ヤンキー、お山の総大将に拾われる。-理不尽が俺に婚姻届押し付けてきた件について-

だいきち

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こんなの俺じゃない

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「おい、大丈夫か天嘉。」
「だめ…、うぇ、…き、もちわり…」
 
 翌日、蘇芳の朝の支度でも手伝ってやろうかと、共に起床した天嘉は、蘇芳の腰を締めていた帯を握りしめたまましゃがみ込んでしまった。
 手を離さなきゃいけないのに、なんだか離し難くて仕方がない。
 悪阻が重い日は特にだめだ。腹の中で子が育っているという喜ばしいはずのことなのに、一度気分が悪くなってしまうと、こんなことできちんと親になれるのだろうかと一気に落ち込んでしまう。
 
「吐きそうか、天嘉。」
「やだ…吐きたくねえ…」
「横になれば少しは楽か?どれ、ツルバミに言って青藍を呼んでこようか。」
「やだぁ…」
 
 縋るように蘇芳の帯を握りしめる手が白い。仕方なく帯を解くと、行ってしまうのかと言わんばかりに天嘉が涙目で見上げてくる。この幼く愛おしい嫁は、具合が悪い時ほど甘えたになるらしい。
 蘇芳は可哀想で可愛い天嘉のこの様子が好きだった。多少愛情が歪んでしまっている感は否めないが、独占欲が強いのだからしかたあるまい。
 琥珀の目を濡らす天嘉の前にしゃがみ込むと、そっと頭を撫でて抱き締めた。
 
「腹に違和感はないか。ならば単純に栄養が足りていないのかもしれぬ。お前に行き渡らねばならんものが、子に回っているのだろう。悪阻と、…貧血気味だなあ…。」
 
 天嘉の下瞼を柔く指で引っ張るようにして蘇芳がたしかめると、確かに貧血を示すかのように白くなっていた。
 蘇芳の手が暖かいのだろう、その手に頬を押し付ける様にして懐く、やけにおとなしい天嘉が可愛い。蘇芳は天嘉の無意識によって着物の袂までしっかりと握りしめられ、しまいには着替えの妨害をされてしまった。
 
 今日は仕事にならなさそうなのは明白だ。蘇芳も天嘉が心配で手につかないだろう。ということは、やはり今日は十六夜に事情を説明して休ませてもらうほかはない。
 蘇芳は影法師を呼びつけて指示を出すと、了解したと言わんばかりにコクリと頷いて姿を消した。
 天嘉の体を抱き込む。心臓の音を聞かせるように小さな頭を胸元に寄せると、そっと擦り寄った天嘉に、ゆるゆると襟元を握り締められた。
 
「しごと…いかんの…」
「今日は天嘉の具合が悪そうだからなあ。気になって手につかんだろう。休むよ。」
「…おれ、まってられるよ…?」
「なんの。お前が遠慮することなど何にもないさ。」
 
 そっと抱き上げると、あぐらに横抱きしするようにして天嘉を膝に乗せる。肩口に凭れ掛からせると、首筋に天嘉の額が当たる。柔らかな唇から漏れる吐息が熱かった。
 
「口を開けろ天嘉。飲ませてやる。」
「んぇ…あ、」
 
 悪阻を和らげることの一つに、番の唾液を与えることがある。妖力は経口摂取が一番間違いがないのだ。
 小さき顎をそっと蘇芳の無骨な指が掬い上げる。隙間を埋めるように重なった唇をかすかに開き、熱い舌を絡ませた。
 くちりという濡れた音が、ほのかに体の芯に火を灯す。蜂蜜の様にとろめく天嘉の瞳が、ゆらりと揺れた気がした。
 大方、朝なのに。などと真面目くさったことを思っているに違いない。口調は荒っぽい割に、大概に真面目である。
 
 蘇芳は髪を梳く様に何度も天嘉の頭を撫でながら、優しく舌をこすりあわせるかの様なやらしい口付けを施す。
 夫婦間の愛情確認に、昼も夜も関係なんてない。これはあくまでも治療の一環であるし、普段あまり自分から甘えることのない天嘉が、こうして遠慮がちではあるが甘えてくるのだ。こんなの、旦那冥利に尽きるだろう。
 
「ん、ンン…く、ふ…」
 
 コクリと小さな喉仏が上下する。こくんと上手に飲み下した天嘉の顔色が、先ほどよりかは幾分かいいように思えた。

 天嘉の手が、遠慮がちに蘇芳の着物の生地を握る。ゆっくり唇を離すと、ほんの少しだけはくりと唇を動かす。
 もう一度口付けをしようか迷っているらしい。遠慮がちなこの嫁が、理性との間で揺れ動く。蘇芳はそっと細い体を抱き込みながら、天嘉自身からの口付けを待つようにじっと見つめた。

「すお…、」
「うん?」
「だめだ…せい、らん…の、くすり…」
「天嘉?おい、おい?」

 口付けくらいでは足りぬほど、余程具合が悪いらしい。蘇芳は少し慌てながらそっと寝かせると、天嘉の着物の合わせ目を開いた。
 皮膚接触で落ち着かせようとしたのだ。勘違いした天嘉が、ゆるゆると首を振る。

 触れ合った素肌が少し熱い。蘇芳はそのまま着物で包むようにして抱きしめた。撫でられる頭に、ようやく行為をするわけではないと理解したのか、天嘉の手がゆるゆると背に回った。

「これ、なに…」
「お前の腹の子には馴染んでるが、お前の体は俺の妖力が足りていないのだ。」
「わかん、…ね…」
「酩酊感はとれんだろう、その差で酔っている。」
「ふあ…?」

