27 / 30
潜入、薔薇色のキャンパスライフ 5
しおりを挟む
「どうだった」
「めんもしてたよね?」
「いやそっちじゃなくて……」
言いたいことはよくわかりますよ。僕らのやりとりを前に、俊君の背後で帯刀君だけが楽しそうに肩を揺らしている。
結果的にいうと、それはもう楽しそうに俊君は暴れ回っていた。あれは剣道じゃなくてほぼ殺陣と言ってもいいけどね。
会場の盛り上がりは、凪君がぱかっと口を開けたまま固まるほどすごいものだった。元々正親さんの仕事の関係で武道をやっていたことも知っているから、ある程度はできるんだろうとは思っていたのだけれど。
「いやあ、正面からの突きを脇に挟んだまでは良かったけど、背後からの攻撃を蹴り飛ばしたあたりでもう僕はダメだったよ」
「先輩、あれは剣道じゃないっすね」
「まあ盛り上がったからいいだろ」
「試合なら反則負けだけどねえ!」
そう、剣道部の演目は、周りの歓声と俊君のキレキレの動きに影響されて、結局何部なんですかね。とわからなくなるほど剣道ではなくなっていた。あれは殺陣です。殺陣部です。
「でも今日一番の盛り上がりだった」
「剣道部って硬いイメージだったけど楽しそうって声も出たみたいですね」
「その部活に俊君はいないというのにね」
とんだ詐欺だよまじで。でもまあ、客寄せパンダの役割はきちんと全うしたらしい。僕は心なしかブスくれている俊君の頭をワシワシと撫でると、腕に抱いていた凪君を俊君に渡した。
「くしゃい」
「シャワー浴びるから待ってろって」
「先輩も子供には弱くなるんすか……」
「それはどんな目だ帯刀」
むふふ、と思わず笑ってしまい、慌てて口を隠す。二人のやりとりが面白かったのだ。なんだか僕まで学生時代に戻ったようで、楽しい。
「俺らシャワー浴びてくるから、きいちは先に……いや、カフェまで一緒に行くわ」
「え? いいよ、浴びてきなよ」
「奥さん、一緒にカフェまで連れてってもらいましょ」
「奥さん……」
いや、間違ってはないんだけどね。帯刀君の言葉に、俊君と二人で顔を見合わせてしまった。
何やら僕のわからない部分で、アルファ同士が通じ合っている。カフェならテラスで食べたいと思っていた僕の要望を汲んではもらえず、なぜか空いていた一番奥の席に誘導された。
「なんでだろうねえ」
「ねー!」
凪君を膝に乗っけたまま、僕は俊君たちが戻ってくるまで久しぶりのコーヒーでも楽しもうと注文を済ます。チェーン店のそのカフェはベーグルが有名でなのだ。サラダとスモークサーモンのついたベーグルランチセットも捨てがたいが、ベーグルバーガーも美味しそうだ。
二人がシャワーから戻ってくるまでは、凪君にはクッキーで誤魔化されてもらおう。
コーヒーにミルクと砂糖を入れていれば、凪君が混ぜたいと手を伸ばす。お家でも混ぜ混ぜ係を拝命している凪君の職人の血が騒いだらしい。
「こぼさないでね」
「むろん」
「たまに武士なんだよなあ」
小さな頭を撫でて、凪君の食べさしのクッキーを摘む。真剣な顔で職人の仕事を終えたらしい凪君が、誇らしげな顔をしている。そんなことをしているうちに、俊君からメッセージが飛んできた。
「うぉ、出た効率主義」
もうすぐつくから、ランチセット適当に頼んでて。大盛りで。
「いやベーグルの大盛りってなんだよ」
定食屋じゃないことくらいは、店構えからもわかるだろうに。僕は根菜サラダとクリームチーズのベーグルランチセットを、俊君と帯刀君には、グリルチキンのベーグルランチセットを二つ頼んだ。一応恥を忍んで大盛りにできるか聞いてみたら、ベーグルのおかわりは自由らしい。きっと僕くらいだろうよ、大盛りができるか聞いたのは!
