なんだか泣きたくなってきた

だいきち

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2章

ふんだりけったり

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「え、あー‥、やっぱ原因はそれか。」

昼の屋上で、末永くんも混じって5人で輪になるようにしてお昼を食べていた。僕は適当に買ったおにぎりを1個食べたあと、俊くんのひざ枕でゴロンと横になっている。髪をすくように撫でる手が気持ちよく、ついうとうとしてしまう。

「まあ、そばで一緒にいてやりたかったし、それに…」

俊くんの言葉が止まる、その先は口にしなくても僕たちには理解できた。それは番になった今だからこそわかる。自分の大切なものが侵される恐怖。頬を撫でる俊くんの指先に、軽く唇を触れさせる。大丈夫だよという意味が少しでも伝わりますように。

「はぁ…」
「ふふ、」

耳元を甘やかすように擽られ、さっきからとろとろだ。だめだ、完全甘えたモードに入ってしまった。なんでかわかんないけど最近特にそう。気恥ずかしくて仕方がない。寂しかった反動、なのだろうか。俊くんは嬉しそうだからいいが…

「きいちのこんな顔、はじめてみたな。」
「家ん中じゃわりとこうだぞ。すげぇかわいい。」

末永くんと学が馬鹿になった僕を見て面白そうにしている。番になればわかると思うが安心感が半端ないのだ。結局みんながお昼を食べているのに、僕はぐっすりと俊くんのお膝で寝てしまった。 
ぽかぽかと暖かい日差しを浴びながら番の香りがするカーディガンを布団代わりに。




「一応、俊くんにはいっておくけどさ。」

きいちがすよすよと寝息を立てて眠った後、益子が真剣な顔で口を開いた。

「サッカー部からきいちが狙われてんの、高杉蹴落としたとかで。」
「あ?…くだんねぇな。そういうんじゃねえだろ。」
「そらそーよ。俺らは見てるしな。だけど、サッカー部はアルファで番のいないやつが多い。だから偏ってんだわ考えが。今の彼奴等にとって、きいちのせいで俺等のトップが潰された‥ってなってる。」
「はぁ…、まあ一言も言わないよな。きいちは。温厚貫くのは美徳だけど、またなんかあったときにはどうすんつもりだったんだこいつ…」

くうくうと寝息を立てながらモニモニ口を動かして眠るきいちの前髪をはらい、顔を晒す。しっかりと握りしめたままの服が伸びる心配もあるが、細い首にかかる髪の毛をはらって項にふれる。
互いに惹かれて、好きあって、愛し合ってここに印をつけた。
だからこそ、自分の見えないところで起きたこと全てを言ってほしかった。
きいちのことだから、きっと頼り過ぎるのは嫌だと自分で解決するつもりだったんだろう。そういう自己完結するところだけは、しっかり直させないとなと思う。
そうでないと、また手遅れになったときに自分が何をしでかすかわからない。

その逡巡の様子を眺めていた益子は、なんとも言えない顔をした。

「すげー怖い顔してる。俊くんもこいつのことになると結構顔に出るよな。」
「………。」

無言で眉間にシワを寄せながら口元を隠して照れる。きいちが見たらはしゃぐくらい珍しい貴重な照れ隠しを見たはずなのに、その顔が一番怖いと言われた。

「とにかく、離れないようにしないとか。まあ牽制はした、馬鹿なことはしないだろ。」
「あー、あれなあ。クラスの女子とかオメガがはしゃいでた。またちがうベクトルできいちを注目させんなっつの」

学が言うには、あの行動に憧れを持った一部の女子やオメガなどから羨ましがれる対象になったらしい。一クラスでこうも騷しくなるとは、俺の番はモテるのかと少しだけ見当違いなことを思う。
大体はしゃぐくらい憧れをもつならさっさと恋人でも番でも見つけろと思うが、世の中そうは問屋が卸さない。

運命の出会いに憧れるあまり、理想を求めすぎた彼等の基準はどうにも厳しいらしい。異性愛者はともかく、オメガはオメガで番の香りを知らないまま、若いアルファ同様見た目で選んだりと忙しい青春をおくるやつもいるということも、今日一日だけで向けられた欲を帯びた視線でなんとなくわかった。

ヒートを経験したことがあるオメガはまだ少なそうなので感覚が子どもじみたままなんだろう。あれは可哀想だ、多分彼らの想像以上に。

「てかさ、俊くん部活動すんの?バスケ部がすげぇ騒いだたけど。」
「ああ、前バスケ部んときにこことも試合したからな。入るつもりはねえんだけど…」
「なら帰宅部?俺的には写真部来てくれても構わんよ。」
「遠慮する。俺はこいつで忙しいんでね。」
「んん、」

益子のお誘いをすげなく断ると、寝ているきいちの頬を摘む。柔らかい感触をしばらく楽しんでいると、昼休み終了の鐘がなる。なんだか話し込んでいてあっという間だった。仕方なく寝ているきいちを起こすと、今だぽわぽわした寝起きの様子でむくりとおきあがる。

「ふぁ、あ~‥」
「おにぎり一個で足りたのか?授業中腹なっても知らねーよ?」
「うーん、うん。なんか食べる気しなくて…くぁ、は…」

胃の腑がなんだか落ち着かず、すりすりとさすりながら目を擦る。学がやるよと渡してくれたクッキーは非常食としてありがたく受け取る。

「次の授業なんだっけ、時事?」
「きいちが毎回眠くなるやつ」
「うげ…数学か…」

ボサボサになった髪の毛を俊くんになおしてもらいながら、クラスに戻る。数学の授業は駄目だ。だって全くわからない。それでも、期末の範囲は絞られるので頑張って起きていなくてはならないが。

それぞれが席に付き、きいちの後ろの席に座ると、昨日までとは違った空間にすこしだけそわりとした。
教科書は置き勉をしているので忘れ物などない。筆箱と、教科書を出そうとした時だった。

「っ、」

ひくんと体が少し跳ねた。鋭い痛みが手の甲に走ったのだ。じわりと嫌な汗が手ににじむ。周りは気づいていないが、恐る恐る手を引いて見ると、まるで削ぐような形で手の甲が切られていた。
ぼたぼたとスラックスに溢れた血が垂れる。ごくりと飲み込んだこみ上げてくるもの、やられた。馬鹿なことはしないと思っていたのに、そっと手の甲を押さえながら、恐る恐る机の裏側にそっと触れる。
ピリッとした指先の痛みで場所を探し当てると、固定されていたそれをテープとともに剥がした。

置き勉のせいで教科書が詰まっているきいちの机の中、必然的に上に手を入れることをわかった上で手前に貼られたカミソリは、鈍く光る中少しの赤色を残して存在を主張していた。

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