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2章

ハローベイビー

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あれから更に2時間程が経ち、僕の痛みは体裁なんて取り繕えないほどに酷くなっていた。

「っいやだ、ぁ、せ、…っ、せ…っ、も…やぁ、あ…!!」
「ハイハイ大丈夫大丈夫、もうすぐ10センチだよ、ここまできたんだからもちっとがんばってねぇ。」
「ひぐ、っ…ぃ、あ…、っ…ゃ、ゃだ、やだ…われ、る…う、…!!」

赤ちゃんも頑張ってるからねぇと言う先生の穏やかな声とは真逆に、僕はもうフルマラソン走ったんじゃないか位の息切れと、骨盤の酷い痛みからくる目眩と頭痛で頭の血管が切れそうになっていた。

途中で一回意識が飛びかけた瞬間、新庄先生によって叩き起こされ、僕はいっそ気絶したほうが早く痛みから逃れられるんじゃないかと思い、さっきからやだやだしかいってない。

もう地獄だ。なりふりとか、どう見られているのとか気にしてられない、俊くんが真っ青な顔して必死で腰を擦ってくれてるが、全然痛みが消えないのだ。

「も、っ…きっ、てぇ!!!!おなか、きってぇ゛!ぅえ、っけほ、っ…」
「きいち!?」
「ありゃ、ちょっと俊くん僕と場所変わって。」

吐くほど痛いのによく頑張ってると褒めてくれる先生の言葉で、痛すぎてさっき食べたのを吐いたのかと朦朧とする意識の中で自覚する。

気持ち悪い、痛い、死にそう、熱い、ごりごりと背骨をフルスイングのバットで叩き割られているようだ。

もういやだ。はやくおわってくれ、たのむから。
脂汗で張り付く髪の毛もうざい、目の前がチカチカして、ミシミシという骨盤の悲鳴に息を詰めた。

「きいちくーん、おーい。大丈夫だから呼吸して。俊くん名前呼んで。」
「きいち、きいち大丈夫か、おい、おい!」
「酸素持ってきて、酸欠!はやく!」

もうふわふわだった。話し声が遠いし、お腹も体も弾け飛んでしまいそうだった。口に何かをつけられてすこしだけ息がしやすくなる。新庄先生が腰をさすりながら、大きく深呼吸するように言うのを聞きながら、もう疲れたとまぶたを閉じようとしたときだった。

「ぃ、あ゛…っ…!!」
「いいね!!もっと息して、赤ちゃん息苦しくなってもいいの!?」
「っ、っ…ひ、っ…!」

突然激しさを増した痛みに無理やり意識を引きずり出される。ミシミシとこじ開けられるような痛みに見開いた目から涙が止まらない。

「ほら開いてきた、そろそろ分娩台移動するよ。」
「きいち!もうすぐ会えるぞ!」

ガシャン、という音と共にストッパーが外される振動が伝わった。すこしベッドが揺れただけなのに、悲鳴をあげるほど痛い。足が自然と開く。何かが無理やり降りてきそうだった。

「だめだめ!!!まだいきまないで!!ああ、頭見えてきた!!」
「ひ、ぐぅ、ぁ、あ、っ」
「はいおまたせ!!手は胸の位置!深呼吸して足開いて!俊くん立ち会うならきいちの後ろいて!!」
「は、はい!」

肩に俊くんが手を添える。僕はもうとにかく今は早く産むことだけを考えて、先生の合図に合せて必死でいきんだ。
ひっひっふーという呼吸法があったが、そんなのクソ真面目にできるわけがなかった。とにかく吐いてと言われたら従う、それだけだった。

「吐いて!!」
「っ、ふ、う、う、…!!!」
「お腹力入れて!いいね、頭出たよ!あともう少し頑張って!」
「ひ、ぅ、う、あ、あ゛!」

ずるんと大きいものが足の間から顔を出す。あともう少しと言われて、全身の力を振り絞って腹筋を引き絞るかのようにして無理やり力んだ。
ブチンと耳の奥で何かが切れた音がしたあと、ずるんと足の間から大きなものが産まれ出て、瞬間大きな産声を上げた。

「ーーーーっ!!」
「ひぁ、は…、は…ぁ、…ぁ…?」

ふにゃぁあ!となんとも可愛い声で大泣きする声を聞きながら、先生がでたぁぁあ!!とやたらテンションの高い声で赤ちゃんを抱き上げた。
僕はひどい疲労感と倦怠感、そしてなによりもこの地獄を乗り越えることができたという達成感で涙が出た。

おめでとう僕、おめでとう俊くん。そしてようこそ世界へ、ようこそ僕達の元へ。

視界の端で手足をばたばたと動かしている赤ちゃんが、タオルに包まれて運ばれる。ぎゅう、と肩に添えられた俊くんの手に力が入り、その強さが心地よかった。

「でたでた!すごいすごい!めっちゃ元気だよきいちくん!」
「うう、うっ…!」
「うわきたねっ、俊くんめちゃ泣くじゃん。」
「は…、つか、れ…た…」

新庄先生から赤ちゃんを受け取ろうとしたけど、何故か体の力が抜けきってしまい、腕が上がらない。変わりに赤ちゃんを受け取った俊くんが、先生の言う通りに抱き上げてぐしょぐしょの顔で見せてくれる。おい僕が練習した抱き方よりうまそうだな。というか顔がえらいことになってるね。
頭の中では愉快なことが色々巡るのに、まじで地獄のような苦しみから開放された僕は、急速に冷えていく体温のせいでやけに冷静になっていた。なんて大変なんだ、これをこり超えたのかオカン。忽那さん、がんばれ。
なにか面白いことを言いたいのに、全然口もひらかない。意識と体が引き剥がされたかのように飛んでいきそうだった。

「きいち、おい…きいち?」

俊くんの問いかけに、瞬きで応える。
何だか体が重くてひどく眠たい。新庄先生がハッとして、なにかを大声で叫んでいるのを聞きながら、俊くんも酷く慌てたようにうろたえている。ふにゃぁあという、赤ちゃんの声はどんどん遠くなって、僕はまるで電源が落ちるかのようにして瞼を閉じた。

いやぁ、元気で生まれてくれてよかった。

何時間たったのかわからないけど、産んだらするりと痛みは抜けた。

それにしても俊くんが鼻水垂らして、顎を梅干しみたいにして泣いていたのはうけた。

イケメンが変貌する様子はまじで爆笑するかと思った。そんな体力は残ってなかったが。

こんなに喜ばれて産まれてきたのだ、君は幸せな子供だよ。

凪くんだよって、早く教えなきゃ

今はただ疲れたので、すこしだけ、寝かせて、


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