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お前のママじゃない 2

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「ふわぁ、ちぃ、買い物だけなのにすごいキメてるじゃん!」

母さんはキラキラとした目を俺に向ける。それはそうだ。なんてったって二人での買い物だから。
兄の凪は、あとからこっそりついてくると言っていた。二人でストーカーまがいの男を挟み撃ちにするという算段で、平静を装ってはいたが家族の平和を脅かそうとする不届き者は親父仕込のテコンドーでのしてやるしかない。
俺の意気込みをファッションから受け取ったのか、母さんはちょこちょこと俺の周りを回ったあと、いそいそときていたシャツの前をはだけさせて、ちらりと墨を視えるように調整した。

「…母さんが気に入ってくれて嬉しいです。」
「はわ、僕の子がこんなにもかわいい…」

ぎゅむぎゅむと抱きついて来る母さんを抱きしめ返す。普通なら隠すはずなのに、母さんは俺の墨を見るのが好きらしく、よくちら見してきては親父にチョップされていた。

「ふお、ちぃの香水エッチな匂いする。」
「お揃いにしますか。」
「するぅ。」

プシッと項に吹きかけると、ふわりと深みのある上質なブランデーのような芳醇な香りが広がる。
緩い白のVネックにスキニーデニムという至ってシンプルなファッションのはずなのに、それが逆に洗練されていた。
買い物のメモを写メに収めると、母さんはエコバッグ片手にご機嫌で家をあとにする。

「お米もってくれるから、今日はちぃの好きなの作ったげるねぇ。」
「なら、久しぶりに母さんが作ったかぼちゃコロッケが食べたいです。」
「おー、凪も好きなやつだ。いーよぅ。でっかいかぼちゃかってこうね!」

俺の腕にくっついてご機嫌な母さんはくそかわいい。ちらりと歩道にある鏡を見ると、確かに何かがついてきている気配がした。

ああ、こうやって距離を保って様子を伺うのか。
こいつはきっと、自分が獲物を狙うハンターだと酔っているらしい。まさかバレているなどとはつゆ知らずに、俺達の跡をごそりとついてくる。

母さんは、久しぶりの晴れた空模様が気持ちいいのか俺の手を引きながら鼻歌を歌う。
調子っぱずれのそれはなんとも楽しげで、そのまま仲良くスーパーに入ると、お目当てのものを籠にどかどかと入れていく。
もはやなれすぎてどこに何があるのかも把握している母さんの足取りは迷いなどなく、入り組んだスーパーをすいすいと進んでいく。

カゴ台車にあらかた詰め終わると、そのままレジに向かう。ちょうどそのタイミングで凪から連絡がきた。

『スーパーの外。自販機の前にいる。』
「了解。近づかせねえようにしておく。」
『今んとこ実害ねぇなら様子見とけってよ。』
「まあ、無いに越したことは…って、母さんまって!」

ちょっと目を話したすきに、母さんは自販機に向かって行く。慌てて追いかける頃には自販機の前で立ち止まり、俺の方を振り向いてフニャリと笑った。

「ちぃ、ここだよぉ!」
「母さ、っ」

駆け寄ろうとしたとき、母さんの死角から現れた男は、でっぷりと太った体を揺らしながら母さんに一息に近づく。
視界の端で、凪がかける。俺が母さんの手首を掴んで引き寄せた衝撃で、かぼちゃが転げ落ちた。母さんは言葉を発する前に振り向くと、トートバッグからだしたなにかを、男が母さんに振り下ろすまでに間一髪抱き込んだ。

「っ、」
「うわぁ!」
「てめぇ!!」

ぎょっとした顔の男は、全く面識がなかった。気付かれたのがバレたと言わんばかりに慌てて踵を返す。駆け出した先に待機していた凪が飛び出てくると、逃げようとした男の足を引っ掛ける。そのまま転がるようにしてべしょりとこけた。

「ええ!?な、なになになにぃ!」
「こいつ、いま母さんを襲おうとしてました。」
「ええ!?てか凪くんここで何してんの!?」
「よっ。」

どかりと肥えたオタクの上に腰掛ける凪がのんきな顔で手を挙げる。下敷きにされたそいつは、もはや諦めたのか尻だけをこちらにむけたままぶるぶると震えている。
母さんは俺の腕から離れると、道に落ちたかぼちゃを拾い上げてから凪が腰掛けていた男の前にしゃがんだ。

「ううん…なんかどっかで見た気が、」
「ま、まま!!じゃなかっ、あ、あひ、ぼぼぼ、ぼくっ」
「ママァ!?!?」
「ひぃいいい!!」
「凪とちぃしか産んでないなぁ…」

