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2章

二人じゃなくなる

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ぴ、ぴ、ぴ、と規則正しい電子音が耳障りだ。瞼の裏側がざらつくような不快感をどうにかしたくて、薄く開いた目が温かみのあるオレンジの光をやんわりと取り込んだ。
見慣れた天井に、もしかしてここは…と確かめようとして、視界を明朗にする為に目をこすろうとした。

「………ん、?」

右手が重く、なんだろうと重たい頭をゆるゆる動かしてその手の先を見つめた。
点滴をされている腕と反対側のそこには、ベッドに突っ伏して僕の腕を握る俊くんの姿があった。

管の繋がった左手で、張るような感覚の残る下腹部に触れる。右手は俊くんの髪の毛を優しく指先で遊ぶようにして額を擽る。かわいいし、うれしいけども鬱血しそうだったのだ。

ぼうっとする頭では、まともに考えられない。全身に血が足りていないのか、ただでさえ頭が悪いのに何も考えたくないほど体がだるかった。

「っ、…きいち…」

髪をくすぐる違和感に気づいたのか、勢いよく俊くんが顔を上げる。僕と目が合うと、泣きそうな顔をして手を握りしめられた。
僕はよほど心配をかけたらしい。瞼はまだ重いけど、大丈夫だよという意味を込めて微笑むと、いよいよ顔を伏せて震えてしまった。

「しゅんくん…なかないでぇ…」
「っ…お、まえっ…まっしろだった…」
「ん…、ごめ、んね…」
「今、先生呼ぶから…っ、起きてろ…」
「はぁ、い…」

ず、と鼻水を啜ると、目元と鼻の頭を赤くした俊くんがナースコールを押した。
程なくしてそっと扉を開いた新庄先生が、聴診器片手にやってきた。
今までここに来るときですら割と元気だった僕なのに、こんな状態で運ばれてきてさぞかし驚いたことだろう。
楽にしてていいと言われたので、前だけはだけさせて簡単に診察をしてもらう。
一通り診終わったのか、満足そうに笑うと、メガネをかけて一息つく。

「さて。きいちくんが運ばれてきた理由も含めて説明するね。」

新庄先生はそう言うと、椅子を引き寄せて俊くんの隣に座るとバインダーに挟まれた紙を片手にニコリと笑う。
まず、運ばれてきたときに血液検査をした結果から言うね、と赤丸で囲まれたアルファベットをペン先で叩きながら話し始めた。

「まずね、きいちくんすげー貧血。今回のも脳貧血で倒れちゃったの。」
「ああ…最近…ずっとふわふわしてた…」
「もっと食え。鉄分とかのサプリでもいいから。」
「ん…」

俊くんの真剣な顔と、新庄先生の明るい声色の対比がすごい。僕もうなずくのが限界だったので、そのまま同意するだけにとどめた。

「そんで、ここからが本題。みて、このB-hCGの数値。」
「なんすか、それ…」
「正式名称はヒト絨毛性ゴナドトロピン。」
「んん…?」

僕も俊くんも、その聞き慣れない言葉に首を傾げるばかりだった。こういう時、新庄先生は医師なんだと改めて自覚する。普段はほわほわしている先生なので、そのギャップを感じてしまう。

「うん、まあもったいぶらずに言うと、きいちくんは妊娠してるねってこと。」

何周目かはわかんないから明日超音波検査ね。まあ症状からして6周目くらいかなぁ。

おっとりした声で告げられた妊娠の二文字に、僕も俊くんも驚きすぎて絶句してしまった。
自然と、左手が下腹部に触れる。さっきまでふわふわしていた思考も、その衝撃のおかげでゆっくりと意識は戻ってきた。

「きいちの腹に、子供がいるんですか?俺の?」
「そう、多分一ヶ月くらいかな?測ってみなきゃだけど、今回の脳貧血もそのせいだね。」
「妊娠…」

俊くんも動揺してはいるようだったけど、顔を赤らめながら自分の表情を確かめるように手で覆う。ゆっくりと深呼吸をする様子を静かに見やりながらも、僕の心の中は大パニックだった。

でもそうだ、当たり前のように避妊なんてしていなかったのだ。番になって、本能のまま求め合う中で実ったものなのだ。
僕が親になる。このお腹に、俊くんと僕の赤ちゃんがいるのだ。

「っ、…」

ぽろりと涙がこぼれた。勿論、いい意味でだ。俊くんも勢いよく僕の顔を見ると、大きな音を立てながら立ち上がり、ガバリと抱きついてきた。僕も点滴がついていない方の腕でそっとその背に手を回すと、その体が少し震えているのに気がついた。

「望まれて生まれてくる子みたいで良かったよ。」

新庄先生が優しく微笑みながら言った。親、親になるのだ。僕がママになる。すごい、すごいことだ。
息苦しいくらい抱きしめてくれたあと、そっと体を離した俊くんは、それはもう見たこともないくらいにべショベショに泣いていた。思わずその顔に吹き出して笑ってしまう位にはおもしろかった。

「はいはい、んで、晃くんたちにはいつ言う?とりあえず明日検査あるから、今日は入院してもらいたいんだけどなぁ。」
「明日にします、今日はもう休ませたいし…俺も泊まっていいですか。」
「帰れって言っても帰んないでしょ?そう言うと思ってましたー。」

呆れたような顔で先生が笑うと、クローゼットから折畳み式のベットを取り出してくれた。

「じゃあ、あした朝イチで検査予約しておくから。今日はゆっくりとお休み。」
「あ、はい…」
「ありがとうございました。」

先生が可愛く手を振って病室を出ていくと、俊くんはもう一度強く僕の体を抱きしめた。
さっきまであんなにだるかった体も、理由がわかればなんだかそこまで悪い気分じゃない。
くん、と俊くんが首筋に鼻先をうずめて擦り寄ると、頬を染めながらそっと離れた。

「気のせいかもしんねえけど、ちょっと花みたいな甘い匂いがする…」
「んー‥妊娠すると、フェロモン…変わんのかなぁ…」

ふあ、と欠伸を漏らす。最近ずっと眠たかったのも、もしかしたら妊娠したからかもしれないなぁ。
下腹部に置かれた僕の手の上から、俊くんの手が重なる。指の股に差し込むかのように指を絡めると、出された簡易ベッドを使わずに隣に潜り込んできた。

「一緒に寝たい。いいか?」
「うん、いーよ…」

後ろから僕を抱えるように腹に手を回すと、優しく撫でられる。ウトウトする僕の項に、ちゅっと口づけを1つくれた。

番の香りに包まれながら、心地の良いまどろみに身を任せる。少しだけ俊くんが抱き締めてくれる腕の力が強くなった気がした。



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