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2章

見るなさわるな

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「なあなあ、今日はきいちくんだろ?ミスコン出ることしってんの?」

文化祭当日。今年も例にも漏れずクラスの奴らに せがまれて女装せざる終えなかった学が、ふてぶてしいメイド服姿でもそもそとフランクフルトを貪っていた。

「お前、去年嫌がってたくせによくやるな。」
「あ?会話が成り立たねぇ…。だって末永が見てえっていうんだもん」

ぽっ、と頬を染めた学が、照れたように大きな絆創膏を貼った項に触れる。こいつが夏休み開けに項に包帯巻いてきたときは、俺のクラスの三馬鹿は悲鳴を上げ、俺と益子以外のほぼ全員が続いて入ってきた末永を見つめた。入室早々多くの目に晒された末永は、フンッ、と俺様生徒会長時代の名残を残す不遜な笑みを浮かべていたが。
学の見ていないところでの態度はまじで相変わらずだなコイツと改めて思った瞬間だ。

「で、その末永はどうしたんだ。」
「柿畠に言って無理やり審査員席に一席ねじ込んでもらったらしい。今進行表貰いに行ってる。」
「後輩に圧力かけんじゃねえよ…」

背もたれに背を預けると、キシリとパイプ椅子が悲鳴を上げる。ミスコン出演者はメイクや着替えの時間があるからと体育館の控室に集合していたのだ。
益子は変えのフィルムがどうとかいって部室に戻って行き、他の参加者も同じ部屋だというのにやけに静かだ。気合の入り方が違うのだろうか、ちらつく視線からは謎の圧を感じた。

「息苦しくてかなわん。2時までに戻ってくりゃ良いんだろ。でてく。」
「俺も末永んとこいこっかな、暇だし。」

待機しろとも言われてないし、そもそも軽食を取るためだけにいたのだ。昼過ぎにはきいちもくるといっていたし、飲み物でも買っておいてやろうと体育館から外に出た。

校門に繋がるように連なった出店やら喫茶スペースでそこそこに賑わっている校庭は、制服の胸元にチーフをさした番探しのグループやらオメガやらがまばらにおり、学も俺も微妙な顔をしてそれを見つめる。

「別に何も悪いとは言わねぇけど、俺らに触発されてんだけだと思うなあ。」
「まあ、こう言うのはフィーリングも大切だろ。上手く行っても発展するとはかぎらねえしな。」

だが宣伝は絶大だったようで、在校生以外の見学者もそのイベントに参加しているようだった。
生徒の自主性を重んじると言う名の学生へ丸投げの校風も、こんなイベントを企画しても黙認するところを見ればいっそ清々しい。末永がトップだったときはさぞ苦労したのだろう。

「あれ?おまえら控室にいたんじゃねえの?」
「お疲れ。視線がうざったくて出てきた。」
「あー。」

首からカメラを下げた益子は、昨年と比べると体付きも一気に男らしくなった気がする。もう用事は済んだのかと聞くと、葵さんからもうすぐつくと連絡が来たのだという。
スマホを開くと、きいちからはメッセージが飛んできていた。

ー笑わないでね、笑ったら泣く。

「うん?」

なんだか謎めいた文に首を傾げていると、何やら校門周りが騒がしくなった。
益子はスマホに耳を当てると葵さんに電話をかけたらしい。まあ、もうすぐ会うから直接真偽を聞くかとスマホから目を離すと、学が呆気にとられた顔をして校門を見つめていた。

「そうそう、焼きそばの露天みえたらもうす、ぐ…」

不自然に途切れた益子の声と、中途半端に挙げられた手をそのままにぴしりと固まる。ざわめきがこちらまで近づいてくるのが気になって顔をあげると、和葉を先頭にして見知らぬ女性が二人、その巨体にコソコソと隠れるようにして近付いてきた。

