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2章

再会

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「5ヶ月過ぎてから急に出たな。」
「ねぇー、やっぱ新庄先生の言うとおりだったねぇ
。」

平日なのできいちを実家まで送るべく、テキストをひょいひょいと鞄に入れていく。受験生になってからは、きいちも真面目に教科書を持って変えるようになった。
最初のうちは自分で持っていたが、腹が膨らみ始めてからはバランスが取りにくいらしく、転ばないようにと俺が持つようになった。

「重い?教科書置いていこうか?」
「大丈夫、というか置くほうが間違ってんだからな?」
「んひ、しってるぅー。」

二人分の荷物を持つと、クラスメイトに帰りの挨拶をしてから教室を出る。バイバイと手をふるやつもいれば、女子は遠慮なくきいちの腹を撫でて挨拶するやつもいる。
今日も人気者だねぇと照れたように頬を染めるきいちの手を握りながら、外履きに履き替えて校門へ向かうと、外では運動部が練習に精を出していた。

「あ、みてほら。崎田たち頑張ってる。」
「おー、結構部員集まってんだな。」

停学の代わりに頭を下げて部員たちに戻って来てもらったらしい。2年を軸に部員たちが新入生を教えながら、あいつらもそれぞれに分かれて指導していた。

「俊くん勧誘きてなかったっけ?」
「そりゃバスケだ。」
「あー、そっか!やればよかったのに。」

立ち止ってフェンス越しに楽しそうに部活動の様子を見ていると、視線の先にいた添田がそれに気づいて崎田を振り向かせた。きいちがちいさく手を振ると、二人して冷やかすように指を指してきた。

なんだかんだうまくやってるようでなによりだが、俺がきいちの肩をだくと崎田が指を指してなにか叫んだ。大方いちゃついてんじゃねえとかだろう。この距離なら文句を言うくせに近づくと逃げる肝っ玉の小さい男は、奈良に指さされて笑われていた。

「あの三人組はげんきだねぇ。」
「3年になったから落ち着けって感じだけどな。」

そのまま3人に遠巻きから見て別れを告げると、なんだか校門のあたりが騒がしい。

「なんだろ、」
「他校の生徒でも来てんのか?」

なんの気無しに、きいちと一緒に校門前を通り抜けようとした時だった。塀にもたれ掛かる様にして、派手な女子がスマホを弄りながら誰かを待っている。見慣れない子に不思議そうにするきいちの手を引いて、通り抜けようとしたときだった。

「こんにちは。片平くん。」
「あ?」

突然きいちを呼び止める声に不信感を抱いて振り向く。きいち自身も心当たりがなかったようで、なぜ呼ばれたのかわからないといった具合に困った顔をして女子を見た。

振り向いた先にいた女子は、全体的にゴシックというのかわからないが、黒のレースをふんだんに使ったなかなかに独創的なワンピースを着ており、ばちばちの付けまつ毛と真赤な唇で微笑んだ。

「ええ、っと…」
「もしかして妊娠してるの?」
「あ、うん。」

ずい、と確かめるように近づくと、その表情は強張っている。自分より小柄な女子だと言うこともあるのか、少し後ずさりをしたもののじっと見つめ返す。

「…、いいなぁ。隣の人は?」
「え、あー‥」
「運命の人?」
「ていうか、きみ…」

大きな目でじっと見上げてくる。濃いまつげに囲まれたその瞳は深い色に染まり、口数が少ないながら声が大きすぎないせいか、やけにゆっくりと噛みしめるように話す子だなと思う。
きいちは眉間にシワを寄せながら、圧に押し負けるかのように後退りをする。
不安を煽るような様子に、なんだか嫌な予感がした時だった。

「いいなぁ、ずるいなぁ。」
「え、っ!」
「おい!」

きいちに伸ばされた手を避けさせるようにして払うと前に出る。小柄なその女が何をしたかったのかはわからない、けれどその手は明らかに悪意があった。俺がきいちを背にかばったことで、ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか周りがざわつく。振り払われた手を隠すように触れると、俺をじっと見上げてくる。
そうか、なんかおかしいと思っていた。こいつ、全然瞬きをしない。

「い、行こうよ俊くん…もう帰ろ、」
「おう、」
「いいなぁ、片平くんばっか運命の人に出会えて。」
「だから、なんで僕のこと知ってるの…」

俺の手を握りしめたままきいちが言う。なんだなんだと野次馬が増えるのを楽しそうに女が見ると、わざとらしく、勿体ぶるようにゆっくりと後ろに数歩さがった女は、赤く塗られた爪先を顎先に触れさせてにやりとわらった。

「明日香のこと忘れチャウなんて酷いなぁ。」
「明日香…?」

ぐ、と眉を寄せたきいちが困惑した顔で見つめ返す。明日香、誰だか一瞬出てこなかった。だけどなんだか見覚えのある笑みだ。どこかで見た。この、歪んだ笑い方を覚えていたということは、よほど衝撃だったに違いない。
 
「あ…、」

きいちが小さく声を漏らした。その一瞬、少しの感情の揺れが気になってきいちのほうを見ようとした時だった。
たたっ、と軽い足音がした。どんと腰の辺りを強く押され、体制が崩れる。横向きに押されたせいで足がもつれるままに転びそうになるのをあわてて塀を掴むことで体制を整えると、きいちはびっくりした顔で見上げてきた。
幸い腰を抱きしめたことで二人で転ぶということはなかったが、ガシャンと大きな音がしてしまった。

「お前、っ」
「俊くん!!!!」

バチンと脇腹に大きな衝撃が走った瞬間、がくりと膝から力が抜ける。何が起きたのか全くわからないままきいちが慌てて俺を支えるように抱きとめると、そのまま崩れるように地べたにきいちを押し倒すようにして倒れた。

「俊くん!!俊、俊!!」
「っ、…っ、」

全身のちからが抜けるほどの衝撃だった。痺れが回り、声も出せない。放心状態で何が起きたのか体が認識できないまま、耳に入るのはきいちが叫ぶ声だった。

「明日香!!」
「あぁ!青木くん…!!」

聞き慣れない男の焦った声がしたと思うと、そのまま女の嬉しそうな声とともに、ガシャンと何かが投げ捨てられる。きいちの上で覆いかぶさったままの俺の体からきいちが抜け出ると、俺の頭を膝に乗せる。

「俊、俊聞こえる?大丈夫だから、大丈夫、俊…っ、」
「い、…てぇ…」

泣きそうな顔のきいちをみて、なにか言おうと振り絞って出たのは酷くかすれた声だった。
感覚は徐々に指先から戻ってきているようで、ひくんと動かすと、それに気づいたきいちが手に指を絡めて握り返してきた。

「お前、病院は!?なんでここにいるんだよ!」
「青木くんが明日香のこと、ほっておくからじゃない!なんで全然あってくれないの!?」
「別れただろうが!!またこんな、お前、ホントいい加減に…」

耳の中に嫌でも入ってくる痴話喧嘩に、感覚の戻ってきた体を少しだけ動かして一息つく。横目に投げ捨てられたものを見るとスタンガンで、護身用に販売されているもののためか、威力もそこまでないやつだった。テーザー銃とかならもっと動けなくなっていただろう。絡められた指を握り返しながらゆっくり起き上がろうとした時だった。

「いい加減にしろよ。」

酷く低い声が頭上から降ってきた。

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