なんだか泣きたくなってきた

だいきち

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2章

栄養って難しいよな。

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「きいち、」
「ああ…俊くん…おかえりぃ…」

用意された病室で諸々の手続きを終えて戻ってくると、晃さんと忍を侍らしたきいちがぐったりとベッドに横になっていた。心做しか朝よりも窶れている。悪阻がよほど酷いのかと心配すると、超音波検査まじやばい。とかえってきた。

「まあ、俺らも経験してっからさ。4ヶ月までは我慢しな。」
「うう、慣れるかなぁ…絶対俊くんに立ち会ってほしくない…」
「なん…だと…」

むしろ次回のエコーから立ち会う気満々だったので、少しだけショックを受けた。俺の様子に晃さんが笑うと、まあ経腹法になるまではなぁ。と、とどめを刺す。

「そうか…」
「いや、うん。こればっかりはちょっとねぇ…」

まあ、楽しみはとっておくべきと気持ちを切り替えると、早速もらってきたばかりのマタニティーマークをきいちの手のひらに乗せた。本屋にあったベビー雑誌についてた付録も含めて全部で3つ。

「え、おおくない。」
「普段用、通学用、デート用だな。」
「やべぇ俺の息子が馬鹿になってる…」

至って真面目に答えると、晃さんもきいちもぽかんとしていた。忍が失礼なのは今に始まったことじゃないので聞き流す。そんなことよりも、結果が気になった。俺がじっと見つめると、きいちが思い出したように枕の下からモノクロのエコー写真をとりだした。

「これ、このちっさいの。もう心臓も出来てるんだって…」
「これが…」

きいちの桜貝のような爪が指差す先には、本当に小さい黒丸があった。まだ前段階、話を聞くと7周目位から徐々に赤ちゃんの形がはっきりしてくるらしい。そっと触れるように、その印を撫でる。顔を赤く染めながら照れているきいちの、腹の中の確かな命。

「…泣きそう。」
「ええ!気が早いってば!ちょ、涙目笑っちゃうからやめぇ!」

真顔でボソリと呟いたのがよほど面白かったのか、クスクス笑いながら腹を撫でる。

「とりあえず、まだできたても出来たて。流産の可能性だって無いわけじゃない。だからとにかく安静にな。」

晃さんが釘を差すように言う。そうなのだ、浮かれるにはまだ早い。悲しいことにならないように、俺にできることをするまでだ。

「学校は?いってもいいの?」
「体育はだめ、体調悪くなったらすぐ横になる。それを守れるならいいよ。」
「そっか、じゃあ行こっかな。俊くんと卒業したいし。」

きゅ、と俺の手を握りしめて微笑む。本音は行ってほしくないのだが、家の中で監禁まがいなことをするのも嫌がるだろう。定期的な検診には俺も付き添うことを約束させ、経腹法以外のエコーは部屋の外で待つようにと、今度はきいちからお願いをされた。

「じゃあつわり収まるまでは実家強制送還だな。」
「ええ!!」
「ええじゃねえ!ただでさえ貧血なんだ。5キロは太れ。」

晃さんの家で栄養管理をしてもらえるのはありがたい。ずっと入り浸っていた分少しだけ寂しいが、いつでも来ていいと言われたのでそうさせてもらう。
せめて、この薄い体を出産に耐えられるくらいにはしてほしいのが本音だった。

新庄先生からも、とにかく太れや葉酸を取れとかくらいしか今の所は言われることはなく、一先ず帰宅。学校は週明けてから行くことになった。
毎回月曜日にはきっちり検診も行うことを約束させられたきいちは、なんだかむず痒そうな顔をして照れていた。

「せめて病院の前日くらいは俊くんち泊まっていい?」
「いいぞ。とりあえず今日は帰ろう。お前の作ってくれた晩飯食いそこねたし。」
「あー、出来たて食べてほしかったなぁ…」
「冷めてもうまいだろ、ほらいくぞ。」

結局なんだか離れがたく、荷物を取りに来ただけのはずだったのだが今日は俺の家に泊まることとなった。
マンションの駐車場で別れた晃さんが明日には迎えに来るからと苦笑いするくらい、きいちが俺に抱きついて離れなかったのだ。

「だって、寂しくなっちゃったんだもん。」

唇を尖らせ可愛いワガママを言われれば、答えないわけにはいかないだろう。
悪阻できつそうなきいちは寝室に寝かせ、温め直したシチューと冷めたトーストを齧りながら、悪阻のときに食べやすいものを調べていく。柑橘類や、お粥。お茶漬けや水分の多い野菜。
匂いの強いものはだめだの。悪阻に効果があるのは生姜だの、おおよそ学校では学べないものばかりだ。

こまめに食べ物を食べるのが一番よく、温かい食事は湯気がだめだの書いてあり、大変な思いをするのだとおもうと、頭が下がる。
食事を終えると、齒を磨いてから寝室に向かう。
薄暗い部屋を覗き込むと、ダブルベッドの真ん中ですよすよと眠っていた。

「がんばれ…」

寝ている頬にそっと口づける。後ろから抱きしめるようにして腹に手を回すと、その薄い腹を覆うようにして撫でる。まだなんの膨らみもないここに息づく未来に。





翌日、朝からぐったりするきいちが食べられたのはオレンジとヨーグルト一口のみ。お腹をさすりながら口に入れた葉酸入りのキャンディーと片手にクッキーが入った袋を持ちながらちびちびと白湯を飲んでいた。

「このクッキーは開けたら全部食べるっていう縛りをもうけた。」
「お、おう…まあむりすんなよ。昨日より食えてえらいな。」
「うぅ、今日一日でこれたべる。オカンのときは冷めたポテトが食べられるやつだったんだって」
「逆にまずそうだな…」

きいちが置いてくといった着替えはそのままに、かばんにはオールブランや柑橘類、葉酸キャンディーにヨーグルト、生姜、その他体に良さそうなものを諸々詰め込んだバックとスマホ、俺のパーカーだけを持って帰ることになった。スマホとパーカー以外を持って家を出ると、きいちはあわててマスクをした。どうやら気持ちだけでも違うらしい。
薬とか下手に飲めないから風を引かないようにと自衛しているようで、いつもよりしっかりした様子に少しだけ笑う。

「なら俺もするか。俺からうつすのも不味いしな。」
「んふ、マスクおそろいじゃん。」
「ああ、そんな悪くないだろ?」

マスク越しに額に口付けると照れたように笑う。駐車場に滑るように入ってきた黒い車から晃さんがでてくると、二人してマスク姿なのをみて完全防備だなとわらっていた。

「俊くんが沢山入れてくれた。これ全部食えって。」
「オー、じゃあ頑張んなきゃな?で、それは?」
「これ開けたら全部食べなきゃいけない縛りをもうけたクッキー。」
「なんだそりゃ、まあ、まだ食えないか。」

車の後ろに荷物を詰め込み、後ろに座るとじっときいちが見つめてきた。そんな目で見られても今日は流石に俺は学校に行かなきゃまずいので、苦笑い混じりに頭をなでてやると諦めたように背もたれに身を預けた。

「学校までおくるけど?いーのか?」
「や、悪阻来たら可哀想なんで。普通に行きます。」
「おー、じゃあ日曜日には帰すから。」

バタンとドアを締めると、窓越しに手を振るきいちの姿が妙に可愛くて深くにも胸が甘く鳴いた。
手を振替して見送ると、駐車場でトレーニングをしていた社員からの暖かく見守るようなその目線から逃げるように、俺も通学の準備をする為に家に戻るのだった。


    
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