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逃げ場なんてない

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「いつまで泣いてんだお前。」
「だ、っ、だって、は、はじめっ、はじめてだったのに…っ」
「片腕でどう的絞るんだよ、それともあれか、お前はそこも絞ったことねえのか。」
「うぅうぅぅ…ば、かっ、ばかぁあぁ…!」

 なんのやり取りだこれ。青藍は畳に寝転びながら、煎餅を貪っていた。琥珀が睡蓮に無体を働いたのかと思えば、よいしょいわく厠の介添えをしていただけらしい。人様の布団だからと謎に敷布団の上で正座をしている睡蓮も大概だが、琥珀も琥珀でなかなかに不毛な問いかけをしているのに、気がついているのだろうか。

「諦めなって睡蓮、素直に手伝って貰えばいいじゃん。それが嫌なら下穿き履かねえで過ごすしか対策とれんだろうが。」
「ううっ、で、でもっ、に、にぎっ、」
「だから、ちんこ握んねえと出来ねえだろう。」
「ち、ちんっ、」

 琥珀が天嘉に似て明け透けなのは今に始まったことではないが、こうも初心だと心配にもなってくる。天嘉が障子を開けて入ってくるのに気がつくと、青藍は煎餅片手に転んと振り向いた。

「天嘉、精通何歳?」
「14歳」
「いや応えんのかよ。…母さん遅くね?」
「こはは9歳だよな。」
「おうよ。てか言うなや。」
「お赤飯炊いたの初めてだったから覚えてんだわ。」

 あっけらかんとして宣う天嘉に、睡蓮はぽかんとし、青藍はケラケラと笑う。琥珀は少しだけ気恥ずかしそうにしていたが、まあ生理現象かと思い直す。唐突にそんなことを聞いてきた青藍はというと、そのポカンとしている睡蓮の口に煎餅を突っ込んでいた。

「むぐ、」
「いやあ、だってよ、睡蓮が初心だから精通してねンじゃねえかって話になって。」
「そんな話ししてたか?」
「むしろその話の流れになってたっけか?」
「流れにもなってねえが。」

 琥珀と青藍のやりとりに交じるように、天嘉が睡蓮の横に腰掛ける。今日は又引を履いているようで、ていしゃつというらしい、頭から被る召し物から両腕を出し、細身の脚をピタリとしたそれで覆っていた。

「ちんこ一つで照れるからさ、てっきりそういうことに疎いんだと思ってね。」
「でたよ青藍の下ねた。男が揃うとこうだからいけねえよ。」
「おい母さん、息子の前でこれ以上明け透けになるのは居た堪れねえから勘弁してくんね。」
「摩羅って言えば良いじゃん。」
「俺の話聞いてた!?」

 日頃から蘇芳とくだらないやり取りをしている天嘉が、それならさ、と提案した言葉も睡蓮にとっては口にしてはいけない言葉だ。ぶんぶんと首を振ってあまりに頑なである。何か理由でもあるのかと、げんなりしている琥珀をよそに、天嘉は首を傾げた。

「男なら普通の会話だろ、なんか縛りでもあんの?」
「縛り…というか、あの、」

 もじりとした睡蓮が、頬を染める。

「幸様が仰りません、それに、お腹の子にはそういった言葉を聞かせたら駄目なんだと思ってました。」
「幸ってそんなん言わなかったっけ?」
「ほら、あの子は水喰との閨事の話もあまりしないだろう。」
「あー、たしかに。」

 ようは、主の意向で口にしてはならぬのだと思っていたらしい。というよりも、そもそも水喰も幸もあまり下ねたを口にしない。口に出来ないほどえらいことをしているからと言うのが本当なのだが。

「んで、なんでその話?」
「琥珀が睡蓮の摩羅握ったって話。」
「ま、まっ、んんぅ、うら、もいけません!」
「濁し方下手か。」

 男の子同士の秘め事かと悪乗りした天嘉に、琥珀は真っ当に厠の介添えだと言い返す。気恥ずかしそうにしているのは睡蓮だけなようで、琥珀はなんとも思っていなさそうだ。

「着物の裾ギチギチに帯に突っ込んで転がってっから笑っちまった。」
「わはは!そりゃいい!漏らさなくてよかったな睡蓮!」
「も、漏らしませんし!!」

 場面を思い返したらしい、ニヤつく琥珀に釣られるように、青藍も燥ぐ。天嘉はなるほどと理解したらしい。ちょっと待ってろと睡蓮に言うと、部屋を退出し、そして数分後に戻ってきた。

「ん。」
「へ、なんですかこの布切れ。」
「ああ、その手があったか。」

 天嘉から渡されたのは、蘇芳家御用達の下履きであった。所謂ボクサーなのだが、睡蓮からしてみたら何がどうなっているのかわからない。なんなら兎用の被り物かと思っているほどである。

