ヤンキー、お山の総大将に拾われる。-理不尽が俺に婚姻届押し付けてきた件について-

だいきち

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隠神刑部狸

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 青藍と蘇芳が仲直りして、そして三日が過ぎた。あんな遠い森から来ている青藍は、どうやら甚雨に送り迎えをしてもらっているらしく、毎回決められた時間になると帰るのはその理由らしかった。
 
「愛されてんなあ。」
「よせやい。こちとら毎回断ってんのにさ、何が楽しいんだか知らんが尻尾振って待ってんのさ。松風がおっとりしてんのもあいつに似ちまったんだろうなあ。」
 
 俺は子供じゃねえってのにさあ。そんなことを言いながらも、そうされるのが嬉しいくせに、この鼬はなんともツンデレだ。
 今日も天嘉の腹の具合を確かめた後、蘇芳に噛まれたところを確認する。少し痕にはなっているが治り始めており、もう包帯はいらんだろうと外された。ようやく息苦しいのが取れたので、天嘉としても嬉しい。
 傷がそこまで深くはなかったが、蘇芳は少し気にしているらしい。傷口からそんなことを読み取られてしまうと言うのは、なかなかに番いと言うのは気恥ずかしい。
 
「悪阻はどうなんだい、腹は満たされてっけど、旦那の見立て通り、御子は力が強いなあ。その分成長も早いが、まあなるべく体調に異常を感じたらしっかりと妖力をもらうんだよ。」
「ん、そうする。…にしてもさ…。」
「ああ、言いたいことはわかるけどねえ。」
 
 苦笑いを浮かべる青藍の後ろで、影法師たちが忙しなく動く。どうやら客人が来るようで、そんなこと聞かされていなかった天嘉としてはなんとなく腹に据えかねるといった具合だ。
 嫁嫁いうくせに、こういう報連相がない男なのである。
 
「まあ、孕んでんだし無理にもてなさなくても良いと思うがね、俺は。」
「いや、まあ失礼がないようにはするよ。にしても蘇芳が夕方に帰ってくっから、それまでの間相手すんのは骨が折れそうだけどな。」
 
 溜め息ひとつ。本当は明日に来る予定だったらしいが、どうやら早くに到着したらしい。それならばそれでどこかで暇を潰してくれれば良いものを。天嘉はまだ見ぬ謎の客人がまもなく到着するという話を、使いの狸が先んじて言いにきたとツルバミが話しているのを聞いていた。
 
「失礼致しまする。」
 
 そっと障子を開けて顔を出したのは、ツルバミだ。青蛙顔をやつれさせながら、誠に申し訳なさそうな顔をして中に入ってくると、裾を正してそっと青藍の隣に腰掛ける。
 何やら言いにくそうな顔をしながらも重々しい口を開くと、数秒いいあぐねた。
 
「…使いのものから、まもなく御仁が到着されるとのことで、是非出迎えてほしいと頼まれました。…一応体調が思わしくないのでとお断り申し上げたのですが、どうしてもとへりくだられまして、ツルバミの立場上強くお断り申し上げるのも難しく…。」
「おいおい、主治医が駄目と言っていると伝えたのかい?」
「申し上げましたとも。しかしながら妊娠は病気ではないと申されてしまいましてな…。」
「ああ!?」
 
 ツルバミの心底弱ったという顔で言われた一言に、流石の青藍も腹にすえかねたようだ。ツルバミが言ったわけでもないのに牙を剥き出しにして不機嫌そうな顔をすると、そんな不届き者には俺が直接言ってやると業を煮やす。
 その勢いのまま立ち上がった青藍に、慌ててツルバミと天嘉が取りすがると、なんの声かけもなくピシャリと音を立てて襖が開いた。
 
「何をしている。お前たち。隠神刑部様の御成はまもなくである。はよう表に出て迎えなさい。」

 いかにも気難しそうな顔をした、役人のような身なりの狸が眼前に迫ると言った具合に物申す。まるでなってない使用人を叱りつけるような態度で宣うものだから、天嘉は一瞬何を言われているのかがわからなかった。
 
「人間、はよう支度をせい。お前が一番下なのだから、率先して動きなさい。」
「え、」
「飼われているということをゆめゆめ忘れるな。」

 襖が閉まり、忙しない足音が過ぎ去っていく。頭の痛そうな顔をしたツルバミが、心底申し訳なさそうに天嘉を見上げた。
 
「い、隠神刑部様は人嫌いでありましてな…、」
「なんっだあの態度。たぬき鍋にして食ってやろうか!」
「いや、うん、なんとなくわかった気がする。とりあえず俺は蘇芳の顔を立てれば良いってことだろう。」
「蘇芳殿が戻られるまでの辛抱にございます…ツルバミもお助けいたします故、しばしご辛抱お願いいたしまする…。」
 
