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禍津神
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チキショウ、鈍臭いくせに、なんで真っ直ぐ山を降りなかったのだ。琥珀は全速力で睡蓮が辿ったであろう獣道を駆け降りる。
雨のせいで、獣の匂いひとつしない。最悪だ。恐らく臆病な睡蓮のことだ、藪の中を進んでいれば、どこぞで丸まり隠れているかもしれない。
何かよくないものに襲われた時は、よく兎に転化して隠れるのだと、以前本人が言っていたのだ。
困ったように笑いながら、広くて歩きやすい道は逃げ場がなくて怖いんだと。
それは一体どんな経験を経ての言葉だったのか、今になってそれが気にかかる。
「チキショウ、睡蓮!!!!睡蓮どこ行った!!!!」
琥珀の怒鳴り声で、山鳥が抗議を上げるかのようにして空へと飛び立った。息が苦しい、休まず駆け下りてきたのだ。無理もない。琥珀は知らぬ間に木端で頬を掠めていたらしい、滲んだ血を雑に拭うと、滴る汗を拭いながら辺りを見回した。
雨、そうだ。雨が降っていた。それも、山の天気は変わりやすい。滝壺の水量を思い返せば、昨日から降っていたのだろう。ならば、睡蓮なら濡れるのを嫌がって雨宿りをするかもしれない。
「木の虚…か、洞穴…、」
だとしたら、この道をまっすぐに降って行っても意味がない。琥珀は藪を横切るかのようにしてズカズカと歩みを進めた。ここらへんの木は木の実をつける。小動物たちが周辺で巣を作っているかもしれないと思ったのだ。うさぎが一羽入り込めそうなほどの虚を探して、琥珀は気の根元を注視しながら歩みを進めた。
草の根をかき分けるような歩みに、徐々に焦りが見え始める。視線を巡らせる動きが早まれば見落としてしまうのに。琥珀は一度気持ちを落ち着かせようと、足を止めて目を瞑った。深呼吸をし、精神を落ち着かせる。
なんでもするから、あいつを探すのを手伝ってくれ。琥珀は瞳を揺らしながら空を見上げる。もう一度名を呼ぼうと思った時だった。
「っ…、鳥か…」
琥珀の背後で、山鳥が飛び立った。その音に動揺してしまうくらい気を病み始めたのかを自嘲する。早く見つけてやらなくては、また泣いているかもしれない。気を取り戻そうと、正面を向いた時だった。
「あ、」
下ばかり向いていて、気がつかなかった。
琥珀の目の前にはポカリと口を開ける洞穴が、背丈のある草に隠れるようにしてそこに存在していた。入り口付近の草がかすかに揺れている。どうやら通り抜けられるようになっているらしい。雨宿りには丁度いい場所であった。
怖がりな睡蓮が、ここに入るのか。そう思ったが、琥珀はゆっくりと歩み出した。警戒をして、洞穴の入り口の真横に体をつけると、ゆっくりと背を屈める。耳を澄まし、営みがあるかを確認しようと聴覚を研ぎ澄ませた時だった。
「ーーーーーー、」
鼻腔が煤の匂いを嗅ぎ取った。その瞬間、琥珀は後先考えずに洞穴の中に飛び込んだ。中は、思っていたよりも広い。焚き火の後と、茶碗、そして地べたには蓆が敷かれており、そこは確かに何かが営みをしていた形跡があった。
「……、誰だ。」
そして、暗闇の奥に赤い光が二つ、丁度横並びになって浮かんでいた。琥珀の鋭い猛禽の瞳が光る。体に妖力を漲らせた。周りの空気を揺らめかせながら、琥珀はその何かの輪郭を捉えるべく、歩みをすすめた。
「面倒くさそうなのがきた。」
「てめえ、里のものじゃねえな。」
「お前は、一体どこの誰だ。」
暗闇を引きずるように、姿を現した。琥珀と同じくらいの体躯の男は、右半身にひどい障りを帯びていた。しかし、不思議なことに右手の障りはないらしい。肘から上だけが歪に爛れていた。
赤い光の正体はこいつであった。琥珀は、禍津神だとあたりをつける。両手を重ね、ゆっくりと離す様にして神器を顕現させると、男は面白そうに目を細めた。