「まじで恥ずかしいんだが!」
「送った後に学食じゃねえわって思い出した」
「パパのとこいく」
俊君の到着とほぼ同時ぐらいに、席に料理が運ばれてきた。
凪君はお肉を見て早速僕から離れて行った。食い意地だけは一人前なのだが、君にはこのオムレツセットがあるでしょうが。
短い手を伸ばしてきた凪君を、大きな手が抱き上げる。俊君のお膝に座ると、ますますちまこく見えるのが面白い。
「本当はスモークサーモンのが食べたかったあ」
「食わないんですか?」
「今腹に二人目いるんだよ」
「まじっすか」
スモークサーモンは生物じゃないと思ってた僕、アホである。帯刀君の反応が新鮮で面白い。大きめの服を着ているから目立たないけど、しっかりリュックにはキーホルダーがついているのだ。
「なぎのおとーとだよ」
「まじ」
「まじだよ」
俊君が一口台にカットしたチキンを凪君の口に運ぶ。僕が無言でオムレツの皿を寄せると、心得たように頷いた。
「できる兄貴になるなら好き嫌いもしないで食えよ」
「うん」
凪の苦手なブロッコリーを小さくほぐしたものを、俊君がオムレツで隠して口に運ぶ。おっきな口でまぐまぐ食べる姿から、どうやら気がついてないらしい。とろとろたまごがいい仕事をしてくれたようだ。
ミッションを終えた俊君が、ニヤリと笑って僕を見る。無言で親指を立てて返事をする小さなやりとりに、帯刀君は少しだけ羨ましそうな顔をしていた。
「運命の番いって、いつ出会ったんですか。二人ってそうですよね」
「俺ら小学生」
「凪妊娠したの十七の終わり頃だしねえ」
「が、学生妊娠……」
「そうそう、成人式は発情期重なって出なかったし」
ちなみに成人式の写真は家族写真みたいな感じで、忽那さんのところで撮ったのだ。二枚目以降はぐずった凪を中心に家族間で笑いが起こったから、なかなかに味がある一枚になった。僕のお気に入りでもある。
「帯刀君、番い探してるの?」
「探してるっつか、気になる子はいるんですけど……、まあオメガじゃねえんで」
「別に良くない? 僕の知り合いはアルファ同士親密な子もいるし」
「高杉? あいつまだそんなんじゃねえぞ。青木だろ?」
「うっそ、あんなによく青木君の話してるのにまだ自覚ないの⁉︎」
「誰だよ青木……」
帯刀君だけが置いてけぼりになってしまった。すみませんね、僕の周りにも焦ったい男がいるもんで。
でも、帯刀君はそうでもなさそうだ。気になるということは、ちゃんと好きを自覚しているということだろう。僕がキラキラした目を向けると、俊君にはしっかりと咳払いで牽制された。
「きいち」
「うっす、邪魔しません、うっす」
「?」
他人の恋路を邪魔していいのは猫ちゃんわんちゃんだけってね‼︎
そのあと、昼食を食べ終えた僕らはカフェで解散となった。帯刀君は、俊君と同じ学科の後輩らしい。今回の演目も、元々通っている道場の先生が顧問で呼ばれているとかで、新入生ながら柔道部員として呼ばれたそうだ。本人の知らないところですでに部活が決められていたことには同情を禁じ得なかったが、本人曰くどうせ入るつもりだったし、とのことだ。
「めんもしてたよね?」
「いやそっちじゃなくて……」
言いたいことはよくわかりますよ。僕らのやりとりを前に、俊君の背後で帯刀君だけが楽しそうに肩を揺らしている。
