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潜入、薔薇色のキャンパシライフ 4
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「生意気なのはどこのどいつだ」
「ぅあ、っ」
想像していた衝撃が体に走ることはなかった。背中に回った腕が体を受け止めてくれたのだ。安心する香りが鼻腔をくすぐり、体に溜まった不快感が一気に押し流されていく。
僕の目の前には、青空を背負うように不機嫌な顔の俊君がいた。
「俊、っ」
「イッテェ‼︎」
「ぅえっ」
僕を抱き止めた俊君の目の前を、茶髪がすごい勢いで飛んでいった。あっけにとられる僕がポカンとしていると、大きな影が僕らの影に重なるようにして現れた。
「あんた、お人よしにも程があるでしょう」
「あんたじゃねえ、きいちだ」
「ああ、やっぱり先輩の番いでしたか」
状況を読み込めていないのは、どうやら僕だけらしい。茶髪を背負い投げしたのは、あのトイレで出会った青年だった。
「あれえ⁉︎」
「俺の知り合いが失礼かましてすんません」
律儀に頭を下げる青年に、目を丸くする。どうやら俊君の後輩のようで、小さな拳を突き出した凪に反応を示すと、拳をコツンとくっつけて構ってくれた。いい奴だなおい。
でも、そんなやりとりでほんわかしている場合ではなかった。頭上では不穏な空気を纏った俊君が、ピシャリと僕を叱りつける。
「きいち! 家で留守番しとけって言ったろ!」
「言われてないよ! だから怒られることないもん!」
「だからってお前、っ」
「はいはいはい、もうその辺で」
「帯刀……ったく、もおお……」
俊君の腕に収まるように落ち着いてしまったが、僕は別に悪いことなんかなんもしてないもん。つい悔しくなって、ぶすりとしてしまう。
帯刀君に無言で学生証を渡すと、目を細めて茶髪をみる。
「別に公式戦じゃないだろ。何気ぃ立ててんだカッコ悪い」
「だってこいつが!」
「おい一年。お前アルファのくせに番い持ちすらわからねえのか」
「はあ、番い⁉︎」
こめかみに青筋を浮かべる俊君が凄むと空気がピリピリとするのだ。久しぶりの威圧を放つ俊君に、思わず僕もギョッとする。そっと手を握ると、渋々収めてくれたから良かったけれど。このまま放ち続けていたらきっと会話は進まなかっただろう。息を詰めていた帯刀君が、肺の中の空気を吐き出すようにため息をつく。すまんね僕のせいで。
「だから、この人は落とし物届けにきただけだろうが」
「学生課いくだろ普通!」
「だって、道着きた人が落としていったんだよ。そしたらこのイベントに出る人かと思うじゃん」
「自惚れてんじゃねえぞ。アルファは特別なんかじゃねえ。その選民思想でよく武術なんかやってんな」
「はいはいはい、俊君どうどうどう!」
だから滲み出てるんだよ威圧が! 苦笑いを浮かべていれば、演目が終わった生徒がゾロゾロとテントへと戻ってきた。そんな団体の中に、僕の目の前を駆け抜けていった学生もいた。
「あ、いた!」
「は? って桑原先輩と、誰っ」
僕が学生に足早に近づけば、帯刀君が学生証を投げてよこしてくれた。なんだかこれ、最高に男子学生っぽいぞ。思わず口元が緩んでしまい、慌てて引き締める。
「ねえ、学生証拾ったんだよ。君のでしょ?」
「あ、……まじだ、落としてた……」
僕は笑みを浮かべてどういたしまして。と口にすると、学生はぎこちなく受け取ってくれた。腕の中の凪君が、ジトリと見上げる。そんな様子にたじろぐ姿が少しだけ面白い。
もしかしたら、小さな子に慣れていないのかもしれない。照れ臭そうに後ろでに頭を掻く姿に和んでいれば、背後からにゅっと飛び出てきた俊君の手によって目を隠された。
「ぬぉっ」
「俊先輩も大変っすね」
「まじで誰にでも尾っぽふるなきいち」
「なんのことぉ!」
「ままわるい!」
凪まで! 冤罪感がすごいんだが、番いの不機嫌を収めないと、帯刀君にも迷惑をかけそうだ。
大きな俊君の手に僕の手を重ねるようにして顔から外せば、目の前でばつが悪そうにしている茶髪へとしっかりと宣言した。