「穏やかではないね。」
「あんた、兎見てねえか。俺の馴染みなんだがよ。」
「うさぎ…?ああ、それって白い髪の毛の?」
男が着物の袂で口元を隠すように小さく微笑むと、まるで道を譲るかのように横に体をずらした。暗がりの奥、濡れた地べたにうつ伏せで倒れている見慣れた白髪頭をその目に捉えると、琥珀は全身の血が凍り付いたかのように顔をこわばらせる。
「っ、す…いれ、ん…っ…!」
「ああ、本当に知り合いだったんだ。」
まるで、男なんぞ気にも止めぬ勢いで琥珀が倒れ込む睡蓮の元に駆け寄った。地べたに膝をつき、湿気った土の上でくたりとする細い体を抱き起こす。そして、琥珀の目に映った睡蓮の姿は、もう取り返しのつかないことになっていた。
「睡蓮、お、おい、おい睡蓮…っ!!」
「…さわ、ちゃ…っ、だぇ…、っ…」
「っ、…おま、ひ、左腕、が…っ、」
睡蓮の華奢な左腕の、肘から下は血塗れになっていた。それも、まるで男の肘から下を移植したかのようにボロボロに焼け爛れている。明らかに穢れによる侵食の結果であった。琥珀が汚れないように、睡蓮は無事な右手でゆるゆるとその体を押し返す。全身が熱い。侵食による体への影響が出ているらしい。一刻も早く浄化をせねば、危険なことには変わりなかった。
「俺はね、その子を離すつもりはないんだよ。」
「ぐ、っ…!」
琥珀の耳元で、しゃがれた男の声が聞こえた。油断をして、背後を取られたのだ。琥珀の背中にずぶりと男の爪が刺さる。ブワリと噴き上げた冷や汗に、腕の中の睡蓮が小さく悲鳴をあげる。
「っ…ざけんな!!触るんじゃねえ!!」
「っ、…!!」
パチリ、と静電気が空気中に走ったかと思うと、琥珀は男の指先を抜けぬように後ろ手に腕を鷲掴む。赤い瞳が小さく見開かれたその瞬間、琥珀は掴んだ腕に思い切り電流を流した。
「っあぁあ…!!!!」
「ぐ、っ、くそ…!!」
男は悲鳴を上げながら倒れ込んだ。琥珀は睡蓮を抱え上げると、背中から血を滲ませながら、大急ぎで洞穴から出た。
「琥珀…!!と、睡蓮ちゃん!無事だったか!」
どうやら上空から探しにきていたらしい宵丸が、洞穴から出る琥珀の姿を見て、雪風を纏わせながら舞い降りる。腕の中の睡蓮を目敏く見つけたが、どうやら事態はそう気楽なものではないらしい。
「無事じゃねえ!!宵丸、睡蓮の左腕を凍らせろ!!」
「え、あ…っ!寝かせろ!すぐにやる!」
普段見ぬ剣幕で宣った琥珀の、腕の中で抱かれる睡蓮の状態が悪いものであるということは一目瞭然であった。宵丸の言葉通りに睡蓮を草の上に横たえさせると、上半身に纏っていた天狗装束を脱ぎ捨てる。
背中に仕込んでいた帷子も脱ぎ捨てた。その背に翼を晒したまま、琥珀はまっすぐに洞穴を睨みつけた。
幸い、帷子のおかげで深くまでは刺さらなかった。決していいわけではないが、男が刺した方の爪は、睡蓮に譲渡した障りがあった部分である。なので、琥珀は侵食をされることはなかった。もしこれが障りの部分であったら、琥珀も今頃侵食は始まっていただろう。
背後の睡蓮を見やる。宵丸の手によって氷漬けにされた睡蓮の左手は、もう使い物にはならないだろう。ただでさえ白い体に、さらに血の気はなく、琥珀は錫杖を握りしめると、唇を噛み締めた。
「返しておくれ、そのこは我と共にあるべきだ。」
影を引き連れて、禍津神が姿を表す。由春のお陰で本性は晒せぬらしい。もう噴き上げる穢もないようだった。
琥珀によって与えられた電流が響いているらしい。男は壁伝いに手を添えながら歩み出てくると、今にも死んでしまいそうな掠れた声で声を上げた。
「大事にするから、我からその子を取り上げないでくれ…!」
「黙れ、てめえは睡蓮に障りを移しやがった。そんな奴が大事するからだと?寝言は寝てから言えってんだ…!!」
