なんだか泣きたくなってきた

だいきち

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2章

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片平先輩と桑原先輩が突出しすぎていて比較にできないが、目の前の益子先輩も大概だよなと青木は思った。

「やあやあ、悪いね放課後に。なんか予定あった?」
「あ、や、なんも、はい。」
「そお?ならよかった。じゃあ、行こうか。」

どこに!?とは怖くて聞けなかった。
染めているのだろうか、青みがかった黒髪をワックスで遊ばせた益子は、いたずらっぽく笑う。
切れ長の二重のせいで近寄りがたい印象なのに、眉を上げて反応するのが癖なのか、そうすると一気にユーモアがあるイケメンに印象がシフトチェンジする。そういえばこの先輩も番持ちなんだっけか。そう思うとなんともアレである。

「つ、番を持つやつ皆顔にステータス振り切ってんのか…」
「ん?なんかいった?」
「いえなにも!!!」

青木もアルファだが、ベータの両親から生まれた珍しいタイプだ。だから自分がアルファという自覚はまるでなく、むしろこんな振り切ったアルファがいるのにアルファといっていいのかと胃袋をじくじくと傷ませた。
両親は飛び上がって喜んでいたが、本人にとっては重荷でしか無かったのだ。

「あ、あの…どこいくん」
「俊くんが話ししてーんだって。」
「あっえっ、初見でボスバトル」
「うん?」
「アッハイナンモナイッス」

青木って独り言多いね?と面白そうに笑う益子に連れられて校舎を出る。まじでどこに向かっているのだろうか。益子に断って止めてある自転車を取りに行くと、ご丁寧についてきた。もしかして見張りなのだろうか、そう思うだけで吐きそうになる。怖い。怖すぎる。

「何かビビってる?ダーイジョブだって、ちょーっとお話するだけだから。」
「それを人は死亡フラグと言うのでは…」
「あ、ほらあっこ。」

校舎を出てしばらく坂道を下って商店街に入る。指さされた先は普通のファミレスで、少しだけ安心した。これで治安の悪そうなバーの地下とかならマウスピースも買いに走っていたかもしれない。
カラコロとカウベルの音を立てながら中に入ると、そこには何故か学校を休んでいたはずの片平先輩がストールを肩にかけて俊くんの隣りに座っていた。

「おー、きいち。熱は?もういいの?」
「まじで知恵熱だった。寝て起きたらスッキリばっちり。」
「なにそれうけんね、俊くんのおかげじゃない?」
「ねー、滋養効果あり、って、痛い!」

何の話をしているのかまったくわからないが、きいちの頭をぺしりと叩いてだまらせる。桑原先輩の顔が若干赤くなってたのはきっと目の錯覚に違いない。そう思っているときいちと眼があった。

「呼び出してゴメンな、こっちおいで。」
「あ、はい…」

黒に近い茶色の髪が窓から指す陽光に反射する。暗い色だと思っていたけど、金色のような茶に近い色味もまじっているようだった。
長いまつげを蝶の羽根のようにゆっくり瞬かせると、薄茶とグリーンの混じった不思議な色味の虹彩が青木を捉える。
昨日はあれだけ怖かったのに、まるで別人のように柔らかく微笑まれて少しだけ照れた。

「おじゃましま…え!?」
「よっ。」

促されるまま対面の席につこうと思ったら、死角になって見えなかったが高杉が座っていた。退学してから夜間高校に通っていることは知っていたが、在学中よりもスッキリとした顔で微笑まれた。

なんでこんなことになっているのか全くわからない。百発百中でサッカー部のことだろう。滲む手汗を拭い取るようにスラックスの裾を握り締めると、机に顔がぶつかる勢いで頭を下げた。

「す、すいませんでした!!!」

しん…とした沈黙が痛い。ドキドキとしながら頭を下げ続け、やがてどのタイミングで顔をあげるべきか悩んでしまう。しまった。これだと許されるまで 下げ続けていなければいけない。自分の後先考えない行動で首を絞めることになるのは、青木の直らない悪い癖だ。

「えーと、とりあえず顔をあげて。」
「…すんません…。」

ぽんぽんと宥めるように高杉の手が青木の背中を撫でる。この手が懐かしかった。あの時と変わらない撫で方に、少しだけ泣きそうになる。

「とりあえずなんか飲もうか。俊くんは?」
「コーヒー。アイスで、」
「おけおけ、高杉くんも一緒だよね?益子はオレンジジュース。僕も一緒でいーや。青木くんは?」
「俺も、オレンジジュースで。」
「おっけー、すんませーん!」

メニュー片手に注文を済ませると、パタンと閉じて俊くんにわたす。当たり前のように目の前の怖い先輩を遣っている様子に驚愕した。

「んーと、何聞こうかな。実はあんままとまってないんだけどさ。」
「疑問に思ったこと素直に聞けばいいだろ。」
「ひぇっ、」
「あー、俊くん怖いよねぇ。俊くんちょっと大人しくしててね。」

ムスッとした顔で見下されて思わず声が上擦る。まじかという顔できいちのことをみた俊くんは、にっこり微笑まれてしぶしぶ口を噤む。ずれたストールを肩にかけ直したきいちが、そうだと閃いた顔をすると、単刀直入に聞いてきた。

「青木くんさ、高杉くんのこと大好きなのに、なんで清水と付き合ったのかなって。」
「へぁ。」

なんの気無しに、本当に純粋に他意はありませんといった顔で爆弾発言をする。青木は確かに憧れ以上の気持ちを高杉に抱いている。だけどそれを、まさか真横に本人がいる状態で言われるとは思っていなかった。これは拷問か、それとも新手の嫌がらせなのだろうか。
思わず絶句していると、隣の高杉が苦笑いしていた。死にたい。

「あれ、なんか崎田たちが言ってたからさ、俺らよりも尊敬されててムカつくって。」
「彼奴等そんなこと言ってたのか…」
「あ、そっち…」

てっきりまじで恋愛の方面で言われたのかと思ったと胸をなでおろすと、俺はわかってるぜといった顔で益子がにやつく。本当にやめてくださいといった顔で見つめると、おや、あたり?と、片眉をあげる。クソかっこよくて腹が立ってくるレベルだ。

「で、なんか理由あるのかなぁって。」
「理由…、は…」

理由はある。だけど隣に高杉がいるのだ。それはつまり告白するようなもので、あまり話したこともないきいちにその理由を話すのも憚られた。いつまで立っても煮え切らない青木の態度に、目の前と俊くんの眉間のシワが増えていく。地獄のカウントダウンすぎて、もはや泣きたい。

「んー、じゃあ聞き方を変えよう。ちゃんと好きだった?彼女のこと。」
「…好きじゃない、です。」
「そうなのか?」
「…清水先輩には、悪いけど。」

利害の一致というかなんというか。青木は付き合うことになった理由を言っていない。誰にもだ。
ちらりときいちの手の甲を見る。そこには火傷のような痕が残っていた。

知らなかったとは言えない。間接的にもその怪我を引き起こしてしまったのは、青木の向こう見ずな行動のせいなのだから。


 
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