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自我と悔恨
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「雨、なかなかに止みませんねえ。」
洞穴の内側から、ざあざあと降り注ぐ雨を見ていた睡蓮は、眉を下げながら困り果てていた。丸一日、ここの洞穴で世話になったのだが、こんな調子では一向に出立は出来そうにない。鐘楼は壁にもたれ掛かり、具合が悪そうである。なんだかそれが気がかりなのと、己の体温が少しだけ高い気がしたのだ。こんなところで発情期になってしまったら、世話をするといった睡蓮が鐘楼に大いに迷惑をかけてしまう。
睡蓮は気掛かりが二つもあることで、なんだか窮屈な思いをしていた。食べ終えた器を片し、洗った土鍋に水を入れて戻ってくる。壁にもたれ掛かり大人しくしている鐘楼の様子を覗き込もうと、水に浸した手拭いを絞りながら声をかける。
「傷口、痛みますか。鐘楼さん、火傷を冷やしたいので着物を脱いでもらえますか。」
「…醜い傷だ。だから見せたくはない。」
「でも、熱を持ってるのでしょう?ならざ冷やさないと、薬はありませんが…ええと、でも冷やさないと!」
なんて言ったらいいかわからなくて、同じことを二回口にする。きっとこういうところがヌケサクと言われるのだろうなあと思いつつ、冷やした手ぬぐい片手にじいっと見つめる。
整った顔だとおもう。どことなく、琥珀の気だるそうな雰囲気に似ている気がした。鐘楼は、睡蓮のまあるいお目々にひたすら見つめられて観念したらしい。ゆっくりとした動きで着物の袂を開くと、その布地を腰にたまらせる。
「昨日の粥が、肉になるといいですね。」
「ああ、うまかった。」
「米がいいんですよ、サクナヒメ様から頂いたものなので。」
「そうか、」
鐘楼の右半身を侵食する火傷は、酷く引き攣れていた。赤黒く爛れ、ひどく痛々しい。睡蓮はその傷に被せるように絞った手ぬぐいを乗せると、その冷たさに鐘楼が小さく息を詰める。
「お寒いですよね、でも汚れを取らねば傷は治りません。薬草があれば良いんですけど、…あ、僕ちょっと山を見てきましょうか。」
「構わん、ここに居てくれないか。外はこの通りだ、お前まで大怪我をしたらいけない。」
「僕なんかよりも大怪我をされているのに、気にかけるのはご自身のことだけにしてくださいよ、もう。」
睡蓮の言葉に、鐘楼の口元が小さく緩む。やっと笑ってくれた。なんだかそれが嬉しくて、睡蓮はふにゃりと笑い返す。鐘楼の長い黒髪が傷に当たらないように、睡蓮は持っていた櫛で梳かしながら丁寧に髪をまとめる。
「切ってくれないか。」
「ええ、こんなにきれいな黒髪を?そりゃだめですよ。ほら、こうして編み込めば邪魔にはなりません。」
「………。」
鐘楼の目の前で、己の黒髪を丁寧に編んで縄のような一本にしていく睡蓮を見やる。長い睫毛がゆっくりと重なり、微笑み顔なのだろう、口角が優しく上がっている。瞳は紅玉のような色味だ。その瞳に己が映ると、鐘楼はようやっと己は睡蓮を見つめていたのだと認識した。
「鐘楼さんは、立派なお角がありますけど、何の妖かしなのですか?」
「さあ、なんだろうな。そこらの記憶が曖昧なのだ。」
「ええと、お胸に逆鱗があれば龍なのだと、主が言っておりました。」
「お前の主は龍なのか。」
「あ、ええと、ううん…」
