ヤンキー、お山の総大将に拾われる2-お騒がせ若天狗は白兎にご執心-

だいきち

文字の大きさ
上 下
7 / 58

いけずなあいつ

しおりを挟む
「およびでしょうか細君。」

 とっとっと、まるで跳ねるように近づいて睡蓮に並ぶと、鴨丸はくてんと首を傾げて天嘉を見上げる。ここ数年で鴨丸も実に立派になった。天嘉の腰ほどの背丈だったのに、今や化烏の親玉。人里の烏共の頂点に君臨している。

「でっかいからす!!」
「化烏の鴨丸です。ええと、どちらさまでしょう?」
「琥珀の馴染み、悪いけど足怪我してっから里まで連れてってやって。」
「えぇー!」

 天嘉の言葉に、睡蓮は長いお耳を上に引っ張られるかのようにびゃっと伸ばして仰天した。初対面の、こんなおっかない烏に運ばれるとは、もしかしたれ鷲掴まれたりするのだろうか。そんな想像をしたのがバレたのか、鴨丸は困ったように睡蓮を見た。

「俺が運ぶには籠を使います。玉兎とお見受けする、貴方なら白兎に転じられるでしょう。」
「あ、ああ!あー!!なるほど!!確かにそうですね!!」
「それに俺は、妖かしを喰らいませぬ。喰らうのは天嘉殿の手料理のみ。」
「鴨丸はおにぎり大好きだもんな。」

 くしくしと天嘉に顎の下を揉み込まれて、クルルと喉を鳴らす。こんなに大きな化烏まで手懐けているとは恐れ入る。睡蓮は、見た目以上に理性的な鴨丸にほっとすると、申し訳無さそうな顔をした。

「か、鴨丸殿、申し訳ありませぬ。僕、鷲にいじめられたことあるから、おっきい鳥はびびっちまうんです。」
「うちの息子は鳶だけど、いいんだ?」
「鷲と鳶を一緒にするなと、前に琥珀に怒られました!」

 いわく、あんなナルシスト野鳥と一緒にするなと言うことらしい。ナルシストがどういう意味なのかは測りかねたが、美食家気取りくそ野鳥と宣っていたので、琥珀も鷲に嫌な思い出があるのかと勝手に思っている。

「ああ、あいつ鳶調べちまったからなあ。」
「己の生態を知ることは戦略にも繋がりまする。いやはや、しかし人間の鳶に対する印象はいささか偏見がありますなあ。」

 籠を持ちながら、ツルバミがぺたぺたと近づいてくる。睡蓮が礼を言って受け取ると、天嘉は睡蓮の頭をわしわしと撫でた。

「睡蓮わりぃけど琥珀んこと頼むな。まあ、足がいてえんだから無理したら駄目だけど。」
「ほわっ、あ、っあ、はい!」
「では転じてくだされ。籠は睡蓮殿のそれをお借りいたしましょう。」

 鴨丸に催促をされた睡蓮は、小さく頷くとぽふんと白兎に姿を転じた。ちまこい白兎が、お行儀よく着物をめしているその姿でちょこんと立ち上がると、ぺこりと天嘉に一礼をして、籠の中に入り込んだ。

「可愛い!」
「やれやれ、ならばお帰りの際にでも姿絵を取らせてもらえばよろしいかと。いやはや、しかしツルバミよりも小さきお姿、誠に幼くていらっしゃる。」

 睡蓮は気恥ずかしそうにぴょこぴょこと跳ねて籠に収まると、鴨丸がその縁を咥えて持ち上げる。そして再び庭先で籠をおいて飛び上がったかと思えば、脚でがしりと縁を鷲掴むと、ばさりとは音を立てて飛び上がる。慣れぬ浮遊感に慌てた睡蓮は、落ちたらいけないと慌てて中で丸くなった。

「恐らく夕刻までには戻りまする。」
「て、天嘉殿!僕、いってきます!」

 籠の中から睡蓮がそう宣う。長いお耳だけちろりと見える籠に天嘉は胸を甘く鳴かせながら、いってらー!と元気に見送った。


 その頃、琥珀はというと。

「その紅よかこっちの紅のほうが似合うかね。」
「おや旦那、紅で悩むとは罪なお人だ。余程いい雌にお渡しかい?」
「おっと、詮索はよしてくんな。どこに耳があるかわからねえもんで。」

