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2章

俊くんの心配

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天気が良かったこともあり、みんなでまた屋上で食べようということになって集まったときだった。

「うわぁ、お前そんなんで足りんの?」

僕のお弁当をみて驚いたのは益子だ。
大盛りのインスタント焼きそばの益子に対して、僕はというと卵が2個入るくらいのタッパーに詰めたオレンジを取り出したからである。
「足りる足りないというか、ちまちま口に入れる様だからなぁ…」

もぐ、と食べやすくカットされたオレンジを咀嚼しながらたんぽぽ茶を飲む。ぶふ、最高に相性わるいな!?渋い顔をしながら飲み込むと、俊くんが自分のお弁当からしおしおのポテトを抜いて口に運ぶ。

「まさかわざわざいれてきた?」
「まあな。」
「自分のおかずは自分で食べようね!?」

運ばれた分はもくりと食べる。なんだかにこにこしながら満足げだが、あえて放置だ。オレンジは水分も丁度いいので食べやすい。問題はこいつだ。

「子供んとき食ったきがする。すげぇ懐かしいのもってきたな。」

ごまが練り込まれたスティック状のクッキーをみて、益子が言う。実はこれ、ポテトのように水分もなにもないのでめちゃくちゃ食べづらいのだ。ただ鉄分がはいってるので食えと持たされたのである。

「たべる?むしろたべない?」
「食う食う、てかおまえは?」
「これ全部はむり。」

横から口を開けて待っている学にもあげる。意外とイケるという感想に、なら全部どうぞと言おうとしたところで圧を感じた。いるんですよねぇ、背後に現場監督みたいなのが。

「きいち。」
「ハイハイ食べる食べる…」

もそ…もそ…とたったの一本をゆっくり咀嚼する横で、さくさくと食べている学が小動物みたいで可愛い。口に全部クッキーを納めると、足りない水分を煽るようにたんぽぽ茶で流し込んだ。

「うう…もういいや…」
「無理そう?」
「…、また、…ぅう…」

食べて暫くすると、やっぱり悪阻は来てしまう。吐くまでは行かないけど、不快感がすごくてうまく話せない感じである。心配そうに覗き込まれるのがいたたまれなくて俊くんに寄りかかると、その不快感を逃すために深呼吸をした。

「なんつーか、大変なんだな悪阻って、」
「いや、こいつの場合貧血もあるな。」
「うへぇ…そんなことな、うぇっ…」
「おいおい無理すんなって!」

胃の腑がぐるぐると回っている。さっきは大丈夫だと思ったけど、やっぱりやばいかもしれない。一気に体温が下がって、目の前が明滅する。
お願いだから静まってほしい。お腹をさすりながら深呼吸していると、急に体が浮いた。

「っふ、あ!」
「ちょっとトイレ連れてく、悪いけど片付けといてくれ。」
「お、おう!きいち無理すんなよー!」

僕を抱き上げた俊くんが、そのまま揺らさないように運んでくれる。僕はというと、もう反応も出来ない、口元を抑えながら身を任せるしかなかった。
俊くんの肩にもたれかかりながら、俊くんの香りを感じながらお腹をなだめる。
屋上から一番近いトイレで降ろしてもらうと、一緒に入ろうとする俊くんを断り、個室に引きこもった。

「ぐ、っ…ぇほ、っ…」

仕方ないとはいえ、俊くんにこんな姿を見てほしくないのだわ。せっかく食べたものを吐き戻してしまい、絵面は最悪。唯一救いなのは、汚い声を出さないように静かに吐けたことくらいだ。

すべて出し切ると、全力疾走したかのような荒い呼吸で喉が鳴る。肺の隅々まで酸素が巡るように空気を震わせながら呼吸を繰り返す。

「ん、っ…はー‥、っ…」
「大丈夫か?」
「ん"ンっ…う“ん…」

喉にまだ絡まってる気がする。喉をさすりながら水を流すと、立ち上がろうとして蹌踉めいてしまい、扉に体をぶつけてしまった。

「おい!」

ガタン!という大きな音に慌てた俊くんの声に、慌てて体制を立て直すと、扉を開けた。
ふらふらの僕をガシッと抱きとめてくれると、心底心配してますといった顔で見つめてくる。

