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番外編
おっきな鯖と細いお魚
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きいちの幼児期のお話
………………………………………
「きいち、さっきからなにやってんだ。」
吉信は愛息子が画用紙に青のクレヨンで黙々と何かを描き上げている様子を見て首を傾げた。
画用紙4枚を繋げた超大作だ。ふくふくとした頬を桃色に染め上げて、何やら大きな魚のようなものを描いている。
なんてダイナミックなタッチなんだ。将来は芸術家になるのかもしれない。親ばかをこじらせた吉信は、ちんまい手で一生懸命ゴリゴリと色を塗る姿をぱしゃぱしゃと写真におさめながら、もくもくと描き続ける様子を見つめた。
「きいち、そろそろお昼だ。ひとまずやめて、飯にしないか。」
「や。」
「いやかぁ。」
端的に告げられた答えに苦笑いを禁じ得ない。やがて青色のクレヨンをしまい、水色のクレヨンを手にして、魚の体に線を描き始めた。尾ひれはなぜか黄色だ。一体何の魚を描いているのかさっぱりわからない。
というか、このくらいの子は切り身が泳いでいると思っている子が多いんじゃないだろうか。晃に抱っこされてよく近所のスーパーに向かうから、それで切り身以外の魚を見て覚えたのだろうか。
「じょうずだなぁ。お父さん、そんなに上手くかけないなぁ。」
「んふふ、ふへ、えひ…」
「晃に似た変な笑い声も可愛いぞ。」
「だだ!」
「うん?」
吉信は、ニコニコしながらきいちからピンク色のクレヨンを受け取る。パパと呼ばせたくてずっと語りかけていた結果、何故かダダと宇宙怪獣のような呼び方が定着してから、お父さん呼びを期待してシフトチェンジをしている。
というか、このピンク色のクレヨンはどうしたらいいのか。この間ものりを固めて剥がした透明なフィルムのようなものをニコニコしながら渡してきた。
わけがわからないものばかり渡してくるが、これも息子の愛情表現だろうと全部しまってある。このピンク色のクレヨンもそこに納めよう。
「こぇ、さば。」
「さば?」
「うゅ。」
ようやく答えがわかった。どうやら、このカラフルな魚は鯖らしい。鯖、よく知ってたなそんな名前と思いながら、抽象的なそのイラストを持ち上げた。新聞紙一面の大きさだ。顔と手をクレヨンで汚しながら、ニヨニヨしながら照れている。可愛い。
「さばかぁ。うまいよな鯖。晃に言って、今日は焼き鯖にでもしてもらうか。」
「うゅ。」
「これは大切にしまって、晃に見してやろうな。」
「うゅ、こぇあっち。」
あっちだ。と指を指した先は冷蔵庫だ。ならば扉にマグネットで貼るかと愛息子の要望に答えるべく、イラストを貼ろうとすると、違うと首を振る。何が違うのかと見つめると、べちべちと扉を叩いてから見上げてきた。
「ここぉ!」
「中かぁ。」
なんとなく言いたいことがわかった。要するに、魚だから冷蔵庫ということなのだろう。だけどこれは絵で、生物ではない。
吉信はしばし思案し、そのイラストを四つ折りにすると冷蔵庫の卵パックの上においた。
ここなら濡れる心配も多分ないだろう。今度こそどうだと振り向くと、サランラップを差し出された。巻けと。
「きいちはよくみてるなぁ。」
「うゅ、」
差し出されたラップでくるくるとそのイラストを包むと、いよいよ何をやっているのかわからなくなってきた。きいちは満足そうに吉信の足に抱きつきながらくふくふと笑っている。うちの天使が良いなら良しとしよう。
ついでに晃が作り置きしていたきいちのお豆の煮物と人参とピーマンを細く刻んで混ぜ込んだ卵焼き、昨日の夜きいちがとっておいたくたくたしみしみのおうどんなどを冷蔵庫から取り出す。
子供の栄誉を考えた幼児食も彩り豊かできゃっきゃと喜ぶが、なによりも一番テンションが上がるのが前日の夜ごはんのなかで一番のお気に入りを食べることだ。
ちなみに昨日は子供用の器に食べやすいように柔らかく煮込まれたうどんだったのだが、それが気に入ったのか、半分のこして明日食べると楽しみにしていたものだ。子供ながら食の楽しみ方がませている。
