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嫌わないで *

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「ふ、ぅあ…っ」

突然体が言うことを効かなくなるというのを、僕は初めて体験した。しかも最悪なことに、俊くんの家というシチュエーションでだ。

「っ、きいち!」

ぶわ、と鳥肌が全身を包むみたいに痺れを伴った反応にびくりと体が跳ねた。ガタン、と音を立てて慌てて立ち上がると、面白いくらいに膝に力が入らなくて、そのままスプーンが床に落ちるように良い音を立てて床に崩れた。

「きいち?おい、大丈夫か!?」
「お、おかしい…っ、おかしいよ、」
「なにが?どうした、おい!」
「し、しゅんく、っ…ぼ、ぼく…っ」

首の後が燃えるように熱い。まるで肺が小さくなったかのように呼吸もうまくできず、泣きたくないのに涙が出てきた。
何がなんてそんなことになったのかわからなくて、駆け寄ってきた俊くんの手を、すがるように握りしめた。

お腹の奥が変だ。なんだこれ、俊くんの手を力強く握っているはずなのに、全然力が入らない。情けないくらいさっきから僕が泣くから、俊くんは焦ったような顔をしながら背中をさすってくれる。
でもそれはだめだ、逆効果である。

「ひ、やめ、やめてぇ…っ」
「おまえ、」
「し、ゅ…たすけ、っ…こぇ、なに…っ」

恐い、死んじゃうんじゃないかと思うくらい全身の甘い痺れと視界の点滅が恐い。
ろれつも回らないし、口端からはだらしなく唾液が伝って床を汚した。人んちの床の上で蹲ってる僕はどんだけ迷惑なのだろう。
嫌われたらどうしようとおもったら、もう余計にだめだった。

「発情期、か?でも、なんで…」
「きら、わな…でぇ、っ」
「ああ、大丈夫、大丈夫だから落ち着け。」

はつじょうき、という俊くんの言葉を薄ぼんやりと聞き取ると、なるほどこれが。と納得した。
でも、これはなんだ?たしか保険の授業で習ったのは、アルファとオメガが互いに番にしたいと思ったらなるのではなかったか。

あの時、告白の答えも聞いていないのに、なんでこんな。
僕の口は意味をなさない声しか出せないまま、ぐしゅぐしゅと情けないくらい泣いていた。もう赤ん坊だったときバリに泣いてたと思う。
俊君はひょい、と僕を抱き上げると重さを感じさせない足取りでどこかへ連れて行かれる。
もう、どうにかしてほしかった。このお腹の中のぐるぐるも、疼くうなじも、とにかく、全部どうにかしてほしかった。

「きいち、ごめんな、ちょっとだけまってられるか?」
「ひ、ゃ、やだ!やだぁ…っいや、だっ」
「怖いよな、これやるから少しだけ我慢してくれ。」
「ひ、ぅうー…っや、ぁ…だっ」

何かわからないけど、物凄くいいにおいがして落ち着くものを被せられた。くん、と香るのはミントのような、それでいて後から優しく包み込むような甘さが混じったものだ。
俊くんのばたばたと走る音がしたとおもうと、何かを倒すような、大きな音がして騒がしい。
僕はちうちうと貰ったいい香りのするそれを口に含みながら、暑くてたまらない体を持て余すように無意識にシャツのボタンを外していた。

「ふ、ぅ…、っひ、ゅんふ…」
「おまたせ、きいち。あぁ、すごい匂いだ…」

僕そんなに臭いのかな。と恥ずかしくてまたじわりと涙が出てくる。貰った大好きな香りがするものを取られたくなくて、ぎゅうと抱き込んでうずくまった。
俊くんがそのまま覆い被さるように抱き締めてくれるのが嬉しくて、俊くんの胸元にすり寄るとさっきよりも濃い香りが体を包んだ。

「う、ぅ…ぁ、っ」
「っ、くそ…」
「し、ゅっ…すき、すきい…うぇ、えっ…ううっ」
「ああ、きいち、きいちすきだ。俺も、っ」
「ん、んぁ…っ」

ぐい、と顔を無理やり上げられると、僕の半開きの口に花の蜜のような甘いものが入ってくる。ぬるりと肉厚なその熱は、僕の思考をかんたんにとろけさせるようにすこしだけ乱暴に口の中を攻め、何度もその蜜を飲み込んだ。
こくん、とそれを飲むたびに、俊くんの切羽詰まった、それでいて嬉しそうな顔が僕を見つめてきて、恥ずかしいことにそれだけで何度か下着の中を汚してしまった。

「きいち、俺は…後悔したくない。」
「う、ぁっ…なに…?」
「俺のになれ、俺の番に。」
「ぁ、つ…がぃ…?や、しんな…しら、な…」

甘い蜜が俊くんの唾液だと理解したとき、初めてのキスに喜ぶまもなく俊くんの首に腕を回していた。後悔の意味はわかんないけど、今はとにかく目の前の俊くんのことが欲しかった。

「う、ん…っ」
「飲め、いいこだから」

無理やり口を指で割り開かれたかと思うと、なんだか漢方のような不思議な味をしたものが口の中を流れ、いわれるがままにそれを嚥下した。

「は、飲んだな?いいこ。」
「ぁ、あ?っ…あぅ、ンっ…」
「ん、っ…ぐ。」

ひくん、と体が震えたかと思うと、さっきよりも少しずつだけれど呼吸がしやすくなってきた。全身が性感帯になったのではと疑うくらいのしびれも軽減しはじめる。
俊くんは、眉間にシワを寄せながら、タオルを口に噛みしめるようにしてくわえながら見つめていた。
こめかみに血管が走るほど何かをこらえながら、何度も僕の首筋に顔をうずめながら呼吸を整える。
僕は徐々に戻りつつある思考で、先程飲まされたのは即効性の抑制剤のようなものだと理解した。

「しゅんく…っ、これ…」
「ふ、…っ」

腰に押し付けられた熱い俊くんの性器に、こんな状況でも我慢する忍耐強さに、ああ、僕のためか。と理解した途端に愛しさがこみ上げてきた。

タオルを犬のように噛んで我慢するその口端に、ちゅ、と口付けを落とすと、僕は確かめるように俊くんのそこに手を伸ばした。

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