「ごめん…やっぱ吐いちゃったや…」
「俺も無理に食わせたのかもしれん、ごめんなきいち。」
「んーん、とりあえず口濯ごっかな…」
「おう、」

よしよしと頭を撫でられ、思わずホッと息をついた。この大きな手で甘やかされると、何でも許されて気になってしまうのだ。
そろそろ昼休みが終わる。ふらふらしている僕の腰を抱くと、俊くんがスマホ片手にどこかへ電話をする。

「ああ、まだ顔色悪いから保健室つれてく。悪いけど先生に遅れるって言っといてくれ。」
「…やだぁ…つぎ現代文でしょ…出たい…」
「愚図るな、約束しただろ無理しないって。」
「うー‥」

そういうことだから、と締め括り通話を切った俊くんにもたれ掛かる。突然おとなしくなった僕の頭を撫でると溜息をつく。

「貧血、いまなってるだろ。また倒れる気か?」
「…寝る…」
「ん。ほら、首に腕回せ。」

しぶしぶ言われた通りに抱きつくと、ひょいと抱き上げられる。毎度のことながら後も軽く抱っこされるのはなんでなのか。攻めて俊くんが気合を入れるくらいには体重を増やさねば。

結局5限目は保健室で爆睡をぶっこいてしまったおかげで悪阻と貧血は落ち着いたのだが、俊くんが迎えに来る間に保険の先生からもらったバナナを一本食べ終える頃には、少しだけ冗談を言えるくらいには回復した。
先生いわく、バナナは悪阻を和らげる効果があるとのこと。
ぽわぽわする頭でさすさすとお腹をなでていると、また眠気が起きてしまう。お腹を冷やさないようにと渡された毛布を抱きしめながらうとうとしていると、ガラリと扉が開いて学が入ってきた。

「きいちぃ…吐いちゃったんだろ?大丈夫かぁ?」
「もう平気、ふぁ…まだ眠気取れなくて…」
「俊くん6限目おわったらくるってさ。」
「学は?」
「選択授業だろ?おれ今日はとってねーもん。だから迎えに来るまでそばにいてやれって。」

おお、なんとも過保護である。学が隣に座ると無言でお腹をなでてくる。別に減るもんじゃないので好きにさせていると、うずうずした顔で見上げてきた。
「なあなあ、もう心臓の音するってまじ?」
「ん?ああ、聞いたことないけど出来てるんだって。今日の検診で聞けたらいいなぁってかんじ。」
「…、耳くっつけていい?」
「耳?別にいいけど。」

そっと毛布を捲ると、恐る恐る学がお腹に耳を当ててくる。まだなんにも聞こえないだろうに、その様子が面白くて髪を梳くように撫でてやると、おおっ…とよく分からない感嘆の声をあげながら肩の力を抜いた。自然と膝枕のような形になってしまったが、二度目なので気にせず放置した。

「あー‥いいわ…」
「ふぁー‥、毛布かけていい?」
「いいよ。もちっとこのままでいていい?」
「どーぞ。」

学の頭ごと毛布をお腹にかけると、腰に枕を当てて背もたれを作るとそのままうとうとと微睡みに身を任せる。
ねこを愛でるように学の髪を撫でながらうたた寝をしていると、規則正しい寝息が2つになる。

お腹もあったかい、心地の良い重みもある。部屋は静かで時計の秒針の音が優しい子守唄の代わりになったのだ。

1時間後、迎えに来た俊くんによって叩き起こされた学と俊くんの戦いのゴングが鳴り、保険の先生によって仲よく部屋を締め出されることになるのを、このときの僕たちはまだ知らなかった。


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