晃は毎回完食させようとするのだが、お気に入りにラップがかかるまで次のひとくちを食べない頑固な部分がある為、早々に根負けしていた。そのかわり他のおかずをもりもり食べるので良しとした。
「きゃぁぁ!!」
冷蔵庫からとりだしたおうどんをみたきいちが嬉しそうに拍手をする。うどんとしての食べ頃を超越してしまったかわいそうな主食を、まるで崇めるかのようなテンションで大はしゃぎする姿は、やっぱり可愛い。どの角度から見てもうちの天使は可愛い。
「きいち、これおいしくないぞ。べちゃべちゃしてるし、新しいおうどんにしないか?」
「やー!こぇたべぅ。」
「じゃあ、チンしような。」
「ちめたぃのたべぅ。」
「お腹壊しちゃうぞ?」
「たべぅ、あー!」
両手を一生懸命あげながら小さい口を目一杯開く。吉信は顔がだらしなくなりそうなのを堪えながらスプーンで救ったひとくちをその口の中にいれてやると、両手で頬を多いながらもむもむと食べる。飲み込むと急かすように小さく跳ねながら口を開ける。
立ったまま上げ続けるのも変なので、ひとまず器をテーブルに置くと、小さい体を抱き上げて子供用の椅子に座らせた。
「ほら、ここで食べような。」
「だだがいぃ…」
「よし、ダダのお膝で食べよう。」
「んへっ」
秒殺である。晃は椅子に座らせて食べさせることが大切だというが、こんな可愛く甘えられたら答えないわけにはいかんだろう。吉信はきいちを膝に乗せるとお豆さんや卵焼きも食べさせつつ、美味しくなさそうなうどんも食べさせた。きいちは終始ご機嫌で、吉信が片手間に煮物の豆を摘むと、スプーンでそれをすくって吉信にも食べさせてあげたりもした。ご機嫌のときしかしない大サービスだ。
やがてほのぼのとした昼食を終えると、うつらうつらと船を漕ぎだしたきいちを抱っこしてお昼寝をさせるべく寝室に向かった。
大きいベッドのど真ん中に二人で横になると、改めてまじまじと息子を見る。
ぷくぷくしたおもちのような頬を薔薇色に染め、長い睫毛はくるんと上に向かって長く伸びている。
ふわふわの天然パーマはどちらにも似ておらず、隔世遺伝だろうか、晃の祖母が天然パーマだったらしい。
今は閉じられているその瞳の色も、晃と同じ狼の目だ。すぴすぴと寝息をたてる様子が愛しく、吉信のスマホのフォルダはおかげさまで8割が嫁と息子で締められている。残りの二割はバスの時刻表となぐり書きのメモなどで色気のかけらもないが。
見られて困るものなど殆ど無いが、晃に見られると殴られるだろうなと予測される写真などは別の媒体に保存しているので抜かりはない。因みにフォルダ名は税金、申告関係書類原紙だ。
もにもにと頬をつついているうちに、吉信も眠くなってきてしまい、気付けば二人で夢の世界へと旅立っていた。
まるで大きな体を息子と同じように小さく丸め、肘を枕に寝こけた吉信は、きいちとは反対側の位置に同じような寝癖をつけることになるのだが、それもお揃いと息子が喜ぶのだろう。
「なんだぁ?」
パートを終えて、近場のスーパーへ寄ってから帰ってきた晃は、冷蔵庫を開けて目に止まった謎の物体に首を傾げた。
それは新聞紙を四つ折りに畳んだような大きさで、薄いなにかの紙がラップに包まれて卵パックの上に置かれていた。
なんだ、卵あったのか。あるかどうか曖昧だった為、普段の六個入りをやめて4個入りを買ってきたので問題はないが、手にとったその紙を端に避け、黒のマジックで古い卵に印をかいた。どうせ割ってしまうのだが、顔を描いておくときいちが喜ぶのでちまちまと描くことをやめられない。大した手間でもないので、本日も例にももれずだった。
さて、冷蔵庫の中に購入品をつめた晃に残されたのは、先程の紙だ。ラップにくるまれ厳重に管理されているその謎の物体は、まったくもって心当たりのかけらもない。
ラップにくるむなら、クリアファイルのほうが楽ではないか。そんなことを思いながらペリペリと剥がしていくと、一枚だと思っていた紙はセロハンテープでくっつけられた4枚にも渡る大きなもので、何だと思いつつそれを広げてみると、青をメインに大きく描かれた巨大魚の絵だった。
