なんだか泣きたくなってきた

だいきち

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晃と勇

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「それにしても。最近の子はそんな早いもんなのか?」

大きなテーブルを囲みながら、みんなでばーちゃんが用意してくれたご飯を食べる。おじさんはオカンが番ったときのことを思い出しているようだった。

「僕のクラスメイトでも一人いるよ、年上のオメガと番った生徒。益子って言うんだけど、めちゃくちゃらぶらぶ。」
「そうなのか、なんだかすごい世の中になったもんだ。当人同士が幸せなら、いいのかもしれないなぁ。」

おじさんは眩しそうに僕たちを見て、しみじみと言った。番は、本能でわかる。おじさんは自分がこんな体になってしまったから、どこかにいるであろう番に出会わないようにしている。その為病院に行くとき以外、めっきり部屋で過ごしているみたいで、おじさんの部屋で感じた墨の匂いは、手のリハビリも兼ねて書道をしているということだった。

ハマると結構楽しいもんだ。そう言って笑うおじさんにオカンがおかずを取り分けながら、少しだけ寂しそうな顔をしていた。
首の骨を折ったことで麻痺した下半身はもう戻らない、湾曲してしまった指は、リハビリで少し使えるようになったらしいが、血の滲むような努力をしたという。
元々スポーツをしていたこともあり、ハンディキャップを感じさせないくらい障害者スポーツにも打ち込んだ。だけど打ち込めば打ち込むほど、健常者だった頃の自分と比べてしまい、その落差が許せなくなっていく。
オカンが安定期に入る頃には、吉信に黙って介護を手伝った。本当にかんたんなものだけだったらしいけど、孕んだ兄にまで自分は迷惑をかけているのかと、オカンも知らないところでおじさんを追い詰めてしまっていた事を後悔している。

アルファなのに、というプライドもあったんだろう。
僕を産んだあと、オカンは吉信と実家に帰ってきて同居を決めた。家のバリアフリー化も、小さい子がいることもあって即決で決めたらしい。
目の前で、兄の横に立っている完璧なアルファ。おじさんのささくれだった部分が、より主張してしまうのは仕方なかった。

「俺はあの時から時が止まっちまったからなあ。」

懐かしむように遠くを見つめながら、おじさんが言った言葉はやけに物哀しい。オカンはべしりとおじさんの頭を叩くと、呆れたばーちゃんが注意した。

「晃はホントすぐに手が出るんだから!きいちくんだってみてるんだから、親としてきちんとしなさい。」
「しらねー、こいつが辛気くせえこというからいけねーんだし。」
「きいち、おまえのかーちゃんすこしガキ臭くないか?」
「僕から謝るよ…オカンがごめん。」

ケッ、とした表情で不貞腐れるオカンをみていると、下手くそにも慰めようとしたのがよくわかる。おじさんもそれはわかっているみたいで、仕返しにフォークで腕を突く。それをキレて嗜めるばーちゃん。僕はそれを見て笑い、俊くんは呆気にとられていた。

おじさんが落ち込んで居られなかったのも、オカンがこうやって前と変わらないやり取りを続けてきたからだろう。二人して喧嘩して、ばあちゃんが叱る。吉信は二人のやり取りに嫉妬したし、おじさんは兄を取られて嫉妬した。

「やっぱりアルファってばかなんだなぁ。」
「きいち、おまえどっちの味方なんだ。」
「え、頭の出来なら俺のほうがお前よりいいぞ。」

思わず呟いたことを拾った二人のアルファが戸惑ったように問いかけて来るのが面白くて、更に意味を理解したオカンとばーちゃんが同意するように頷くから、なんだか楽しくなってケラケラ笑う。
ばーちゃんの美味しい料理と、オカンとおじさんの掛け合いが、今この瞬間をかけがえの無いものにしていた。


おじさんち、めちゃくちゃ楽しかった。
久しぶりにあったばーちゃんも、僕と俊くんがもりもり食べるのが余程嬉しかったのか、作りがいがあるわぁと追加でニラ饅頭を焼いてくれたり、俊くんがおじさんと再びはさみ将棋でバトルしたり、おじさん秘蔵の映画鑑賞会をしたりと、あっという間に楽しい時間はすぐに過ぎ、そろそろ帰る時間となった。

「久しぶりに会った甥っ子が、綺麗になっててびっくりした。女の子みたいに可愛かったのに、立派になったなぁ。」
「もうやめてよ、恥ずかしくなる…」
「また来てくれるか?」
「うん、またおじさんとばーちゃんにも会いたいし。」

ばーちゃんからは番のお祝いにとレシピノートが渡された。僕たちがうまいうまいと食べたニラ饅頭も、この中に入っているらしい。
色あせたキャンパスノートの中身は、所々油染みや書き込み等があり、付箋にはそれぞれの味の好みが貼ってあった。

最後の方には、ばーちゃんがオカンに教えた離乳食のつくり方や、味付け、僕の好みなども書かれていて、このノート一冊にたくさんの歴史が詰まっていた。
僕はそのノートを胸に抱いて、いつか俊くんにも美味しいって言ってもらえるご飯を作れるようにしようと、心に決める。
最後におじさんとばーちゃんにハグをして、別れを惜しむ。結果的にはこれが最善策だったのはわかっている。それでももし、離れずにずっと一緒に住んでいたら、何かが変わったのだろうか。そんな詮無いことを、僕が考えても仕方がない。だけど、オカンの少し寂しげな横顔をみると、おじさんもばーちゃんも後悔してないわけはない。

口から出た言葉はもう戻らない、お互いがその時は頭に血が上っていたんだとしてもだ。

「晃、悪いな。」
「別に?手のかかる弟で困るぜ全く。」

おじさんの一言には、すべての気持ちが詰まっている。時間が解決してくれた蟠りなら、離れた距離も縮めてくれればいいのに。

子供だからって、問題の外側から傍観するだけの立場は許されない。僕も家族だ、オカンと吉信の子供だし、ばーちゃんとおじさんとも血が繋がってるんだ。

おじさんとばーちゃんが、コンサバトリーから見えるように手を振って見送ってくれる。
僕と俊くんも、それに手を振りかえしながら、来た道を滑るように車は発進した。
やっぱり次は、吉信もつれてこよう。今度はオカンも、きちんと二人に手を振ることができるように。



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