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2章

前後に肉食獣

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「ぶわっはっはっはっは!!!だはは、っいひひ、っ、きいちっ!あいつ最高すぎんだろ!!!」
「うっせぇ…」
「いやだってよ、そんなことできんのあいつしかいなくね!?俺なら恐れ多くて俊くんにそんな事できんわぁ!!」
「俺も益子にそんな事されたら半殺しにするかもしれねえな。」

なにそれこわい。と冗談なのに底冷えのする声で返して来るもんだから少しだけ焦った。
昼休み。珍しくきいちを抜きにした益子と俊くんが屋上の一角を陣取り、昼食後のひと時を過ごしていた。
益子が息ぎれするほど大笑いをした話の内容はというと、昨日に遡る。

清水にあったことと、その後のやりとり、そして青木とやらに話を聞く前に、俊くんは頭の中を整理する為に昨日の出来事を益子に話していたのだ。

きいちがそこまでキレたということに驚いた後、俊くんに危害を加えられたことでメンタルガタガタになったことが容易に予想できたのか、堕ちたきいちをどうやって立ち直らせたのか、という話題の流れで話してしまったのだ。
途中までは良かった。天井のシミを数えるくだりまでは。
番の香りを深く吸うことで平静を保つのは、アルファもオメガも一緒だ。きいちは表面上は泣いただけで立ち直ったと見せたかったのだろうが、その後の行動でメンタルがまだ整っていなかったのを知られてしまった。

なんでわかったか。それに繋がるのが、益子が涙を流しながら爆笑した下ネタなのだが。

「だからって、番の股間に顔突っ込んで落ち着くとか…ぶふっ、くそうける…葵にやられたら抱き潰すしかねぇな。」
「妊娠してっからな、俺もできるなら抱きたかった…」
「そんで、精も尽きるまでさんざん絞られた挙げ句?」
「股間握りしめられたまま爆睡されたわ。」
「ぶはぁぁっ!!そこ!!!それだよそれ!!ぶひゃひゃ、っ、げほげほっ、やべぇしぬ!!!だはは!!!」

何とかあのあとやめてもらって、隣に寝かせたまではよかった。それなのに、突然出し尽くして萎んだ性器を生で鷲掴みにされたかと思うと、おちつく…といって寝息を立て始めたという。

「お、お、おちつく…!!!ひひ、ひぇ、あひゃひゃ!」
「俺は落ち着かないし、寝られなかった。」
「悟り顔をやめろ!!ぶはぁ、やべぇ、しかもきいち本人は熱出しておやすみとか!!」
「興奮しすぎて熱出たんだよ、まあ明日には治んだろ…」

ちうちうと、若干やつれた顔でパックの牛乳を吸う俊くんの顔は完全に魂が抜けかけていた。おそらく、目元の隈から察するに寝られてなさそうだ。
寝てない旦那より爆睡こいた嫁が熱出すとはなんなのか。そこに触れるのは駄目な気がして益子は口を噤む。
俊くんという男は巷で言うスパダリというやつだと思っていた。それが蓋を開けてみたら、番のすることにノーと強く言えない甘やかし男子らしく、しかも普通の男子高校生のように下ネタにも付き合ってくれるとっつきやすい男だと認識を改める。

いかんせん、顔面偏差値が高いせいか近寄りがたい雰囲気なのだが、クラスメイトは気軽に絡む。これも、きいちと俊くんのやり取りを見て認識を改めたからだろう。

転校してくる前はどうかはしらないが、きいちに振り回されるうちに角が落ちて丸くなったのかもしれないなと思いつつ、生地の摩擦で股間が痛いと表情を歪めるその容貌が整いすぎて面白い。
イケメンが気だるそうな顔をしながらの目下の悩みが股間の痛みだなんて誰が思いつくのだろう。
益子はそんなことを考えて再び吹き出すと、いい加減にしろと頭をぶっ叩かれた。解せぬ。





青木駿平は3年のクラスの廊下をうろうろとさまよっては、時折覗き込むようにして誰かを探していた。
片平先輩どこですか、この一言が言いたいのに、唯一の足がかりであるサッカー部の先輩すら見当たらない。
片平先輩の番である桑原先輩は、なんだか背も高いし高校生とは思えない体格なので、怖くて声をかけづらい。むしろ、見当たらないうちにさっさと謝罪してトンズラこきたいところであった。

「出直すか…っ!」
「人探しか。」
「せ、生徒会長!!」
「ふむ、元だがな。」

青木が諦めて踵を返そうとしたときだった。頭上から降ってきた声に驚愕してしまい、思わず情けない声で飛び跳ねてしまった。
振り向くと元生徒会長の末永先輩だった。今代の生徒会長である柿畠を推薦した先輩は、今は完全に裏方に徹していると聞く。
人のいい柿畠が、あの先輩の下でならいくらでも働きたいと口にするくらい、人を育てるのに長けた人だ。アルファの中のアルファ、そのオーラも桑原先輩に勝るとも劣らず。

そんな先輩がなんで声をかけてきたのか分からず、思わず後ずさってしまう。ドン、と背後を見ずに動いたため、人にぶつかってしまった。

「いって、」
「ひ、あ、す、すんませっ、ひぃっ!!」
「ぶは。ビビられてんぞ俊くん!」
「かっかたひらせんぱいのつがいっ」

前門の虎、後門の狼とはこのことか。むしろ前後で虎なんですけどと思ったが、横を見ると益子先輩が面白そうに青木の顔を見る。何だこれ、すごく顔面の圧がすごい。

「桑原か、片平は今日は休みなのか。」
「ああ、知恵熱だ。」
「えっ」
「何だお前、きいち探してたの?」

いくら探しても見当たらないわけである。青木が探していたきいちがまさかの休みだとは思いもよらず、思わず会話に介入するかのように声を漏らしてしまった。

「…お前は、昨日の…」
「あっ、えっ、と…お、おおつかれさまです!!!またいつか!!!」

緩く流した長めの茶髪が最高に色っぽいなこの人、と思ったのもつかの間、俊くんの怜悧な双眸に捉えられた青木は、もうすでにごりごりにメンタルが削られてしまい、昼休み終了のチャイムにこれ幸いと勢いよく腰を折ると、そのままサッカー部で鍛えられた足を駆使してもの凄いスピードでその場を辞した。
無理無理無理、あの場の酸素を吸うことがもう無理。生きててごめんなさいといって死んだふりをしたくなる空間が完全に出来上がっていた。
髪の毛が明るかったり眉が薄かったり、わかりやすく悪だぜ!!と胸を張るヤンキーのほうが数倍、数百倍可愛い。

これは無理。青木は胸に手を当てて呼吸を整えると、次からは崎田先輩とか添田先輩あたりにお願いして場を繋いでもらうか、一緒にいてもらわないと、到底一人ではあの怖い人たちがいる3年のクラスには辿り着けない。
はやく謝って終わりにしたいのに、桑原先輩を前にして自分の足は子鹿のように震えた。
片平先輩、よくあんな怖い人と付き合ってるな。そう思うくらい、オーラがある人だった。

作戦を立て直すために、今日はもうやめようと気持ちをせっかく切り替えたのに、下校しようとしたタイミングでクラスメイトに呼ばれた。

「ひっ」

ざわめくクラスメイトの声に促されるように扉を見ると、人の良さそうな笑みを浮かべた益子先輩が廊下側の窓にもたれ掛かりながら手を振っていた。


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