クレヨンでごりごりと塗られたであろうそれは、尻尾の部分が黄色である。見た目的には鯵なのだが、この大きさだ。もしかしたらマグロかもしれない。
「ううん…なるほど。」
だいたい読めてきた。きいち画伯がもくもくと魚を描いたあと、またよくわからないことを考えて吉信にラップに巻いて冷蔵庫に入れるようにおねだりしたのだろう。
魚は白いお家にラップのお窓でスーパーに売られている事を、興味を示したきいちに言ったことがあるからそのせいだろう。
今度水族館にでも連れて行こう。実家は海だと教えねば。
晃がそのイラストを片手に2階に上がる。おそらくお昼寝をしているに違いない、そっと寝室の扉を開けると小さいお尻を高く上げてすぴすぴと眠っていた。吉信は何故か着ていたかグレーのカットソーの右胸だけをびちょびちょにしながら爆睡している。恐らく寝ぼけたきいちが間違えて吸い付いたのだろう。途中で気づいて押し退けて、恐らく仰向けの体制で寝ることとなったらしい。
なんだか二人揃って面白い。晃はくすりと笑うと、だらしなく割れた腹を見せている吉信の服の裾を直してから、きいちのおしりを優しくぽんぽんした。
「むぁ、ふ…」
「ぶっは、よだれ凄いな。お昼寝しすぎると夜寝られなくなっちゃうぞー?」
「んむむ…まぁー‥?」
「はいはいおはよ。」
よだれでべたべたのほっぺを拭ってやりながら、抱き上げると寝ぼけ眼で晃を見上げる。まー、と呼ぶのは吉信が生まれてからずっとママと呼ぶからだ。吉信はダダ、晃はまー。なんだか扱いが違うのが面白い。きいちは晃が帰ってくると寂しかったと言わんばかりに大泣きして抱きついてくる。可愛いのだが、仕事に行きづらくてかなわない幸せの悩みの一つだ。
「うわぁぁあん!」
「おーおー、たでーまたでーま。すげぇ泣くじゃん、よちよち」
「ふぎゅぅ…」
「寂しくても寝ぼけてダダのおっぱい吸っちゃ駄目だぞ、面白すぎるから。」
今度は抱き上げた晃のカットソーの肩口をよだれでベタベタにしながらギャン泣きだ。吉信が以前、風呂上がりにあやそうとして抱き上げたときに胸に吸い付かれて悲鳴を上げていたのを思い出してしまった。あれはいい、なんだか面白すぎて爆笑してしまった。
「ダダはまだ寝てるねぇ、きいちは俺とお風呂にでも入ろうか。」
「んぃ、」
「なにそれどっち。」
そのまま風呂場に向かおうとしたとき、きいちが晃の持っていた絵を見つけた。小さい手のひらを伸ばして反応するので、そのまま渡してやるとにこにこしながら説明してくれた。
「こぇ、さば。」
「まさかの鯖?おもしろすぎるだろ…」
「だださばたべゅ。」
「多分冷凍してあるけど、なんで鯖?」
晃の疑問にきいちがもじもじしながら照れている。
根気強く答えを待っていると、あのねと続けた。
「まー、さばしゅきえひょぉ?」
「…鯖好き。」
別に好きでもなんでもないが、最近鯖が安かったのでしばらく続いたからだろうか。むしろ鯖が好きな吉信が喜々として食べていたが、自分のために描かれたのだとわかると嬉しくてつい肯定してしまう。
大きなサバの下にかかれた小さい魚はなんの魚だろう。晃がこれは?と指差すと、寝ている吉信を小さい手で指し示した。
「こぇ、だだ。」
「この魚が、だだ?」
「うゅ、おっきぃの、まー!」
きらきらした笑顔で教えてくれたことをふまえると、この大きな魚は晃役の鯖らしい。後付のように思いだして描かれた細長い魚は吉信ということか。
順調にマザコンに育ちつつあるきいちの、まービックラブ。息子からのラブレターが絵手紙とはなんとも粋である。
その下の細長い魚がいないと美味しいご飯が食べられないんだぞとおもいつつも、キャラキャラ無邪気に笑う息子が可愛くて、思わず甘い匂いのするほっぺに口づけた。
「今度はダダと、俺と、きいちの三人で描いてよ。楽しみにしてるから」
「うふふ、うゅ、いーよぉ!」
「ふぁー‥晃、鯖焼いてくれ。」
「まずはおかえりっていえ。」
のそりとおきあがった吉信に晃が突っ込む。それを楽しそうに拍手をしながらみているきいちの魚で表した家族の絵は、あながち間違いではないのかもしれない。
