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阿鼻叫喚を駆け抜けろ!

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「馬鹿!!ほんと馬鹿!!ぜってぇ許さねぇかんなまじでええええ!!!」

きいちが飛び込んだ試着室から、まるで爆発したかのように怒声とともに暴れるような音がした数秒後、鋭いカーテンが引かれる音とともにチャイナ服を身に纏った姿でキレながら飛び出してきた。

淡路と坂本が、あ。律儀に下も脱いだんだ。とおもうほど、きいちは真面目に着てくれたようだ。
前回文化祭の女装コンテストで着られたチャイナ服とはまた別の着丈の短いそれは、きいちの白く滑らかな足を薄いデニールのニーハイソックスを纏わせた絶対領域がなんとも艶めかしいブルーのショートドレスだった。
屈んだら前だけ隠れるので三輪車で泣く必要はないだろうが、完全にエロテロリストになる気配しかない。きいちがぶちきれているのはそれだけではなかった。

「なんで!!!メンズランジェリーまで!!!処す!!!絶対に許さん!!!」

履いていたボクサーを握りしめ、恐らく下半身は…と叫び声を正しく理解した元気な思春期男子や来場していた卒業生、そして実行委員は走ったら捲れてしまいそうな布の先に隠された神秘を想像して、色々な意味で何かを飲み込んだ。

そのまま一番に試着室を出たきいちは、ドレスの前後を乱れないように抑えるものだから内股気味にパタパタと走る。だが、あとから続いて出てきた走者たちも、阿鼻叫喚状態であった。

「やばいやばいやばい!!!思った以上に安田の恨みがやばい!!!」

悲鳴を上げながら続いて飛び出してきた先ほどの水泳部の先輩である、田所だ。その格好は逆三角形の体を無理やり押し込めたバニーガール姿で、それもまた別のベクトルでの性癖を刺激する形となった。
その股はどうやって収めているのかと疑問に想う位で際どい隙間を隠すようにステンレスのお盆で前を隠しながらきいちの後に続く。

田所は目の前を走る女子に見えるきいちに一瞬硬直したのだが、自分の格好を冷静に見つめ直すと情けなくなる。きいちは似合ってるけど俺はさすがにやばいだろ。顔にデカデカと無理と書かれた表情で、眼の前の景色を楽しむ余裕もなかった。

三番レーンを走る、フラスコドリンクをシェアした科学部の仁は、ペラペラの体をメイド服に身を包み、2番レーンを走る剣道部の下山はたくましい体をショッキングピンクのボディコンドレスに金髪巻毛の鬘である。言い忘れたが、田所はバニー耳できいちはツインテールだ。短い髪の毛で出来上がったそれはふよふよしていて小さい子みたいである。

そして最下位となった一番レーンのバスケ部の野田は185センチのウエディングドレス姿であった。

まさに笑いと阿鼻叫喚、そして少しの欲の目と開いてしまった新たな扉に会場の熱気が良くも悪くも高まっていく。

最初の編みくぐりでは、きいちがすべてを諦めたように四つん這いになって網の下をくぐるので、あとに続いた四人はダイレクトにメンズランジェリーに包まれたまろい尻に色々な意味で大慌てだ。ちなみに田所以外もメンズランジェリーが用意されているのだが、みんなはボクサーである。きいちだけが根は真面目という性格が祟って履いている。結局田所が自らの股間を犠牲にして持っていたステンレスのお盆できいちの尻を視覚的に消しつつ、野田と人生の笑いを誘うコスプレを積極的に目で見て邪な欲を散らす。

「きいちはおとこきいちはおとこきいちはおとこ」
「田所先輩こっわ!!無だ、顔が虚無になってる!!」

応援してくれる水泳部の声も聞こえるが今は煩悩を吹き飛ばすのに忙しいので後にしてほしいし、後普通にうるさい。
きいちは一足先に観客席側に作られたパン食いゾーンに走り、ぶら下がっていたチョココロネに向かって口を開けてぴょんぴょん跳ねる。バッチリ裾は抑えてあるが、正直手で取りたくて仕方がない。
後ろから田所を抜かしたウエディングドレスの野田が走ってきて横に並ぶと、その長身を活かしてガブリとパンに噛み付いた。跳ねてすらいない。

「のだ!のだ!だっこ!!」
「はぁ!?!?」

持ち上げてくれないと届かないようなアホみたいな位置にパンをぶら下げた野郎は処す。きいちは心に決めていた。それくらいパンの吊るされている棒は風に揺られて高さを変える仕様になっており、裾を握ったまま野田に駆け寄ると、しぶしぶといった顔できいちの腰を掴んでもちあげてくれた。

「役得なのか罰ゲームなのかわからん!!」
「ぁぐっ…のふぁほへたかはおほひへ!!」
「だぁあもう!!お前はさっさといけ!!」

結局野田の好意でミュージカル宜しく持ち上げられたきいちは、見事パンをゲットした。なぜか野田が先にいけと男らしいことを言ったので、お言葉に甘えることにする。三輪車にまたがる直前に振り返って確認すると、野田がきいちとおなじような身長の仁と田所を持ち上げていた。なるほどリフト役を買って出たようだ。

きいちはもごもごとチョココロネを頬張りながら三輪車の前につくと、なんとなく黄色が好きなので背の低いそれに決めて跨がろうとした。が、やはり目線が気になって仕方がない。
なんだか目の前の客席におっさんやら何やらが密集しておりたいへん暑苦しいことこの上ない。

やっぱりボクサー履いとけばよかった。まったくもって不本意だが、このままでは目の前の男どもに息子さんをコンニチワして悲鳴を挙げられる気がしないでもない。でもまあ前垂れの部分でぎりぎり隠れるだろうと腹をくくってよいせっと跨がる。
こういう思い切りのいいところは晃に似たのか、男気を見せる場面を間違えてると毎回言われる。

そしてきいちが想像していたよりもやかましい雄叫びに送り出されながら、運十年ぶりの三輪車をキコキコと転がしながら残りの15メートルを走る。めちゃ遅い。股関節が死んでしまうかもしれない。

ちょうど横を向くと、晃が指差して爆笑していた。吉信がカメラを向けてきたので、いぇーいとピースでアピールをしてみた。
俊くんはもう驚くほど不機嫌な顔で今にも飛び出しそうになっているのを忽那さんが宥めていた。なんでそう怒っているのかはわからないけど、こういうときは大体きいちがわるいのでちょっとだけ悲しくなったのだが、後ろのほうから田所、仁、野田、そして下山が三輪車に跨り追いかけてくる。なんというか絵面がやばい。妖怪大行進である。下山が普通に息子さんをボロンさせそうになって転倒したが、下山の大開脚はかわいそうに、田所の目の前で行われたようで、一人悲痛な叫び声を上げていた。

「めっちゃ、圧やばい…うう、股がすーすーする…」

ニーハイソックスはデニールが薄すぎた為に所々ボロボロで、これ弁償するのだろうかと考えて辟易する。だがこんなトンチキ騒ぎもこれでおわりである。係り員がもっているボックスに手を突っ込んだきいちは、ぺりっと一枚の紙の糊付けを剥がした。

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