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2章

俊くんの天敵

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ポコンと内側から元気のいい挨拶が来る。
お腹もごまかせないほど大きくなって、もうちょっとで六ヶ月だ。
安定期にはいってからは、段々と腰も痛くなってきた。お腹が膨らんで、重心が前に行くから仕方がないのだけど、なかなかにバランスがとれなくて難しい。

「おぁ、起きてるのかなぁ…今日も元気いっぱいだねぇ」
「ふ…、」
「俊くんもご機嫌だねぇ?」

大きな手が後ろから回されて、よしよしとあやすように腹を撫でる。後ろから抱きしめるようにしてベッドヘッドによりかかる俊くんは、指で合図するたびに蹴り返されるそのやり取りが楽しいらしい。
僕はというと、背もたれがわりになっている俊くんに寄りかかりながら、少しだけワクワクした気持ちでいた。
今日、もしかしたら性別がわかるかもしれないのだ。女の子だろうか、男の子だろうか。俊くんも楽しみなようで、性別わかったら名前を決めると意気込んでいた。

「そろそろいくか、準備してくる。」
「あ、うん。」
「そこにいろ、終わったら迎えに行くから。」
「アッハイ」

ベッドの上でのまさかの待機命令である。
僕が、どっこいしょとかいってベッドやら椅子やらに座るようになってから、嫁の腰と膝を守るのは番の仕事だとドヤ顔をしていた。それは気づかいというより介護なのでは、と思ったが、気にしたら負けなので好きにさせている。

「いこうか。」
「ふはっ、」
「なんでもない、ありがとぉ。」
「おう。」

僕のマタニティーマークがぶら下がったサコッシュと、バケットハットを持ってきた俊くん。マタニティーマークまで選んだのか、デート用として扱っているマークに変えられていた。ブルーのリボンが誇らしげに結ばれている。

「帽子、似合ってる。」
「ふひ、選んでくれてありがと」

俊くんが4月で、僕が5月。誕生日が近い僕に送ってくれたのはお揃いのバケットハットで、俊くんが黒で僕が白だ。公園に行くときにかぶれるハットとかもあればいいよねぇとか思っていたら買ってくれた。
鏡の前でちらりとみると、同じブランドのロゴが小さく入っていて可愛い。俊くんもかっこよく被っているが、同じデザインでもかぶる人が違うとこんなにと雰囲気が変わるのかと当たり前のことを思った。

今日の俊くんは黒の大きめのトレーナーに細身のスキニーでめちゃくちゃシンプルだ。足元は白のスニーカーで、僕はストレッチ性のあるリブでできた裾がスリットになったパンツに俊くんが来ているトレーナーと同じブランドの大きめのシャツだ。カーキのそのシャツは大きいポケットが可愛い。スニーカーを履こうとしたら、俊くんが買ってくれた白のスリッポンを出してくれる。

「今度からこっち。紐靴だとコケたとき危ないしな。」
「今日全身コーデ俊くん監修じゃん。」
「よくにあってる。かわいい。リブパンツいいな、尻揉みたくなる。」
「あはは、それは帰ってからねぇ。」

何を真顔で言うのやら。そのまま腕を差し出されたので掴んで支えにしてからスリッポンを履くと、二人していってきまーすとかいいながら玄関をでた。

「おっ、ぼっちゃん。病院ですか?」
「坊ちゃん言うな。」
「中島さんこんちは!」
「はい、こんちは。」

今日のエントランス掃除は中島さんだったようで、坊ちゃんと呼ばれた俊くんがムスッとした顔で言い返す。まあこんな大人みたいな体格の高校生捕まえて坊っちゃんはなぁ、誂われている俊くんが珍しくて少し笑う。
中島さんは相変わらず黒のタンクトップにハーフパンツでそれはもう見事な筋肉を晒していた。ボデイビルでもしてるんだろうか、黒い。軍手をして竹箒持ってる姿が最高に似合わなさすぎて面白い。

「随分膨らみましたねぇ、触っても?」
「いーですよ。どーぞ!」
「お邪魔します…」

お邪魔しますとは?と不思議な言い回しをしながら、その男らしい手を優しくぺたりとお腹につけると、手のひらで覆うようにして止めた。

「…うごきませんね?」
「ねてんのかなぁ。さっきまでぽこぽこしてたけど。」
「中島が怖いんじゃねぇの。」
「そんなことないですよ!あっ動いた!」
「今の声のデカさにびびったのでは…」

まるで無理やり起こされたのを抗議するかのように、ぐにんと中島さんの手をお腹越しに押し返す。
おおう、これ多分足の形見えてそうだね!おうふ。

「うむ、元気がよろしい。」
「お腹引っ張られたぁ。びっくりした…」
「車出しますか?お送りしますよ。」
「まじでか。」

これが胎動…と噛み締めていた中島さんが、にこにこしながら車のキーを見せてくる。休み休み行くかと話していたとこだったので、迷惑でなければとお言葉に甘えることにする。
どうやら最近外車を購入したらしく、休日は乗り回しているらしい。
ご機嫌で車を止めてあるところまで案内すると、中島さんらしい黒塗りのゴツい車が存在感バッチリに止まっていた。
こんなお高そうな車を帰るほどの給料をだしてる正親さん、さすがである。

「うっわ、装甲車みてぇ。」
「わかりますか!?!?これなら核爆弾ぶっこまれても大丈夫なんですよ!電磁パルスだって防げます!!」
「お前は戦地にでも行くつもりか。」

呆れ気味に言う俊くんだが、悔しいけどカッコいいなと興味津々だ。僕はもちっとこぶりなのが好きだけど、たしかにかっこいい。なんでもバッファローの群れに突撃しても大丈夫とかいっているけど、中島さんは何になりたいんだろうか。

その後自慢の車の乗り心地もすごくて、なんというかVIPみたいな気分を味わわせてもらった。
ただ厳しすぎる車なので、病院の近くでおろしてもらうことにした。
降りるときもタンクトップにハーフパンツでグラサンの中島さんが車のドアを開けるものだから、彼らは一体何者なの!?といった井戸端会議中の奥様やら道行く人にガン見をされました。サーセン、普通の妊夫っす…。

「お気おつけて!!」
「アッハイ…」
「………。」

めちゃくちゃ渋い顔した俊くんの手に腰を支えられながら、少しだけ早足で病院に入る。僕らが早くその場からいなくならないと頭をずっと下げ続けてるからだ。
仰々しいことこの上ないので、これはやめてくれと俊くんが常々言うのだが、多分からかってやっているんだと思う。

中島さんに送ってくれてありがとうという気持ちを込めて入る前に振り向いて手をふると、満面の笑みでふりかえしてきた。

厳しい強面のおじさまがはしゃぐ姿はなかなかに強烈だったが、とりあえず病院についたので良しとしよう。

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