ヤンキー、お山の総大将に拾われる2-お騒がせ若天狗は白兎にご執心-

だいきち

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大きな勘違い

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 ありがたい環境である。ここ数日滞在して、睡蓮はそんなことを思っていた。そして今、睡蓮は兎の姿をとっている。この姿なら、厠もなんとかなることが判明したのだ。人型よりも距離は遠くなるが、四足なので片腕で身を支えればひょこひょこと歩けるし、厠の中に入ってしまえば、所用を足す間は裸でも、脱ぐということをしなくて済むので、気配さえ気をつけていれば短時間で済ませる事が出来るのだ。だから睡蓮は、診察の時と食事の時以外は、こうして兎の姿のまま過ごしている。

「あのさ、これ使う?」
「なんですかこれ。」

 そんな日常に、特に不便は感じていなかった睡蓮であったが、天嘉の目にはそうは映らなかったらしい。天嘉が持ってきたのは、板によいしょのような車輪がついたものだった。

「これさ、ここに四つ車輪ついてんだろ。だから上半身ここに乗っけて後ろ足で進めば、すげえ楽に移動できるかなって。」
「わ、すごい!すごい!走ってるみたいに早い!」
「うんうん。」

 天嘉が渡したのは、小さな台車の移動手段だ。ホームセンターで買ってきた残りで拵えた簡単なやつである。左足を引きずって移動するせいで、睡蓮の上等な毛皮が少しだけ薄くなってしまったのを気にした天嘉が、日曜大工で作ったものであった。
 まんまるなお尻に、肉球の無いもふもふな足。短いオッポはピコピコと揺らされたまま、嬉しそうにコロコロと進む姿は実に可愛らしく、動物好きの天嘉からしてみたら、むしろこれが見たかったと言わんばかりに小さくガッツポーズをする。

「これ、首から掛けられる紐があれば、人型になっても持ち運べます!天嘉殿、大事にしますから、お紐つけてもらえませんか!」
「紐お?え、それ首からかけるの?くそだせえからやめたほうがいいと思う。」
「ええ!ださくないですよう!こんなにかっこいいのに!」

 すのこと車輪でお安く仕上がっているとは言いづらい程にお気に召して頂けたようだ。睡蓮はまんまるお目々で見上げると、ふすふすと鼻を引くつかせる。
 天嘉はウッと声を詰まらせると、睡蓮の両脇に手を差し込んで持ち上げた。

「モフっていいなら考える。」
「ぞ、存分にどうぞ…」

 びょっと耳を伸ばすようにして、少しだけ驚いたが、天嘉がそれでやってくれるというのなら否やはない。整った顔を腹の毛に埋められるのは居た堪れないが、日に数度はこうして屋敷の者たちに堪能されるのを繰り返していれば、睡蓮も慣れてくるというものだ。

「またやってんの?」
「だってよ、無抵抗の兎もふれる機会なんて無いだろ。」
「野生は警戒心強えもんな。」

 琥珀がまたしても兎の姿を取っている睡蓮を見て、呆れた顔をする。赤いお目々で見つめ返していた睡蓮は、少し毛を膨らませる。最近、琥珀の瞳の奥が時折きゅうっと細まるのだ。捕食者のような目付きで見下されるので、睡蓮の草食の本能が警報を鳴らす。
 毛皮の内側で、じんわりと汗が滲む。無論、食われそうだなというそこはかとない恐怖からくるものである。

「なんかしっとりしてきた。」
「ワーーー!!ごめんなさい!!それ僕の汗です!!」
「いや、ぜんぜん。なんか毛皮から菓子みたいな匂いする。」
「甘えってことか?」

 琥珀まで顔を近づけて、睡蓮の毛皮に鼻先を埋める。無だ、心を無にしろ。睡蓮はきゅうっと口を噤みながら、胸を張るようにして天井を見上げて虚無になっていたのだが、ふかふかの胸の肉質を、突然琥珀がガブリと噛んだ。

「きゃうっ」
「あっこら!!」
「いってえ!」

 パコン!と天嘉によって頭を引っ叩かれた琥珀が、口の中に入った毛を取りながら顔を離す。噛み付いたくせに、自分の行動の意味を理解していないような具合だ。

「何してんだよまじで。睡蓮びっくりして伸びちゃったじゃん、すげえ直立。」
「びび、びっ、びっくりした…」

 耳も足も背筋もビョンと伸ばした睡蓮が、先程とは違った冷や汗を吹き出したまま固まっていた。琥珀は舌の上にまだ睡蓮の毛が残っているらしい、ぺっぺっと取り払いながら、暫く考え込むように無言になった。