「あ?そういや和葉くるとかいってたか…」
「あ、あわわ、あわわわわ」
「おい、いくら怖いからって人間辞めるな。」

顔を赤らめて奇声を発する益子の頭を叩くと、弾かれたように和葉の方向へ駆け寄る。気でも狂ったのかと呆れて見ていると、あろうことか後ろに隠れていた小柄なほうの女性に思い切り抱きつく。

「あ?おまえ、それはさすがに…」
「葵ー!!!!!!」
「ちょ、うるさ…」
「は?」

ぎゅうぎゅうと抱きしめて大はしゃぎをする益子の口からは、何故か番の名前が叫ばれる。学は呆れたように俺を見上げると、嘘だろ鈍感。などと失礼なことを言う。もうひとり隠れている後ろの女性が、凪を抱いているのを見てぴしりと固まった。

「あんらぁ、お熱いお出迎えね。よかったじゃない可愛くして。」
「た、隊長…もしかしてこれがみたかっ、」
「うそだろまじかよしんじらんねえこんな可愛い格好でよく誘拐されなかったね隊長ありがとうございます俺帰っていいですかパンツは何色ですぐぁっ」
「普通にボクサーだよバカッ!」

益子と葵さんのやり取りを耳に挟みながら、岩のようにでかい和葉の後ろにまわると、凪を抱えたまま反対側に逃げる。

「あらやだ!!仔猫ちゃん!!」
「ヒェッ…」

そのやり取りに嫌気が差したのか、はたまた獲物を見つけたのかは知らないが、和葉はハッとした顔をして駆け出したと思ったら、学が悲鳴を上げながら走り出した。
おそらくロックオンされたに違いない。と、そんなことはどうだっていいのだ。何よりも優先すべきことが、今目の前にある。

「きいち、か?」
「ちがいますぅ…」
「いや、だって凪…」
「ぁぶ」

凪を差し出すように抱きながら、オレときいちの間に挟まれた凪はふにゅふにゅとおしゃぶりを動かしている。背後では葵さんに引っ叩かれてぶっ転ぶ益子の土煙が上がっているが、片側に流した髪から除く項の噛み跡は紛れもなく俺のつけたものだ。

「お、おわぁ…」
「よく見せて、ほら…」
「う、うー‥」

しぶしぶ顔を上げたきいちは、薄化粧をしていて酷く色っぽい。なるほど和葉もいい仕事をする。そっと頬を撫でて衝動のままに口付けをしようとしたら、凪がにゅっと出てきておしゃぶりにキスをすることになった。

「う。」
「こここ、こ、ここはちょっとぉ…」
「…ホテルいくか。」
「いや文化祭でろよぉ!!」

もおお!!と顔を真っ赤にしたまま押しのけられる。そうだ、そういえば絶賛参加中だったか。ちらりと周りを見ると、やけに視線を感じると思ったら俺のきいちと益子が腰を抱く葵さんを見ていたらしい。おいやめろ、減る。見せもんじゃねえ。

「うぐるるる」
「し、俊くん人間やめないで!?」
「諦めよう、悠也はさっき吠えてたから…」

どうやら先程の猛犬のような声は益子による牽制だったらしい。わかる。俺もついでた。
じっときいちを見つめていると、化粧だけじゃないだろう、薄く色づいた頬が可愛い。

「あっ!?」

きいちが小さく声を上げたのに、なにかあったのかと思ったが、完全に無意識に俺がきいちの首筋に噛み付いたからだったようで、唾液で濡れていやらしく滑る首筋を押さえたきいちが、顔を真っ赤にしてゲシゲシと蹴ってくる。

「ばか!!ばかじゃん!?こんな、こんな!…もおおお!!」
「すまん、いててて。つい。」
「つい、じゃねえよ!!!もおおお!!!」

目の前に美味しそうな首筋があったのだと正直に告白すると、余計に爆発した。なんでだ。
益子は、俊くんが俺より本能が強くて笑うと言っていたけど、お前も大概だと思うぞ。 

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