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「きいち、さっきからなにやってんだ。」
吉信は愛息子が画用紙に青のクレヨンで黙々と何かを描き上げている様子を見て首を傾げた。
画用紙4枚を繋げた超大作だ。ふくふくとした頬を桃色に染め上げて、何やら大きな魚のようなものを描いている。
なんてダイナミックなタッチなんだ。将来は芸術家になるのかもしれない。親ばかをこじらせた吉信は、ちんまい手で一生懸命ゴリゴリと色を塗る姿をぱしゃぱしゃと写真におさめながら、もくもくと描き続ける様子を見つめた。
「きいち、そろそろお昼だ。ひとまずやめて、飯にしないか。」
「や。」
「いやかぁ。」
端的に告げられた答えに苦笑いを禁じ得ない。やがて青色のクレヨンをしまい、水色のクレヨンを手にして、魚の体に線を描き始めた。尾ひれはなぜか黄色だ。一体何の魚を描いているのかさっぱりわからない。
というか、このくらいの子は切り身が泳いでいると思っている子が多いんじゃないだろうか。晃に抱っこされてよく近所のスーパーに向かうから、それで切り身以外の魚を見て覚えたのだろうか。
「じょうずだなぁ。お父さん、そんなに上手くかけないなぁ。」
「んふふ、ふへ、えひ…」
「晃に似た変な笑い声も可愛いぞ。」
「だだ!」
「うん?」
吉信は、ニコニコしながらきいちからピンク色のクレヨンを受け取る。パパと呼ばせたくてずっと語りかけていた結果、何故かダダと宇宙怪獣のような呼び方が定着してから、お父さん呼びを期待してシフトチェンジをしている。
というか、このピンク色のクレヨンはどうしたらいいのか。この間ものりを固めて剥がした透明なフィルムのようなものをニコニコしながら渡してきた。
わけがわからないものばかり渡してくるが、これも息子の愛情表現だろうと全部しまってある。このピンク色のクレヨンもそこに納めよう。
「こぇ、さば。」
「さば?」
「うゅ。」
ようやく答えがわかった。どうやら、このカラフルな魚は鯖らしい。鯖、よく知ってたなそんな名前と思いながら、抽象的なそのイラストを持ち上げた。新聞紙一面の大きさだ。顔と手をクレヨンで汚しながら、ニヨニヨしながら照れている。可愛い。
「さばかぁ。うまいよな鯖。晃に言って、今日は焼き鯖にでもしてもらうか。」
「うゅ。」
「これは大切にしまって、晃に見してやろうな。」
「うゅ、こぇあっち。」
あっちだ。と指を指した先は冷蔵庫だ。ならば扉にマグネットで貼るかと愛息子の要望に答えるべく、イラストを貼ろうとすると、違うと首を振る。何が違うのかと見つめると、べちべちと扉を叩いてから見上げてきた。
「ここぉ!」
「中かぁ。」
なんとなく言いたいことがわかった。要するに、魚だから冷蔵庫ということなのだろう。だけどこれは絵で、生物ではない。
吉信はしばし思案し、そのイラストを四つ折りにすると冷蔵庫の卵パックの上においた。
ここなら濡れる心配も多分ないだろう。今度こそどうだと振り向くと、サランラップを差し出された。巻けと。
「きいちはよくみてるなぁ。」
「うゅ、」
差し出されたラップでくるくるとそのイラストを包むと、いよいよ何をやっているのかわからなくなってきた。きいちは満足そうに吉信の足に抱きつきながらくふくふと笑っている。うちの天使が良いなら良しとしよう。
ついでに晃が作り置きしていたきいちのお豆の煮物と人参とピーマンを細く刻んで混ぜ込んだ卵焼き、昨日の夜きいちがとっておいたくたくたしみしみのおうどんなどを冷蔵庫から取り出す。
子供の栄誉を考えた幼児食も彩り豊かできゃっきゃと喜ぶが、なによりも一番テンションが上がるのが前日の夜ごはんのなかで一番のお気に入りを食べることだ。
ちなみに昨日は子供用の器に食べやすいように柔らかく煮込まれたうどんだったのだが、それが気に入ったのか、半分のこして明日食べると楽しみにしていたものだ。子供ながら食の楽しみ方がませている。
