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2章

なんて素敵なことなのだ

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お昼は凪が爆睡してくれたおかげでゆっくり食べられた。二人でテレビを見ながら、向い合せでご飯を食べる。なんだかこんな普通のことも、久しぶりだと少し照れくさい。僕が変に意識してしまってるのかもしれない。
俊くんはいつもどおりの雰囲気で、それでも寝ている凪は気になるようで、時折ちらりと見てはもぐもぐと口を動かしていた。

「………。」

僕はなんだか目の前の俊くんが、凪のパパで僕の旦那さんで番だということを改めて、ほんと急に噛み締めてしまい、胸が一杯でスプーンを口元に運んだままボケっとしてしまっていた。

だって、こんな素敵なことってあるのか。よく考えてみたら初恋の人だぞ。初恋って実らないって言うくせに、実ってしまって凪が生まれた。
レバニラをばくりと豪快に大きな口で食べる様子も、口元の汚れをぺろりと舐める舌も、その血管の走る大きな手も、全部、全部僕のなんだ。なんか、改めて考えたらえらいことである。

「きいち?スプーン止まってんぞ。」
「あぇ、」
「おまえ、なんか顔赤くないか…?」

する、と俊くんの手が首筋にふれる。そのまま熱を確認するようにそっと頬を包まれた。なんだなその手に触れられるだけで、ほっとしてしまう。久しぶりに感じる、安心する俊くんの香り。

その大きな手に思わずゆるゆると擦り寄ると、ほぅ…、と思わずうっとりとした吐息が漏れてしまう。

「…、少し熱いな。」
「んぇ、…」

僕の様子を目を細めて見つめられている。なんだかまともに俊くんと目を合わせることが出来なくて、おろおろと目を逸らす。体温を確かめるように、俊くんの親指がそっと唇に触れる。なんだか、あの時みたいだ。
前と違うのは、二人で向かい合ってご飯を食べているくらいで、そのまま口の中に親指を入れられるのだろうかと思い、薄く唇を開く。
少しだけ目を見開いた俊くんが意地悪く笑いながら、ぐっと親指で僕の舌を押した。

「そんな顔して期待されたら、答えたくなるだろう。」
「ん、っ」

じゅわ、と漏れた唾液が俊くんの指を濡らす。ああ、本当にあの時みたいだ…と、僕のキャパシティが臨界点に達しそうになった瞬間、

「ぅ、ふやぁーーーーーん!!!」

びくりと二人で肩を揺らす。まるで見計らったかのようなタイミングで凪が起きたのだ。僕はその声で一気に熱から冷め、慌てて俊くんを置いてベビーベッドにかけよると、ひぅあー!!と可愛くなく凪を抱き上げてあやす様に背中を撫でた。

「よしよし、お目々冷めちゃったのかなぁ…お腹すいた?」
「ぐっ………。」

後ろで俊くんのうめき声が聞こえる。少しだけ灯ってしまった内側の熱をやり過ごすように、落ち着いてきた凪の背中を優しく擦る。俊くんはゴクリと水を飲み干してからコップをテーブルに置くと、僕のかわりに凪を受け取った。

「きいちは飯食え、俺が変わるから。」
「あ、うん。でも凪おなかすいてないかな…」
「お前が飯食い終わるまでおしゃぶりさせとくから、ほら。」

俊くんに抱かれた凪が、えぐえぐと愚図りながら俊くんを見上げる。片手で抱きかかえたままバックを漁り、見つけたおしゃぶりを凪の口に当てるとはぷっと吸い付いて愚図るのをやめた。
僕は冷めたかに玉を食べながら、さっきのことを思い出してしまい少しだけ頬を染めた。

やばいなあ、もっとしっかりしなきゃいけないのに。ちらりと俊くんを見ると、凪を膝に寝かせながらお腹をくすぐるようにして遊んでいた。
パパだ、俊くんだってもうこんなにパパなのだ。
ちゃちゃっと食べ終え、水洗いしたプラごみをまとめてビニールに入れると、お茶を片手にリビングに戻った。

「凪くん僕んとこおいで、ご飯たべよ。」
「ん、ほら。」

俊くんが凪を渡してくれると、サンキュ、といって僕が入れたお茶を受け取る。お風呂上がりで前開きのチュニックじゃないのを思い出して、着ていた部屋着がわりの授乳服を開いて凪のご飯タイムにした。