あろうことが人の親に対してママとかいう。俺も凪もキレるのは仕方がないことだ。思わず凪が恫喝するかのような声のトーンで吠えると、ずりずりと短い足をばたつかせながら凪の下から逃げようとした。
母さんは苦笑いしながら凪にどくように言うと、頭を抱えて丸くなってたオタクは、眼鏡が曇るほど顔を赤らめて母さんを見上げた。おいやめろそんな目で見てんじゃねえ。
不貞腐れた凪と共に母さんの後ろに立つと、「にょっ」などと妙な声で体を跳ね上げさせた。

「んーと、同い年かなあ?ええと、僕になにかようだった?」
「き、ききっき、きょ、」
「きょ?」
「きょ、きょかっ許可をもらいにっ、」

はひっと君の悪い声でにへにへ笑う。許可とはなんだと首を傾げる母さんに、男は先程振り下ろそうとした大きめの封筒を差し出した。

「え、なにこれ。くれるの?」
「は、はははっはひ、っ」
「てめぇ変なもんわたしてンじゃねえぞ」
「わーわー、どうどう!」
「へへへっへんなものでハァッ」

カサカサと封筒を開いて中から冊子を出す。表紙は繊細なイラストで描かれた聖母のような男性で、恐らくオメガだろうか。手を胸元で組んで目をつむる姿は、細部までこだわりを詰めたプロの仕事だった。

「わー!すごいすごい!とっても絵がうまい!ええ!何、君プロなの?えー!」
「へえ、すげぇな。」
「ただの変態じゃなかったのか…」

流石にずっと転がしとくのも、ということで備え付けのベンチに座らせると、母さんはウキウキしながらその本の表紙を開く。舞台はどうやら孤児院を営んでいるオメガ男性で、慈母のような優しさで子どもの面倒の他にも、大人の相談事を聞く窓口にもなっているようだった。

てか、これ母さんに似てねえか。
ちらりと凪と目配せする。やっぱり同じ事を思っているようで、母さんはのんきに「大人のことは大きいお友達かぁ。なるほどなぁ。」と独特な言い回しに関心を持ちながら読み勧めていく。
男は、褒められなれていないのか照れたように頭を掻きながらにへにへと体を揺らしていた。 

「おっ、ぅ…」

ストーリーは急速に進んでいく。相談があると農家を営む男性に呼び出されたのは、孤児院の横にある礼拝堂。主人公に対して母を失った悲しみを慰めてほしいと言うものだった。
泣き出し胸に飛び込んできた男を支えきれずに祭壇に押し付けられる。ウィンプルが剥かれ、ひろがる髪にトゥニカの裾からは太ましい腕が侵入する。うわ言のようにママ、ママ、と泣き叫ぶ男に対し、主人公が優しく包容、あとはもうお察しの展開だ。

「うん、なんというか、これは子供にはちょっと…」

顔を赤らめてその後の展開を察した母さんが、そっと本を閉じる。丁寧に紙袋に入れて差し出し返すと、その手を上から握りしめるようにして男が握った。

「こ、ここ、これ、しゅ、主人公はっ、ままなんだぁあっ!」
「ええ、だから僕は君のままじゃ、僕ぅ!?!?」
「そそ、そう、ほ、ほらこれっ、」

この間落ちてきたパンツを参考にしました。と言わんばかりに剥かれた下着のシーンを見せつける。シンプルな黒いボクサーをみて、禁欲的な聖人を手籠めにする話を思いついたらしい。 
普通の下着一つでよくここまで妄想したモノだ。
俺と凪は、笑顔がどんどん引きつっていく母さんの様子には気づかず、最終的にシリーズ化をしたいのでママとして契約してくださいと書類までだしてきた。

「まま、は…ちょっとなあ…」
「ボボ、僕を助けてくれたじゃ、ないですかっ!」
「いや、うん、…でもほら、そしたらさ…僕の子供のお兄ちゃんになるってことになるよ?」
「はひ、」

母さんの後ろに控えていた凪が、舌のピアスを見せつけるようにしてにやりと笑う。

「オメーが俺の兄貴ィ?おーおー、なら手のかかる弟の面倒はしっかり見てくれや。
「宜しくぅ、オニイチャーン。」

ヒュッと顔を変な笑い方のままこわばらせると、俺も不本意だったが凪と共に、にっこり笑って言ってやる。目線が入れ墨に向いたのがわかると、母さんと俺らを見比べて固まった。
いやもっとすげえのいるから。母さんも苦笑いしてよしよしと頭を撫でてくれる。男の目には、さながら猛獣使いのように見えたことだろう。

