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2章

その手はきっと離せない。

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俊くんが目の前にいる。番になったので突発的に出てしまったフェロモンは周りには効かないが、俊くんはそれを敏感に感じ取った。

じわりと目に涙が浮かび、クラスの中だというのに、ジクリと腰に熱が灯る。目線だけで腰砕けになるという情けない瞬間を番に見られ、まるで捕食されるかのように目を細められる。

「片平、具合でも悪いのか?」
「あ、や、…」

先生が顔が赤くなった僕を見る。この間早退したことも知っているので、またかといった顔だ。
ただその誤解をとけるのは、他でもない眼の前の俊くんだけ。

「すんません、きいちが俺に反応しただけなんで。」
「反応?」

開いてる席に向かって俊くんが近づいてくる。僕が 机に小さく蹲って必死で呼吸を整えているというのに、それを楽しんでいるような俊くんが、僕の隣にたつとシャツの襟の隙間から手を差し入れた。

「んぁ、っ…」
「こいつ、俺の番なんです。」

益子と学がやっちまったという顔でため息を吐く。意味を理解した先生が、すこしだけドギマギした声で納得してくれた。
僕は恥ずかしいことに、下着の中に漏らした精液が気持ち悪くて、顔を覆う袖が涙で濡れる。
項をあやす悪戯な手を何とか掴むと、そのまま俊くんがするりと頬をなでた。

無理に顔を挙げさせられて目線を合わせられる。こんな公衆の眼の前で誰のものかを分からせるような、僕にしかわからない支配の香りが気持ちいい。

溶けた顔を晒しだすような形なのに、僕の目は俊くんから離れられず、周りが息を呑む音なんて聞こえないまま俊くんの手を漏れ出た吐息で撫でた。

「きいち、後で慰めてやっから、今は我慢な。」
「ふ、ぁ…」

こくんとひとつ、小さく頷くと褒めるように顎下を擽られ、後ろの席に俊くんが座る。誰だか思い至った生徒は、あのときの…とか口々に呟いており、溶けた僕は机に突っ伏したまま呼吸を整えるので必死だった。
結局始まった授業も見事に耳をすり抜け、なんとか体が落ち着いてきたのは休み時間だった。

「僕、トイレ…」
「きいち。」
「っ、うぅ…俊くん…」

なんとか立ち上がって下着を拭いたかった。だけどかんたんに僕を引き止めることができるその声に、抗うことなんてできなかった。

「こっちこい。ここ、」

俊くんが伸ばした手をとると、そのまま導かれるように席の前に立った。じくりと少しだけ反応してしまったそれを隠すように、着ていたカーディガンを羽織らされる。大きいそれを着ると、包まれている安心感で少しだけ息がしやすくなった。

「き、きいち?番ってマジ?」

クラスのみんなが俊くんに大注目である。ひどく整った容姿に釘付けになるのもわかる。でも俊くんは僕のものなのだ。小さく頷くと、そのままぎゅうと抱きついた。

「すまん、ちょっと今不安定になってる。だけど俺と番ってのはマジだから、よろしく。」

するりと僕の髪を武骨な俊くんの指が避けて、噛み跡のある項を見せた。その仕草にも熱がぶり返しそうで、俊くんの胸元に思わず熱い吐息を漏らした。

「な、なんかさいきん元気なかったから…番が来てよかったなぁ。」
「うん、うん。」

ぐすぐすめそめそと抱きついてしまうのは許してほしい。だって泣くだろう普通。俊くんが僕のためにわざわざ学校を変えてまで一緒に居てくれるのだ。
残りの一年近く、俊くんがいない学校でオメガだということをからかわれても、気にしないように努めようと気持ちを固めたのに。

「なんで言ってくんなかったのぉ…」
「言ったらそわそわするだろ。ならこっちのがい。」

よろよろ体を離して見上げると、泣いた目元を拭うようにして親指で撫でられる。まだ信じられない。

「それより、俺も友達増やしてえんだけど?」
「あ、そうだ。あのね、僕も最近増えたの。」
「最近?」

末永くんは他クラスなので後で行くとして、くるりと振り向くと目があった三浦くんたちが居住まいを正した。吉崎親衛隊でもある彼等は僕にも優しくしてくれる。俊くんにも是非仲良くしてほしかったのだ。

「この一番おっきいのが三浦くんで、二番目におっきいのが木戸くん。その次が吹田くんで全員吉崎親衛隊で野球部。」
「どうも、」

そそくさと三人の背を押して俊くんの前に並べると、謎に緊張した雰囲気で引きつり笑みを浮かべる。俊くんの背が高いからだろうか、見下されなれてないのかもしれない。

「桑原って呼んで。俊でもいいけど。宜しく。」
「あ、アッス!!」
「へい、なんなりと!!」
「お、おしゃぁあす!!」

にこりと笑うと初対面なのに謎の兄貴扱いを受けていて少しだけ面白い。3人きれいに並んだ頭をぽんぽんと叩くと、何故か三人組は頬を染めながらもぞもぞと照れていた。いやなんでだよ!

「俊くんよ、昼休み屋上集合な。」
「決定事項だからよろしく。」

益子と学が説明しろと顔に書いてある。僕にはわかる、僕も説明してほしいし。小さくうなずくと、ぐるりとクラスを見回した。
クラスのすみで固まってる添田たちは、俊くんと目が合うとニコリと愛想笑いをした。なんだかそれが嫌で、隠すように俊くんの前に立つ。
他のクラスのみんなは転校生に純粋な興味を持っているみたいだけど、彼等はアルファ至上主義だ。益子と同じアルファな俊くんが嫌な目に合うとは思わないけれど、僕の番いは僕が守るのだ。

「どうした?」
「うん、ちょっとね」

後ろから腹に手を回されて後頭部に口づけられる。スキンシップは場所が変わっても変わらない。僕も安定するためにそれを求めてるし、牽制になることも知っているから好きなようにさせる。
益子も学も見慣れたものなので何も言わないけど、口を出してくるとしたら、そんなの決まっている。

僕の目線の先にいる奈良も添田も崎田も、俊くんが普通のアルファとは違うことはわかるようだ。
番のことを眼の前で悪く言うような愚行はしないと思うけど、よからぬことに巻き込まれないように守りたい。

以前新庄先生が言っていた。アルファには二種類のパターンがあると。
群れるアルファは上にリーダーを起きたがる。陶酔しやすく、過激な行動を取りやすい。番いを見つけてない若い男に多い。
そして、俊くんや益子、末永くんのように、番いをもつアルファは、最も本能的に動く。フェロモンを使い分け、マウントを取ることで互いを必要不可欠な存在として縛る。

明らかに彼等は前者だ。高杉くんというリーダーを失った今、思春期ゆえの突発的な行動で俊くんを害したら、僕はきっと冷静でなんていられない。

面白そうに添田が片眉を上げた煽るような表情を返してくる。俊くんのためにも、僕は負けられないのだ。

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