「…………。」
「な、…なに…」
「いや別に。」

ソファーによりかかりながら凪のご飯をガン見してくる俊くんの真顔に少しだけびびる。 
静かにしていると、んくんくと凪がご飯のときに出す小さな声が聞こえるから、もしかしたらそれを聞いているのかもしれない。
一生懸命飲む凪の寝汗をタオルで拭いてあげながら、そういえばと思い出して俊くんをみた。

「あ、あのさ、授乳ケープ買っても良い?使う時期限られちゃうからもったいないかなって思ったんだけど…」
「洗い替えとか必要だろう、2枚くらい買うか。」
「あ、そうか…じゃあそうしよっかな。」

授乳ケープか、と俊くんが呟いて早速スマホを操作する。僕は隠れればなんだっていいので、これは俊くんにおまかせしても良さそうだ。

「かわいいやつ選んでおく。」
「うん?うん、なんでもいいかな…ありがと。」

なんだか物凄くやる気満々である。なんだかよくわからない俊くんに首を傾げると、飲み終えた凪の背中をとんとんしてけぷっとさせる。本日も実に良い飲みっぷりである。お陰様でちょっと痛い。

「凪はいいな。」

じっと見つめていた俊くんが謎なことを言う。思わず怪訝そうな顔をしてしまうと、真顔でアホみたいなことを抜かす。

「俺もきいちにほめられたい。」
「え。急に…?ありがとうじゃだめ?」
「…すまん、口に出てたか。忘れてくれ。」

バツが悪そうに、若干照れながら言う俊くんが少しだけ可愛くて、凪を抱っこしたまま隣に座ると少し高い頭の位置に手を添えて、髪を撫でてみる。

「俊くんも、いつも頑張っててえらいねぇ。」

ぽかんとした顔でしばらく黙って撫でられていたかと思っていたら、珍しいことにじわりと耳を赤く染めた。

「ぐっ、…変な扉開きそうだ。」
「開くな開くな。…なんか僕も恥ずかしくなってきたからおしまいで、」
「あらためてやられると、クるな。」
「きませんっ!!もー、馬鹿じゃないの…」
「…なんで俺より照れてるんだ。」

なんだか僕まで気恥ずかしくなってくる。じわじわ熱くなってくる顔を手であおぎながら俊くんから目を逸らすと、クスクス笑いながら顔を寄せてくる。

「可愛い。な、こっち向けって。」
「い、いやだ。」
「ぁう。」

慌てて凪を抱っこして俊くんとの間に挟ませると、なんで?といったようなニュアンスの声で凪が喃語を言う。解せぬといった顔だ。

「くくっ、凪のママは可愛いな。」

ちゅっ、と僕の変わりに凪のほっぺに軽く口付ける。むにっとした柔らかい頬肉に押されて、凪の可愛い唇にがむにょっとなる。なんだかそれが面白くて、僕はスマホを取り出すとカメラを構えた。

「俊くん、両側から凪のほっぺにちゅーしよ、写真撮りたい。」
「待ち受けにするか、いいぞ。」

意図を察した俊くんが、楽しそうにニヤリと笑って了承する。クッションをおいて凪を抱く支えにすると、むちゅっと両側から凪の顔を挟むようにして口付けパシャリ。

「うー!」

まるでやめてくれというような具合に可愛い声で凪が抗議するのを甘やかしてご機嫌を取りながら撮ったファイルをみると、そこには見事におちょぼ口を晒した凪が僕達の唇に挟まれている、最高に可愛い一枚だった。

「ふへ、なんかはしゃいじゃったね。」
「凪は迷惑そうだけどな。後で送って。」
「はいよー。」

スマホの待ち受けを二人でそれに設定する。最初の家族写真がベストショットとなった。
なんだかこういう時間が久しぶりすぎて、僕もテンションが上がってしまう。凪もご機嫌で、陽射しも暖かい。お腹も膨れて、隣には俊くんがいる。
卒業までは週末しかこうして過ごせないけど、その分しっかり充電させてもらおう。
俊くんの肩に頭を預けながら、むちゅむちゅいう凪を二人で構い、静かに流れるひとときを過ごした。



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