ぺたりとちまこい手を口に当てると、睡蓮が言いよどむ。隠しているわけではないのだが、まあ言わないほうが良いかもしれないと今更思ったのだ。鐘楼は暫く黙って見つめていたのだが、睡蓮の様子を見て聞くのを辞めたらしい。小さくそうか。とだけ言うと、口を閉ざした。
「そろそろ良いですかね、体拭きますから楽にしててくださいね。」
「すまない。」
にこりと微笑み、鐘楼の言葉に答える。睡蓮は優しく布地を剥がすと、乾いた布巾で柔らかく押さえるように水気を拭う。乾いた布巾には黒い染みと、僅かな血が滲んでいた。ぽつんと数か所、その染みが歪な丸に移った。睡蓮は不思議そうにその布地を見つめたあと、改めて鐘楼の火傷を見つめた。
「どうした。」
「ええと、なんだかまあるい染みが…ほら、これです。」
「ああ、気が付いたらあったんだ。」
「なんだろう、穴…みたいな…。」
睡蓮は、この傷を知っている気がした。既知感があったのだ。嫋やかな手の平が、そっと歪な丸い染みに触れる。なんだろう、なんで知っているんだろう。記憶の間で、小さな突っかかりに隔てられているような、なんとなく手が届きそうで及び腰になるような、そんな不思議な感覚である。
赤い瞳が、その黒い染みの輪郭を捉えるように見つめる。そうしてようやく漏れ出た記憶の中から、鼻孔を擽ったのは火薬の匂いだ。
ひくん、と瞼が震える。唐突に今踏み締めている土が、柔らかく感じた。土に混じる砂の一粒一粒が鮮明になり、そうして聞こえもしない葉の擦れ合う音と、見下ろすような大きな木。喚く人間と倒れた猪、うるさい山鳥、硝煙の酷い匂い。目の前で、黒い筒が向けられて、そして彼岸花のように鮮明な赤い花が散った。
「ーーーーーーっ、」
「睡蓮?」
びくん!唐突に、深い穴に落ちたような感覚が睡蓮の身を襲う。はくりと唇を震わし、赤い瞳がじんわりと潤み出す。鐘楼の目の前で、肩で呼吸をし始めた異様な様子に、眉を寄せた。
「か、かや、く…あ、く、く、くろいつつ、が、っ…」
「おい、睡蓮、」
耳を抑え、がたがたと震えだした。体を縮こませるように蹲り、か細い声で言葉を紡ぐ。ああ、これは知っている。鉛の玉が肉を穿って出来る穴だ。顔を青褪めさせ、肩で呼吸をしながら、震える指先でそっと鐘楼のその傷口に触れる。戸惑いながら、睡蓮の戯れのような行為を許した鐘楼は、ゆっくりとその手を離すように、手首を握り締める。
「触れるな、汚れる。」
「こ、この傷は…ど、こで…」
「わからぬ、気が付けばここに居た。その時から、この傷はあったのだ。」
睡蓮の手の平が、ゆっくりとその傷を辿るように背に回る。図らずとも背中に手を回して抱き締めるような形になった。鐘楼の目に戸惑いの色が宿る。細い指先が、肩甲骨に挟まるかのようにして穿たれた穴にそっと触れた。繋がっている、この傷は一直線に肉を穿ったに違いない。
回された腕に、力が入った。寄せられるように、鐘楼は睡蓮に抱きしめられた。今度こそ、意図を持って抱き締められたのだ。
唇が乾く、他人の温もりだ。鐘楼の慣れぬ温かな体温、己よりも体躯が小さい兎の妖かしに、幼子のように抱きしめられた。喉が渇く、飢えがじんわりと染みのように広がった。
「僕は、も、もしかしたら、貴方を知っている、かもしれない…っ…」
声を震わしている。もしかしたら泣いているのかもしれない。鐘楼の焼けただれた右半身がうずく。獣の敏感な嗅覚が捉えたのは、後悔と懺悔の匂いだ。睡蓮が、鐘楼を抱きしめながら、その悲痛な思いを醸す。ああ、なんだろう。鐘楼は、睡蓮の張り裂けそうな気持ちを感じ取りながら、酷く心地の良い微睡みのような感覚を得たのだ。
「死んだのか。」
「あ、貴方は、」
「ああ、そうか、なるほど」
