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2章

化学反応のよう

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「なあなあ、きいち夏期講習受けらんねえよな?俊くんだけでもくんの?」
「行かない。多分そろそろ産まれるだろうし、したら育児で夏休みはきえるだろ。」
「やっぱりそうだよなぁ、ま、俊の成績ならいいのか。」

キシリと席を軋ませて学がつまらなさそうにきいちの席に座る。クラスが変わってからも事あるごとにきいちきいちと喧しいこのちびを連れて、今日も面会に向かう予定だ。
そして益子含めて野球部3人も夏期講習を受けるらしく、お前らそんなに真面目だったのかと聞いたところ、卒業するために…と死にそうな顔をしていた。

「桑原がいなくて俺らの夏期講習どうしたらいいわけぇ!?」
「知るか、吹田にでも教えてもらえ。」
「だめだよ、吹田教科書アレルギーだもん。」

そんなアレルギーあったのか。
木戸が死にそうな顔をして数学を教えてくれと言ってくるが、生憎ノートはきいちに貸している。
ならばと今度は教科書アレルギーらしい吹田が化学の参考書片手にそそくさとやってきた。

「おい学、お前の親衛隊だろうが。面倒見てやれよ。」
「いや俺と末永予備校いくからむりだわ。」
「俊くんたのむぜ!!俺の頭触らせてやっから!」
「いらん。メンチカツサンド買って来たら考えんでもない。」
「それなら三浦が買いに行ってるぞ。」
「………。」

木戸も吹田も三浦も、野球をやっていた事もありチームワークがやけにいい。スマホをみると一時間程度なら教えてやれそうだったが、一度口にしてしまったのでいやだとも言い辛い。

結局三浦がキラキラした笑顔でメンチカツサンド片手に戻ってきてしまったので、ため息を吐きながら筆箱を取りだす。
俺が折れたのを理解したのか、やたらやかましい音を立てながら三人が席をガタガタと用意すると、お納めくださいとサンドを渡された。

「…それぞれわかんねえところを開いて待ってろ。わかんねえところがわかんねえとか言ったらシメる。」
「俺末永呼んでこよ。」

学が席から立つと助っ人として末永を連れてきてくれるらしい。それを聞いてた三人が、優しくしてねって言っといてぇ!!と情けなく叫んでいた。
仕方なく鞄から教科書とノートを取り出すと、はらりときいちの解いた課題が落ちた。そういや提出頼まれてたんだっけか。

「んあ、なにそれ。」
「課題、きいちいま入院してっから。」
「早産になりそうなんだっけ?体調大丈夫なん?」
「割と元気。」

パッケージを開いてもそもそとサンドを食べながら、教科書に赤ペンで線を引いていく。

「ここと、こことここ。お前らエロいの好きだろ。有機化合物の官能基の分類分け位覚えとけ。」
「官能…基」
「ハイまずヒドロキシ基、覚え方は_OH。化合物はアルコールとフェノール類な。フェノール覚えらんなかったらワイン思い出せ、ポリフェノールのポリを抜け。」
「官能基はエロいで覚えれば行ける気がしてきた…」

蛍光ペンのピンクすらアダルトに見えてくるぜとのたまう三浦をほっときながら枠を書かせて当てはめるように教えていく。こいつらの原動力がエロなら問題もやらしい目で見てみろというスタイルだ。

「木戸、ヒドロキシ基は。」
「アルコール、フェノール類!!」
「吹田。」
「_OH!!!金髪ボインがヒドロキシ基とおぼえた!!」
「じゃあ次な、牛のネーチャンでイメージしろ。ホルミル基、何してほしい?」
「はっ、まさか…_CHOか!!!!」
「三浦正解。ホルムアルデヒドをおもいだせ。化合物はアルデヒドな。」
「うおお頭に入ってくるぅ!!!俊くんさてはむっつりだな!?」
「俺はこんな勉強の仕方はしねぇ。」

こんなもん当て字で覚えりゃいいんだ。ちなみに構造式は家系図や相関図のように書けば問題なし。難しく考えるからわかんなくなんだ、ニュアンスで覚えろ。

「ちなちに官能基の名称は結合がつくのは2つだけだから、そのニュアンスで行くなら姉妹か。」

後ろから被さるようにして末永が言う。まさか本当に元生徒会長が来るとは思わなかったようだ。
なんだか楽しそうだなと若干呼ばれたのが嬉しそうにしながら鞄から教科書を出す。

「末永さんきゅ、エステルとエーテル姉妹だと覚えろ。結合だぞ結合。」
「化合物まんまで、官能基は_COがつくかつかないかだ。エステルがつく方。」

となりに座った末永もアドバイスをする。結合というワードが思春期心をくすぐったのか、うおおおエッチな姉妹だぜぇ!?!?とかいいながらはしゃぐ。学がドン引き顔で見てるぞお前ら。それでいいのか本当に。

「ちなみにヒドロキシ基はどうかわる。」
「芳香族ならフェノール、脂肪族ならアルコール!!」
「いいね、あってる。木戸はじゃあ分子式んとこよんどけ。」
「三浦、アルコールの反応を2つ言えるか。アルコールに触れるとどう感じる?」
「すーって、かわく?」
「あってる、脱水反応だな。ちなみに濃硫酸とアルコールを混ぜて熱するとヒドロキシ基と水素が水になって取れるのが脱水反応、メモをしとくといい。」

基礎的なことを俺がいい、末永が補足をしていく簡易な授業はスムーズに進んでいった。片手間に食べていたメンチカツサンドも食い終わり、学が飽きて寝始めたくらいまで集中していたようだった。
この場にきいちがいたならぐったりしていたに違いない。あいつも化学は苦手だ。なんとなく時計を見ると、そろそろいい時間になっていた。

「おまえら、あとは自力でがんばれ。俺は帰る。」
「そろそろ行くか?久しぶりに片平に会うな。」

俺が帰り支度をし始めると、末永も揺らすようにして学を起こした。野球部三人組は目指せインテリと謎の目標をかかげ、もう少しだけ粘ってやるという。やる気が出たなにより。時計を見ると二時をまわる頃で、今から行けば昨日よりも長く一緒にいてやることが出来そうだ。

明日から夏休みに入る。きいちの分の荷物も学たちに手伝ってもらい、下駄箱で靴を履き替えようとした時だった。

ピリリ、と初期設定のままの着信音が鳴る。
スマホの着信画面に忍の文字が浮き上がり、なんだか少しだけざわつく感覚がして、通話に出た。

「もしもし、」

ーよかったすぐでて!車回したからはやく校門前にこい!きいちが破水した!

は、と小さく息が漏れる。

「なあ、誰から電話だったんだ?」
「…れる、」
「あ?」

学の問いかけに、酷くかすれた声がでた。
動機が激しい。早く行かねば、きいちが、きいちが俺の子を、
 
「産まれる!!!」

二人が言葉を飲み込む前に、俺は気づけば弾かれたように走り出していた。
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