「かっこつけんのダサいからやめた方がいいと思う!」
「はあ⁉︎」
ブッフと背後で俊君が吹き出した声がする。それでも、僕はお構いなしだ。人生経験では茶髪にだって負ける気がしないものでね。
「君がいつか運命に出会った時、口にできない過去を抱えてたらどうすんの。若気の至りで重ねた失敗は、大人になってから響くもんなんだからな」
「説教かよ」
「説教だったら正座させてるわばーか!」
むすりとはしているが、反省はしてそうだ。いきってたのは目の前の茶髪君ぐらいだから、きっとそういうお年頃なのだろう。僕は言いたいことも言えたのでもういいです。腕の中の凪君が、ベッと舌を出している。可愛い。
「きいち、そろそろいくぞ」
「はぁい」
「いや、なんか先輩の番いって感じするわ」
「まじで」
なんだかよくわからないけど、帯刀君はやけに楽しそうだった。
体育館からアナウンスが聞こえてきて、今度は剣道部の演目が始まるらしい。チラリと見れば、濃紺の袴に身を包んだ俊君がいる。なるほど次に出るのが俊君か。見逃さなくて良かったと、少しだけホッとする。
「めんとかするんだ」
「めんかどうかはわからねえけど」
「まじで俊先輩の番いって感じするわ」
そんな二回も噛み締めるように言わんでも。
大きな手にワシワシと頭を撫でられながら、なぜか剣道部が集まる場所に連れて行かれる。
紹介のためだけに一試合するにしても、勝ち抜き戦なら時間はかかりそうだなあ。そんなことを思っていれば、先ほどまでベンチに座っていた部員たちが一斉に立ち上がった。
「勝ち抜き戦だと飽きるってことで」
「うん?」
「今から五人抜きしてくっから」
「え」
まあ、俺もやりましたしね。と帯刀君。なるほど会場の外まで聞こえてきた歓声は君の仕業か!
どうやらただ試合を見せるだけでなく、どうせならエンタメ性を盛り込もうということらしい。怪我しないのは流石のアルファの身体能力だろうか。それとも、わんぱくの馬鹿と言っていいのだろうか。
あっけにとられているうちに、俊君は僕をベンチに残したまま行ってしまった。まじでやる気満々の背中してるよ。楽しそうだなおい。
「ぅあ、っ」
想像していた衝撃が体に走ることはなかった。背中に回った腕が体を受け止めてくれたのだ。安心する香りが鼻腔をくすぐり、体に溜まった不快感が一気に押し流されていく。
僕の目の前には、青空を背負うように不機嫌な顔の俊君がいた。
「俊、っ」
「イッテェ‼︎」
「ぅえっ」
僕を抱き止めた俊君の目の前を、茶髪がすごい勢いで飛んでいった。あっけにとられる僕がポカンとしていると、大きな影が僕らの影に重なるようにして現れた。
「あんた、お人よしにも程があるでしょう」
「あんたじゃねえ、きいちだ」
「ああ、やっぱり先輩の番いでしたか」
状況を読み込めていないのは、どうやら僕だけらしい。茶髪を背負い投げしたのは、あのトイレで出会った青年だった。
「あれえ⁉︎」
「俺の知り合いが失礼かましてすんません」
律儀に頭を下げる青年に、目を丸くする。どうやら俊君の後輩のようで、小さな拳を突き出した凪に反応を示すと、拳をコツンとくっつけて構ってくれた。いい奴だなおい。
でも、そんなやりとりでほんわかしている場合ではなかった。頭上では不穏な空気を纏った俊君が、ピシャリと僕を叱りつける。
「きいち! 家で留守番しとけって言ったろ!」
「言われてないよ! だから怒られることないもん!」
「だからってお前、っ」
「はいはいはい、もうその辺で」
「帯刀……ったく、もおお……」
俊君の腕に収まるように落ち着いてしまったが、僕は別に悪いことなんかなんもしてないもん。つい悔しくなって、ぶすりとしてしまう。
帯刀君に無言で学生証を渡すと、目を細めて茶髪をみる。
「別に公式戦じゃないだろ。何気ぃ立ててんだカッコ悪い」
「だってこいつが!」
「おい一年。お前アルファのくせに番い持ちすらわからねえのか」
「はあ、番い⁉︎」