琥珀の怒声に、赤い瞳でまっすぐに見つめ返す。その瞳は酷く仄暗い。宵丸はその威圧感に小さく息をのむと、身に侍らせた雪風で周りの水分を氷結させ、氷柱をいつでも飛ばせるようにと警戒の体制に入った。
「その子は、我の死に際を看取ってくれたのだ。我からその子を取り上げないでくれ、寂しいのは嫌だ、もう、一人は嫌なのだ…」
「寂しい、だあ…?」
訳のわからぬことを言う男に、琥珀の眉間の皺は増えていく。宵丸の腕の中でヒクリと身を震わせた睡蓮が、ゆっくりと瞼を開いた。熱に浮かされた空な瞳で、ゆるゆると顔を向ける様子に、宵丸は戸惑ったように嗜めた。
「睡蓮、動いちゃダメだ。寝てなきゃ、」
「し、しょう、ろうさ…ん、」
「…睡蓮、動くな。」
「しょうろ、うさ、ん…っ…」
「動くなって言ってるだろう…!」
鐘楼、と名前を呼ばれた禍津神が、ゆるゆると顔を上げる。睡蓮の元に近づこうとする姿に、琥珀は威嚇するように身に電流を纏った。宵丸はまるで牽制をするように氷柱を飛ばすと、鐘楼はいとも簡単にそれを放熱で溶かす。
「相性悪いなくそ、あ、ちょ…っ、」
「こ、こは、…しょ、うろうさんと…っ、は、なさせて…」
「嫌だ!!」
「こはく、」
「嫌だ!!お前をこんなにしたやつを、俺が許せると思ってんのか…!!」
バチン!!いくつもの細い稲妻が、身の回りを侍る。鐘楼は空な瞳のまま、その身を四つん這いにすると、周りの影を引き寄せるようにして、どんどんとその身に纏わせていった。
「たとえ、この身に負荷がかかっても、我は睡蓮が欲しい。」
「な、っ」
由春が本性を晒しているというのは、その身で察しているだろう。それなのに、鐘楼は無理な転化を行おうとしていた。その身が集めた影を吸い込んで、どんどんと歪な形に膨らんでいく。軋むような音を立てながら、捻じ曲がった木のようなツノを持つ、赤い瞳の大きな毛の長い鹿のような姿に形を変えた。
「お前、あの時の…」
琥珀には、その姿がなんの禍津神なのかがすぐにわかった。あの日、山が荒れていた時に、睡蓮の目の前で殺された神気を纏った牡鹿。鐘楼は、紛れもなく睡蓮が看取ったあの時の獣だったのだ。
雨のせいで、獣の匂いひとつしない。最悪だ。恐らく臆病な睡蓮のことだ、藪の中を進んでいれば、どこぞで丸まり隠れているかもしれない。
何かよくないものに襲われた時は、よく兎に転化して隠れるのだと、以前本人が言っていたのだ。
困ったように笑いながら、広くて歩きやすい道は逃げ場がなくて怖いんだと。
それは一体どんな経験を経ての言葉だったのか、今になってそれが気にかかる。
「チキショウ、睡蓮!!!!睡蓮どこ行った!!!!」
琥珀の怒鳴り声で、山鳥が抗議を上げるかのようにして空へと飛び立った。息が苦しい、休まず駆け下りてきたのだ。無理もない。琥珀は知らぬ間に木端で頬を掠めていたらしい、滲んだ血を雑に拭うと、滴る汗を拭いながら辺りを見回した。
雨、そうだ。雨が降っていた。それも、山の天気は変わりやすい。滝壺の水量を思い返せば、昨日から降っていたのだろう。ならば、睡蓮なら濡れるのを嫌がって雨宿りをするかもしれない。
「木の虚…か、洞穴…、」
だとしたら、この道をまっすぐに降って行っても意味がない。琥珀は藪を横切るかのようにしてズカズカと歩みを進めた。ここらへんの木は木の実をつける。小動物たちが周辺で巣を作っているかもしれないと思ったのだ。うさぎが一羽入り込めそうなほどの虚を探して、琥珀は気の根元を注視しながら歩みを進めた。
草の根をかき分けるような歩みに、徐々に焦りが見え始める。視線を巡らせる動きが早まれば見落としてしまうのに。琥珀は一度気持ちを落ち着かせようと、足を止めて目を瞑った。深呼吸をし、精神を落ち着かせる。
なんでもするから、あいつを探すのを手伝ってくれ。琥珀は瞳を揺らしながら空を見上げる。もう一度名を呼ぼうと思った時だった。
「っ…、鳥か…」