結果的にいうと、それはもう楽しそうに俊君は暴れ回っていた。あれは剣道じゃなくてほぼ殺陣と言ってもいいけどね。
会場の盛り上がりは、凪君がぱかっと口を開けたまま固まるほどすごいものだった。元々正親さんの仕事の関係で武道をやっていたことも知っているから、ある程度はできるんだろうとは思っていたのだけれど。
「いやあ、正面からの突きを脇に挟んだまでは良かったけど、背後からの攻撃を蹴り飛ばしたあたりでもう僕はダメだったよ」
「先輩、あれは剣道じゃないっすね」
「まあ盛り上がったからいいだろ」
「試合なら反則負けだけどねえ!」
そう、剣道部の演目は、周りの歓声と俊君のキレキレの動きに影響されて、結局何部なんですかね。とわからなくなるほど剣道ではなくなっていた。あれは殺陣です。殺陣部です。
「でも今日一番の盛り上がりだった」
「剣道部って硬いイメージだったけど楽しそうって声も出たみたいですね」
「その部活に俊君はいないというのにね」
とんだ詐欺だよまじで。でもまあ、客寄せパンダの役割はきちんと全うしたらしい。僕は心なしかブスくれている俊君の頭をワシワシと撫でると、腕に抱いていた凪君を俊君に渡した。
「くしゃい」
「シャワー浴びるから待ってろって」
「先輩も子供には弱くなるんすか……」
「それはどんな目だ帯刀」
むふふ、と思わず笑ってしまい、慌てて口を隠す。二人のやりとりが面白かったのだ。なんだか僕まで学生時代に戻ったようで、楽しい。
「俺らシャワー浴びてくるから、きいちは先に……いや、カフェまで一緒に行くわ」
「え? いいよ、浴びてきなよ」
「奥さん、一緒にカフェまで連れてってもらいましょ」
「奥さん……」
いや、間違ってはないんだけどね。帯刀君の言葉に、俊君と二人で顔を見合わせてしまった。
何やら僕のわからない部分で、アルファ同士が通じ合っている。カフェならテラスで食べたいと思っていた僕の要望を汲んではもらえず、なぜか空いていた一番奥の席に誘導された。
「なんでだろうねえ」
「ねー!」
凪君を膝に乗っけたまま、僕は俊君たちが戻ってくるまで久しぶりのコーヒーでも楽しもうと注文を済ます。チェーン店のそのカフェはベーグルが有名でなのだ。サラダとスモークサーモンのついたベーグルランチセットも捨てがたいが、ベーグルバーガーも美味しそうだ。
二人がシャワーから戻ってくるまでは、凪君にはクッキーで誤魔化されてもらおう。
コーヒーにミルクと砂糖を入れていれば、凪君が混ぜたいと手を伸ばす。お家でも混ぜ混ぜ係を拝命している凪君の職人の血が騒いだらしい。
「こぼさないでね」
「むろん」
「たまに武士なんだよなあ」
小さな頭を撫でて、凪君の食べさしのクッキーを摘む。真剣な顔で職人の仕事を終えたらしい凪君が、誇らしげな顔をしている。そんなことをしているうちに、俊君からメッセージが飛んできた。
「うぉ、出た効率主義」
もうすぐつくから、ランチセット適当に頼んでて。大盛りで。
「いやベーグルの大盛りってなんだよ」
定食屋じゃないことくらいは、店構えからもわかるだろうに。僕は根菜サラダとクリームチーズのベーグルランチセットを、俊君と帯刀君には、グリルチキンのベーグルランチセットを二つ頼んだ。一応恥を忍んで大盛りにできるか聞いてみたら、ベーグルのおかわりは自由らしい。きっと僕くらいだろうよ、大盛りができるか聞いたのは!