 天嘉のぼやけた反応に苦笑いしていれば、襖を開けてツルバミが顔を出す。
 蘇芳と天嘉の姿にぎょっとはしたものの、成程譲渡しなければならん程かと納得すると、そそくさと出ていった。恐らく青藍を呼びに行くのだろう。
 下手に声をかけて、天嘉が驚きでもしたら体調が余計に悪くなるとでも思ったらしい。

 蘇芳は素肌を重ねながら宥めるように額に口付けると、天嘉が擽ったそうにして顔を背ける。
 しばらくして、青藍が到着したらしい。控えめなツルバミの声が、襖の外から聞こえた。

「入ってもよろしゅうございますか、」
「構わん、青藍がきたのだろう。通せ。」
「せいらん…」

 天嘉の耳が反応する。ゆるゆると顔を向けると、鼬の顔をした青藍がヒョコリと顔をだした。

「まだなにもしねえのに、これでいてくれってさ。蘇芳の旦那は嫉妬深いねえ。」
「すおう…」

 なんとも言えない顔で見上げてくる、天嘉の目線から逃げるように顔を背ける。そんなこといったって仕方ないじゃないか。嫌なものは嫌なのである。天嘉としては鼬顔の青藍も可愛いくて好きなので全然構わないのだが。蘇芳は鼬姿でないと落ち着かないのだ。

「どれ、奥さんちょいと失礼しますよ。」
「青藍。」
「天嘉、すげえやりずれえんだけど。」
「蘇芳、お前ちょっと黙ってろ…」

 青藍が誂い混じりに言った奥さんという言葉が、なんとなくやらしく聞こえたらしい。鼬顔でも駄目じゃねーかと呆れた目を向けられながらも、渋々蘇芳が体を離す。天嘉の素肌を見せるのは不満らしい。しかし治療だから妥協をしているという具合だ。蘇芳は笈を置いて準備する青藍に、振り向くなと念を押すと、天嘉の素肌を隠すように浴衣を被せた。

「もういいかい。」
「かまわん。」
「やれやれだよまったく…俺ぁ診ろって呼ばれたはずなんだがねえ…」

 鼬顔に苦笑いを浮かべた青藍が、ピンク色の肉球がついた手でぺたぺたと首筋に触れる。柔らかな手で頬を包まれ、おひさまの匂いに包まれた青藍の可愛い獣の手に癒やされながら、下瞼を確認された。

「うん、悪阻に貧血、あと旦那の見立て通りに腹ばっか妖力まわっちまって、天嘉の体に行き渡ってねえンだ。あとはもちっと食え。そんな痩せぎすだから体温もうまく調整できてねえ。」
「ボロクソかよ…」
「ボロクソじゃなくてボロボロなんだよ。人間が妖怪の子孕むんだ。腹の子と母体の種族がちげえから腹にばっか流れんのは普通さ。」

 まあ、当たり前の事だなあと言いながら、わしわしと頭を撫でられる。青藍は、その体調じゃあしばらくは繁殖じゃなくて接吻とかで譲渡してもらえと、とんでもないことを宣いながら薬研を取り出す。

「ホントは繁殖してもらったほうがいいんだけどよ、腹ばっか膨れるんじゃ天嘉の身体が持たねえ。そうだなあ、経口摂取…唾液とか精液とか、とにかく濃いいのおみまいしてくんな。」
「ふむ、承知した。」
「俺の意思無視して承知しねえで…」 

 げっそりとした様子を見て、余程あの三日間が濃厚だったのだろうと少しだけ青藍は天嘉を哀れに思った。
 天狗の性はとにかく強い。こればっかりは諦めてもらうほかはない。
 しかしながら、天嘉が嫌がっても腹の子の為にも健康になってもらわなくてはならない。青藍は溜息一つ、天嘉の素肌を隠すようにかけられている浴衣の端から手を入れると、少しだけ出てきたように思う腹にぺたりと触れた。

「うん、ややこは元気だあ。お前さんは母になるんだから、体調管理も仕事の一つ。旦那から栄養もらえねーでややこを未熟児にしたら、後悔すんのは天嘉だろう?孕んだんだから、同じくらい自分の体も気を使え。」
「…でもよ…男だから、勝手が違うとか、あんだろ…」
「ねえさ。蘇芳の旦那の神通力で子宮作ってんだ。間違いなくお前の体は雌だよ天嘉。」

 そういうことじゃねえんだけど。天嘉が戸惑ったように瞳を揺らした事など気づかずに、青藍は蘇芳と話し込んでしまった。
 人と妖かしだ、何が起こるかわからない。天嘉は男性体で、しかも子宮がある。人間でも妖怪でもないはみ出しものだ。
 人間だと、男性は女性と違って出産に耐えられないと聞く。腹の中で守ることは出来ても、一度生まれてしまえばそこに天嘉はいないかもしれないのだ。そんなことを思ってしまうと、ネガティブなことばかり浮かんでくる。
 
 今はここで生きることしか出来ないから、甘んじてこの立場を受け入れてるのではないか。とか、生まれたら愛してあげられるのか。とか。
 もし、自分自身で知らぬ間に自己暗示にかけていたらと思い、天嘉は怖くなってしまったのだ。

 最初から、自分が女だったら。そんな詮無いことを考えても仕方がないことは分かっている。だけど、悪阻が酷いと、男だからではないのかと、ずっと不安になっていた。比べられるものではないが、前列がないから正しい判断ができない。
 
 誰もこの不安をわかってくれないのかと思うと、天嘉はなんだか己が弱い生き物になってしまったかのような錯覚に陥ってしまい、怖くて怖くて仕方がなかった。


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