 にやりと笑ったお歯黒に、琥珀は少しだけ暗い色をした赤い紅を頼んだ。実のところ、この紅を使うのはニニギであった。以前天嘉が人里で購入をした女物の化粧品を、ニニギに贈ったことがあったのだ。その時のニニギの喜びようといったら、舞い上がって木が一本倒れるほどであった。
 天嘉としてみれば、女なんだし化粧だってしたいだろうと思っての計らいであったのだが、これが実に的を得ていた。なにせ、ニニギは立派な体躯だ。獄都ほどの大きな道幅を持つ町であれば、まあ動けることは動けるだろうが、ここらへんは道幅が狭い。だからニニギは自分の為の買い物はなかなかにしづらいのである。

「おう、包んでくんな。女が好きそうな洒落っ気のあるやつで頼む。」
「なら巾着にでもいれてやろう。あんたみたいな伊達男に贈り物をされる女になってみたいもんだねえ。」

 鱒を買いに来たついでに、世話になったニニギへの贈り物を購入した琥珀は相変わらずの振る舞いで、品物を渡してきたお歯黒の白い手をとった。

「なにいってんだ、あんただって充分いい女だろう。俺見てえな若造にゃあ勿体ねえさ。」
「あらいやだよ、年増誂って悪いお人。」
「さて、男磨いて出直すかね。ありがとよ。また頼むわ。」
「あいよ。」

 無い顔を綻ばせてお歯黒が笑えば、琥珀は品物を着物の合わせ目にしまい込む。こうやって市井で顔を売っておけば、何かと力になってくれるのだ。蘇芳が築いた土台の上にあぐらばかりかいてはいられない。天嘉からも、感謝を忘れるなと教え込まれている。琥珀は実に軽薄で遊び人的な風貌なおかげか、勘違いをされやすい。しかし天嘉によって躾けられた社交性は、年の割には実に洗練されていた。

「さて、ニニギの土産も買ったし、あとは鱒かね。」

 しかしその前に昼餉にでもしようか。琥珀はふむと一つ頷くと、ならば小太郎のとこの団子でも食って人心地つくかと決めたらしい。高下駄をごきげんに鳴らしながら、通い慣れた通りに入ろうとした時だった。

「あん?」

 聞き慣れた羽の音がして、導かれるように顔を上げる。上空に立派な体躯の大烏を認めると、その足に掴んでいる籠を見てツルバミが買い出しに来たのかと思った。

「鴨丸!お前またパシリか!」
「またわからぬ言葉を言う。ちがうよ、琥珀にお届けものだ。」

 バサバサと羽根を羽ばたかせて勢いを殺すと、琥珀は鴨丸の持っていたひと抱えはありそうな籠を抱きしめた。

「まだ何も悪いこっちゃしてねえよ。」
「まだ何も言っていないが。」

 呆れた目の鴨丸が、ちょこんと地べたに降り立つと、まるで覗き込むことを促すように、嘴で籠の底を持ち上げた。すると当然琥珀の方に傾いた籠のなかから、ぴゃあっという間抜けな白兎の情けない声が聞こえてくる。

「なんだあ?あ?なんでお前こんなとこに。」

 妙竹林な声に、つい籠の中を覗き込む。中には長いお耳を抑えて震えている白兎、もとい睡蓮が縮こまっていた。琥珀はわけがわからぬまま、籠の中に手を突っ込む。むんずと首の後ろの柔らかい肉を摘んで持ち上げれば、赤い目をお手々で隠した睡蓮が、かわいいあんよをぱたぱたして身悶えた。

「こは、琥珀!鱒は買うな!僕が天嘉殿に持っていったから!」
「おう、そいつはありがとうだけどよ。お前さん態々そんなことを告げにきたのかい?」
「あ、あ、ええと、ええっと、」

 ワタワタとちんまい前足で必死に説明をしようとしているが、この頭の足りない兎は恐らくそれ以上の理由は無いのだろうなあと慮ると、琥珀はその身を地面におろしてやった。

「天嘉殿に頼まれたのさ。鱒以外のものを買ってこいと。」
「そう!そうだ!それだ!」
「あ?足怪我してるお前にか?だから鴨丸…なるほどなあ。」

 どうやら天嘉が変な気を回したらしいと理解した琥珀は、溜息一つ。ぼりぼりと頭を掻くと、つまらねえことを頼んで悪かったなと鴨丸を労った。
 大方世話好きな天嘉が、睡蓮が己のことを好いていると勘違いしたのだろう。この玉兎は義理堅い。だからこうしてせこせこと琥珀に借りを返す機会を伺っているだけだというのにだ。

「お前も律儀に鱒寄越したんだ。んなきにするこたねえってのに。」
「えええ!」

 妙なところで驚いて、なぜだか落ち込み始めた睡蓮を見て琥珀が首を傾げる。鴨丸は、なんであの二人の息子なのに己のこととなると斯うも鈍感なのだろう。そんなことを思いながら、やれやれとため息を吐いたのだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー! 他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

処理中です...