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2章

夫婦だった

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「ふぁ、あ~‥んむ…」
「何、すげぇ眠そうじゃん?目の下少しくま出来てんぞ。」
「うっそ、最悪…」

コシコシと霞む目元をこすりながらぶすくれる。今は一限目の数学が終わり、二限目の体育にむけて準備中である。
昨日はでろでろに甘やかされたおかげで、腰が重だるい。犯人である俊くんは甲斐甲斐しくお風呂に入れてくれたり、朝食を作ってくれたりとしてくれてたのに僕より元気だ。むしろ何で僕だけこんなに眠いのかわからない。

「何食ったらそんな体つきになるんだぁ!?」
「うるさ、プロテインとか飲めばいいんじゃね。」

木戸くんの羨ましそうな声が聞こえて益子と二人で俊くんのほうをみる。きゅっとしまった細い腰から胸にかけて均整の取れた体にうらやむ。腹筋は魅せるように鍛え上げられたものよりも洗練されているし、
振り向いた背中にはミミズ腫れのような赤い線がついていたけど、それを抜きにしてもきれいな身体だ。

たまに休みの日に警備会社の社員が部活動感覚でやっている組み手や護身術、その他僕の知らないカタカナの武道などをトレーニングと称してやりに行っているのを知っている僕は、プロテインとか適当なことを言う俊くんに思わず笑った。

今日はバレーボールとか言ってた気がする。きっと汗だってかくに違いない。だとしたら着ているインナーは脱いでTシャツにジャージを羽織るだけでいいか。
益子は着替えたようで、くだらない話に相槌を打ちながら無精をしてインナーごとシャツを脱ぐ。
スポンと頭を抜くと、あんなに煩かった声がシーンと静まり返っていた。

「なんつーか、そら眠くなるよな。」
「なんだそれ。」

にやにやと腹立つ笑顔で益子が語りかける。着ていたシャツとカットソーを雑に畳んでTシャツを取り出そうとしていると、ばさりと体に俊くんのジャージを引っ掛けられた。

「わ、」
「わりい、ちょっとやりすぎた。」
「え、え?」

素肌に俊くんのジャージという状態でポカンと俊くんを見上げると、トン、と肩のあたりに触れられた。

「え、なん…っ、」

俊くんの後ろでそわそわしているクラスメートの目線を感じ、触れられた肩をそっと手でなぞる。
じん…と響くような甘い痛みにひくんと体を揺らすと、ようやくその言葉の意味を理解した。

「ひぇ、っ…」
「俊くんお盛ん~」
「からかうな益子。お前だってそうだろうが。」
「まあ、否定はしませんけどね?」

慌てて俊くんを壁にしていつになく急いでTシャツとジャージを羽織る。少し大きい俊くんのジャージを上までぴっちりと締めると、あまりの恥ずかしさにべしりと俊くんの腰を叩いた。

「あいて、だから悪かったって。」
「つ、次から口輪つけさせるからな!もう、ばか!ほんとばかめ!ばーか!」
「はいはいすまんすまん。ていうか口輪したらいいのか。」
「うわぁだめだめ!!もうやだばかああ!!」

それはもう見事に昨日えっちしましたと言わんばかりの体を晒しておりました。しかも俊くんの背中についてたミミズ腫れって、あきらかに僕のせいでした!気づけばよかったのに、全く持って思い至れず、茹で上がった僕は犯人の俊くんの体を盾に、好奇の視線なら逃げるように顔を隠した。

「きいちの腰の手の跡も俊くんか。」
「うううう、」

益子はニヤつきながら腰のあたりをつついてくる。その手を俊くんがはたき落とすと、僕の腰に手を回してそろそろ行くぞと合図を送られる。結局顔は真っ赤なまま、益子と学と俊くんに囲まれるようにしてぞろぞろと仲良く体育館に向かったのだけど、また着替えるときに恥ずかしくなるだろうことを思い出して、やっぱりまじに口輪でも買おうかと悩んだのだった。



さて体育館履きがキュッとなる青春の音を響かせながらの授業中、いつにもまして輝いていた学は、今日も今日とて元気にコートを暴れまわっていた。そう、俊くんが敵陣に配置されるまでは。

「なんなんだよぉおおお!!!背がたけぇならたけぇで手心をくわえろよ!!!お前のアタックがミサイルみてぇでこええんだよおお!!」
「手心加えて良いのか。」
「言い訳あるかァ!!バカにしてんのかお前!!」
「お前キャラ迷走してるぞ。」

リベロで拾いまくる学がアタッカーの俊くんにブチ切れるという構図だ。僕はというと例にも漏れず得点係。今回は怪我をしたからという大義名分があるのでまだマシだが。

それよりも、益子と俊くんがいいコンビだ。学は高い打点から繰り出される豪速球をみごとにカバーしてるけど、学と同じチームのバレー部員がすでにヒイヒイ言っている。授業中なのにもはや本番の試合ばりのストレスを彼は負ってるのだろう、何故なら取り漏らすと学がうしろから活を入れるから。

「コラァ!!現役が素人にビビってどうする!!金玉ついてんだろうが!!漢みせろコラァ!!」
「ひぃい!!監督より怖え!!」
「ほれ俊くんもう一発。」
「あいよ。」

バッチンバッチンと恐ろしい音をたてながら玉を捌いていく学の瞬発力もすごいが、なによりもあそこまで転がるように動き回っていても恫喝できる余力があるという、なにその肺活量。むしろそっちのが怖いんですけど。

試合は見事に4-3の接戦、打っては打ち返しのガチンコリレートスのような感じで、最後は先生のホイッスルで締めくくられた。

ぱたぱたと襟元をはためかせて体温を下げている俊くんは、僕たちにとってはいつもどおりの謎の学の雄味に若干引き気味で、ちょっとおもしろい。

そんな学はというと、同じチームだったバレー部員よりもいい動きでネットの撤収作業に勤しんでいる。立てつけたポールとかその細い体でワイルドに担ぎ上げてるけど、先頭の部員の背がのけぞってるから一緒に運ぶならせめて同じ身長のことしてあげてー!

「あっちー!いやまじ学が全部拾うんだもん、バレー部員かよぉ。」
「おっつー、木戸くんと倉庫に得点板戻しに行くから先戻っててもいーよ。」
「きいち、タオルくれ。」
「勝手にとってー!」

益子と一緒に戻ってきた俊くんも、流れる汗がうざったかったのか前髪をかきあげながらぬぐう。
両手がふさがってたので、そのままジャージの腰に挟んでたタオルを差し出すようにお尻をむけると、
そんなラフなやり取りをみていた木戸くんが、羨ましそうに言った。

「なんかいいなぁ、夫婦ってかんじで…俺もそういう相手ほしー。」
「ふう、っ…」

夫婦という言葉に過敏に反応した僕と違い、俊くんはなにを今更といった顔だ。

「片平から桑原になっただろうが。」
「う、う、うん…。」

そうだ。周りから見たら番は夫婦だ。僕は桑原なのだと、こうして不意に周りから改めて教えられるのは、未だに慣れない。めちゃくちゃ不意うちだと特に照れる。
木戸くんが微笑ましいものを見る目で見てくるのが気恥ずかしい。

「もー!!ほら早く片付けに、っ」
「きいち?」
「………、ん?んん?」

なんだかちくりとした痛みを感じで立ち止まる。一瞬のそれは直ぐに収まってしまった。
お腹でも壊したのか、ムズリとした下腹部をなんとなく擦る。
結局その後も移動教室だったことを思い出し、慌ただしく後片付けをしたりとバタバタしているうちに、すっかりとそのことを忘れてしまっていた。


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