晃は毎回完食させようとするのだが、お気に入りにラップがかかるまで次のひとくちを食べない頑固な部分がある為、早々に根負けしていた。そのかわり他のおかずをもりもり食べるので良しとした。
「きゃぁぁ!!」
冷蔵庫からとりだしたおうどんをみたきいちが嬉しそうに拍手をする。うどんとしての食べ頃を超越してしまったかわいそうな主食を、まるで崇めるかのようなテンションで大はしゃぎする姿は、やっぱり可愛い。どの角度から見てもうちの天使は可愛い。
「きいち、これおいしくないぞ。べちゃべちゃしてるし、新しいおうどんにしないか?」
「やー!こぇたべぅ。」
「じゃあ、チンしような。」
「ちめたぃのたべぅ。」
「お腹壊しちゃうぞ?」
「たべぅ、あー!」
両手を一生懸命あげながら小さい口を目一杯開く。吉信は顔がだらしなくなりそうなのを堪えながらスプーンで救ったひとくちをその口の中にいれてやると、両手で頬を多いながらもむもむと食べる。飲み込むと急かすように小さく跳ねながら口を開ける。
立ったまま上げ続けるのも変なので、ひとまず器をテーブルに置くと、小さい体を抱き上げて子供用の椅子に座らせた。
「ほら、ここで食べような。」
「だだがいぃ…」
「よし、ダダのお膝で食べよう。」
「んへっ」
秒殺である。晃は椅子に座らせて食べさせることが大切だというが、こんな可愛く甘えられたら答えないわけにはいかんだろう。吉信はきいちを膝に乗せるとお豆さんや卵焼きも食べさせつつ、美味しくなさそうなうどんも食べさせた。きいちは終始ご機嫌で、吉信が片手間に煮物の豆を摘むと、スプーンでそれをすくって吉信にも食べさせてあげたりもした。ご機嫌のときしかしない大サービスだ。
やがてほのぼのとした昼食を終えると、うつらうつらと船を漕ぎだしたきいちを抱っこしてお昼寝をさせるべく寝室に向かった。
大きいベッドのど真ん中に二人で横になると、改めてまじまじと息子を見る。
ぷくぷくしたおもちのような頬を薔薇色に染め、長い睫毛はくるんと上に向かって長く伸びている。
ふわふわの天然パーマはどちらにも似ておらず、隔世遺伝だろうか、晃の祖母が天然パーマだったらしい。
今は閉じられているその瞳の色も、晃と同じ狼の目だ。すぴすぴと寝息をたてる様子が愛しく、吉信のスマホのフォルダはおかげさまで8割が嫁と息子で締められている。残りの二割はバスの時刻表となぐり書きのメモなどで色気のかけらもないが。
見られて困るものなど殆ど無いが、晃に見られると殴られるだろうなと予測される写真などは別の媒体に保存しているので抜かりはない。因みにフォルダ名は税金、申告関係書類原紙だ。
もにもにと頬をつついているうちに、吉信も眠くなってきてしまい、気付けば二人で夢の世界へと旅立っていた。
まるで大きな体を息子と同じように小さく丸め、肘を枕に寝こけた吉信は、きいちとは反対側の位置に同じような寝癖をつけることになるのだが、それもお揃いと息子が喜ぶのだろう。
「なんだぁ?」
パートを終えて、近場のスーパーへ寄ってから帰ってきた晃は、冷蔵庫を開けて目に止まった謎の物体に首を傾げた。
それは新聞紙を四つ折りに畳んだような大きさで、薄いなにかの紙がラップに包まれて卵パックの上に置かれていた。
なんだ、卵あったのか。あるかどうか曖昧だった為、普段の六個入りをやめて4個入りを買ってきたので問題はないが、手にとったその紙を端に避け、黒のマジックで古い卵に印をかいた。どうせ割ってしまうのだが、顔を描いておくときいちが喜ぶのでちまちまと描くことをやめられない。大した手間でもないので、本日も例にももれずだった。
さて、冷蔵庫の中に購入品をつめた晃に残されたのは、先程の紙だ。ラップにくるまれ厳重に管理されているその謎の物体は、まったくもって心当たりのかけらもない。
ラップにくるむなら、クリアファイルのほうが楽ではないか。そんなことを思いながらペリペリと剥がしていくと、一枚だと思っていた紙はセロハンテープでくっつけられた4枚にも渡る大きなもので、何だと思いつつそれを広げてみると、青をメインに大きく描かれた巨大魚の絵だった。
クレヨンでごりごりと塗られたであろうそれは、尻尾の部分が黄色である。見た目的には鯵なのだが、この大きさだ。もしかしたらマグロかもしれない。