「あれ、俊くんじゃん。御礼参りおわったの?」
「ああ。」

ざり、と革靴で砂利を踏む音がしたかと思うと、ひどく機嫌の悪い顔で親父が立っていた。オタクがギシギシしながら後ろを振り向く。正しく逃げ場なし、母さんはにこにこしながら二人のパパだよぉ。と紹介をした。

「こいつ母さんのことママにしてぇんだってよ。」
「ほう…ママ。」

ぶわりと汗を書き始めたオタクは、ひくひくと口を震わせる。親父から垂れ流されたアルファの威圧するフェロモンは的確に作用したようで、それは見事に母さんの表情もとろめかせた。

「ふあ、俊くんいいにおいする。」
「母さん、よだれ垂れてますよ。」
「あう、つい。」

俺らにもたれ掛かりながら、うっとり見つめられた親父は、銜えタバコのまま封筒から例の冊子をパラパラとめくると、無言で本を閉じた。

「不愉快だ。帰れ。俺はお前のパパになるつもりはねえ。」
「ぶはっ」
「ぐふっ」

まさかの親父ものってくるとは思わず、二人して想像したのが徒になって吹き出した。
オタクは限界だったようで、慌てて散らかしたものを片付けると、ぺこぺこしながら走り去っていく。
母さんはかぼちゃを膝に載せたままとろんとした顔で親父を見上げると、ふにゃりと笑う。

「でへ、俊くんと凪とちぃにたすけてもらっちゃったぁ。」
「お前は変なやからばっか引き寄せすぎだろう…」

ため息一つ、大きな手でグリグリと頭を撫でる親父の目は少し不満げだ。わかる。恐らく親父も凪も同じ事を考えているに違いない。

「本物はもっと細い。あんなだらしのない尻はしてないしな。」
「わかる。」
「それな。」
「ええっ!?そこお!?」

がしりと容赦なく母さんの尻を掴むと、間違いないとダメ押しで頷いた親父の腕を母さんがはじく。よほど恥ずかしかったらしい。俺らの方こそ恥ずかしがるところはそこじゃないと言いたかった。

「てか赤ちゃんプレイとか、あいつマザコンだったのかね。千颯とかマザコンだから好きそうじゃねえか。」
「相手による。授乳されながら手コキとかされたら燃えるんじゃねえか。」
「あ~、なるほっ」
「二人して変なこと言ってると口聞かないよ!!ばかあ!!」

べしんと二人して母さんに叩かれると、慌てて口をつぐむ。流石に親として子供の性癖を曝け出されるのは戸惑ったようだ。けどそそる相手なら普通にありじゃねえかななんて思う。親父はすかした顔してるが、俺らの授乳中に乳の奪い合いに参戦して参ったとかいうぼやきを話しの流れで耳にしている。おい知ってんだからな。

「うう、やだやだ。息子が変態性癖に目覚めたらどうしよう。」
「子離れしなかったら、そんなふうに育つんじゃないか。」
「いやそれは俺らの匙加減だから。親父は気にしないでくれ。」
「僕まだ甘やかしてたいなぁ。」
「今日は一緒にお風呂はいりましょうね、母さん。」
「俺が許すとでも思ってんのかクソガキ。」

後日、凪が作者名を覚えていたらしく、データ購入したそれを片手に普通に抜けたとかいって俺に手渡してきた。
笑えることにそこそこ有名なエロ漫画作家だったらしく、オメガものをピックして流し読みすると中々に良い。
母さんには申し訳ないが、兄弟でしばらくおかずの共有をする位には他の作品を楽しんだのだが、やはり勝手に主人公にしたことを許したわけではない。

「てかなんでデータ版?」
「紙面だと母さんにバレるから。」
「ああ、なるほど」

兄弟で共有しているタブレットには、思春期男子らしいものが詰め込まれている。確かにバレたら不味い。母さんには秘密で購入したそれには、学校から貸し出されてますというような偽装工作でシールを貼ってある。私物だが、バレたときに時間稼ぎができる用だ。
ちなみに考案したのは凪で、こいつは悪知恵だけは働く。
親父には白い目で見られていたのでおそらくバレているが、気持ちはわからなくもないのか今のところは何も言われてない。

「お、新刊出てんじゃん。買い。」
「すっかりハマってんじゃねーか。」
「お前も抜くくせによくいう。」

あのオタクも、まさか息子たちが読者だとは思わないだろう。俺たちのエロ漫画ブームは、しばらく続きそうだった。




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