ヤンキー、お山の総大将に拾われる。-理不尽が俺に婚姻届押し付けてきた件について-

だいきち

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氷室の住人

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「とまあ、天嘉殿はどこその不届き物によって怪我人にされましたので、この傷跡が治るまでは外出を控えていただきたいと存じます。」
「その不届き物は俺だな。」
「おやあ、今のは嫌味ですぞ蘇芳殿。」

 げこりとツルバミまでもがにべもない。

 天嘉が来てから明らかになった蘇芳の駄目亭主っぷり。仕事はきちんとする、家庭もかえりみる。しかしながら我儘だけはいただけない。
 家事の一切を取り仕切るツルバミに相談もなしに燃やした布団は数知れず。服は脱ぎ散らかすは、襖を閉める音はうるさいわ。皿も洗い終えたうちからつまみを食うとか宣って晩酌を始めるのだ。
 とかく一時が万事こんな具合に、細かい部分で鼻につくことも多かったのだが、最近は天嘉が細々としたことを手伝うおかげで、ツルバミの苦労は軽減された。そして、屋敷内での天嘉の評価は、口調は悪いが甲斐甲斐しく健気な嫁という印象が広まったのである。
 ツルバミ他影法師達からの見守りというか、まあよくやる嫁だこと。という評価も含め、この屋敷の勤め人からは本人の預かり知らぬところで大変に可愛がられている。

 挙げ句、その身重でか弱く儚い身でありながら、性欲妖怪である蘇芳の夜のお相手までとは恐れ入る。ならばせめて、自分たちが傷つかないように優しく育ててやろうかしらという肉親のような情が湧いてしまい、歳も相まってこの屋敷の花形、今でいうアイドル扱いである。
 親戚が幼い乳飲み子に熱狂するように、天嘉もまた、似たような目線を向けられていることを知らないまま、今日は漏らさなかったということまで数えられていると知れば、おそらく顔に紅葉を散らすだろう。

 ちなみに蘇芳は知っている。屋敷のものが天嘉を乳飲み子のように愛でていることを。
 だからこそのこの表情。さも持て余しているといった具合に腕を組み、眉間にシワを寄せる。

「さあさ、怪我人でございますからね。天嘉殿は左団扇でごゆるりとお過ごしくだされ。」
「ひだりうちわ…?」
「楽にしていて良いということでございますよ天嘉殿。」

 影法師から寝るように促され、横たわればツルバミによって布団をかけられる。大人しく言うことを聞く天嘉を、布団の上からぽんぽんとあやすように撫でる影法師は、天嘉のことを牛頭馬頭の時に守ってくれたものだった。

「して、蘇芳殿。今回ばかりは承服いたしかねまする。あなた様が偏屈なのは今に始まったことではありませぬが、夜の褥での営み事までもが偏屈だとはなりませぬ。この細君の体躯をご覧なさい、青藍殿の怒りもまさしく相応。」
「だから言ったろう、俺も反省しておると。」

 面倒くさそうに宣う蘇芳の態度に思うところがあったのか、ツルバミはペチンと自身の膝を叩くと、大きな口を開けてのたまった。

「でしたら慚愧に堪えぬといった具合の態度をなさいませ!」
「ざんきにたえぬってなに。」
「きちんと反省しろという意味ですよ天嘉殿。」

 ツルバミの解説を挟みながら、なるほどかっこいい言い回しがあるのだなあと感心する。
 蘇芳はというと、青藍の次はツルバミかと辟易とした顔をしているが、天嘉は布団の上から、多分そういう顔が怒らせるんだと思うなあと冷静に見ていた。

「わかった!!天嘉にも言われておる!青藍にも謝ればいいのだろう!」
「くぁー!!蘇芳殿!!誠にわかっておいでですか!?見ましたぞ喉元の傷!!ツルバミなら即死ですぞ即死!!」
「蛙の肉なぞ食うか!俺は美食家だぞ!」
「私だって鶏肉と同じ味なんですが!?蘇芳様と同じですぞ同じ!!」
「なあ、何の話?」

 もはや収集がつかなくなってきた。天嘉は溜息一つ、布団の上から二人を見上げる。眠たくもないのに寝てられないし、しかも頭上でガミガミ言い合っているのも喧しくてかなわない。
 結局二人の間を這いずって抜けると、影法師に厠に行ってくると言って部屋を出た。

「仲が良いんだか悪いんだか、まったくもってわかんねえなあ。」
「天嘉ー!もういいのかー!おいら気が気じゃなかったよ、座敷に上がりたいのに込み入った話ししてるしさあ。」
「おー、大丈夫。奥座敷でツルバミと蘇芳が口喧嘩してっから、今は行かねえほうがいい。」

 かろかろと車輪の音をたて、外で待っていたらしいよいしょが嬉しそうに付いてくる。奥座敷のあの段差がどうも苦手らしい。小さな車輪で襖の引き戸の溝を跨ぐには、持ち手を持っててもらわないとと怖いと言っていた。

「ツルバミが落雁を買ってきてたぞ。茶菓子が切れたとかでさ。なあ、一緒にお茶にしよう。おいら茶菓子をしまってある場所を知ってるんだ。」
「落雁なあ、あれぱさつくんだよなあ…あ。」
「ん?」
「くず餅つくるか。」

 キョトンとしたよいしょは疑問符を浮かべながらついてくる。天嘉はなんだかご機嫌で炊事場に行くと、ツルバミが買った落雁と抹茶を取り出した。

 なんだかわからないが、天嘉が包帯を巻いてる割には元気なようでよかったなあ。よいしょはそんなことを思いながら、取り出した擂粉木でごりごりと落雁を削り始めた天嘉の後ろ姿を見ていた。
 炊事場にたった天嘉はなんだか楽しそうだ。沸かしたお湯を加えてはあんこを混ぜ、どんぶりに移したそれを湯につけて温める。
 電子レンジという魔法の神器があれば直ぐなのだが、手間を掛けるのもまた良いだろう。
 炊事場でわちゃわちゃと天嘉がやり始めてはや三十分。半透明になってきたのを確認すると、それをそのまま器に移して冷やす事にした。