「そこに足通して履くの。あ、下履き変わりな。んで、腹のとこ引っ張ればズレ落ちねえままちんこ取り出せっから。」
「わ、のびる…」

 みょん、と腹回りの生地を引っ張って見せた天嘉は、早速履いてみろと促した。徐ろに琥珀がそれを受け取るものだから、なにかを敏感に察知した睡蓮が、じりじりと後ずさりをした。

「ひゃ、」
「脱げ。俺が履かせてやる。」
「じ、自分で履けるもの!」
「なんだ、すげえヤル気じゃん琥珀。」
「こんな面倒見よかったっけ?」

 青藍と天嘉が茶化す声が喧しい。足首を摑まれたまま転がされた睡蓮は、こんな人前で!?と顔を染め上げてじたばたと暴れる。琥珀が睡蓮の腰に巻かれた下履きを、むんずと掴んだときだった。

「睡蓮、てめえ…」
「だだだだっだってえ!!」

 ぽひゅんと間抜けな音を立てて、睡蓮が化けたのだ。琥珀が見下ろしているのは、ふかふかな尻を見せつけて寝転ぶ白兎であった。天嘉も青藍も、成程今の琥珀は見事に天敵だったわけだと吹き出すと、琥珀が悔しそうに顔を歪めた。
 むんず、と琥珀が小さな体を鷲掴む。上等な毛皮を手に感じながら、ぐえっと鳴いた睡蓮の体を膝に載せた。

「あーあ、包帯解けちまってら」
「あ、ご、ごめん」
「巻き直してやんなよ後で、手間じゃねえだろう?」
「そらそうだけど。」

 兎の抱き方が下手だなあと思いながらも、睡蓮は大人しく琥珀の膝に尻をつけていた。この姿なら何も気恥ずかしくないのだ、それが自分的には少しだけホッとしている。

「なあ、俺も抱っこしたい。」
「でた、母さんの動物好き。」
「やっぱ元がちいせえと人のときもちびなの?」
「僕ちびなの!?」

 青藍の言葉に無駄に落ち込んだ睡蓮を、本人の了承も取らずに琥珀が天嘉に受渡す。こちらは琥珀よりも抱き方が上手く、天嘉の腕の中でぴょこんと腰を丸めた睡蓮が、ひくひくと鼻を引くつかせて顔を上げた。

「蘇芳様の匂いがする。」
「ぶっ、」
「睡蓮、そりゃあ夫婦だもんよ。」

 なんとも言えない顔をしている天嘉をよそに、犬歯を覗かせてニヤつく青藍に、睡蓮の耳がびゃっと立つ。今更だが、鼬も天敵であった。犬歯を見せられて縮こまる睡蓮をむんずと掴んで抱き上げた青藍は、ふんふんと首の後ろの柔らかな肉に鼻先を埋める。

「天嘉みてえにもうちっと雌らしい体になんねえと、食いでがないぞ睡蓮。でも、うまそうな匂いはする。」
「オイコラ誰が雌らしいって?」
「ボボボっ、僕を食べても美味しくないよう!!」
「こら、いじめんなって。」
「あいてっ」

 ぱこりと青藍の頭を叩いて、琥珀が嗜める。回り回って琥珀の膝の上に戻ってきた睡蓮の左腕、まあ今は前足なのだが。それを手に取ると、モニモニといじられる。ちまこく身体を丸めるように大人しくしている睡蓮は、琥珀の体温を背中に感じながら、短い右手でくしくしと毛づくろいをした。手持ち無沙汰だったし、なんとなく逆だったままの毛が嫌だったのだ。その様子を無言で見つめていた琥珀が、腹に回した手をまさぐった。

「う、あ、あんま揉まないでくれよう…」
「なあ、兎って乳首どこにあるんだ。」
「あ、たしかに。毛で埋もれてて分かんねえ」
「睡蓮ちょっと仰向けになって。」
「え、あ、ちょっ、まっ!!!」

 やはり肉食は好奇心が旺盛なのか。睡蓮は琥珀の手の外に、青藍やら天嘉の興味の赴くままにわさわさと弄くられ、最終的にはぷうぷうと鳴いて抗議するくらいまで辱めを受けた。信じられない、逃げ場なんてなかった。

 もはや事後と言ってもいいだろう。あれはある意味で強姦に等しいと、ふてくされるように布団にうつ伏せに身を投げだす。無言の抗議のつもりであった。
 しかし、なにか興味が湧いたらしい。睡蓮の短いオッポを突然鷲掴んだ琥珀が、これで本当に最後と宣いながら、それを捲りあげようとしくさったので、初めて全力で蹴ってやった。

「もふもふだな…」
「んなっ!」

 後悔はしていない、自分も男だ、やるときはやってやるんだと足で布団を叩いて怒りをあらわにしてみたものの、悲しいことに琥珀にはあまり通じてはいないのであった。

 
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