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晃と吉信、そして僕。3

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晃は語った。出産を経験してしまえば、他の辛さなんて痛くも痒くもなくなるということを。
そして吉信は悟った。出産を前にして、旦那は無力であるということを。


予定日が近づき、胎動もしっかりとわかるようになってきた。つわりも収まってからは晃の体重も少しずつ増え、腹の子のために好き嫌いせずによく噛み、よく食べた。
膨らむ腹を撫でながら、長いまつげをゆっくりと蝶の羽のように揺らしながら、ベビー用品が乗ったカタログをぺらりと捲る、そんな番の様子を愛しそうに吉信は見つめていた。

あれから、願いが届いたかのようにぱたりとつわりは止んだ。晃は徐々に元気を取り戻し、得意の手料理も問題なくこなした。
出産は体力勝負と言われていたのもあり、二人で手をつないで散歩をすることも増えた。こうしてゆっくりと二人で過ごせる時間は後どれくらいだろうと考えるのも、とても楽しい。

晃の母からは、出産するなら一度帰ってこないか?との申し出があったのだが、既に勇の介護で手一杯な母に、自分の身の回りの世話まで押し付けるのは嫌だ。晃は丁重に断ると、吉信がついているから大丈夫だと笑った。

事実、出産に至るまでは良くやった。吉信がせこせことよく動き、ネットで調べながら入院の準備をし、すぐ使うであろう哺乳瓶や搾乳機、おむつやらなにやらを百貨店で買いあさり、顔の整った美丈夫が嬉しそうにしながら出産前に必要な用品すべてを抱きかかえて去っていく姿は、暫く赤ちゃん売り場の店頭スタッフへと語られるくらいには似合わなかった。

あの完璧な身なり、容姿にメルヘンな紙袋はとんでも無く似合わなかったのだ。紙袋に入り切らなかったクマのぬいぐるみは小脇に抱えていた為、余計に。


そしてついにその時がきた。
計画出産で入院していた晃が産気づいたのだ。
吉信はしっかりと連休を確保していたので、勿論立ち会い出産をするつもりだった。

「ぅ、…っ…っ…」
「辛いな、ここ擦ったら楽になるか?」

病院に到着し、病室に向かう途中で破水した晃は感染予防の為にすぐに出産の準備をしたほうがいいと言われ、陣痛促進剤を投与された。

食べれるときに食べておけ、と医師に言われた通りに吉信はおにぎりやサンドイッチなどを買って晃に食べさせながら、緊張する晃を励ました。ここまではよかった。

陣痛促進剤を投与し、最初の陣痛の波はやり過ごせたものの、子宮口が4センチまで開いてくると、晃は今まで経験したことのない痛みに声すら出なかった。もはや息も絶え絶えで、このまま死んでしまったらどうしようかと吉信が青褪めるほどだった。

顔色はまっしろで息は浅い、痛みからか小さく震えながら、痛みを散らそうと握りしめたスチール缶は見事に握力に負けて凹んでいる。脂汗をにじませながら、吉信が飲み終えた珈琲の、あの硬い、吉信ですら握りつぶすことのできないスチール缶を、晃の細く白い手が親の敵とばかりにみしみしと手の跡をつけている。 

「そんなに、痛いのか…」

何気ない一言だ。痛みを分かち合うことができない吉信が、寄り添おうと思って発した何気ない一言。
晃はその答えを、吉信の何気ない一言に対する正しい言葉が出てこなかった。
ただあまりの痛みに、当たり前だろと無言で見つめ返すことしかできなかった。
あと6センチ、10センチにならないと赤ちゃんが出てこれないと言われ、この身を裂くような痛みがまだ半分以上残っていることに絶望していた。

「今日中には生まれないかもしれないね…」
「そうですか…」

もう陣痛が始まってから数時間は経っている。オメガのお産は長時間の痛みとの戦いだ。吉信は体を温めてあげたほうがいいと言われ、布団の上から腰や背中を撫でながら、何もできない自信に歯噛みした。

そして時刻は日をまたいで3時頃だった。
陣痛の間隔が狭まり、医師の判断で分娩室に移動することになった。晃は口にタオルを詰め込みながら痛みを深呼吸でのがしていた。車椅子が用意されたが、起き上がるのも苦痛な表情であった。
抱き上げるべきかと医師にきくと、変に圧迫しないほうがいいと止められた。
晃は二十分はかけて車椅子にのり、そのまま分娩室まで運ばれた。

「いよいよだな、大丈夫だぞ。頑張れ。」

分娩台に乗り、とにかくリラックスをする様にと言われていたので、吉信は肩をさすったり腹をさすったりと辛そうな晃に寄り添おうと必死だった。
死にそうな顔で何かを伝えてこようとする晃の様子に、何も言うな。わかっていると頷くと、泣きそうな顔をされた。

「奥さんの真横に移動して、僕と立ち位置変わってください。」
「あ、ああ…」

吉信が晃の後ろに移動すると、何故か肩をもむようにしながら励ました。晃は気が散るから揉まないでほしかったし、なんなら外で待っていてほしかった。だが口からは痛みのうめき声しか出なかった。
担当の先生からは苦笑いされた。
出産までもう少しとなった晃にとって、必死で励ます旦那の吉信は完全に邪魔であったのだ。

そして頭が見えてきたと気の遠のくような中、医師の呼吸に合わせて力んでいた。出血が思ったより多く、頭上では大丈夫なんですか先生!!とやかましく慌てているが、もはや相手にすらされていなかった。

晃は兎に角早く産み落として、この痛みから開放されたかった。こめかみに血管が浮き出るほど力みながら、頭上で一緒になって吉信が行うラマーズ法呼吸の風圧もうざったかった。

晃は涙を流しながら、吉信に向かって叫んだ。

「ぐぅ、ううう…っ!ぉ、お、おおお前は黙っておとなしくしてろぉ、おあ"、あ"ぁ…っ!!」
「う"っ…」

吉信をとにかく遠ざけたくて振り上げた拳は見事に顎に入り、晃はその瞬間に痛みから開放され、きいちは元気な産声をあげたのだった。

きいちを取り上げた先生は死にそうな表情でぐったりする晃にきいちを見せたあと、床に倒れ伏したまま気絶している吉信を回収するための担架を持ってくるようにと無駄な指示出しをするはめになった。

「よく頑張ったね、元気な男の子だよ。あと旦那さん倒れちゃったから赤ちゃんと一緒に一旦こっちで預かるね。」
「………まじで…すんませ、」

晃は地獄のような痛みから開放された疲労と、申し訳無さで遺言のようなトーンで謝った後、プツリと意識を手放した。

分娩室には、元気なきいちの産声だけが響いていた。


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