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2章
優しい唇
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「お、お、おまえ゛がっ…死んじゃっだら…っ、遺影はあの情けないブイサインにじでやるとごだっだぁ…!!」
「え、おかかもってるときの?やめてよぉ…」
「死んじゃっだらどうじようがどおもっだぁああー!!」
「にゃぁあ!」
オカンの泣き声とともに赤ちゃんも釣られたように泣き始めた。俊くんにしがみつかれたまま、泣いていないのは僕と先生くらいで、あとから入ってきた吉信も正親さんも忍さんも、みんながみんな鼻を啜ったり目元を拭ったり、まじで僕が起きるまでお通夜モードだったらしい。
危ない。死んでたらまじで腹いせにあの情けない写真を遺影にされてたかもだ。オカンならやりかねん。
新庄先生はオカンから赤ちゃんを受け取ると、膝にしがみついて嗚咽を漏らして泣き止まない俊くんの頭を踏んづけるようにして赤ちゃんを僕のもとに渡してくれた。
「はい、やっと抱いてもらえるねぇ。おまたせって、」
「わ、わ、わ…や、やらかい…ぬくい…」
まさかこの子も早速パパの頭の上に尻を落ち着かせられるとは思わなかっただろう。慌てて受け取ると、さっきまであんなにふにゃふにゃと泣いていたのに、首と頭を支えながらそっと抱いてあげるとすぐに泣き止んでくれた。
「ち、ちいさ…わぁ…こ、こんばんは…?」
「うん、まあ夜だけどね。」
「ああ、はじめましてか!うわぁ、ええ…君はずっと僕のお腹の中にいたんだねぇ…」
ちゅ、と小さい頭に口付けると、甘い香りがした。
あんなに地獄のような苦しみも、この可愛いこと会えるための過程だったと振り返ると悪くないなと思ってしまう。
「初乳はまだ出ないと思うから、明日でいいよ。」
「お腹すかない?」
「赤ちゃんの胃はまだサクランボ位の大きさだからね。明日からでも平気、それに飲み始めたら2時間おきにはあげなきゃいけないから、忙しくなる前に体休めてあげて。」
「はい…ふふ、今日からよろしくねぇ。」
むにむにと口を動かす様子が可愛い。小さい手のひらをつつくとキュッと握りしめられ、眠そうな目で僕を見上げてくる。
「名前決めた?」
「うん、凪くん。なぎちゃん、なっちゃんかぁ。」
「凪…」
「うわ、すご…鼻水拭きな…」
むくりと顔を上げた俊くんは、分娩室で見たとき以上に顔を濡らしていた。目も大泣きしたせいで腫れている。あーあー、とおもいながら片手でティッシュを取って拭ってあげると、じっと見つめられる。
その形の良い瞳から、再びじわじわと涙の膜が広がる。おいとめどないな!?パパしっかりしてくれ。
「はいはい、じゃあもう消灯時間すぎてるから続きは明日にして!俊くん泊まってってもいいけどその他は明日にしてねー!」
ぱんぱんと先生が手を叩く。きりがないと思ったのだろう、僕もそう思う。吉信は泣き止んだオカンの肩を抱きながら、ぽんぽんと励ますように肩を撫でると、擽るように凪の額を撫でた。
「きいち、おつかれ。ゆっくり眠れよ。」
「オカンのことよろしく。」
「勿論。」
正親さんも忍さんにハンカチを渡しながらニコリと笑って手を振ってくれた。ただ手をふるだけなのになんであそこまできまるのか。まあ俊くんも似たようなもんか。
俊くんを残して、みんなが帰った後の部屋を見渡す。昨日までは、ここに一人で寝ていた。今は、三人。
「きいち」
俊くんが鼻詰まりの声で名前を呼ぶ。ふにゃ、と凪が小さく愚図ると、俊くんはひどく優しい手付きでそっと凪の頬を指で撫でた。
「ふふ、」
「…可愛い。」
まだ赤みも取れず、ふにゃふにゃの柔らかい凪は暖かくて甘い匂いがする。こんなに小さいのに、指の関節も、薄い爪も、ふわふわの産毛もある。生まれる前のエコー写真でみていた寝顔よりも、可愛らしい寝顔も見せてくれた。
くあり、と小さい口を開けながら欠伸をする様子に、二人して吹きだした。
