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ロンサムボーイと、チワワの咆哮
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素肌に滑るシーツが心地よい。美樹は微睡の中、その感触を確かめるようにしてベットを撫でた。
俺、いつ帰ったっけな。薄ぼんやりとした思考のまま、ゆっくりと瞼を開ける。視界いっぱいの白い寝具に埋もれたまま、美樹はしばしの間ぼんやりとした。
耳をすませば、か細くクラシックのようなものが流れている。テレビをつけっぱなしにして寝ていたらしい。モゾモゾと寝具に埋まると、手だけ出してチャンネルを探す。
もふりと手に何かが当たった。毛並みの良いそれを確かめるように撫でる。自分の枕元に、そんな上等な毛皮を纏ったクッションなんて存在しない。美樹はその手をゆっくりと寝具の中に戻すと、胎児のように丸くなった。
きっと、自分はまだ夢を見ているに違いない。そうであってほしい。今日は幸い休みだし、もう一度寝て起きれば、きっといつもの日常が戻ってくるに違いない。そう己に諭して瞼を閉じる。
しかし、その安眠は即座に妨害された。布団の中に、ずぼりと突っ込まれた湿った何かが、ふんふんと美樹の顔を検分するかのように濡れた鼻先を押し付ける。
「…ぅ、」
ベロンと肉厚な舌で顔を舐められて、流石に目が覚めた。恐る恐る寝具から顔を出すと、アーモンド型をした黒目が可愛らしいゴールデンレトリバーが、ハカハカと舌を出して美樹を見つめていた。
「…うちぺっと飼えないんですけど…」
どこのこ、と思いながら、ゆっくりと体を起こす。しかし、どこの子、はあちらのセリフだったようで、ゴールデンレトリバーは軽やかな足取りでベットに乗り上げると、豊かな尾を振り回しながら美樹に飛びついた。
「どゎ、っえぇ、っここ、いたたっ」
「オハヨゴザマス?」
「ふぅえっ」
ベットから転げ落ちた美樹に向けて、つぶらな瞳を向けていたゴールデンが語りかける。わけもなく、その聞き覚えのある独特なイントネーションに己の意識を覚醒させると、美樹はゴールデンレトリバーをしっかりと抱きしめたままびしりと固まった。
『やっぱり、金髪が好き?』
『…ふ、普通…』
ベッドの上から、ひょこりとアダムが顔を出す。朝から見ても眩しいくらいの顔面に思わず表情が顔の中心に集まった。どうやらこのゴールデンレトリバーはアダムのペットらしい。ウォンッとこれまた外国暮らしの犬のように良い声で吠えると、早々に美樹を踏み台にしてアダムの横に侍る。
『おはよう美樹、僕よりも先に床にキスをするつもり?』
『…あ、あだむ。』
『それは、ベイビーのモノマネ?』
辿々しい口調で己の名前を紡いだ。そんな美樹に、アダムは気の抜けたような笑みを向ける。大きな掌を、差し出されるままに握り返す。ぐっ、と力がこもって、美樹の体は軽々と持ち上げられた。
再び尻を落ち着けたベッドの上、己の隣にゴロリと寝転がったゴールデンレトリバーに視線を送る。その黄金色の体毛をそっと撫でると、まるで返事を返すかのように、ふさりと尾が揺れた。
『彼はダイフクだよ。僕の友人さ。』
「お前、大福っていうの…」
『日本のスイーツの名前、美樹も知ってる?僕、あれが好きなんだ。』
『知ってる。豆が入っているのもあるんだよ。…というか、俺、』
にこりと微笑んで、何気ない会話を切り出してくるアダムを前に、美樹はその頬をじんわりと染めた。あのナイトクラブでの出来事を思い出してしまったのだ。
アダムは片眉を上げると、寝具を引っ張り、美樹の体を隠す。どうやら見慣れぬこの場所はアダムが住んでいるところらしい。キョロ、と視線を巡らせれば、寝室だけでも美樹が住んでいる部屋よりも広そうだ。
大きな窓から見えるのは、美樹が童貞を捨てようとした街だ。その景色を一望できるかのような高いビルの一室に、美樹はいる。これは一体どういうことか。思わず呆けたまま硬直していると、見慣れてしまった龍が彫られた逞しい腕が、そっと美樹を抱き寄せる。