僕が止められなかったから。ぽつりと漏れた睡蓮の言葉が呼び水となった。鐘楼は、まるで掠れて呼吸すらうまくできなかった己の肺が、一気に膨らんだ感覚を得た。体の隅々に、行き渡る。これは高揚だ。ああ情けない、我を忘れるとはこのことかもしれぬ。そう思うと、鐘楼はその睡蓮の輪郭を確かめるかのように、その手をピタリと添わせる。ああ、これがほしかった。この、酷くもろくて優しい温もり。
瞬きと共に、鐘楼の黒い瞳がじんわりと赤く染まる。鐘楼を抱き締めて、か細い声で謝る睡蓮の背に手を回すと、そっとその背中を優しく撫でた。
「ああ、お前だったのかい。」
「ひっ、く…ご、ごぇ、な、さっ…」
「お前は、我の膝下で怯えていたね。」
「ご、ごめ…っ、ぁ、っ」
この体を焼いたのは、怨嗟の炎だ。そして、その傷を癒やすのは、本当に想って泣いてくれるものの涙、そうに違いない。優しく触れた睡蓮の薄い背中に、じんわりと侵食する。鐘楼の持つ、思いの深さが黒い墨のようにその色を深めながら染み込んでいくのだ。
「あ、っ…!」
「そうさね、お前が我を思って泣いてくれるのなら、何も寂しくはないだろうね。」
睡蓮の全身の力が抜ける。神経を研ぎ澄ますように鋭敏な刺激は、一気に怖気へと色を変えた。己の身に、なにか良くないものが意志を持って入り込んでくる。ああ、この思いは悔恨に似ている。睡蓮の体は意思に反して硬直した。
大切なものに頬擦りをして、まるで生き別れた兄弟を見つけたかのように、鐘楼が嬉しそうに睡蓮を見つめている。あのときは、鐘楼の心からの笑みを引き出すことができなかった。寄り添えなかった睡蓮が、今はこうして寄り添えているのだ。
なんで、僕は順番を間違えてしまったのだろう。ああ、僕がこの人を、こうしてしまったんだ。
「怖いのは嫌だよ、睡蓮。」
そう囁く鐘楼の声には、小さな愉悦が混じっていた。
洞穴の内側から、ざあざあと降り注ぐ雨を見ていた睡蓮は、眉を下げながら困り果てていた。丸一日、ここの洞穴で世話になったのだが、こんな調子では一向に出立は出来そうにない。鐘楼は壁にもたれ掛かり、具合が悪そうである。なんだかそれが気がかりなのと、己の体温が少しだけ高い気がしたのだ。こんなところで発情期になってしまったら、世話をするといった睡蓮が鐘楼に大いに迷惑をかけてしまう。
睡蓮は気掛かりが二つもあることで、なんだか窮屈な思いをしていた。食べ終えた器を片し、洗った土鍋に水を入れて戻ってくる。壁にもたれ掛かり大人しくしている鐘楼の様子を覗き込もうと、水に浸した手拭いを絞りながら声をかける。
「傷口、痛みますか。鐘楼さん、火傷を冷やしたいので着物を脱いでもらえますか。」
「…醜い傷だ。だから見せたくはない。」
「でも、熱を持ってるのでしょう?ならざ冷やさないと、薬はありませんが…ええと、でも冷やさないと!」
なんて言ったらいいかわからなくて、同じことを二回口にする。きっとこういうところがヌケサクと言われるのだろうなあと思いつつ、冷やした手ぬぐい片手にじいっと見つめる。
整った顔だとおもう。どことなく、琥珀の気だるそうな雰囲気に似ている気がした。鐘楼は、睡蓮のまあるいお目々にひたすら見つめられて観念したらしい。ゆっくりとした動きで着物の袂を開くと、その布地を腰にたまらせる。
「昨日の粥が、肉になるといいですね。」
「ああ、うまかった。」
「米がいいんですよ、サクナヒメ様から頂いたものなので。」
「そうか、」
鐘楼の右半身を侵食する火傷は、酷く引き攣れていた。赤黒く爛れ、ひどく痛々しい。睡蓮はその傷に被せるように絞った手ぬぐいを乗せると、その冷たさに鐘楼が小さく息を詰める。