「凪、ベッドに寝かせるか。」
「うん、俊くんお願いしやす。」
「おう、」
優しく抱き上げると、暖められたベッドにそっと寝かせる。まだ小さい凪にはそのベッドは大きくて、寝かせたあとは小さく手を揺らしていたかと思うと、静かに寝始めた。
僕は凪を寝かせた俊くんの右手にそっと触れると、包帯で固定されたせいで指先しか見えてないそこが、ピクリと反応した。
「ね、これどうしたの?」
「…、分娩室の扉…殴りすぎて捻挫した。」
「おお…げんきだねぇ…」
指先が少しだけ冷たい。その冷えた部分を温めるように握りながら、よほどの力で叩いたのだと苦笑いした。理由はなんとなくわかる。番になってから、心配ばかり掛けてしまって申し訳ない。
そっと布団を捲ると、隣を叩く。久しぶりに一緒に寝たいなとアピールすれば、俊くんは少しだけ照れたように頷いて隣に潜り込んできた。
「そういや、産まれたことを益子たちに連絡したら、次の休みの日に会いに来るってよ。」
「んひ、そしたら改めて、凪を紹介しないとね。」
「明日休みにしてもらったから、諸々の手続きはしてくる。きいち、」
「んえー?」
ベッドの上で、俊くんが後ろから抱きしめる様にして言う。疲労感は若干残って入るが、これも明日には取れるだろう。
眠たくなってきて、返事が曖昧になる。そうか、出産届けとかもあるもんな。そんなことを思っていたら、上半身を起こした俊くんに頬を撫でられる。
眠たい目のまま見上げると、泣きはらした目で見つめ返された。泣き顔も可愛いとかずるいよね、と誂ってやろうとしたら、そっと顔が近づいてきて唇が優しく触れ合った。
ちゅ、とゆるく吸い付いてから離れると、もぞもぞと元の位置に戻って僕を抱き込む。
「………。」
俊くんもキスしたかったのか。まるで血流が慌ただしく巡るように顔に血が集まる。キスなんか何回もしているのに、二人してまともな顔じゃない状態で重ねた唇に、ひどくドキドキした。
お互い顔の腫れが引いたら仕切り直しをしてもらおう。満足そうに寝息を立て始める俊くんにくっつかれながら、僕も瞼を閉じる。
昨日までは広かった部屋が、今日はやけに狭く感じた。
「え、おかかもってるときの?やめてよぉ…」
「死んじゃっだらどうじようがどおもっだぁああー!!」
「にゃぁあ!」
オカンの泣き声とともに赤ちゃんも釣られたように泣き始めた。俊くんにしがみつかれたまま、泣いていないのは僕と先生くらいで、あとから入ってきた吉信も正親さんも忍さんも、みんながみんな鼻を啜ったり目元を拭ったり、まじで僕が起きるまでお通夜モードだったらしい。
危ない。死んでたらまじで腹いせにあの情けない写真を遺影にされてたかもだ。オカンならやりかねん。
新庄先生はオカンから赤ちゃんを受け取ると、膝にしがみついて嗚咽を漏らして泣き止まない俊くんの頭を踏んづけるようにして赤ちゃんを僕のもとに渡してくれた。
「はい、やっと抱いてもらえるねぇ。おまたせって、」
「わ、わ、わ…や、やらかい…ぬくい…」
まさかこの子も早速パパの頭の上に尻を落ち着かせられるとは思わなかっただろう。慌てて受け取ると、さっきまであんなにふにゃふにゃと泣いていたのに、首と頭を支えながらそっと抱いてあげるとすぐに泣き止んでくれた。
「ち、ちいさ…わぁ…こ、こんばんは…?」
「うん、まあ夜だけどね。」
「ああ、はじめましてか!うわぁ、ええ…君はずっと僕のお腹の中にいたんだねぇ…」
ちゅ、と小さい頭に口付けると、甘い香りがした。
あんなに地獄のような苦しみも、この可愛いこと会えるための過程だったと振り返ると悪くないなと思ってしまう。
「初乳はまだ出ないと思うから、明日でいいよ。」
「お腹すかない?」
「赤ちゃんの胃はまだサクランボ位の大きさだからね。明日からでも平気、それに飲み始めたら2時間おきにはあげなきゃいけないから、忙しくなる前に体休めてあげて。」
「はい…ふふ、今日からよろしくねぇ。」
むにむにと口を動かす様子が可愛い。小さい手のひらをつつくとキュッと握りしめられ、眠そうな目で僕を見上げてくる。