長い腕に閉じ込められて、思わず肩が小さく跳ねた。自分は昨日、この腕に抱かれたのだ。心臓を忙しなくさせていれば、己の頬に頬を重ねるかのようにして、アダムがすり寄ってきた。
『俺のものになってって、言ったでしょ。美樹。だから僕は家を教えたんだよ。』
「うぇ、」
『本当は、あんまり教えちゃダメなんだけど。でも、美樹は俺のものだから、特別。』
そういって、チョコレートを溶かしたかのように甘い声で囁いた。訳のわからないまま、美樹が体温を上げる。なんだ、居場所を教えちゃいけないって、一体どういうことだ。ただの語学留学ではなかったのか?こんなブルジョワジーな家に住めるアダムって、一体何者なんだ。やら、そんな思考が目まぐるしく頭の中で巡って、なんだかとっても忙しない。
『ぁ、アダム、って、何者…』
『フリーターだよ。』
『フリーターが住める家じゃなくない…』
『んー、まあ、強いて言えば絵を描いている?』
そっと頬に口付けられたかと思えば、ひょいと立ち上がった。そのまま美樹を寝具に包むようにして抱き上げると、モデルルームのように広いリビングへと連れてこられた。テレビだけで畳ほどはありそうだ。それが、美樹の家の浴槽くらいの大きさのテレビ台にお行儀よく乗っている。そのまま現代アートのような銀色の丸いランプがぶら下がっているスタンドの近くのソファに降ろされると、アダムはパチンとテレビの電源をつけた。
ー話題のアーティスト、エイデン・ロンサムボーイが、初めて日本に上陸しました。
ー外国人アーティストでありながら、日本の浮世絵にインスパイアされた作品で人々を魅了するエイデン・ロンサムボーイは、海外のセレブを中心に熱い視線を浴びております。気まぐれでしか描かない。と公言している通り、彼の作品数はそこまで多くはありません。しかし、現代アートが注目される中、彼は風刺画を中心とした作品でコレクター達を惑わせてきました。
ー彼の目には、世界の景色が一体どのように見えているのでしょうか。巧みな色彩感覚で書き上げられた作品の数々、世界未発表の作品を含めた23点が、日本で凱旋個展を行います。
テレビ画面に映し出された、雄々しいタッチの絵画の数々。それはスパイスの効いた風刺画を中心としたものが多く、最近では美樹の知っている海外アーティストのアルバムジャケットなども手がけている人物であった。
キャップにフード、マスクで顔を隠している事が多く、素性は知れ渡ってはいない。しかし、某国の有名な美術館で個展を開いたり、オークションでセリにかけられたハガキサイズのイラストが一千万を超えていたりと、何かと話題に事欠かない有名な人物だ。
わかっていることは、どうやら顔がいいこと、年齢が若いこと、そして心に決めた人がいるということ。最後の一言はエイデン自らがインタビューに答えたことであり、自分の絵で有名になったら、好きな人を迎えに行くのだと無邪気に宣い、メディア側に公言をしろと進言した。
なぜ素顔を出さないの?そう答えたインタビュアーに、それじゃあサプライズにならないだろう。といって可愛らしく笑った彼の人柄と、そのロマンチックなストーリーに各界が盛り上がり、有名なアーティストでありながら、着飾らないその姿勢に数々の共感を得ている。
「えいでん、ろんさむ…」
『アダムって呼んで、それはペンネームみたいなものだから。』
ちゅ、と可愛らしい音を立てて、頬に口付けを贈られる。美樹は、呆気に取られたように硬直していた。まさか、己の人生において、そんな衝撃的なことが起こるとは微塵も思わなかったのだ。
美樹の指が指し示すテレビ画面には、エイデンのシルエットが写り、メディアと言葉を交わしている様子が映されていた。その声は正しく隣のアダムの声であり、美樹は呆然とした表情のまま、ぎこちなくアダムを振り返った。
行き場を失った美樹の掌を、エイデン・ロンサム、基、アダムの男らしく節張った手が、そっと掬い上げる。その手の甲にリップ音を立てながら口付けると、アダムは柔らかく微笑んだ。
『美樹、君が僕の探し人だ。』
『俺…ぇ?』
『恋愛は、外堀から埋めるタイプなんだ。幸せにするから、今すぐオーストラリアで挙式を上げよう。』
ウォン!ダイフクが、よくやったといわんばかりに元気に吠えた。美樹の中で、その外堀は、きっと下から見たら城壁ほどの高さになっているのではなかろうか。と、そんなことを思った。