「お寒いですよね、でも汚れを取らねば傷は治りません。薬草があれば良いんですけど、…あ、僕ちょっと山を見てきましょうか。」
「構わん、ここに居てくれないか。外はこの通りだ、お前まで大怪我をしたらいけない。」
「僕なんかよりも大怪我をされているのに、気にかけるのはご自身のことだけにしてくださいよ、もう。」
睡蓮の言葉に、鐘楼の口元が小さく緩む。やっと笑ってくれた。なんだかそれが嬉しくて、睡蓮はふにゃりと笑い返す。鐘楼の長い黒髪が傷に当たらないように、睡蓮は持っていた櫛で梳かしながら丁寧に髪をまとめる。
「切ってくれないか。」
「ええ、こんなにきれいな黒髪を?そりゃだめですよ。ほら、こうして編み込めば邪魔にはなりません。」
「………。」
鐘楼の目の前で、己の黒髪を丁寧に編んで縄のような一本にしていく睡蓮を見やる。長い睫毛がゆっくりと重なり、微笑み顔なのだろう、口角が優しく上がっている。瞳は紅玉のような色味だ。その瞳に己が映ると、鐘楼はようやっと己は睡蓮を見つめていたのだと認識した。
「鐘楼さんは、立派なお角がありますけど、何の妖かしなのですか?」
「さあ、なんだろうな。そこらの記憶が曖昧なのだ。」
「ええと、お胸に逆鱗があれば龍なのだと、主が言っておりました。」
「お前の主は龍なのか。」
「あ、ええと、ううん…」
ぺたりとちまこい手を口に当てると、睡蓮が言いよどむ。隠しているわけではないのだが、まあ言わないほうが良いかもしれないと今更思ったのだ。鐘楼は暫く黙って見つめていたのだが、睡蓮の様子を見て聞くのを辞めたらしい。小さくそうか。とだけ言うと、口を閉ざした。
「そろそろ良いですかね、体拭きますから楽にしててくださいね。」
「すまない。」
にこりと微笑み、鐘楼の言葉に答える。睡蓮は優しく布地を剥がすと、乾いた布巾で柔らかく押さえるように水気を拭う。乾いた布巾には黒い染みと、僅かな血が滲んでいた。ぽつんと数か所、その染みが歪な丸に移った。睡蓮は不思議そうにその布地を見つめたあと、改めて鐘楼の火傷を見つめた。
「どうした。」
「ええと、なんだかまあるい染みが…ほら、これです。」
「ああ、気が付いたらあったんだ。」
「なんだろう、穴…みたいな…。」
睡蓮は、この傷を知っている気がした。既知感があったのだ。嫋やかな手の平が、そっと歪な丸い染みに触れる。なんだろう、なんで知っているんだろう。記憶の間で、小さな突っかかりに隔てられているような、なんとなく手が届きそうで及び腰になるような、そんな不思議な感覚である。
赤い瞳が、その黒い染みの輪郭を捉えるように見つめる。そうしてようやく漏れ出た記憶の中から、鼻孔を擽ったのは火薬の匂いだ。
ひくん、と瞼が震える。唐突に今踏み締めている土が、柔らかく感じた。土に混じる砂の一粒一粒が鮮明になり、そうして聞こえもしない葉の擦れ合う音と、見下ろすような大きな木。喚く人間と倒れた猪、うるさい山鳥、硝煙の酷い匂い。目の前で、黒い筒が向けられて、そして彼岸花のように鮮明な赤い花が散った。
「ーーーーーーっ、」
「睡蓮?」
びくん!唐突に、深い穴に落ちたような感覚が睡蓮の身を襲う。はくりと唇を震わし、赤い瞳がじんわりと潤み出す。鐘楼の目の前で、肩で呼吸をし始めた異様な様子に、眉を寄せた。
「か、かや、く…あ、く、く、くろいつつ、が、っ…」
「おい、睡蓮、」