琥珀の背後で、山鳥が飛び立った。その音に動揺してしまうくらい気を病み始めたのかを自嘲する。早く見つけてやらなくては、また泣いているかもしれない。気を取り戻そうと、正面を向いた時だった。
「あ、」
下ばかり向いていて、気がつかなかった。
琥珀の目の前にはポカリと口を開ける洞穴が、背丈のある草に隠れるようにしてそこに存在していた。入り口付近の草がかすかに揺れている。どうやら通り抜けられるようになっているらしい。雨宿りには丁度いい場所であった。
怖がりな睡蓮が、ここに入るのか。そう思ったが、琥珀はゆっくりと歩み出した。警戒をして、洞穴の入り口の真横に体をつけると、ゆっくりと背を屈める。耳を澄まし、営みがあるかを確認しようと聴覚を研ぎ澄ませた時だった。
「ーーーーーー、」
鼻腔が煤の匂いを嗅ぎ取った。その瞬間、琥珀は後先考えずに洞穴の中に飛び込んだ。中は、思っていたよりも広い。焚き火の後と、茶碗、そして地べたには蓆が敷かれており、そこは確かに何かが営みをしていた形跡があった。
「……、誰だ。」
そして、暗闇の奥に赤い光が二つ、丁度横並びになって浮かんでいた。琥珀の鋭い猛禽の瞳が光る。体に妖力を漲らせた。周りの空気を揺らめかせながら、琥珀はその何かの輪郭を捉えるべく、歩みをすすめた。
「面倒くさそうなのがきた。」
「てめえ、里のものじゃねえな。」
「お前は、一体どこの誰だ。」
暗闇を引きずるように、姿を現した。琥珀と同じくらいの体躯の男は、右半身にひどい障りを帯びていた。しかし、不思議なことに右手の障りはないらしい。肘から上だけが歪に爛れていた。
赤い光の正体はこいつであった。琥珀は、禍津神だとあたりをつける。両手を重ね、ゆっくりと離す様にして神器を顕現させると、男は面白そうに目を細めた。
「穏やかではないね。」
「あんた、兎見てねえか。俺の馴染みなんだがよ。」
「うさぎ…?ああ、それって白い髪の毛の?」
男が着物の袂で口元を隠すように小さく微笑むと、まるで道を譲るかのように横に体をずらした。暗がりの奥、濡れた地べたにうつ伏せで倒れている見慣れた白髪頭をその目に捉えると、琥珀は全身の血が凍り付いたかのように顔をこわばらせる。
「っ、す…いれ、ん…っ…!」
「ああ、本当に知り合いだったんだ。」
まるで、男なんぞ気にも止めぬ勢いで琥珀が倒れ込む睡蓮の元に駆け寄った。地べたに膝をつき、湿気った土の上でくたりとする細い体を抱き起こす。そして、琥珀の目に映った睡蓮の姿は、もう取り返しのつかないことになっていた。
「睡蓮、お、おい、おい睡蓮…っ!!」
「…さわ、ちゃ…っ、だぇ…、っ…」
「っ、…おま、ひ、左腕、が…っ、」
睡蓮の華奢な左腕の、肘から下は血塗れになっていた。それも、まるで男の肘から下を移植したかのようにボロボロに焼け爛れている。明らかに穢れによる侵食の結果であった。琥珀が汚れないように、睡蓮は無事な右手でゆるゆるとその体を押し返す。全身が熱い。侵食による体への影響が出ているらしい。一刻も早く浄化をせねば、危険なことには変わりなかった。
「俺はね、その子を離すつもりはないんだよ。」
「ぐ、っ…!」
琥珀の耳元で、しゃがれた男の声が聞こえた。油断をして、背後を取られたのだ。琥珀の背中にずぶりと男の爪が刺さる。ブワリと噴き上げた冷や汗に、腕の中の睡蓮が小さく悲鳴をあげる。
「っ…ざけんな!!触るんじゃねえ!!」
「っ、…!!」
パチリ、と静電気が空気中に走ったかと思うと、琥珀は男の指先を抜けぬように後ろ手に腕を鷲掴む。赤い瞳が小さく見開かれたその瞬間、琥珀は掴んだ腕に思い切り電流を流した。
「っあぁあ…!!!!」
「ぐ、っ、くそ…!!」
男は悲鳴を上げながら倒れ込んだ。琥珀は睡蓮を抱え上げると、背中から血を滲ませながら、大急ぎで洞穴から出た。
「琥珀…!!と、睡蓮ちゃん!無事だったか!」