美樹は我に帰ってから、元カノにバレたが大丈夫なのかと確認をしたり、自分はパスポートを持っていないから外国には行けないだとか、アダムを必死で取りなしていたのだが、アダムは満面の笑みで心配しなくていい。とだけ宣った。
性癖がバレても、己の恋が実ったのだから問題はない。それに彼女だってエイデン・ロンサムの影響力を知らないわけではない。何より、元カノだといったのは美樹だけであって、エイデンとしてはそういう関係を持った覚えはない。
外国では付き合ってください、とは言わないらしい。お試し期間はあるが、アダムはそういうのも面倒臭がってしてこなかった。経験があるのは否定はしないが、そういった関係は日本に来るときに片付けてきたとのこと。
『美樹、パスポートを作ったら、結婚式をあげよう。イエスって言って。』
『ま、待って、日本人は両親に挨拶をしてからだからっ、す、すぐにはっ』
『オーケー、やっぱり僕が日本語から勉強した方が良さそうだ。すぐに家庭教師を手配するよ。』
『それなら俺が教えるから、あ、アダムは身元がバレるようなことはしないでっ』
思わず、美樹はアダムの手を握りしめ、勢いでそんな事を言ってしまった。
アダムは、小さな手に握りしめられた己の掌と美樹の顔を視線で往復すると、それはもう嬉しそうに愛好を崩す。美樹の頭の中で、アダムの恋人が美樹だとバレた場合のバッシングだとか炎上だとか、そんな恐ろしい妄想に苛まれていた。しかし、結婚の二文字については強く否定はしていない。アダムはそれだけで満足だった。
『美樹なら、絶対にそう言ってくれると思った。これからよろしくね。』
「あっ」
己の言葉は、もう後に引けない感じである。欲しいと思った男が、公私ともにとんでもなく上等な男で、しかもそれが己の手元に落ちてきてしまった場合、一般家庭で育った普通の男の対処法としては何が正解なのだろう。
こうして、水瀬美樹は童貞を捨てる旅に出たはずが、逆に処女を捨ててとんでもない男を尻でゲットした。アダムの腕が、シーツにくるまった華奢な体にぐるりと回る。その姿は、龍に巻きつかれたチワワのようであった。
俺、いつ帰ったっけな。薄ぼんやりとした思考のまま、ゆっくりと瞼を開ける。視界いっぱいの白い寝具に埋もれたまま、美樹はしばしの間ぼんやりとした。
耳をすませば、か細くクラシックのようなものが流れている。テレビをつけっぱなしにして寝ていたらしい。モゾモゾと寝具に埋まると、手だけ出してチャンネルを探す。
もふりと手に何かが当たった。毛並みの良いそれを確かめるように撫でる。自分の枕元に、そんな上等な毛皮を纏ったクッションなんて存在しない。美樹はその手をゆっくりと寝具の中に戻すと、胎児のように丸くなった。
きっと、自分はまだ夢を見ているに違いない。そうであってほしい。今日は幸い休みだし、もう一度寝て起きれば、きっといつもの日常が戻ってくるに違いない。そう己に諭して瞼を閉じる。
しかし、その安眠は即座に妨害された。布団の中に、ずぼりと突っ込まれた湿った何かが、ふんふんと美樹の顔を検分するかのように濡れた鼻先を押し付ける。
「…ぅ、」
ベロンと肉厚な舌で顔を舐められて、流石に目が覚めた。恐る恐る寝具から顔を出すと、アーモンド型をした黒目が可愛らしいゴールデンレトリバーが、ハカハカと舌を出して美樹を見つめていた。
「…うちぺっと飼えないんですけど…」
どこのこ、と思いながら、ゆっくりと体を起こす。しかし、どこの子、はあちらのセリフだったようで、ゴールデンレトリバーは軽やかな足取りでベットに乗り上げると、豊かな尾を振り回しながら美樹に飛びついた。
「どゎ、っえぇ、っここ、いたたっ」
「オハヨゴザマス?」
「ふぅえっ」
ベットから転げ落ちた美樹に向けて、つぶらな瞳を向けていたゴールデンが語りかける。わけもなく、その聞き覚えのある独特なイントネーションに己の意識を覚醒させると、美樹はゴールデンレトリバーをしっかりと抱きしめたままびしりと固まった。
『やっぱり、金髪が好き?』
『…ふ、普通…』