耳を抑え、がたがたと震えだした。体を縮こませるように蹲り、か細い声で言葉を紡ぐ。ああ、これは知っている。鉛の玉が肉を穿って出来る穴だ。顔を青褪めさせ、肩で呼吸をしながら、震える指先でそっと鐘楼のその傷口に触れる。戸惑いながら、睡蓮の戯れのような行為を許した鐘楼は、ゆっくりとその手を離すように、手首を握り締める。
「触れるな、汚れる。」
「こ、この傷は…ど、こで…」
「わからぬ、気が付けばここに居た。その時から、この傷はあったのだ。」
睡蓮の手の平が、ゆっくりとその傷を辿るように背に回る。図らずとも背中に手を回して抱き締めるような形になった。鐘楼の目に戸惑いの色が宿る。細い指先が、肩甲骨に挟まるかのようにして穿たれた穴にそっと触れた。繋がっている、この傷は一直線に肉を穿ったに違いない。
回された腕に、力が入った。寄せられるように、鐘楼は睡蓮に抱きしめられた。今度こそ、意図を持って抱き締められたのだ。
唇が乾く、他人の温もりだ。鐘楼の慣れぬ温かな体温、己よりも体躯が小さい兎の妖かしに、幼子のように抱きしめられた。喉が渇く、飢えがじんわりと染みのように広がった。
「僕は、も、もしかしたら、貴方を知っている、かもしれない…っ…」
声を震わしている。もしかしたら泣いているのかもしれない。鐘楼の焼けただれた右半身がうずく。獣の敏感な嗅覚が捉えたのは、後悔と懺悔の匂いだ。睡蓮が、鐘楼を抱きしめながら、その悲痛な思いを醸す。ああ、なんだろう。鐘楼は、睡蓮の張り裂けそうな気持ちを感じ取りながら、酷く心地の良い微睡みのような感覚を得たのだ。
「死んだのか。」
「あ、貴方は、」
「ああ、そうか、なるほど」
僕が止められなかったから。ぽつりと漏れた睡蓮の言葉が呼び水となった。鐘楼は、まるで掠れて呼吸すらうまくできなかった己の肺が、一気に膨らんだ感覚を得た。体の隅々に、行き渡る。これは高揚だ。ああ情けない、我を忘れるとはこのことかもしれぬ。そう思うと、鐘楼はその睡蓮の輪郭を確かめるかのように、その手をピタリと添わせる。ああ、これがほしかった。この、酷くもろくて優しい温もり。
瞬きと共に、鐘楼の黒い瞳がじんわりと赤く染まる。鐘楼を抱き締めて、か細い声で謝る睡蓮の背に手を回すと、そっとその背中を優しく撫でた。
「ああ、お前だったのかい。」
「ひっ、く…ご、ごぇ、な、さっ…」
「お前は、我の膝下で怯えていたね。」
「ご、ごめ…っ、ぁ、っ」
この体を焼いたのは、怨嗟の炎だ。そして、その傷を癒やすのは、本当に想って泣いてくれるものの涙、そうに違いない。優しく触れた睡蓮の薄い背中に、じんわりと侵食する。鐘楼の持つ、思いの深さが黒い墨のようにその色を深めながら染み込んでいくのだ。
「あ、っ…!」
「そうさね、お前が我を思って泣いてくれるのなら、何も寂しくはないだろうね。」
睡蓮の全身の力が抜ける。神経を研ぎ澄ますように鋭敏な刺激は、一気に怖気へと色を変えた。己の身に、なにか良くないものが意志を持って入り込んでくる。ああ、この思いは悔恨に似ている。睡蓮の体は意思に反して硬直した。
大切なものに頬擦りをして、まるで生き別れた兄弟を見つけたかのように、鐘楼が嬉しそうに睡蓮を見つめている。あのときは、鐘楼の心からの笑みを引き出すことができなかった。寄り添えなかった睡蓮が、今はこうして寄り添えているのだ。
なんで、僕は順番を間違えてしまったのだろう。ああ、僕がこの人を、こうしてしまったんだ。
「怖いのは嫌だよ、睡蓮。」
そう囁く鐘楼の声には、小さな愉悦が混じっていた。
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