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2章

供給過多な過保護

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4月に入り、春休みが終わった。新入生が入学してきた僕らの高校は、まだあどけない顔つきの後輩たちが桜吹雪に祝福されて興奮冷めやらぬといった感じだ。

クラス替えでは、益子とは3年間一緒になった。学は末永くんと同じクラスだったようで、嬉しいような寂しいような顔をしていた。野球部3人はそのまま僕と俊くんと同じクラスになったけど、崎田たちは別のクラスになった。
そしてなによりも大きく変化したのは僕の体調だ。

「悪阻、おわた!!!!」
「腹、わかるようになってきたな。」
「でしょ、もうスラックス履こうとしてもファスナーしまんないもんねぇ。」

オメガの妊娠期間は8ヶ月、ちょうど半分に差し掛かったあたりから、僕の下腹部はぽこりと膨らんだ。ゆったり目の服なら目立たないけど、安定期に入ったからと言って過度な運動はしないようにと言われている。

僕は自分の両手をお椀のようにして俊くんに向ける。ちょうどこれくらいの子宮の中に、赤ちゃんがいるらしい。

「いまこんなかんじらしい。」
「へぇ…、性別はいつわかるんだ?」
「あと2ヶ月かな。たのしみぃ…」

流石に制服のスラックスを無理やり履くわけには行かず、俊くんが学校に私服通学願いを出していた。もちろん理由が理由なので却下されるわけもなく、新入生が歩いている道を二人、私服姿で歩いている。そのまま学校に入るので、二度見くらいはされるがマタニティーマークをみて納得される。
新一年生の中や2年の中では妊娠中のオメガは珍しいらしく、例にも漏れず番持ちとしてオメガからはキラキラとした目で見られる。恥ずかしいけど、彼らが番に出会うことを楽しみにしてくれるならそれでいいや。

ポカポカ陽気に僕のあくびも止まらない。俊くんが話しといてくれるらしく、お言葉に甘えて保健室で寝ることにした。

「先生ー、寝かせてぇ…」
「はいはい、ここの名簿書いといてね。」
「ふあーい、」

さらさらと名前を記入し終えると、そなえつけのベッドにコロンと横になる。
お腹を撫でながらゆっくり瞼を閉じると、夢の世界に入るのなんてすぐだった。



1限目がおわり、2限目に入るまでの間の時間に向かう。ここ最近はとくに眠いらしく、よく欠伸をしてはいつも以上にふわふわとした雰囲気で一日を過ごしていた。そしてなによりも、4月に入り私服姿というのもあるだろうが、妊娠中のきいちは特に目立った。
最近は専らシンプルな黒のオーバーオールに生成りの大きめのシャツをゆるく羽織っているせいか、細い首筋と項の噛み跡もわかり易く晒されている。顔の大きさに合わないぶかぶかなマスクもその顔の小ささを強調しているようだった。
妊娠して体は柔らかくなったが、腰回り以外の肉付きはあまり変わらず、体の線が丸くなったきいちは中性的に見える。今まで額をさらけ出すように留められていた髪も降ろされ、少し伸びた髪を小さめのシニヨンにしているので、身長の高さと声質を抜けば性別不明だ。

…いや、先日触れたときもかすかに乳首の大きさがふっくらしていたっけか。と余計なことまで思いつき、慌てて雑念を払うかのようにマンションの住民の筋肉ダルマたちを思いだす。

「……、」

そういえば彼奴等からも人気だったか、と振り返ると少しだけムッとした。

ひとりで俊くんが百面相をしていても、嫌味なほどに整った面である。一年のフロアを通って保健室に向かう道中、熱い視線を送られているにも関わらず総スルーを決め込んでいても、それはそれで幼いアルファやベータの男子達からはクールだぜと思われてしまうのだから始末に負えない。

新一年生のなかで、俊くんのファンクラブは密かに広まっていく。きいちとセットで見られた日はとくに信者が増えることで有名になるのは少し先のことだった。


「失礼します、きいち寝てますか?」
「あら、きいちくん、旦那さん迎えに来たわよー、ほら起きて。」

ヒョコリと現れた俊くんが、ここに来て何回もお世話になっている先生にペコリと挨拶をして中に入る。カーテンを開けて山になっている布団を捲ると、丸くなってすよすよと寝ているきいちの長くなった前髪をするりと横に流す。頬が赤いのでなんとなく額に手を当てると、こころなしか体温が高いような気がした。

「きいち、起きろ」
「んむ、ふ…んん?」
「迎えに来た。というか、具合は?」

ぼんやりとした目で俊くんを見上げたあと、コシコシと目を擦りながらゆっくり起き上がろうとするきいちの背を支える。

「元気ぃ…ふぁー‥、ぁふ…」
「なんか熱出てないかお前、額熱いぞ。」

俊くんの声を拾ったのか、先生も顔を出すと頬を染めたままぼんやりするきいちをみて驚く。本人は何ともなくても周りが心配してくれるのが気恥ずかしいのか、心配されているきいちは照れていた。呑気なことである。

「あら、ほっぺ赤いわ。妊娠してると体温高くなるけど、念の為はかっときましょうか。」
「んぇ、でも元気だよ?」
「無理すんな、ほれ。」
「うへぇ…」

差し出された体温計を挟んでしばらく待つと、体温は37.6度。見事に発熱している。38度は超えてないので微熱程度だというが、平熱がもともと低いことを知っている俊くんからしてみたら過保護発動の基準を満たしていた。

「ほれ、水。病院は今日の放課後だから、お前はかえってそれまで寝てろ。」
「ええ!文字通り学校に寝に来ただけじゃん!やだやだ授業でる!」
「無理しないって、約束したよな?」

むにぃ、と大きな手で頬を押されて口を突き出すような形になる。微笑ましそうに見守る先生に助けてほしいと目線で送るも、先生も早退に賛成のようだった。

「うー‥、だって今日の4限目視聴覚室で外国の映画見るでしょ?僕も見たいよ…」
「おんなじの借りてきてやる。」
「た、体育で得点係しなきゃだし、ね?」
「あいにく、今日は走り幅跳びだ。」
「なにそれ僕も出たい!」
「許すと思うか?」

デスヨネェ、と引きつり笑顔を見せた様子に小さくため息をつく。妊娠中の悪阻が収まった途端活動的になったきいちには、引き続き安静にしててほしいくらいなのだが、新庄先生の適度な運動を心掛けるようにどの言葉をしっかり受け止めアクティブになってしまっていた。
体重がなかなか増えないことを悩んでいたくせに、積極的にカロリー消費をして大丈夫なのだろうか。

「はぁ、じゃあ一人で帰ろうかなぁ…」
「晃さんに迎えに来てもらうか、俺が送ろうか。」
「俊くん授業でなさいね!大丈夫だよ、俊くん来る前は一人で帰ることも多かったし。」

諦めたように、困ったような顔で笑うきいちになんとも言えない気持ちになる。妊娠してから、色々と不便をかけることが多い。制限が多い生活で、具合の悪そうな顔やつまんなさそうな顔のほうが見る頻度が多くなっていることを、心苦しく思っていた。

「…それでも、俺が嫌なんだ。」
「えぇ…じゃあおかんに来てもらうから、俊くんは授業にでて、ね?」
「…絶対だぞ。」
「はいはい、ほらかねなる前にいって!ね?」

保健室の先生も苦笑いするばかりのやりとりだったらしい。結局きいちに背中を押されて追い出された保健室のドアは、きいちが顔を出して手を振りながら、俺が諦めて帰るまでを見届けるために開かれていた。
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