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名前を呼べたら

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大暴れして、見知らぬやつと友達になった。

吉崎は先日あった出来事を反芻するかのように思いだしていた。
寝転んだベッドの上、優しく包む布団のぬくもりに包まりながら、時計を見る。
まだ準備するには一時間近く早かった。

文化祭、絆されるようにでたミスコンで惜しくも2位になったのだが、そのことを責めるでもなくクラスのみんなからは謝られた。
心の距離を取られていたのは薄々感じていたが、皮肉にも自分が暴れたことにより、クラスの皆の誤解が解けたのは笑えた。

「嫌がることしてごめんね、そんなつもりじゃなかったんだ。」

俺が胸ぐらを掴んで最初に怒鳴った生徒だ。
文化祭という無礼講、この機会なら近づいてもいいのではないかと思ったらしい。
もちろん、下心がなかったとは言わないが、入学してから無意識のうちに遠巻きにしてしまった距離をもしかしたら縮められるかもしれないと思ったらしい。

わけがわからなかった。今更どうしてそれを言うのか。

「いいよ、もう。」

困惑した。それと同時に、あのときとは違うなにかが変わる気がした。

思えばあの日は気持ちの荒ぶり方がすごかったなと思う。ミスコンで勝ったら友達になってくれるのか、俊とかいう酷く整った顔立ちの男はいたずらっぽく笑った割には、2位に収まってしまった自身を何事もなかったかのように受け入れ握手をした。

悪いやつではないのだろう。距離感は近かったように思うが、男同士の友達ならそれも普通かと思うことができた。

それよりも、片平だ。

幅の広い二重が眠そうなやつという印象だった。おっとりとしていて、常にめんどくさそうな様子だったが文化祭実行委員としてはよくやっていたと思う。

あいつにも蟠りを正面から暴力とともにぶつけた。
パニックになっていた、ということもあるが、俊から渡されたジャージがあいつのものだったという事実に、だまし討のようなミスコンを開催した当事者ということも含めて踊らされた気分になったのだ。

もういっぱいいっぱいで、これ以上悪くなったとしても仕方ないと、自暴自棄になって感情を曝け出したのに、気がついたら抱きしめられていた。

「ごめんね、ちょっとだけ落ち着こうか。」

殴りかかった拳を軽々と受け止められ、そのまま苦しいくらい包容されたのだ。

走り回ったのか、汗の匂いが微かにした。俺よりも10センチは高いだろう、頭を胸元に押し付けられるようにして包まれる。酷く乱れていた呼吸はあまりの衝撃に強制的に整えさせられた。
代わりに喧しくなったのは心臓だった。

こんなふうに抱きしめられることなんかない。同じ男の癖に、嫌悪感は不思議と抱かなかった。

顔に一気に血がめぐる。腰が抜けた俺を抱き上げるので、慌ててしがみつくと褒められるように背を叩かれた。

なんだこれ。

改めて考えてみると、過呼吸に陥った俺を落ち着かせるための行為だったのだろう。
普通目の前のやつがそうだとしても、自分に危害を加えたのだ。ほっておいてもいいはずなのに。

俺を見て、心配して、遠巻きにしないでくれた。
それだけで十分だったのだ。

「うぅ、」

もぞり、とシーツに顔を埋める。これはなんだ。
目を瞑ると、片平の眠そうな顔や、柔らかい口調。そしてしっかりと包み込んできた腕の力強さや汗の匂いが蘇ってきて忙しい。

文化祭以降は一気に友達が増えた。顔には出さないけど、凄くすごく嬉しい。
関わり合うことの大切さを、改めて感じることができたのだ。

今日も、片平は来るのだろうか。期待している自分がいる。

休み時間に声をかけられたときは心臓が跳ね上がった。たまに益子とかいう余計なやつもついてくるけど、ノートの貸し借りがこんなに楽しく感じるのも、思えばあの日からだった。

吉崎学は恋をした。いつもけだるそうな、それでいて変に優しいところのある片平喜一に。

ぎゅ、と抱きしめた抱き枕は、あのときの背中に比べるとひどく柔らかくふかふかしている。

それでも、目を瞑ってあのときのことを思い出すには十分だったのだ。

いつか自分に、名前を呼ぶことができる日が来るのだろうか。
こんなひねくれて不器用な自分を、あいつが学と呼んでくれるように。

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