「名前決めた?」
「うん、凪くん。なぎちゃん、なっちゃんかぁ。」
「凪…」
「うわ、すご…鼻水拭きな…」
むくりと顔を上げた俊くんは、分娩室で見たとき以上に顔を濡らしていた。目も大泣きしたせいで腫れている。あーあー、とおもいながら片手でティッシュを取って拭ってあげると、じっと見つめられる。
その形の良い瞳から、再びじわじわと涙の膜が広がる。おいとめどないな!?パパしっかりしてくれ。
「はいはい、じゃあもう消灯時間すぎてるから続きは明日にして!俊くん泊まってってもいいけどその他は明日にしてねー!」
ぱんぱんと先生が手を叩く。きりがないと思ったのだろう、僕もそう思う。吉信は泣き止んだオカンの肩を抱きながら、ぽんぽんと励ますように肩を撫でると、擽るように凪の額を撫でた。
「きいち、おつかれ。ゆっくり眠れよ。」
「オカンのことよろしく。」
「勿論。」
正親さんも忍さんにハンカチを渡しながらニコリと笑って手を振ってくれた。ただ手をふるだけなのになんであそこまできまるのか。まあ俊くんも似たようなもんか。
俊くんを残して、みんなが帰った後の部屋を見渡す。昨日までは、ここに一人で寝ていた。今は、三人。
「きいち」
俊くんが鼻詰まりの声で名前を呼ぶ。ふにゃ、と凪が小さく愚図ると、俊くんはひどく優しい手付きでそっと凪の頬を指で撫でた。
「ふふ、」
「…可愛い。」
まだ赤みも取れず、ふにゃふにゃの柔らかい凪は暖かくて甘い匂いがする。こんなに小さいのに、指の関節も、薄い爪も、ふわふわの産毛もある。生まれる前のエコー写真でみていた寝顔よりも、可愛らしい寝顔も見せてくれた。
くあり、と小さい口を開けながら欠伸をする様子に、二人して吹きだした。
「凪、ベッドに寝かせるか。」
「うん、俊くんお願いしやす。」
「おう、」
優しく抱き上げると、暖められたベッドにそっと寝かせる。まだ小さい凪にはそのベッドは大きくて、寝かせたあとは小さく手を揺らしていたかと思うと、静かに寝始めた。
僕は凪を寝かせた俊くんの右手にそっと触れると、包帯で固定されたせいで指先しか見えてないそこが、ピクリと反応した。
「ね、これどうしたの?」
「…、分娩室の扉…殴りすぎて捻挫した。」
「おお…げんきだねぇ…」
指先が少しだけ冷たい。その冷えた部分を温めるように握りながら、よほどの力で叩いたのだと苦笑いした。理由はなんとなくわかる。番になってから、心配ばかり掛けてしまって申し訳ない。
そっと布団を捲ると、隣を叩く。久しぶりに一緒に寝たいなとアピールすれば、俊くんは少しだけ照れたように頷いて隣に潜り込んできた。
「そういや、産まれたことを益子たちに連絡したら、次の休みの日に会いに来るってよ。」
「んひ、そしたら改めて、凪を紹介しないとね。」
「明日休みにしてもらったから、諸々の手続きはしてくる。きいち、」
「んえー?」
ベッドの上で、俊くんが後ろから抱きしめる様にして言う。疲労感は若干残って入るが、これも明日には取れるだろう。
眠たくなってきて、返事が曖昧になる。そうか、出産届けとかもあるもんな。そんなことを思っていたら、上半身を起こした俊くんに頬を撫でられる。
眠たい目のまま見上げると、泣きはらした目で見つめ返された。泣き顔も可愛いとかずるいよね、と誂ってやろうとしたら、そっと顔が近づいてきて唇が優しく触れ合った。
ちゅ、とゆるく吸い付いてから離れると、もぞもぞと元の位置に戻って僕を抱き込む。
「………。」
俊くんもキスしたかったのか。まるで血流が慌ただしく巡るように顔に血が集まる。キスなんか何回もしているのに、二人してまともな顔じゃない状態で重ねた唇に、ひどくドキドキした。
お互い顔の腫れが引いたら仕切り直しをしてもらおう。満足そうに寝息を立て始める俊くんにくっつかれながら、僕も瞼を閉じる。
昨日までは広かった部屋が、今日はやけに狭く感じた。
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