「琥珀、おまえビビらせたんだからごめんなさいしろよな。」
「わかった。」
「わかったじゃなくてごめんなさいでしょうが。」
「あいてっ」

 ちげえ、そうじゃなくてさ。琥珀は叩かれた頭をさすりながら胡座をかくと、天嘉の手から睡蓮を回収し、確認するように首元に鼻先を埋める。

「ぴゃ、」
「ああ、やっぱそうだ。お前、発情期。」
「発情期!!」

 琥珀の指摘に、睡蓮は大きな声で復唱してしまった。そうだ、ゴタゴタがあってすっかり忘れていたが、それがあったのだ。天嘉は成程なあ?と余り理解していないような声を出すと、琥珀がじとりと睡蓮を見つめた。

「相手どうすんだ。お前、まさかここに連れ込んで過ごすわけも行かねえだろ。前回どう散らしてたんだ?」
「う、こ、このままで誤魔化してた…」
「兎の姿でえ?そんなんでやり過ごせんの?」
「な、なんとか…」

 毛並みが白いおかげで、顔が赤いのはバレてはいないようだ。睡蓮は、前回の発情期も兎の姿のままやり過ごしていた。というか、相手もいないのでそうせざる負えなかったし、なんなら溜め込んでいた人参をひたすら齧りながら誤魔化したお陰で体重も増えたりした。なので、今回もそうしようかと思ったのである。

「に、」
「に?」
「人参を買ってくれば大丈夫…」

 睡蓮にとっての当たり前を伝えると、天嘉も琥珀もぽかんとした顔で見下ろす。なにか変なことでも言ったのかしらと、睡蓮もきょとんとした顔で見上げれば、天嘉も琥珀も少しだけ狼狽えた。

「な、なんつうか、大胆だな。」
「や、そ、長さとかあるだろ。太さとか、あと種類?」
「ええっと、そうですね…固くて、おっきければおっきいほど…」

 おっきければ!!二人して声を揃えて驚いた。あまりにも素っ頓狂に声を上げるものだから、びくんと体をはねさせてしまう。琥珀は頭を抑え痛そうにしながら、まるで諭すように宣う。

「お、おまえ、自分の体を理解してるのか。太すぎると裂けちまうだろう。」
「裂ける!?大丈夫ですよう、僕意外と口は大きい方なんです!」
「お前、まさかそんな成りして食い漁ってるのか!?」
「え?兎ですから…?」

 顔を顰めた琥珀が、信じられないと言わんばかりに声を荒げた。天嘉は口元に手を当てて考え込んでいる。一体何だというのだ。そりゃあたらふく食うだろう。だって人参は睡蓮の好物だし。

「ああ、もういい。わかった。」
「え、人参買ってくれるの!」
「お前が一人で励むのなら、仕方ねえだろうが。」

 なにやら不機嫌そうな様子である。睡蓮はなんで機嫌が悪くなったのかわからずに、髪を掻き乱しながら立ち上がって外に出た琥珀を見送ると、少しばかししょんもりと落ち込んだ。

「なんで怒っちゃったんだろう…、やっぱり、我儘だったかな…」
「睡蓮、あのさ。人参ってどっちから食うやつ?」
「どっち…、僕、二口女じゃないから、普通に口で齧ります。」
「あーーーーー、そうだよねええ、うん、あっはっは、マジでごめん。」
「え?謝るのは僕の方では、」

 漸く合点がいったと言わんばかりに、天嘉は大袈裟に同調した。睡蓮は何度も頷く天嘉を見つめながら、首を傾げるばかりであった。まさか二人が不毛で不届きな勘違いをしているなどついぞ思わぬ、睡蓮は口で天嘉が作ってくれた台車を引き寄せると、いそいそとそれに上半身を乗せる。

「なに、どっかいくの?抱っこしようか。」
「いいえ、天嘉殿がくださったこれがあるので厠もすぐですよう。」
「なら付いてくよ、心配だし。」
「ええ!な、なら厠の外にいてくださいね、絶対ですよう!」

 天嘉に作ってもらったそれをコロコロと転がす。座敷から通路に出るときの段差に気をつけながら、睡蓮はなんとか通路に出ると、その後ろ姿に心をときめかせている天嘉を他所に、ひょこひょこからからと、よいしょとはまた違った音を立てながら移動する。白いオッポは楽しいらしい、ちょこんと立ち上がったまま歩みを進める。
 薄桃色の兎の蕾を思わず見てしまったが、これはノーカンだろうと天嘉が胸を撫でおろした。よかった、こなれていない。勝手な憶測はいけない。天嘉は改めてそう思い直すと、後で琥珀にも意味は違ったと説明しなくてはいけないなあと思った。

「うん、やっぱ俺も琥珀も汚れちまってんな。」
「なにか仰りました?」
「あ、いやこっちの話。」

 なんだかよくわからないが、天嘉は睡蓮が思い量るよりも余程沢山の事を考えているに違いない。一介の妖かしである睡蓮がその考えを汲み取る方が失礼かと、そうですか。とだけお返事をした。
 
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