ベッドの上から、ひょこりとアダムが顔を出す。朝から見ても眩しいくらいの顔面に思わず表情が顔の中心に集まった。どうやらこのゴールデンレトリバーはアダムのペットらしい。ウォンッとこれまた外国暮らしの犬のように良い声で吠えると、早々に美樹を踏み台にしてアダムの横に侍る。
『おはよう美樹、僕よりも先に床にキスをするつもり?』
『…あ、あだむ。』
『それは、ベイビーのモノマネ?』
辿々しい口調で己の名前を紡いだ。そんな美樹に、アダムは気の抜けたような笑みを向ける。大きな掌を、差し出されるままに握り返す。ぐっ、と力がこもって、美樹の体は軽々と持ち上げられた。
再び尻を落ち着けたベッドの上、己の隣にゴロリと寝転がったゴールデンレトリバーに視線を送る。その黄金色の体毛をそっと撫でると、まるで返事を返すかのように、ふさりと尾が揺れた。
『彼はダイフクだよ。僕の友人さ。』
「お前、大福っていうの…」
『日本のスイーツの名前、美樹も知ってる?僕、あれが好きなんだ。』
『知ってる。豆が入っているのもあるんだよ。…というか、俺、』
にこりと微笑んで、何気ない会話を切り出してくるアダムを前に、美樹はその頬をじんわりと染めた。あのナイトクラブでの出来事を思い出してしまったのだ。
アダムは片眉を上げると、寝具を引っ張り、美樹の体を隠す。どうやら見慣れぬこの場所はアダムが住んでいるところらしい。キョロ、と視線を巡らせれば、寝室だけでも美樹が住んでいる部屋よりも広そうだ。
大きな窓から見えるのは、美樹が童貞を捨てようとした街だ。その景色を一望できるかのような高いビルの一室に、美樹はいる。これは一体どういうことか。思わず呆けたまま硬直していると、見慣れてしまった龍が彫られた逞しい腕が、そっと美樹を抱き寄せる。
長い腕に閉じ込められて、思わず肩が小さく跳ねた。自分は昨日、この腕に抱かれたのだ。心臓を忙しなくさせていれば、己の頬に頬を重ねるかのようにして、アダムがすり寄ってきた。
『俺のものになってって、言ったでしょ。美樹。だから僕は家を教えたんだよ。』
「うぇ、」
『本当は、あんまり教えちゃダメなんだけど。でも、美樹は俺のものだから、特別。』
そういって、チョコレートを溶かしたかのように甘い声で囁いた。訳のわからないまま、美樹が体温を上げる。なんだ、居場所を教えちゃいけないって、一体どういうことだ。ただの語学留学ではなかったのか?こんなブルジョワジーな家に住めるアダムって、一体何者なんだ。やら、そんな思考が目まぐるしく頭の中で巡って、なんだかとっても忙しない。
『ぁ、アダム、って、何者…』
『フリーターだよ。』
『フリーターが住める家じゃなくない…』
『んー、まあ、強いて言えば絵を描いている?』
そっと頬に口付けられたかと思えば、ひょいと立ち上がった。そのまま美樹を寝具に包むようにして抱き上げると、モデルルームのように広いリビングへと連れてこられた。テレビだけで畳ほどはありそうだ。それが、美樹の家の浴槽くらいの大きさのテレビ台にお行儀よく乗っている。そのまま現代アートのような銀色の丸いランプがぶら下がっているスタンドの近くのソファに降ろされると、アダムはパチンとテレビの電源をつけた。
ー話題のアーティスト、エイデン・ロンサムボーイが、初めて日本に上陸しました。
ー外国人アーティストでありながら、日本の浮世絵にインスパイアされた作品で人々を魅了するエイデン・ロンサムボーイは、海外のセレブを中心に熱い視線を浴びております。気まぐれでしか描かない。と公言している通り、彼の作品数はそこまで多くはありません。しかし、現代アートが注目される中、彼は風刺画を中心とした作品でコレクター達を惑わせてきました。
ー彼の目には、世界の景色が一体どのように見えているのでしょうか。巧みな色彩感覚で書き上げられた作品の数々、世界未発表の作品を含めた23点が、日本で凱旋個展を行います。
テレビ画面に映し出された、雄々しいタッチの絵画の数々。それはスパイスの効いた風刺画を中心としたものが多く、最近では美樹の知っている海外アーティストのアルバムジャケットなども手がけている人物であった。