どうやら上空から探しにきていたらしい宵丸が、洞穴から出る琥珀の姿を見て、雪風を纏わせながら舞い降りる。腕の中の睡蓮を目敏く見つけたが、どうやら事態はそう気楽なものではないらしい。
「無事じゃねえ!!宵丸、睡蓮の左腕を凍らせろ!!」
「え、あ…っ!寝かせろ!すぐにやる!」
普段見ぬ剣幕で宣った琥珀の、腕の中で抱かれる睡蓮の状態が悪いものであるということは一目瞭然であった。宵丸の言葉通りに睡蓮を草の上に横たえさせると、上半身に纏っていた天狗装束を脱ぎ捨てる。
背中に仕込んでいた帷子も脱ぎ捨てた。その背に翼を晒したまま、琥珀はまっすぐに洞穴を睨みつけた。
幸い、帷子のおかげで深くまでは刺さらなかった。決していいわけではないが、男が刺した方の爪は、睡蓮に譲渡した障りがあった部分である。なので、琥珀は侵食をされることはなかった。もしこれが障りの部分であったら、琥珀も今頃侵食は始まっていただろう。
背後の睡蓮を見やる。宵丸の手によって氷漬けにされた睡蓮の左手は、もう使い物にはならないだろう。ただでさえ白い体に、さらに血の気はなく、琥珀は錫杖を握りしめると、唇を噛み締めた。
「返しておくれ、そのこは我と共にあるべきだ。」
影を引き連れて、禍津神が姿を表す。由春のお陰で本性は晒せぬらしい。もう噴き上げる穢もないようだった。
琥珀によって与えられた電流が響いているらしい。男は壁伝いに手を添えながら歩み出てくると、今にも死んでしまいそうな掠れた声で声を上げた。
「大事にするから、我からその子を取り上げないでくれ…!」
「黙れ、てめえは睡蓮に障りを移しやがった。そんな奴が大事するからだと?寝言は寝てから言えってんだ…!!」
琥珀の怒声に、赤い瞳でまっすぐに見つめ返す。その瞳は酷く仄暗い。宵丸はその威圧感に小さく息をのむと、身に侍らせた雪風で周りの水分を氷結させ、氷柱をいつでも飛ばせるようにと警戒の体制に入った。
「その子は、我の死に際を看取ってくれたのだ。我からその子を取り上げないでくれ、寂しいのは嫌だ、もう、一人は嫌なのだ…」
「寂しい、だあ…?」
訳のわからぬことを言う男に、琥珀の眉間の皺は増えていく。宵丸の腕の中でヒクリと身を震わせた睡蓮が、ゆっくりと瞼を開いた。熱に浮かされた空な瞳で、ゆるゆると顔を向ける様子に、宵丸は戸惑ったように嗜めた。
「睡蓮、動いちゃダメだ。寝てなきゃ、」
「し、しょう、ろうさ…ん、」
「…睡蓮、動くな。」
「しょうろ、うさ、ん…っ…」
「動くなって言ってるだろう…!」
鐘楼、と名前を呼ばれた禍津神が、ゆるゆると顔を上げる。睡蓮の元に近づこうとする姿に、琥珀は威嚇するように身に電流を纏った。宵丸はまるで牽制をするように氷柱を飛ばすと、鐘楼はいとも簡単にそれを放熱で溶かす。
「相性悪いなくそ、あ、ちょ…っ、」
「こ、こは、…しょ、うろうさんと…っ、は、なさせて…」
「嫌だ!!」
「こはく、」
「嫌だ!!お前をこんなにしたやつを、俺が許せると思ってんのか…!!」
バチン!!いくつもの細い稲妻が、身の回りを侍る。鐘楼は空な瞳のまま、その身を四つん這いにすると、周りの影を引き寄せるようにして、どんどんとその身に纏わせていった。
「たとえ、この身に負荷がかかっても、我は睡蓮が欲しい。」
「な、っ」
由春が本性を晒しているというのは、その身で察しているだろう。それなのに、鐘楼は無理な転化を行おうとしていた。その身が集めた影を吸い込んで、どんどんと歪な形に膨らんでいく。軋むような音を立てながら、捻じ曲がった木のようなツノを持つ、赤い瞳の大きな毛の長い鹿のような姿に形を変えた。
「お前、あの時の…」
琥珀には、その姿がなんの禍津神なのかがすぐにわかった。あの日、山が荒れていた時に、睡蓮の目の前で殺された神気を纏った牡鹿。鐘楼は、紛れもなく睡蓮が看取ったあの時の獣だったのだ。
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