「まじで恥ずかしいんだが!」
「送った後に学食じゃねえわって思い出した」
「パパのとこいく」
俊君の到着とほぼ同時ぐらいに、席に料理が運ばれてきた。
凪君はお肉を見て早速僕から離れて行った。食い意地だけは一人前なのだが、君にはこのオムレツセットがあるでしょうが。
短い手を伸ばしてきた凪君を、大きな手が抱き上げる。俊君のお膝に座ると、ますますちまこく見えるのが面白い。
「本当はスモークサーモンのが食べたかったあ」
「食わないんですか?」
「今腹に二人目いるんだよ」
「まじっすか」
スモークサーモンは生物じゃないと思ってた僕、アホである。帯刀君の反応が新鮮で面白い。大きめの服を着ているから目立たないけど、しっかりリュックにはキーホルダーがついているのだ。
「なぎのおとーとだよ」
「まじ」
「まじだよ」
俊君が一口台にカットしたチキンを凪君の口に運ぶ。僕が無言でオムレツの皿を寄せると、心得たように頷いた。
「できる兄貴になるなら好き嫌いもしないで食えよ」
「うん」
凪の苦手なブロッコリーを小さくほぐしたものを、俊君がオムレツで隠して口に運ぶ。おっきな口でまぐまぐ食べる姿から、どうやら気がついてないらしい。とろとろたまごがいい仕事をしてくれたようだ。
ミッションを終えた俊君が、ニヤリと笑って僕を見る。無言で親指を立てて返事をする小さなやりとりに、帯刀君は少しだけ羨ましそうな顔をしていた。
「運命の番いって、いつ出会ったんですか。二人ってそうですよね」
「俺ら小学生」
「凪妊娠したの十七の終わり頃だしねえ」
「が、学生妊娠……」
「そうそう、成人式は発情期重なって出なかったし」
ちなみに成人式の写真は家族写真みたいな感じで、忽那さんのところで撮ったのだ。二枚目以降はぐずった凪を中心に家族間で笑いが起こったから、なかなかに味がある一枚になった。僕のお気に入りでもある。
「帯刀君、番い探してるの?」
「探してるっつか、気になる子はいるんですけど……、まあオメガじゃねえんで」
「別に良くない? 僕の知り合いはアルファ同士親密な子もいるし」
「高杉? あいつまだそんなんじゃねえぞ。青木だろ?」
「うっそ、あんなによく青木君の話してるのにまだ自覚ないの⁉︎」
「誰だよ青木……」
帯刀君だけが置いてけぼりになってしまった。すみませんね、僕の周りにも焦ったい男がいるもんで。
でも、帯刀君はそうでもなさそうだ。気になるということは、ちゃんと好きを自覚しているということだろう。僕がキラキラした目を向けると、俊君にはしっかりと咳払いで牽制された。
「きいち」
「うっす、邪魔しません、うっす」
「?」
他人の恋路を邪魔していいのは猫ちゃんわんちゃんだけってね‼︎
そのあと、昼食を食べ終えた僕らはカフェで解散となった。帯刀君は、俊君と同じ学科の後輩らしい。今回の演目も、元々通っている道場の先生が顧問で呼ばれているとかで、新入生ながら柔道部員として呼ばれたそうだ。本人の知らないところですでに部活が決められていたことには同情を禁じ得なかったが、本人曰くどうせ入るつもりだったし、とのことだ。
65
お気に入りに追加
167
あなたにおすすめの小説

元ベータ後天性オメガ
桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。
ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。
主人公(受)
17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。
ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。
藤宮春樹(ふじみやはるき)
友人兼ライバル(攻)
金髪イケメン身長182cm
ベータを偽っているアルファ
名前決まりました(1月26日)
決まるまではナナシくん‥。
大上礼央(おおかみれお)
名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥
⭐︎コメント受付中
前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。
宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載

花婿候補は冴えないαでした
いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています

孤独を癒して
星屑
BL
運命の番として出会った2人。
「運命」という言葉がピッタリの出会い方をした、
デロデロに甘やかしたいアルファと、守られるだけじゃないオメガの話。
*不定期更新。
*感想などいただけると励みになります。
*完結は絶対させます!

孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる