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2章

俺はこいつに敵わない 

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「今度から事後報告ダメ絶対!おーけー?」
「おーけー。」
「あとこの雑誌もうないの?僕もほしい。」
「益子がデータもってるぞ。」
「なら明日学校でもらお。」

帰宅後、なんでもっと早く言わないのかとプンスコしながら満足のいくまで俺の背中を叩いたきいちは、いい運動になった!とご機嫌でソファーに座るとポチポチとスマホで益子に連絡を取りはじめた。

別に興味ないだろうとおもってモデルをしたことを言わなかったのだが、予想以上に食いついてきた。
俺のこととなると、全て知っておきたいというようなその姿に、改めて口元をムズムズ指せる位には照れる。
買ってきた服のタグをパチパチとハサミで切る。紙袋で置いておくと、勿体ないとかでなかなか袋から出さないことを知っているので、こういうことは俺がやるに限る。
広げた服は、どれもゆったりとしてきて着やすそうで、なかなかにセンスが良かった。

柔らかい手触りのそれを電話しているきいちの横で畳みながら、2着購入した授乳服を見やる。薄いブルーとピンク色のそれは胸元にスリットが入っているので、着たまま授乳できるようになっている。
益子と二人、これを目の前にしたときには雷に打たれたように衝撃を受けたのだ。

マタニティーウェアすげぇ。

思わず欲望のままに購入してしまったが、多分忽那さんにはバレている。きいちは気づいていないようなので安心だが、自分の為に買ってくれたと思っているようで、俊くんもはやく会いたいんだねぇ…と、純粋に照れながら喜んで腹の子に話しかけている姿を見て、良心の阿責にみまわれた。

「ふぁ…ちょっと眠いかも…」
「買ったやつ、どれ持って買えるんだ?特にないなら俺んちに置いとくぞ。」
「うん、俊くんちで着るから置いといてぇ。」

こすこすと目を擦るきいちに、寝るならパジャマにきがえてからにしろと言うと、なんと紙袋から授乳服を取り出した。

「どうせならこれ着て寝ようかなぁ」
「………」

なんの意図もないのはわかっている。むしろ下心しかない意味合いが8割、実用2割で購入したことがバレていないと喜ぶべきか。しかもパステルカラーなので色素の薄いきいちには絶対似合う。むしろ水気が飛んだら色濃くシミになるということに気付いて、更に自分の首を絞める事になった豊かな妄想を呪った。

「着替えるなら、寝室行って着替えてこい。そのまま寝てていいから。」
「俊くん一緒に寝ないの?」
「まだやることがある。先寝てろ。」

何もやることなんかないのだが、最近触れてないせいで襲いかかったらどうしようという自制を含めている。抱いてないのだ、妊娠がわかってから一月。触れればかすかに腹が膨れたような気がする身重の体に、自分の猿のような欲望をぶつけて万が一が起きたらと思うと、性的に触れるのが怖かった。

「ふぅーん、」

きいちの声色に、少しだけ寂しく感じているような気配を感じた。仕方ないとわかっているからこそ、なんにも言ってこない。だけど、舌を絡めるようなキスをしなくなってから、無意識に唇に触れている回数が増えた気がする。

パタンと、寝室の扉が閉まる音がした。その瞬間、がばっとクッションに顔を埋めると思い切り深呼吸した。

「………、やりてえ」

我ながら最低なことを言っている自覚がある分、こうしてクッションにぶつけることもしばしば。
今だ色違いの授乳服を左手に握りしめたまま、悶々とする欲を発散するために、手早く片付けを終わらせると腹筋をすることにした。

疲れて眠れば手も出せない。きいちが寝静まった後、こうしてカラダを鍛えることが習慣になったおかげで、今日も腹の筋肉痛は収まらない。
カチコチの腹筋に触ってはしゃぐきいちを思い出し、違うところも鍛えられたように張り詰めてしまったことを感じ取ると、今度こそ頭を抱えてうずくまるしかなかい。

…口から漏れた情けない呻きを、きいちに聞かれなくてよかった。





筋トレをして、シャワーを浴びてからそっと寝室の扉を開く。覗き込むと、抱き枕にしがみつきながら気持ちよさそうに眠るきいちがいた。
大きいサイズのベッドのど真ん中で丸くなって眠るその姿が可愛い。髪で隠れた顔をよく見ようと、指先で髪をさらって耳にかけた。
すぴすぴと音を建てる寝息に思わず笑う。布団を捲くり、抱き枕をそっと引き抜くとその体を正面から抱き込んだ。

妊娠してから少しだけ柔らかくなった体が、先の細さを強調させる。つわりが酷いときは水分しか取れない日もある。無理して食えとは言えない、強く言い過ぎて食べることがストレスに感じるようになるのが怖かった。

「お前は頑張ってるよ、」
「んん、む、う…」
「ぶふ、っ…」

ちゅ、と額に口付けると、喃語のような寝言を漏らしながら柔らかい頬を胸板に押し付ける。頬が押し上げられて、むにっとした面白い顔になっているのがツボに入り、笑いをこらえるのが辛かった。
その振動が伝わったのか、もぞもぞと動いたあと顔をあげると、口端によだれを垂らしたままボケっとした顔で見つめられる。

「んん、…しゅんん…んんぅ…」
「ん?なんだ?」
「んむぅー‥くぁ、あふ…ンっ、」

ふあーっ、と欠伸をしたきいちの口の中に見えた瑞々しい赤い舌に、思わず吸い付いてしまう。口をパカっと開けた状態で、れる、と舌を舐めあげるようにして絡ませながら吸い付くと、きいちの長い睫毛が震えた。

「ふ、んむ…ぁ、っ…」
「っん、…悪い…なんか、本能的に…」

ちゅる、と音を立てて互いの舌と舌の間を銀の糸が繋ぐ。とろけた顔をしたきいちが、口元を抑えて俯く。背中を撫でてやると、面白いくらいきいちの心臓がドクンドクンと脈を打つ。久しぶりの舌を絡めるキスだ。きいちの緊張に釣られるように、少しだけ頬に触れる手に怯えが走る。

「…、しない。キスだけだから心配すんな。」
「ひ、ひさしぶりの…べろちゅー…、もうしないの?」
「していいなら…したいけど、」

暗がりなのに、お互いの体温が急速に上がっていくのが分かる。すり、とほおを撫でると、顔を擦り寄せながら期待するように見つめられる。

「僕、ままになったのに…触られたいって思っちゃう…だめなのにねぇ…」
「っ、」

ずしんと腰に来るような言葉を、平気で言う。思わず両手で顔を覆って深呼吸を繰り返した。そうしないと理性が爆発してしまうような気がしたからだ。
胸板に擦り寄るようにきいちが顔を埋める。ゆっくりと背に手を回されて大人しくなってしまった様子に気づき、その髪をなでる。
静かな室内で、本当に小さな声できいちが呟いた。

「触りっこだけ…だめ?」

あんなに固く保とうとした理性でさえ、こいつは後も簡単に脅かす。
多分一生、勝てる日は来ないんだろうな。



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