 青藍はムカっ腹が立つと怒りながら教えてくれたのだが、隠神刑部とは化け狸の親玉らしく、蘇芳と同じで地方のお山を仕切っている大物らしい。総大将同士の集まりで嫁を娶ったということを聞きつけていたようで、どれどんな嫁御だと遠路はるばる見に来たという。
 全くいい迷惑な話である。蘇芳とは旧知らしく、非常に力が強いことから共闘関係にあるようだ。以前御嶽山が土砂崩れが起きた際には真っ先に駆けつけて力を貸してくれたことから、その借りはいつか返すと約束をしたとのこと。

 そんな話を聞きながら、慌ただしく向かった玄関の間。道を囲むようにしてずらりと並んだ影法師たちの横に、青藍と宵丸まで並んだ。天嘉はツルバミと共に床に膝をついて頭を下げると、なんとも軽快な祭囃子が遠くの方から聞こえてきた。
 威圧的な空気がじわじわと近づいてくる。まるで押さえつけられるかのようなその感覚に、天嘉の額にはじんわりと汗が滲んだ。
 
 なんだこの感じ。重々しくて、軽快なお囃子太鼓が近づくだけで体が重くなっていく。
 ツルバミが天嘉の様子の変化にいち早く気がついたものの、すでに辞するようには促せない状況となっていた。
 
「何故蘇芳の屋敷に人間がいる。」
 
 威圧感のある声が、頭上から降ってくる。天嘉のトラウマを刺激するような空気感に小さく身を震わすと、顔をあげようとした天嘉の頭を押さえ付けるようにして、踏みつけられた。
 
「い、隠神刑部殿!おやめくだされ!」
「ツルバミ。俺はなんでここに人間がいると聞いている。全く悪趣味も甚だしい。」
「っ、」
 
 額を床に擦り付けられるようにしてギリギリと踏み躙られる。あまりの横暴な行いに止めに入ろうとした青藍を、宵丸が押さえつけた。隠神刑部の神通力は蘇芳と同じほどである。折檻を受けるようなことがあれば、山犬である甚雨が黙ってはいないだろう。そうすると九瞞山と御嶽山の友好関係が大きく崩れてしまう。先にけしかけたのはそちらと不利な条件を押し付けられるだろうことは、目に見えていた。
 
「青藍抑えろ。蘇芳が帰ってくるまでの辛抱だ。」
「でもよ…!」
「いいか、俺たちは蘇芳がいない今、対等ではない。下手に出て山同士の争いになったら均衡が崩れる。甚雨や松風のためにも、ここは堪えろ青藍。」
 
 銀色の瞳で冷静に判断を下した宵丸が、悔しそうに顔を歪める。青藍が飛び出そうとしてくれただけでも、天嘉には有り難かった。こういう威圧的な者は、周りの空気も張り詰めさせる。蘇芳がいない今、天嘉が下手なことをして屋敷の住民に迷惑をかけることだけはしたくなかった。
 
「人間、なぜここにいる。答えろ。」
「俺が、蘇芳の嫁です。」
「…何をバカな、大妖怪でもある彼奴が、わざわざ人間なんぞを娶って自分の価値を下げることなどするまい。」
「う、」
 
 髪を鷲掴み、天嘉の顔を無理やり向かせる。
 隠神刑部狸は小さく笑った。今は、人型を取っているのだろう、達磨のように厳しい顔、そして頬に大きな傷がある髭面の男は、天嘉の顔を見ると片眉を上げた。
 
「なるほど面構えは上等だな。面白い、確かに蘇芳の匂いがするぞ。どうやらよほど具合がいいらしいなあ。」

 大きな手が細い天嘉の首の傷跡に触れる。あの無慈悲な大天狗である蘇芳が執着する人の子とはどんなものなのかと気になったらしい。真っ青な顔で見上げてくるツルバミを安心させるように目配せすると、首を掴む逞しい腕にそっと触れた。
 
「腹に子がいるんだ。乱暴はやめてくれ。生憎蘇芳は夕方までは帰ってこない。」
「面白い。俺に説教だと?ならば人間。貴様がもてなせ。蘇芳の帰宅まで侍ってもらうぞ。」
「天嘉殿、っ」
 
 まるで片腕で抱き上げられるかのようにして担ぎ上げられると、天嘉は落とされないように慌ててしがみついた。ズカズカと無遠慮に屋敷に上がり込んだ隠神刑部一行を見届けると、ツルバミに目くばせをされた宵丸が、大慌てで列から逃れて外に飛び出した。不味い、このままでは何をされるかわからない。早くこのことを蘇芳に知らせねばならぬと、宵丸は雪風を纏い、一息に飛び上がった。
 
「あああ、なんで年寄りってのは頭でっかちが多いんだ!」
 
 まるで粉雪が風に吹かれて舞うように舞い上がると、宵丸は急ぎ伝えるために姿を消した。どうか短気な蘇芳が雷を落とすような自体にはなりませんように。そんなことを思いながら、宵丸は一陣の風となって先を急いだ。
 
 
  
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