こめかみに青筋を浮かべる俊君が凄むと空気がピリピリとするのだ。久しぶりの威圧を放つ俊君に、思わず僕もギョッとする。そっと手を握ると、渋々収めてくれたから良かったけれど。このまま放ち続けていたらきっと会話は進まなかっただろう。息を詰めていた帯刀君が、肺の中の空気を吐き出すようにため息をつく。すまんね僕のせいで。
「だから、この人は落とし物届けにきただけだろうが」
「学生課いくだろ普通!」
「だって、道着きた人が落としていったんだよ。そしたらこのイベントに出る人かと思うじゃん」
「自惚れてんじゃねえぞ。アルファは特別なんかじゃねえ。その選民思想でよく武術なんかやってんな」
「はいはいはい、俊君どうどうどう!」
だから滲み出てるんだよ威圧が! 苦笑いを浮かべていれば、演目が終わった生徒がゾロゾロとテントへと戻ってきた。そんな団体の中に、僕の目の前を駆け抜けていった学生もいた。
「あ、いた!」
「は? って桑原先輩と、誰っ」
僕が学生に足早に近づけば、帯刀君が学生証を投げてよこしてくれた。なんだかこれ、最高に男子学生っぽいぞ。思わず口元が緩んでしまい、慌てて引き締める。
「ねえ、学生証拾ったんだよ。君のでしょ?」
「あ、……まじだ、落としてた……」
僕は笑みを浮かべてどういたしまして。と口にすると、学生はぎこちなく受け取ってくれた。腕の中の凪君が、ジトリと見上げる。そんな様子にたじろぐ姿が少しだけ面白い。
もしかしたら、小さな子に慣れていないのかもしれない。照れ臭そうに後ろでに頭を掻く姿に和んでいれば、背後からにゅっと飛び出てきた俊君の手によって目を隠された。
「ぬぉっ」
「俊先輩も大変っすね」
「まじで誰にでも尾っぽふるなきいち」
「なんのことぉ!」
「ままわるい!」
凪まで! 冤罪感がすごいんだが、番いの不機嫌を収めないと、帯刀君にも迷惑をかけそうだ。
大きな俊君の手に僕の手を重ねるようにして顔から外せば、目の前でばつが悪そうにしている茶髪へとしっかりと宣言した。
「かっこつけんのダサいからやめた方がいいと思う!」
「はあ⁉︎」
ブッフと背後で俊君が吹き出した声がする。それでも、僕はお構いなしだ。人生経験では茶髪にだって負ける気がしないものでね。
「君がいつか運命に出会った時、口にできない過去を抱えてたらどうすんの。若気の至りで重ねた失敗は、大人になってから響くもんなんだからな」
「説教かよ」
「説教だったら正座させてるわばーか!」
むすりとはしているが、反省はしてそうだ。いきってたのは目の前の茶髪君ぐらいだから、きっとそういうお年頃なのだろう。僕は言いたいことも言えたのでもういいです。腕の中の凪君が、ベッと舌を出している。可愛い。
「きいち、そろそろいくぞ」
「はぁい」
「いや、なんか先輩の番いって感じするわ」
「まじで」
なんだかよくわからないけど、帯刀君はやけに楽しそうだった。
体育館からアナウンスが聞こえてきて、今度は剣道部の演目が始まるらしい。チラリと見れば、濃紺の袴に身を包んだ俊君がいる。なるほど次に出るのが俊君か。見逃さなくて良かったと、少しだけホッとする。
「めんとかするんだ」
「めんかどうかはわからねえけど」
「まじで俊先輩の番いって感じするわ」
そんな二回も噛み締めるように言わんでも。
大きな手にワシワシと頭を撫でられながら、なぜか剣道部が集まる場所に連れて行かれる。
紹介のためだけに一試合するにしても、勝ち抜き戦なら時間はかかりそうだなあ。そんなことを思っていれば、先ほどまでベンチに座っていた部員たちが一斉に立ち上がった。
「勝ち抜き戦だと飽きるってことで」
「うん?」
「今から五人抜きしてくっから」
「え」
まあ、俺もやりましたしね。と帯刀君。なるほど会場の外まで聞こえてきた歓声は君の仕業か!
どうやらただ試合を見せるだけでなく、どうせならエンタメ性を盛り込もうということらしい。怪我しないのは流石のアルファの身体能力だろうか。それとも、わんぱくの馬鹿と言っていいのだろうか。
あっけにとられているうちに、俊君は僕をベンチに残したまま行ってしまった。まじでやる気満々の背中してるよ。楽しそうだなおい。
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