目だからな。」
「なんでえ!」
「俺んちの風呂毛だらけにする気かお前は。」
「あう…」
言われた通りである。睡蓮はもごりと口を動かすと、諦めたように項垂れた。別に、共に風呂に入るのは構わない。いや、嘘だ。本当は物凄く構うのだが、それにしたって昨日の今日で素肌を見せるなど、ましてや日の明るいうちに晒す事など、睡蓮はそれが恥ずかしくて仕方がなかった。
小脇に抱えられ、初めて露天へと向かうこととなった。普段足を踏み入れぬ場所へと歩みを進めながら、目張りされるかのように生えた竹藪の隙間を縫う、数匹の鬼火を見る。
「わ、ちいさい。」
「ここいらの管理を任せてんだ。風呂掃除とかはこいつらが用具に移ってやってくれてる。」
「そうなんだ…」
睡蓮の赤い瞳を覗き込むように、浮遊するうちの一玉が遊びに来る。天嘉がここに来ると、もっとわさわさと集まってくるので、今日は少ない方だ。見慣れぬ相手に警戒しているのかもしれない。
脱衣所も兼ねている、小さな小屋に備え付けてある長椅子に、睡蓮を座らせる。琥珀は纏っていた着物を脱ぎ捨てると、睡蓮の目の前でなにも恥じぬと言わんばかりに下履きまで脱ぐ。
「みっ」
「おい、猫じゃねえんだから。」
「みみ、みないからっ、あ、のっ早く入ってえ!」
「だからお前も入るんだよ。」
「あ、あう…」
御立派なものを見ないように全力で顔を背けながら、睡蓮は動悸を抑えるように深呼吸を数度すると、よたよたと琥珀に背中を向けて変化を解いた。
昨夜ぶりの、日の下での睡蓮の素肌を視界に入れ、琥珀の目が思わず釘付けになった。睡蓮が背後を向いてくれていて良かった。琥珀は邪な思いを払うかのように一度顔をあげると、気持ちを切り替えて睡蓮を見つめ直した。
「背中に目玉あるわけじゃねえだろう。おら、いくぞ。」
「わっ、」
右腕を掴まれ立たされる。睡蓮は引き寄せられるままに琥珀の後に続きながら、その広い背中をちろりと見た。
「あ、」
琥珀の背中に付いた、見知らぬ傷跡に睡蓮が反応する。これは、昨日の夜に触れた痕だ。肉が盛り上がり、斜めに四つ連なっている。そっとそこに触れると、驚いたらしい。びくん!と琥珀の体が跳ねた。
「おま、ビビらすんじゃねえ!」
「わ、ご、ごめっ!」
振り向き渋い顔をする、そのくせ、やめろと手を振り払わないのは、今までとは違うところであった。
「まあ、構わねえけど…ほら、手ぇ貸しな。」
「え?」
「鈍くせえんだから、滑って右腕まで使いもんにならなかったらどうすんだ。
「あ…」
じんわりと睡蓮の顔が染まる。湯船にもまだ入っていないのに、器用な奴だな。琥珀は意地悪にそんなことを宣って、睡蓮の右手を引き寄せると、腕を掴ませる。
「あの、背中の」
「ダセェとこ指摘すんな。」
「へ!?ごめんっ!」
ケッ、と不機嫌な顔の琥珀に少しだけ慌てた。指摘をされたくなかったらしい。だけど、睡蓮にはそれがなにか、なんとなくわかっていた。
ーこれは、きっと鐘楼さんがつけた傷だ。僕を守って、琥珀が負った。
「………、」
広い背を睡蓮に向けて、琥珀は桶に湯を入れている。肩胛骨の間に斜めに連なるそこは、他の皮膚とは色が違う。細かな傷はいくつもあるが、まだ日の浅いその傷が気になって、睡蓮は石畳のようになっている床に膝をつくと、そっとその背に手を触れる。
「おい、」
煩わしそうな声色だ、だけど、振り払わない。引き締まって、筋肉の動きがわかる。琥珀が身じろぐと、靭やかな体に少しの水滴が伝うのだ。かけ湯をした琥珀の、その傷口が薄紅色に染まっていて、睡蓮は引き寄せられるようにそこに口付けた。
「…お前、」
「こは、ごめんね」
ぺたりと背中に頬をつける。睡蓮の右手をぴたりと羽の付け根になるであろうそこに添えて、小さく謝った。
「お前がこの程度の傷で謝っちまうなら、俺は、お前に左腕をもいで渡すぞ。」
「そんなの、いらないよ…」
「なら、俺もお前のごめんねなんていらねえよ。」
「わ、っ」
そう言って、ぐいっと引っ張られた。体勢を崩した睡蓮が、琥珀の膝に上体を乗せる形になる。思わず驚き琥珀を見れば、睡蓮の柔らかな尻に、琥珀の手の平が添えられた。
「次言ったら、百叩くぞ。」
「ひぇっ」
「お前のごめんなんて、こちとら聞き飽きてんだ。耳タコだっての。」
「うっ、」
見慣れた意地の悪い顔で、睡蓮の柔らかな尾に手を滑らせる。そのままそこをぎゅっと手に包み込むものだから、睡蓮は細い脚を跳ね上げて抵抗した。
「や、そ、そこはだめえ!」
「ならここか?」
「あっ、つ、つけねも、やっ、」
指の腹で、ごりごりと根本を圧迫され、しびびびっと神経を震わせた。そこを押されると、腰の奥が疼くのだ。琥珀の膝の上で、ヘナヘナとしおれた睡蓮は、無意識に尻を持ち上げる。
「お前は俺に、好きにしろって言っていいんだ。」
「ひぅ、っ!」
「言わなきゃ、わかんねえって言ったろうが。」
「あ、っ、」
睡蓮の長い耳を手に収め、その内側をべろりと舐める。ぴくぴくと身を震わす睡蓮の、その胸の頂がツンと立ち上がる。上体を琥珀の膝に落ち着けているので、それがありありとわかるのだ。睡蓮の発情期は、まだ終わらぬ。琥珀はそっと目を細めると、その柔らかな尻の隙間に手を滑らせる。
「睡蓮、お前は俺をどうしたい?」
「ぼ、ぼくは、っ」
はくり、と唇を震わせる。琥珀の熱源が、睡蓮の胸の辺りにあたっている。己で勃ってくれるのが嬉しい。明るい陽の下でも、こうして欲情をしてくれるのが嬉しい。
睡蓮は、言えなかった、だって、そんなの一つに絞れない。絞れないから、言えなかったのだ。
朝っぱらから、なんともいえぬ心地で目が覚めた。全身の気怠さは無視できぬ。そしてなによりも、この状況も無視は出来ぬのだ。
「……ぉ、はよ」
「おう、」
蚊の鳴くような、そんな消え入りそうな声である。そんな睡蓮の声を受け取った琥珀はというと、掠れた声で端的に返事をした。
衣擦れの音がして、男らしい腕が睡蓮の背に回る。そのまま腹の上に華奢な体を乗せるかのようにして仰向けになった琥珀は、その胸板に顔を埋めて縮こまる睡蓮を見やる。
「体、具合は。」
「…、へいき…」
「こっちは、」
「ひゃ、っ」
片手で頭を撫でられたまでは、嬉しい。だけれど、そのもう片方が向かった先は、むき出しの睡蓮の尻である。琥珀の指が蕾に触れる。熱を持ったように、蕾はひりついていた。
「痛い?」
「す、すこし…」
「ん、頑張ろうな。」
「うん、」
睡蓮の額に、琥珀の唇が寄せられる。昨日、あの後の話だが、結局挿入までには至らなかったのだ。
未経験の睡蓮のそこは、いくら発情期だからといってそう簡単に緩まるわけもなく、体格の違いも相まってか、琥珀の指を一本根本まで含ませる程度で音を上げた。
発情期は、まだ続いている。睡蓮の腹の奥は未だ満たされぬまま、こうして火照った体を持て余し、そして琥珀の欲求も解消されぬまま翌日を迎えた。
「ごめん、あの、きのう…」
「あのな、そんなんで俺が怒ると思うのか?」
「でも、琥珀は」
「イけたし、いい。それに育てる楽しみも出来たしな。」
申し訳無さそうな顔をする、そんな睡蓮を不満に思うわけもなく、琥珀はその瞼に唇を落とした。擽ったそうに瞼を震わした睡蓮が、目元を赤らめながら琥珀を見やる。白い肌に映える薄赤が目に毒だ。心持ちが変わった今、睡蓮の一つ一つの仕草が容易く琥珀の理性の琴線を揺らすのだ。
左腕を使えぬ今、無体を敷いて抵抗もできぬ睡蓮に、己の欲を押し付けるのは違う。しかし、口の中に滲む唾液を飲み下すも、そんなことしても内側の渇きは満たされぬ。
「お前は、」
琥珀が言いかけた時であった。
「おおーい!おきてるかあー!!」
「くっ、」
襖の奥から、天嘉の元気な声が聞こえてくる。息を詰まらせるように言葉を飲み込んだ琥珀は、くぅ、と妙な音を喉奥から出して、がくりと頭を枕に預ける。睡蓮は、余程慌てたらしい。情けない音を立てて兎の姿に戻っていた。
「今いく。ちょっと待ってくれ、」
下履きに着物を羽織った琥珀は、兎姿の睡蓮を小脇に抱え、立ち上がった。まるで小包を持つように腕の中に収まった睡蓮はというと、もっと持ち方があったのではと思ったが、甘んじてそれを受け入れた。
「おはよう母さん、」
「はよ、睡蓮もおはよ。」
「お、おはようございますっ」
琥珀が天嘉の背に腕を回して抱き合う間に挟まれた睡蓮は、なにやら少しだけ照れくさそうである。天嘉がすくい取るように睡蓮を腕の中に収めると、琥珀は不服そうにしながらも、己の腕を組んでそのモヤ付きを抑える。
「な、後でツルバミに言っておくから札貰えよ。」
「ああ、そうする。」
頭上の二人の会話に耳をピクンと動かし、首を傾げながら見上げる睡蓮の頭を天嘉が撫でると、こっちの話と誤魔化した。
ちろりと天嘉が琥珀に目配せをする。やはり息子の恋路は親として気になるらしい。天嘉が視線をやるのと同時に顔をそらした琥珀の、ほんのりと染まった耳先に何かを悟ったようだった。
「今日は赤飯でも炊くか。」
「僕もお手伝いしますよう!」
「やめとけや!」
天嘉の冷やかしに、まったくの無意識ながらも乗った形の睡蓮。この場に琥珀の味方は居らず、天嘉は期待通りの流れにケラケラと笑う。
「手伝うの構わねえけど、睡蓮は先に風呂な。こは、お前も入ってこいよ。」
「そうする。ん、」
「はいはい。じゃ、俺は朝飯作るからまたな。」
天嘉に両手を差し出して睡蓮を受け取ると、またしても小脇に抱えられる。語弊はあるが、やはり抱くのは天嘉殿のほうがうまいなあと思う睡蓮は、短い前足で天嘉を見送ると、はたと気がついたように顔を上げた。
「おふろ?」
「おう、俺とな。」
「こっ、」
琥珀と!?等と宣って驚く睡蓮に、昨日のことを早々に忘れているのかと怪訝そうな顔をする。睡蓮はしばらく口を開けて絶句していたのだが、なにやら光明を見出したらしい。自分を納得させるように数度頷くと、ふんすと鼻を鳴らした。
「うさ、」
「兎のままじゃ駄目だからな。」
「なんでえ!」
「俺んちの風呂毛だらけにする気かお前は。」
「あう…」
言われた通りである。睡蓮はもごりと口を動かすと、諦めたように項垂れた。別に、共に風呂に入るのは構わない。いや、嘘だ。本当は物凄く構うのだが、それにしたって昨日の今日で素肌を見せるなど、ましてや日の明るいうちに晒す事など、睡蓮はそれが恥ずかしくて仕方がなかった。
小脇に抱えられ、初めて露天へと向かうこととなった。普段足を踏み入れぬ場所へと歩みを進めながら、目張りされるかのように生えた竹藪の隙間を縫う、数匹の鬼火を見る。
「わ、ちいさい。」
「ここいらの管理を任せてんだ。風呂掃除とかはこいつらが用具に移ってやってくれてる。」
「そうなんだ…」
睡蓮の赤い瞳を覗き込むように、浮遊するうちの一玉が遊びに来る。天嘉がここに来ると、もっとわさわさと集まってくるので、今日は少ない方だ。見慣れぬ相手に警戒しているのかもしれない。
脱衣所も兼ねている、小さな小屋に備え付けてある長椅子に、睡蓮を座らせる。琥珀は纏っていた着物を脱ぎ捨てると、睡蓮の目の前でなにも恥じぬと言わんばかりに下履きまで脱ぐ。
「みっ」
「おい、猫じゃねえんだから。」
「みみ、みないからっ、あ、のっ早く入ってえ!」
「だからお前も入るんだよ。」
「あ、あう…」
御立派なものを見ないように全力で顔を背けながら、睡蓮は動悸を抑えるように深呼吸を数度すると、よたよたと琥珀に背中を向けて変化を解いた。
昨夜ぶりの、日の下での睡蓮の素肌を視界に入れ、琥珀の目が思わず釘付けになった。睡蓮が背後を向いてくれていて良かった。琥珀は邪な思いを払うかのように一度顔をあげると、気持ちを切り替えて睡蓮を見つめ直した。
「背中に目玉あるわけじゃねえだろう。おら、いくぞ。」
「わっ、」
右腕を掴まれ立たされる。睡蓮は引き寄せられるままに琥珀の後に続きながら、その広い背中をちろりと見た。
「あ、」
琥珀の背中に付いた、見知らぬ傷跡に睡蓮が反応する。これは、昨日の夜に触れた痕だ。肉が盛り上がり、斜めに四つ連なっている。そっとそこに触れると、驚いたらしい。びくん!と琥珀の体が跳ねた。
「おま、ビビらすんじゃねえ!」
「わ、ご、ごめっ!」
振り向き渋い顔をする、そのくせ、やめろと手を振り払わないのは、今までとは違うところであった。
「まあ、構わねえけど…ほら、手ぇ貸しな。」
「え?」
「鈍くせえんだから、滑って右腕まで使いもんにならなかったらどうすんだ。
「あ…」
じんわりと睡蓮の顔が染まる。湯船にもまだ入っていないのに、器用な奴だな。琥珀は意地悪にそんなことを宣って、睡蓮の右手を引き寄せると、腕を掴ませる。
「あの、背中の」
「ダセェとこ指摘すんな。」
「へ!?ごめんっ!」
ケッ、と不機嫌な顔の琥珀に少しだけ慌てた。指摘をされたくなかったらしい。だけど、睡蓮にはそれがなにか、なんとなくわかっていた。
ーこれは、きっと鐘楼さんがつけた傷だ。僕を守って、琥珀が負った。
「………、」
広い背を睡蓮に向けて、琥珀は桶に湯を入れている。肩胛骨の間に斜めに連なるそこは、他の皮膚とは色が違う。細かな傷はいくつもあるが、まだ日の浅いその傷が気になって、睡蓮は石畳のようになっている床に膝をつくと、そっとその背に手を触れる。
「おい、」
煩わしそうな声色だ、だけど、振り払わない。引き締まって、筋肉の動きがわかる。琥珀が身じろぐと、靭やかな体に少しの水滴が伝うのだ。かけ湯をした琥珀の、その傷口が薄紅色に染まっていて、睡蓮は引き寄せられるようにそこに口付けた。
「…お前、」
「こは、ごめんね」
ぺたりと背中に頬をつける。睡蓮の右手をぴたりと羽の付け根になるであろうそこに添えて、小さく謝った。
「お前がこの程度の傷で謝っちまうなら、俺は、お前に左腕をもいで渡すぞ。」
「そんなの、いらないよ…」
「なら、俺もお前のごめんねなんていらねえよ。」
「わ、っ」
そう言って、ぐいっと引っ張られた。体勢を崩した睡蓮が、琥珀の膝に上体を乗せる形になる。思わず驚き琥珀を見れば、睡蓮の柔らかな尻に、琥珀の手の平が添えられた。
「次言ったら、百叩くぞ。」
「ひぇっ」
「お前のごめんなんて、こちとら聞き飽きてんだ。耳タコだっての。」
「うっ、」
見慣れた意地の悪い顔で、睡蓮の柔らかな尾に手を滑らせる。そのままそこをぎゅっと手に包み込むものだから、睡蓮は細い脚を跳ね上げて抵抗した。
「や、そ、そこはだめえ!」
「ならここか?」
「あっ、つ、つけねも、やっ、」
指の腹で、ごりごりと根本を圧迫され、しびびびっと神経を震わせた。そこを押されると、腰の奥が疼くのだ。琥珀の膝の上で、ヘナヘナとしおれた睡蓮は、無意識に尻を持ち上げる。
「お前は俺に、好きにしろって言っていいんだ。」
「ひぅ、っ!」
「言わなきゃ、わかんねえって言ったろうが。」
「あ、っ、」
睡蓮の長い耳を手に収め、その内側をべろりと舐める。ぴくぴくと身を震わす睡蓮の、その胸の頂がツンと立ち上がる。上体を琥珀の膝に落ち着けているので、それがありありとわかるのだ。睡蓮の発情期は、まだ終わらぬ。琥珀はそっと目を細めると、その柔らかな尻の隙間に手を滑らせる。
「睡蓮、お前は俺をどうしたい?」
「ぼ、ぼくは、っ」
はくり、と唇を震わせる。琥珀の熱源が、睡蓮の胸の辺りにあたっている。己で勃ってくれるのが嬉しい。明るい陽の下でも、こうして欲情をしてくれるのが嬉しい。
睡蓮は、言えなかった、だって、そんなの一つに絞れない。絞れないから、言えなかったのだ。
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