「ううん…なるほど。」
だいたい読めてきた。きいち画伯がもくもくと魚を描いたあと、またよくわからないことを考えて吉信にラップに巻いて冷蔵庫に入れるようにおねだりしたのだろう。
魚は白いお家にラップのお窓でスーパーに売られている事を、興味を示したきいちに言ったことがあるからそのせいだろう。
今度水族館にでも連れて行こう。実家は海だと教えねば。
晃がそのイラストを片手に2階に上がる。おそらくお昼寝をしているに違いない、そっと寝室の扉を開けると小さいお尻を高く上げてすぴすぴと眠っていた。吉信は何故か着ていたかグレーのカットソーの右胸だけをびちょびちょにしながら爆睡している。恐らく寝ぼけたきいちが間違えて吸い付いたのだろう。途中で気づいて押し退けて、恐らく仰向けの体制で寝ることとなったらしい。
なんだか二人揃って面白い。晃はくすりと笑うと、だらしなく割れた腹を見せている吉信の服の裾を直してから、きいちのおしりを優しくぽんぽんした。
「むぁ、ふ…」
「ぶっは、よだれ凄いな。お昼寝しすぎると夜寝られなくなっちゃうぞー?」
「んむむ…まぁー‥?」
「はいはいおはよ。」
よだれでべたべたのほっぺを拭ってやりながら、抱き上げると寝ぼけ眼で晃を見上げる。まー、と呼ぶのは吉信が生まれてからずっとママと呼ぶからだ。吉信はダダ、晃はまー。なんだか扱いが違うのが面白い。きいちは晃が帰ってくると寂しかったと言わんばかりに大泣きして抱きついてくる。可愛いのだが、仕事に行きづらくてかなわない幸せの悩みの一つだ。
「うわぁぁあん!」
「おーおー、たでーまたでーま。すげぇ泣くじゃん、よちよち」
「ふぎゅぅ…」
「寂しくても寝ぼけてダダのおっぱい吸っちゃ駄目だぞ、面白すぎるから。」
今度は抱き上げた晃のカットソーの肩口をよだれでベタベタにしながらギャン泣きだ。吉信が以前、風呂上がりにあやそうとして抱き上げたときに胸に吸い付かれて悲鳴を上げていたのを思い出してしまった。あれはいい、なんだか面白すぎて爆笑してしまった。
「ダダはまだ寝てるねぇ、きいちは俺とお風呂にでも入ろうか。」
「んぃ、」
「なにそれどっち。」
そのまま風呂場に向かおうとしたとき、きいちが晃の持っていた絵を見つけた。小さい手のひらを伸ばして反応するので、そのまま渡してやるとにこにこしながら説明してくれた。
「こぇ、さば。」
「まさかの鯖?おもしろすぎるだろ…」
「だださばたべゅ。」
「多分冷凍してあるけど、なんで鯖?」
晃の疑問にきいちがもじもじしながら照れている。
根気強く答えを待っていると、あのねと続けた。
「まー、さばしゅきえひょぉ?」
「…鯖好き。」
別に好きでもなんでもないが、最近鯖が安かったのでしばらく続いたからだろうか。むしろ鯖が好きな吉信が喜々として食べていたが、自分のために描かれたのだとわかると嬉しくてつい肯定してしまう。
大きなサバの下にかかれた小さい魚はなんの魚だろう。晃がこれは?と指差すと、寝ている吉信を小さい手で指し示した。
「こぇ、だだ。」
「この魚が、だだ?」
「うゅ、おっきぃの、まー!」
きらきらした笑顔で教えてくれたことをふまえると、この大きな魚は晃役の鯖らしい。後付のように思いだして描かれた細長い魚は吉信ということか。
順調にマザコンに育ちつつあるきいちの、まービックラブ。息子からのラブレターが絵手紙とはなんとも粋である。
その下の細長い魚がいないと美味しいご飯が食べられないんだぞとおもいつつも、キャラキャラ無邪気に笑う息子が可愛くて、思わず甘い匂いのするほっぺに口づけた。
「今度はダダと、俺と、きいちの三人で描いてよ。楽しみにしてるから」
「うふふ、うゅ、いーよぉ!」
「ふぁー‥晃、鯖焼いてくれ。」
「まずはおかえりっていえ。」
のそりとおきあがった吉信に晃が突っ込む。それを楽しそうに拍手をしながらみているきいちの魚で表した家族の絵は、あながち間違いではないのかもしれない。
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