キャップにフード、マスクで顔を隠している事が多く、素性は知れ渡ってはいない。しかし、某国の有名な美術館で個展を開いたり、オークションでセリにかけられたハガキサイズのイラストが一千万を超えていたりと、何かと話題に事欠かない有名な人物だ。
わかっていることは、どうやら顔がいいこと、年齢が若いこと、そして心に決めた人がいるということ。最後の一言はエイデン自らがインタビューに答えたことであり、自分の絵で有名になったら、好きな人を迎えに行くのだと無邪気に宣い、メディア側に公言をしろと進言した。
なぜ素顔を出さないの?そう答えたインタビュアーに、それじゃあサプライズにならないだろう。といって可愛らしく笑った彼の人柄と、そのロマンチックなストーリーに各界が盛り上がり、有名なアーティストでありながら、着飾らないその姿勢に数々の共感を得ている。
「えいでん、ろんさむ…」
『アダムって呼んで、それはペンネームみたいなものだから。』
ちゅ、と可愛らしい音を立てて、頬に口付けを贈られる。美樹は、呆気に取られたように硬直していた。まさか、己の人生において、そんな衝撃的なことが起こるとは微塵も思わなかったのだ。
美樹の指が指し示すテレビ画面には、エイデンのシルエットが写り、メディアと言葉を交わしている様子が映されていた。その声は正しく隣のアダムの声であり、美樹は呆然とした表情のまま、ぎこちなくアダムを振り返った。
行き場を失った美樹の掌を、エイデン・ロンサム、基、アダムの男らしく節張った手が、そっと掬い上げる。その手の甲にリップ音を立てながら口付けると、アダムは柔らかく微笑んだ。
『美樹、君が僕の探し人だ。』
『俺…ぇ?』
『恋愛は、外堀から埋めるタイプなんだ。幸せにするから、今すぐオーストラリアで挙式を上げよう。』
ウォン!ダイフクが、よくやったといわんばかりに元気に吠えた。美樹の中で、その外堀は、きっと下から見たら城壁ほどの高さになっているのではなかろうか。と、そんなことを思った。
美樹は我に帰ってから、元カノにバレたが大丈夫なのかと確認をしたり、自分はパスポートを持っていないから外国には行けないだとか、アダムを必死で取りなしていたのだが、アダムは満面の笑みで心配しなくていい。とだけ宣った。
性癖がバレても、己の恋が実ったのだから問題はない。それに彼女だってエイデン・ロンサムの影響力を知らないわけではない。何より、元カノだといったのは美樹だけであって、エイデンとしてはそういう関係を持った覚えはない。
外国では付き合ってください、とは言わないらしい。お試し期間はあるが、アダムはそういうのも面倒臭がってしてこなかった。経験があるのは否定はしないが、そういった関係は日本に来るときに片付けてきたとのこと。
『美樹、パスポートを作ったら、結婚式をあげよう。イエスって言って。』
『ま、待って、日本人は両親に挨拶をしてからだからっ、す、すぐにはっ』
『オーケー、やっぱり僕が日本語から勉強した方が良さそうだ。すぐに家庭教師を手配するよ。』
『それなら俺が教えるから、あ、アダムは身元がバレるようなことはしないでっ』
思わず、美樹はアダムの手を握りしめ、勢いでそんな事を言ってしまった。
アダムは、小さな手に握りしめられた己の掌と美樹の顔を視線で往復すると、それはもう嬉しそうに愛好を崩す。美樹の頭の中で、アダムの恋人が美樹だとバレた場合のバッシングだとか炎上だとか、そんな恐ろしい妄想に苛まれていた。しかし、結婚の二文字については強く否定はしていない。アダムはそれだけで満足だった。
『美樹なら、絶対にそう言ってくれると思った。これからよろしくね。』
「あっ」
己の言葉は、もう後に引けない感じである。欲しいと思った男が、公私ともにとんでもなく上等な男で、しかもそれが己の手元に落ちてきてしまった場合、一般家庭で育った普通の男の対処法としては何が正解なのだろう。
こうして、水瀬美樹は童貞を捨てる旅に出たはずが、逆に処女を捨ててとんでもない男を尻でゲットした。アダムの腕が、シーツにくるまった華奢な体にぐるりと回る。その姿は、龍に巻きつかれたチワワのようであった。
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