「しくった。氷ねえじゃん!」
「氷室ならあるぞ」
「まじでか。なんだひむろって」
「氷を保管しておく倉のようなものだ。なにをしている。」

 器を持ったまま慌てて振り向くと、不思議そうな顔をした蘇芳が扉にもたれかかりながら立っていた。
 よいしょはきょろりと蘇芳を見上げると、かろかろと天嘉の方によってきた。

「天嘉いじわるしたら、ファスナーで噛んでやるからなあ!」
「お前までいうか…しないさ。氷室に行きたいのなら庭に回るぞ。天嘉はよいしょとついてこい。」
「おいらが丼もつよ。頭に乗っけな。」
「片手で持てるよ。なら持ち手掴ませてもらおうかな。」
「おう、いいぞー!」

 ふんふんとご機嫌のよいしょとともに、蘇芳について氷室に向かう。どうやら保冷庫のようなものらしい。ここに来てから知らないことだらけで面白い。家電がないのは不便だが、生活の知恵や妖かしならではの解決方法は、むしろある種のエンターテイメントだなあと思っている。左右兄弟が火を吹いて外の露天の温度を調節しているのを見たときは、感動しすぎて思わず拍手をした。

 なんてったって、リアル火炎放射である。布団を燃やしたときはどう火を繰り出していたのかはわからなかったが、まさかあの破けた場所からとんでもない火力で吐き出すとは思わなかった。

 天嘉がそんなことを思っていると、どうやら氷室と呼ばれる蔵についた。炊事場からほど近いそこはしっかりと閉ざされており、ほんのり触れると冷たさを感じる。
 天嘉が扉を開けようとしたとき、蘇芳がその手を止めた。

「俺が開けよう。」
「え?」

 蘇芳は腕で無理やり天嘉を自分の背中側に押しやると、その鉄の扉を一気にあけた。
 蘇芳自身、まるでその鉄の扉を立てにするようにして隠れると、ものすごい勢いの雪風が一気に吹き荒れ、天嘉達が先程いた場所を凍りつかせる。

「え。」

 今何が起きたのか。まったくもって理解出来なくて、天嘉の口から間抜けな声がぽろりと漏れた。
 蘇芳は呆気に取られている天嘉を背後に追いやったまま渋い顔をすると、吹き荒れた雪風が収まるのを待ち、鉄の扉を回り込んで蔵の前に立った。

「貴様!いい加減にしろ!危うく俺の嫁が凍りつくところだったではないか!!」
「嫁え!?」
「宵丸。よもや忘れたとは言わせぬぞ…」

 素っ頓狂な声が扉から出てきたかと思うと、宵丸と呼ばれた男が転がるように氷室からでてきた。
 男の髪は真っ白に染まり、その長さは頭のてっぺんで結んでいても腰ほどまではある。肌も抜けるように白く、たいそうな美丈夫であった。着物に纏った霜がきらりと光ると、天嘉の姿を目に止めた宵丸は、その灰銀の瞳を丸くした。

「かわいい!!!」
「やらぬ!!」
「うわっ、こ、こんちは?」

 抜けるような白い肌をほんのりと染め上げた宵丸は、雪風を纏いながらふわりと天嘉の前に降り立つと、がしりとその手を掴んで悲鳴を上げた。

「あっちい!!!」
「バカモノ、当たり前だろう。」
「な、なんかごめん…」

 宵丸は、なんというか少し頭が足りないらしい。蘇芳が舌打ちをすると、宵丸はボリボリと頭をかきながら起き上がる。体にまとっていた雪風を人差し指に絡めるようにして集めると、それを指から引き抜くようにして纏めて懐にしまう。
 すると、先程まで恐ろしく冷たい体温だった宵丸の体が血色を帯び、着ていた着物の霜が消える。どうやら出し入れ可能なものらしく、ようやくこれで挨拶できると改めて天嘉の手を握りしめた。

「こんにちは!蘇芳なんかやめて俺にしない?」
「は?」
「宵丸は場の空気も凍らす天才なんだよなー。」

 蘇芳の大きな手が宵丸の頭を鷲掴む。

「来い、灸を据えてやる。」
「ええ!?なんでだよ!!俺溶けちゃう、すお、いで、いだだだだだ!」

 笑顔のまま引き摺られていく姿を見て、よいしょのわかりやすい紹介に納得した。
 どうやら宵丸は雪の妖かしを親に持つらしく、蘇芳の屋敷の氷室を根城にしているらしい。天嘉がこちらに落ちてきたときは里帰りをしていたらしく、天嘉のことは聞いてはいたのだが、すっかり忘れていたようだった。

「なんか、すげえなここの住民…」
「宵丸はなー、ほんと、顔はいいのに馬鹿だからなー。蘇芳の仕置はあれで通算一二八六回目だってツルバミがいってた。」
「ああ、そうなんだ…」

 遠くで宵丸の情けない悲鳴が聞こえた気がした。 天嘉は呆気に取られたまましばらく二人が消えていった方向を見ていたが、手に持っていたものを思い出すと、冷え切った氷室の中にそれを置いた。
 これが固まれば落雁を元にしたくず餅の完成である。
 楽しみだなあというよいしょは可愛いが、蘇芳が宵丸に対してやりすぎないか無駄な心配をしたせいで、天嘉はなんだか疲れてしまった。


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