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2章

帰り道、赤く染まった

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今更ながら、すごい絵面だったなと思う。
学校ではその存在感から、お近づきになりたいと思われている桑原先輩と、その中性的な見た目と柔和な雰囲気からアルファとベータ男子から人気の片平先輩、女子人気も男子受けも良い益子先輩、そんで在学中に文武両道で有名だった高杉先輩。

なんだかアルファでも振り切っている3人とその番が一同に揃う、そんな絵面だった。
カフェにいた人たちも、なんだか異様な、そしてあそこの席だけ謎の顔面偏差値の高さだったためか、その場面に鉢合わせた主婦が何かの撮影でも始まったのかとあたりを見回すレベルだ。
女子高生が面白かった。帰りがけにボヤかれた言葉は、どこのレンタル彼氏だ。言い値で払う、だったか。悲しいことに青木はアウトオブ眼中だったが。

ちなみに、片平先輩の腹とキーホルダーを見たあと、腰に手を回して歩く桑原先輩を見上げた彼女達は、完全解釈一致とかなんとか行って走り去っていった。悲鳴を上げて逃げる様に、その場にいた先輩達はビビり散らかしていたが。益子先輩だけは涙流すくらい笑ってたなと振り返る。

青木は、同じ方向だからという理由で隣を歩く高杉先輩を見上げた。
この人とこうして肩を並べて歩くのも久しぶりである。
あのカフェの中で、内容はどうであれ沢山会話をしたというのに、こうして二人きりで歩くことになると、驚くくらい何も出てこなかった。

「…引いた?」
「えっ?」

なににですか。と思わず見上げると、少しだけ高い目線の位置から、困ったように眉を下げた見たこともない表情をして青木を見下ろしてきた。

「青木の憧れる俺じゃなかったろ。」
「…そうですね、」

たしかに、青木の憧れていた高杉とは違った。口にした言葉に、だよなぁ。と諦めたように笑う様子を見て、どうしようと思って慌てた。

「や、その、悪い意味じゃなくて!」
「いいって、過去は変えられないしな。」

高杉の言葉尻からは、ひどく後悔しているといった感情が読み取れる。頭の中ではいくらでも言葉を組み立てられるのに、それを音として発することができない。青木は少しだけ臆病になってしまっていた。

また、深く考えもせずに口に出していいものかと。
青木の思った事を高杉にうまく伝えられるのかを。

沈黙が痛い。唇同士が癒着して、言葉を発することができなかった。夕日を背負い、長く伸びた影は仲良く寄り添っているのに、当の本人たちはなぜこんなに気まずいのか。
答えは簡単だ。青木が、自己保身に走って口にしないから。

「今日は、悪かったな。俺はここ曲がるから…」

じゃあな。という言葉に行きが詰まりそうになる。またな、ではない。二度目がないということは、会えないかもしれないのだ。

「お、俺は…!」
「うわ、っ」

慌てて取り縋るようにして高杉の手を握った。
ぽかんとした顔で見下ろしてくるのがわかる。青木はその視線を俯きながら後頭部で受け取りつつ、乾いた唇を引き剥がすようにして気持ちを口にした。

「俺は、その…、せ、先輩が…」
「青木?」
「先輩が、人間くさくて…、特別じゃないって、わかってよかったです…」
「………。」

何を言ってるんだと思った。まとまらないまま口にしたそれはボロボロで、伝えたい気持ちも全然これじゃわかってもらえないだろう。
握りしめた手を握り返されることもなく、高杉の体温を感じているはずなのに、自分の指先から少しずつ体温が奪われていくようだった。

「俺、なにいってんすかね…はは、…ごめんなさい…」

なんだか、突然上から目線のような感想をのたまった自分に冷や汗が止まらない。物事を考えてから口に出すと決めたばっかりなのにこれだ。

「っく、…ふふ…や、わりい…」

青木の葛藤とは裏腹に、帰ってきた反応は意外すぎるものだった。

「はぇ…」
「ん、まじごめん。ふふ…、ちょっと、ツボった…あははっ!」

頭上から降ってきた場違いな笑い声は勿論高杉で、青木は訳のわからないことを行った挙げ句、先輩に怒られるでなく笑われるという事態が飲み込めないでいた。
高杉は空いている方の手で目尻の涙を拭うと、大きな手でわしわしと青木の頭を撫でた。

「…お前に誇れる先輩でいられなくてごめんな、青木。」
「謝んないでくださいよ…、俺のために先輩が変わる必要なんてないっす…」
「それをお前が言うのかぁ。」
「あ、いや…あ、あはは…」

たしかに、とんだブーメランである。

高杉は怒っている様子は無く、目を細めて少しだけ笑っていた。その笑顔も好きだなと思った。

「先輩…、また会ってくれますか…」
「物好きだな。別に、構わないけど。」
「じゃあ、じゃあなじゃなくて、またねって言ってください。」

次合うときも、二回目以降もずっと、またねって言ってください。

不思議とするりと出てきた言葉に、目を丸くしたのは青木の方だった。なんだか告白するよりも恥ずかしいことを言ったような気がする。首から耳にかけて一気に染め上げると、高杉もまたなんとも気恥かしそうにしながら頭を掻いた。

「いいよ、また、な。」
「は、はひ…」

また、と、二度目の約束を取り付けた。憧れていた高杉に、そう言われて心臓が飛び跳ねる。
ああ、この人はやっぱり優しい人だと思った。

「俺、やっぱり先輩のことが好きです…、じゃあ、また…」
「え。」

ドキドキする胸を納めるように努めながら、二度目の約束が嬉しくて仕方がない。青木は照れながらそう素直に答えると、その場から逃げるようにして走り去った。
残された高杉は、呆気にとられた顔をした後に、青木の告白とも取れる去り際の言葉に一気に顔を赤らめた。あいつの好きは、そういう意味の…。と、

こんなに嫌な部分を曝け出したというのに、そこも含めて人間臭くて良かったと宣った。
在学中にはなんとも思わなかった健気すぎる後輩の言葉を飲み込むまでに時間がかかるだろう。

「言い逃げ…、あいつ、いい度胸してるわ。」

そう漏らした高杉は、少しだけ悔しそうにしながら踵を返すと家路についた。二度目、どんなふうに誘ってやろうと考えながら。

青木はというと、テンションのまま走りさった自分のことを振り返ると、ふと歩みを止めた。
自分の口は、さっき何を言った?
己の唇に触れてしばし呆然と考えると、その日一番の大声を張り上げた。

余りの驚愕の声の大きさに、青木の頭上で寄り添っていたカラスの番が飛び去った。
まるで抗議するかのような鳴き声をあげながら、夕日の暖かな陽光にも負けない顔色で、うずくまる青木を馬鹿にするように、置き土産を落としながら。
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