なんだか泣きたくなってきた

だいきち

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2章

先生の合図は当てにならない

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「きいちー!!!!!!」
「うわうるさ!」
「晃くん病室だから静かにねぇ。」

朝イチに俊くんがオカンに電話をしてくれたようで、着替えと簡単な朝ごはん片手に物凄い勢いで登場した。ちなみに可哀想に俊くんは扉を開けた瞬間突っ込んできたオカンによって弾き飛ばされて壁に激突していた。おい、僕の番だぞ!
ちなみに新庄先生が笑顔でキレている。すみませんねぇ…

「ばかもん!!!そんな爛れた息子に育てた覚えはねえ!!おれをじーちゃんにするのはやすぎだし、とりあえずおめでとう!!!」
「ご、ごめんのありがとう?」
「あぁ…俺の血引いちゃったからだろうなぁ…貧血辛いぞ頑張ってくれぇえ…」

僕の頭を抱えるようにして抱きつくオカンの好きなようにさせながら、俊くんがあとから来た吉信に抱き起こされる。

「やるなぁ俊くん。そうかぁ、きいちがなぁ…」
「なんか、はい…すんません。めちゃくちゃ嬉しいです。」
「うんうん、晃のときも貧血でふらっふらだったからしっかりサポートしてあげるんだぞ。」
「はい、抜かりなく。とりあえず葉酸とか鉄分入ってるヨーグルトとか、片っ端からかってきました。」

真面目な顔した俊くんが、がさがさと袋を漁って取り出した鉄分入りのヨーグルトを、蓋を開けて差し出してくれる。朝からいたれりつくせりで申し訳ない。スプーンは、と受け取ろうとすると、オカンがにこにこしながらヨーグルトを掬って口に突っ込んできた。

「んぶっ、」
「母体の健康マジ大事だぞ。貧血とか笑わせんな。吐いてでも食え。」

目がマジである。モゴモゴと口を動かしながら頷くと、俊くんもむきむきとバナナをむき始めて差し出してくる。ちょっと!いっぺんに食えねーからまじで!

「うんうん、バナナも葉酸はいってるからいいね。でもほどほどに、つわりだってあるんだから。」
「うぐ、っ」
「あーあー、ほらね?」

口元を押さえて顔色を悪くする僕にわたわたとするオカンと俊くんには悪いけど、まじでいっぺんに食えないわこれ、なんとか飲み下して水で流し込むけど悪阻ってこんなに辛いのか。

「きいちぃ!!!」
「うわうるさ。」
「君も静かにはいってきてねぇ!?」

廊下から飛び込んできたのは忍さんだ。正親さんもにこにこしながら入ってくる。狭い室内にわらわらと集まってくると圧がすごい。顔のいい大人ばかりで出張ホストクラブみたいだなぁなんて他人事のように思っていると、忍さんが勢いよく俊くんを締め上げた。

「おいコラァ!!避妊しろってあれだけ言ったよなァ!?」
「ぐぅ、っ!」
「まあまあ、俺らのときもこうだったじゃないか。それに避妊する余裕なんかなくなるんだよアルファは」
「わかる。」

わかるじゃねーよとスパンといい音を立てて吉信がオカンに叩かれる。でもオメガだってそうなのだ。なので番ったら妊娠するだろうなと言うのは頭の片隅にはあった。こんなに早いとは思わなかったけども。

「まあ正親くんも吉信くんも、精子の生命力が凄そうだからね。俊くんもそうだろうなとは思ってたよ。」

新庄先生がカルテ片手に呆れ混じりに言う。だって忍くんだって正親くんの精子体に浴びてアレルギー出たじゃない。と爆弾を落とすと、顔を真っ赤にして硬直した。それでよく妊娠できたな!というかアレルギー起こすくらい濃い精子とはいったい…

「うんうん、濃すぎると肌弱い人だと痒くなっちゃうから。」
「なにそれ初耳なんだけど。」
「まさしく敏感肌ってね。」
「誰がうまいこと言えといった!!」

オカンが面白そうに忍さんを見つめる。正親さんは照れながら性もないギャグを言っていた。なんだこれ。

「まあとにかく超音波検査するからね、ほら散った散った。ちなみにまだ母子手帳はだせないから、欲しければ安静にしてること。」
「え?その日のうちにもらえるんじゃないんですか?」
「2ヶ月目で心音確認できるまでは出せないんだよ。だから今日はエコーで胎嚢確認してみよう。」

なるほど、なんだか貰えるものだと思っていたのでちょっと拍子抜けである。俊くんは暴走しすぎてマタニティーマークをもらえる駅を調べたらしく、検査をしている間にもらってくると張り切っていた。
なるほど、駅でもらえるもんなのか。全く知らんかった。

「てか学校!!俊くん僕のことなんかいいから学校行きなよ!!」
「なんかじゃないだろ。今日は行かない。大丈夫だ、きいちとちがって成績いいから。」
「なんかディスられたきがする!」

用意されたスリッパに履き替えると、そのままオカンが持ってきたパジャマ姿のままペタペタと廊下を歩く。検査室がある別棟に行くのは初めてで新鮮だ。おかんも忍さんも慣れたもので、準備がある新庄先生が連れてくるようにとお願いをしたくらいだった。

「じゃあ、また戻ってくるから待ってろ。一人で歩くなよ?絶対晃さんか忍についてきてもらえ。」
「心配しなくても転ばないって、僕だよ?」
「…お前は自分の中の認識を改めたほうがいいと思う。」
「なんで!?」

俊くんの疑いしかない目線と、そのやり取りをみたオカンが吹き出して笑う。忍さんも今回ばかりは苦笑いはするがフォローはしてくれず、僕だけが納得行かないみたいだった。

「じゃあ、俺は一旦学校いってくる。俊くん乗せて帰ってきたらそのまま仕事行くよ。」
「ん、わかった。飯は?」
「夜はちらし寿司でも食べようか。」

吉信がどうやらオメガの妊娠の届け出を書きに行ってくれるようだ。ヒートや番の届け出を出した生徒は8割妊娠の届け出も出すらしく、学校は慣れたもんらしいがなんか恥ずかしい。おとんが電話で聞いたところによると、僕以外でもうひとり。3年に妊娠中のオメガの先輩がいるらしい。
どんな人か少し気になる。ただ残念なことに現在出産間近でお休みしてるらしい。

「じゃあ、またあとで。」
「はーい」
「食えよ?」
「アッハイ…」

笑顔で念押しされました。押し付けられたゼリー飲料の蓋はすでに空いていた。そのまま俊くんたちの背中を見送ったあと、待合室でちうちう吸っては休憩して、なんだかんだ三十分後くらいだろうか、超音波検査の順番が回ってきたので扉を開いて中に入る。

「じゃあきいちくん、覚悟は良いかな?」
「え、え!?」

ガシッと両腕をオカンと忍さんに抑えられる。笑顔の新庄先生の手には、棒状の何かが握りしめられていて、これまた僕の予測を裏切る形状だった。
無言で僕を診察台に横たえると、動かないように体をオカンと忍さんが押さえつける。嫌な予感しかしない。またたくまにスポーンと下半身を剥かれると、抵抗虚しく、完全に僕はまな板の上の鯉状態だった。

「はーい、楽にしててねー、イチニのサンで入れまーす。」
「え、ちょま、あ、アーーー!!!!!!」


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