なんだか泣きたくなってきた 零れ話集

だいきち

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きいちの特権、俊君の愛情 4

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 ネギ刻んで、茹でるだけなら俺にもできる。ドヤ顔で作ってくれたそうめんは、少しだけ伸びていたけど美味しかった。
 なんでもそつなくこなす俊くんが、手際よく料理をしようとして失敗したらしい。曰く、茹で時間にできることがしたかった。とのことだ。
 七夕の飾りのように面白い形に切れているネギを摘めば、ばつが悪そうにそっぽをむく。凪くんが食べやすい柔らかさに仕上がった量の多いそれを、三人してわけわけして食べるのが楽しかった。

「スイカ食う?」
「食べる!」
「なぎも」

 皿洗いからデザートの準備まで甘えさせてもらっている。みずみずしい赤い三角を透明な皿に持った俊君が戻ってくれば、凪が拍手でお出迎えをした。
 スイカの甘く爽やかな果汁が口いっぱいに染み渡る。凪の分だけ種をとってくれた俊君に父性を感じてしまい、僕が謎に照れたのは秘密だ。

「そういえば、夏祭りやんの?」
「どこで?」
「どこでって、俊君の大学でだよ」
「ぐふっ」

 うわきったね!僕が話題に出した瞬間、勢いよく種を吹き出した俊君を凪がキラキラした目で見つめる。真似しようとしなくていいから!君のには種はないしね!

「ゲホっ……お、おま、どこでそれ……」
「いつものスーパー」
「なん、」
「掲示板に貼ってありましたあ~」

 ああそれで。という顔でいやそうに頷く。これは言われてないとかではなく、意図的に隠してやがったやつですね憤怒。
 僕はにっこりと微笑んで、俊君を見つめ返した。教えて?という意味合いで首を傾げれば、俊君も真似をして首を傾げるのがちょっとだけ可愛い。
 別に、言いたくないなら言わなくてもいいけどさ、やっぱり少しだけ寂しいものもある。僕の分のスイカに手を伸ばす凪君にスイカの先端をかじらせてやれば、膝の上で尻を弾ませて喜んだ。かわいいなおい。

「……俊君もしかして」
「きいちに知られてまずいことなんてなんもねえ!」
「なら言えるよねん?」
「あー……おま、誘導したな……」

 言質取りましたからねえ。そろそろ吐いていただかないとなんですよねえ。
 テーブルの上に置かれた俊君の手の上に、そっと手を重ねた。キュ、と握りしめて無言で見つめれば、唇を吸い込むようにして顰めっ面をした俊君が、バッと上をむいてプルプル震えていた。そんな変な行動をしていてもカッコよく見えてしまうから僕もアホである。
 それからたっぷりと、それでも一分には満たないくらいの時間で熟考したらしい俊君が、ゆっくりと僕に目を向ける。

「ミスコンでんだ」
「何それ行きたいっ」
「っていうと思ったから言いたくなかったんだわ……」

 どうやら大学でツラの良さから三騎士と呼ばれているらしい俊君と末永君、そして学の三人が学部選抜として出るらしい。大学のミスコンは有名で、大手芸能事務所も来るとか来ないとか。企業協賛もあるという随分大掛かりなイベントには、各部のイケメンやら美女が参加するらしい。
 なお企業賞は新卒内定らしい。大手外資やらサロン系の企業に就活を考えている人は必死にもなるだろう。優勝賞品は航空会社から出されるセブ島の旅行券らしい。どこだよセブ島。

「俊君はなんでそこに出ることになったの」
「ほしいだろ、ドラム式洗濯機」
「それも企業賞で入ってんの!?」

 凪の洗濯物が増えたので、そろそろ洗濯機おっきいの欲しいよねと僕が言っていたことを覚えていたようだ。なるべく親の金には頼りたくないといていた俊君の倹約が、本人の嫌いな人前での露出も辞さないレベルで研ぎ澄まされているとは思わなかった。
 なおミスターの方にも水着審査があるらしい。おい需要狭すぎだろう!僕は見たいけど!

「ちなみにお前の欲しがってたゲーム機も企業賞で出てたな」
「まじで、僕も出ようかな」
「それは学が狙ってるからやめとけ」

 ちなみに末永君はセブ島旅券狙っているらしい。優勝して学と海外旅行に行きたいのだそう。こうして聞くと俊君はマジで所帯じみていて安心する。
 もう隠していたことをバラしたからか、すっきりとした顔で俊君がスイカを齧る。

「……水着審査は凪と出るか。そろそろ飲み会の誘い断るのも面倒くさくなってきたし」
「いつもお疲れ様だね……」

 参加するはずもない合コンにきてくれと引く手数多の三騎士は、大学生活も苦労が多そうである。子連れなら写真売られることもないだろうし。などと不穏なことを宣っていたのは聞き捨てならないが、夏祭りにくるなとは言われなかったので、益子家と凪を連れて遊びに行こうと思う。

「そう考えたらやる気になってきたな、ミスコン」
「凪君パパとコンテスト出る?」
「うゅ」
「絶対わかってないだろう凪」

 口の周りをベタベタにして僕のスイカまでまぐまぐ食べている凪君の周りは、黒い種があちこちに散らばっていた。
 俊君が手渡してくれた台布巾で種を集めながら、なんだか少しだけ面白くなってしまってくつくつと笑う。俊君はそんな僕を見て不思議そうにしていたけど、みんなが憧れる俊君がドラム式洗濯機が理由でミスコンに参加するというのが僕はツボだったのだ。
 
「ふへ、ふへへへ……」
「凪のママはご機嫌だな?」
「えひひっ」
「おんなじ顔で笑ってる……」

 僕のいないところでも、家族のことを考えてくれてるのだ。多分俊君には自覚がないけど、それが嬉しい。
 もし夏祭りのことを隠したまま、本当にミスコンでドラム式洗濯機をもらって帰ってきたらどう言い訳をするのか。それが少しだけ気になったけど、凪と二人でキャラキャラ笑う僕を不思議そうに見る俊君には、上手い言い訳はきっと出ないだろう。
 僕の前では何よりも嘘が下手なのだ。周りが想像で固めた俊君よりも、もっとださくてもっとかっこいい姿を知っているのは、僕だけの特権である。
 
「ね、俊君」
「ん?」
「凪寝たら、今日は一緒に寝ようね」

 僕の一言で、わかりやすく嬉しそうに口元を緩ませるのも、小さい子供のように小さく頷くもの、僕だけが知っていればいい。
 寝る準備してくる。と、食べ終えたスイカの皿と布巾を片手にキッチンへ向かおうとした俊君が、勢い余ってガタンと音を立てて椅子を倒すのを前に、僕は今日一番の大声で笑ってしまった。



 

 
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