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好きになっちまったんだもの!

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「まあなんだっていいやな。飯は食ったのかよ。」
「飯は、まだだけど…」

 何時までも兎姿のままでは、また琥珀の首が疲れてしまうかもしれない。睡蓮は言われる前にぽひゅんと元の姿に戻ってみせると、若干先程のことを引きずりながら、ゆるゆると首を振った。

「琥珀、俺はもう帰る。細君からの伝言だ。睡蓮をよろしく。」
「ええ!よろしくされたの僕だけど!」
「いいや、何も間違っていない。ではそういうことで、御免。」

 くあ、と嘴を開いて胸を張った鴨丸が、ばさりと羽を羽ばたかせて飛び上がる。この化烏である鴨丸は、どうやら十六夜同様天嘉に忠義をつくしているらしい。大方好物のおにぎりでも駄賃にもらう約束でも取り付けたのだろう。人妻の握り飯ほど上手いものはないと変態臭いことを宣った宵丸に、鴨丸が然りと頷いていたのを知っている琥珀は、こいつも大概だよなあと呆れた目で見送った。

「はあ、んで宜しくされた訳だけど。俺あ今から小太郎んとこの甘味食いに行くけどどうするよ。」
「僕もついてっていいの!?」
「ついてくもなにも、おもり任されっちまったしなあ。」

 おもり!!睡蓮が琥珀の言葉に再び落ち込む。そうだ、たしかに琥珀からしてみたらおもりだろう。だって睡蓮はまだ足を痛めているし、琥珀は睡蓮の好意に気づかない。鈍感な若天狗に執心してから、睡蓮は己の振る舞い一つをとっても好きになれなくなっていた。

「いいよう、琥珀が嫌なら僕は帰る。」
「まあ拗ねんなって。おら、お前も行くんだよ。」
「おわあ!」

 睡蓮は引っ込み思案だ。己でも面倒くさい性格をしていると思う。だから、琥珀の強引なところに助けられることもままあった。がしりと肩に回された男らしい腕に、睡蓮の頬はじんわりと染まる。琥珀を見上げる位背たけが小さい睡蓮は、きっとこうしていても良い仲には見えないのだろう。

「琥珀、僕もうちっと背が伸びないかなぁ。そしたら琥珀も肩を組むのが楽だろう?」
「おお、たしかにな。だがよ、お前はその体躯が売りなんだろう。小回り聞くから、由春にも重宝がられてんだ。」
「そうかなあ、そうだといいなあ。」
「小憎たらしいことになあ。ああ、やめだやめだ!あいつの話ししてるとむかっ腹が立つ!」
「琥珀がしたんじゃないかよう!」

 ぷんすこと怒り出した琥珀の手が、しっかりと睡蓮の肩を抱く。きっと背たけがちまこいし、歩きやすいようにしてくれてるのかもしれない。睡蓮は物言わぬ琥珀の優しさが好きだった。こうして、隣にそわりとする体温を感じながら、琥珀に連れられた睡蓮は共に小豆洗いの小太郎の元へと向かったのであった。


 夢のような一日であった。睡蓮は、由春の世話を終えて、そんなことを思った。今日は日中は水神の仕事があるからと暇を出されていた。その一時で勇気を出してよかった。だって、琥珀と甘味屋であんみつを食べれたのだ。
 恋仲のものが二人でつつくもの。あんみつがそう言われていると聞いたのは、市井に買い出しをしに行ったときである。だから、睡蓮はいつか琥珀とつつける良い仲になったら嬉しいなあと思っていた。それが、近日中に叶ってしまったのだ。まあ、あんみつは一人一つだったが。

「ああ、死んじまうかとおもった…」

 今なら枕草紙の一編でもかけちまいそう。そんなことを宣いながら、睡蓮は自分の寝床で短い尻尾を振り回しては喜ぶ。

「ご機嫌だなあ睡蓮。そんなに琥珀が好きなら、思いを告げちまえばいいじゃない。」
「だっ!だめですよう!だって僕なんか到底相手にされないだろうし…って、ぎゃあ!」
「おや、主にぎゃあとは随分なご挨拶じゃないか。」

 びゃっと飛び上がって驚いた。だって、睡蓮の部屋に由春がいたのだ。
 水喰の屋敷の一室を間借りしている睡蓮と、由春の部屋は近い。だけど、もう今日のお世話はいらないと言われていたのだ。睡蓮は慌てて居住まいを正すと、部屋の外の水路を通ってきたらしい由春が、とぐろを巻いて寛いでいた。

「お前ね、発情期だってあるんだろう?もう相手は見つけたのかい?」
「見つけられてないから、こんなのんきにしてるんです。」
「この私が手伝ってやろうと言ってやったのに断るのだから。まったくお前もいいご身分だ。」

 けっと笑って、由春はその嫋やかな手の平を睡蓮のまろい頬に手をのばす。睡蓮は滅相もないと悲鳴を上げると、じりじりと後ずさりをした。

「由春様は貴きご身分です!それに、こんな侍従兎なんぞに施しをくださるなんて畏れ多いですって!」
「一緒に寝るくせにか。」
「だって由春様が強請るんじゃありませんか!」

 シュルリと鱗の擦れ合う音がして、由春は睡蓮を囲う。だって、由春は睡蓮の毛並みを気にいっている。眠れなさそうな夜などは、こうして睡蓮に強請って共寝してもらうのだ。但し兎の姿で。

「悪いかい?母様はとと様が独り占めをするもの。それに孕んでいるしね、由春の寝相が悪くてご迷惑をおかけしたらいやじゃないか。ほら、はやくおし。」
「うう、また琥珀に変な目で見られちゃうよう。」

 情けない声を漏らしながら、睡蓮が白兎になる。由春は嬉しそうに抱き上げて頬ずりをすると、しゅるりと巻いた蜷局の上に横たわった。由春ご自慢の薄玻璃の鱗に四足をつけるのか申し訳なくて、睡蓮はちまこく体を折りたたむ。

「睡蓮、そういや琥珀の嫁取りはどうなったのさ。」
「まだです。でも人里で探すって…嫁御、見つけちゃったらいやだなあ…」
「蘇芳殿も拐かして来たものなあ。番ってのは本能的にわかるもんとは聞いてるけど…ああいやだ!私、寝る前に琥珀のことを考えちまった!お前のせいだぞ睡蓮!」
「えええ理不尽!!」

 ご自慢の体が絡まっちまうよ!由春は余程琥珀と馬が合わないらしい。わなわなと震えたかと思うと、今日もしっかりと睡蓮に八つ当たりをする。不服は寝るに限るのだ。そういって腹に睡蓮を抱え込むと、由春はまるで宝物を抱きしめるかのように睡蓮に頬ずりをした。

「私の可愛い睡蓮、あんな木偶なんかよりも、余程いい男がいるだろうに。愚かな子。」
「恋心もっちまったんですもん…、おやすみなさい由春様。」

 ぴすぴすと桜の花の色付きのような可愛らしい鼻を愚図らせて、睡蓮は紅玉のようなお目々を瞑る。睡蓮は、琥珀が大好きだ。だってこの恋はずっと前に始まったのに、終わりが見えない。
 じんわりと睫毛を濡らす睡蓮の頬に由春が口付ける。この可愛らしい侍従が小さな心臓を傷ませるのだ。やっぱり由春は、鈍感な琥珀のことは好きになれない。そう思ったのであった。


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