守り人は化け物の腕の中

だいきち

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22 それから

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 ヤンレイは城へと戻っていった。イムジンの負傷を前に、タイランはやりすぎだとドウメキを窘めたが、九魄だけはなぜか小気味いいと宣って肩を持っていた。
 ドウメキだけは九魄の言葉の理由を理解しているようで、不思議そうにするタイランを前にただ、知らない方がいいと思うが。だけを呟いた。
 利き腕を失ったイムジンを担いで帰っていく九魄の羽は、ヤンレイが巫力を与えることで治していた。一回り小さくなった弟の背中を支えるように、時折腰に手を添える九魄を前に、タイランは少しだけむっとしてしまったが。
 
 ひと段落がついても良さそうだろうに、現実はそう甘くはなかった。
 珠幻城に戻るべく、タイランが再び呼び出した喰録はわかりやすく臍を曲げていたのだ。

「タイランは私に謝るべきだ」
 
 喰録は言った。
 呼び出しに応じたと同時に、木でも咥えられそうなほど大きな体で飛びつかれ、タイランは青空を見上げる羽目になった。
 強く頭を打たなかったのは、喰録が服を咥えて止めてくれたからだ。そこで優しさを見せるくらいなら、最初から飛びつくなとも言いたかったが。

「つまりどういうことだ。山主が城主で、城主が山主ということか」
「ややこしい言い方をするな。俺が山主だったという方がわかりやすいだろう」
「おい威張るな反省をしろ。私はつまりお前たちに振り回されていたということか。これは不貞腐れても許される気がするぞ。どうなんだ」
「とりあえず、俺を起こしてくれないか」

 詰め寄るように文句を言いながらも、喰録は渋々タイランを起こしてくれた。見かけによらず優しい妖魔は、今度はドウメキに狙いを定めたらしい。その前足で踏みつけるようにしてドウメキの上半身を押しやる。
 しっかりとそれを受け止めているドウメキもドウメキだ。タイランはどういう体幹をしているんだとギョッとしたが、もう何もいうまい。
 しかし守るためとはいえ、過去も合わせればタイランは二回も喰録を蔑ろにしてしまったようなものだ。両腕を広げるようにして喰録を抱き締めると、己の顔ほどはありそうな大きな目玉がギョロリとタイランを映した。

「お前が死んでしまったら嫌だったんだ。だから、あの時お前を下がらせた」
「私はお前を守るためにいるのだぞ。それに、妖魔はそう簡単には死なない」
「知っている。だけど、お前の羽が千切られるのを見るのは無理だ」

 いたそうな顔をして断言するタイランに、喰録の獣の耳がくすぐったそうに震える。へそを曲げているのは変わらないが、喰録はタイランの腹に額をくっつけるように顔を押し付けると、猫のようにおすわりをした。

「タイランはわがままだ。私を守ると言ったが、私よりも弱いだろう」
「う」
「それに、妖魔の羽は千切られてもまた生える。九魄の羽を見ただろう」
「それは、お前を下がらせた後に知った」
「そんなもの言い訳だ。大体、タイランが先に死んだら、城主が暴走するだろう。もっと視野を広げるべきだ」

 こんこんと諭されるような言葉の数々は、喰録の優しさだ。己の思い至らないところまで、喰録はしっかりと指摘をしてくれる。
 確かに、己が死んでいたらと思うとゾッとする。十四の数を超えてしまう未来は、さすがに身に覚えはない。
 わかりやすく落ち込んだ。そんなタイランに気がついたのか、喰録は慰めるようにキョトリと上目で見つめた。
 突き出た牙に抱く、恐怖はもうない。喰録の丸い頭を優しく撫でると、タイランは言った。

「これからは、お前たちと共に過ごす時間を大切にする」
「ならもっとタイラン自身も大切にしろ」

 不満を表すように、ふすりと鼻を鳴らす。喰録が身じろぐように体を離すと、大きな羽を伸ばす。ボテリと音を立てて、羽の内側から何かが落ちた。

「饅頭の袋じゃないか。お前、律儀に持っていたのか」
「後で食べると言っていた。それに、粗末にしたらいけないのだろう。そういうものは」

 落ちていたのは、焦げた饅頭の袋だった。そういえば食べる約束をしていたのを、今さらに思い出した。喰録は楽しみにしていたらしい。長い尾を揺らして宣う。
 見た目とは正反対な穏やかさに、タイランは吹き出すように笑った。

「なら帰らなきゃな、珠幻城に」
「もう怒っていないぞ。私は出来た妖魔だからな」
「わかったわかった。全く、お前は自己主張がすぎるだろう」
「城主だけには言われたくない言葉だな」

 翼を広げた喰録へと、タイランがひらりと跨った。手伝うつもりだったらしい、少しだけ驚いた表情を見せるドウメキへと手を伸ばすと、しっかりと握り返される。
 力を入れて、引き上げた。ドウメキがタイランの背後へと跨ると、薄い腹を抱えるように腕を回される。
 喰録が、土を蹴るようにして助走する。大きな翼で風を掴むようにして羽ばたくと、タイラン達は飛び立った。

 眼下にポツリと残された岩屋戸へと、ドウメキが視線を向けていた。タイランは猩々緋の袖を引くようにして体をもたれかけると、ドウメキの鼻先がそっと髪に埋まった。
 閉じ込められるように、後ろから抱き込まれる。鼻腔をくすぐるドウメキの纏う香りは、土の焦げた匂いと埃っぽい匂いだ。
 いつもと違う匂いではあったが、それでもタイランの心を落ち着かせるのには十分だった。
 










 あれからもう一週間だ。
 珠幻城の黒い床は日差しを反射して、喰録が欄干のそばで昼寝をする時間が長くなった。
 城の掃除や炊事の一切を取り仕切ると決めたタイランは、ドウメキの宣言通りに揃えられた食材を見て、実に満足そうに頷いた。
 焦げた饅頭が思いのほかいい仕事をしたのだ。
 饅頭を食い、焼き加減によって風味が変わることに興味を抱いたらしい。おかげで調味料から道具の一切まで、タイランの趣味に応えられる種類が用意されたのだ。
 ならば、資金の出所はどこか。それは、ヤンレイによって整えられていた。

「まさか結界の管理費を渡されるとは思わなかった」
「貨幣は交換すると増えるだろう。やはり砂金に限る」
「限らない。お前はもう少し現代に沿った考え方をしろ」

 山主は死んだ。ではなく、使役したことによって、魏界山の結界を自在に操れるようになったと報告をしたらしい。
 ヤンレイが何を思って国にそう告げたのかはわからないが、嘉稜国にとって不利になる話ではない。戦が起これば、ドウメキの結界の力で地域ごとの強化も可能だ。前代未聞の移動式巨大結界が山主の正体だと告げ、国家予算の一部を結界の管理費として捻出したという。
 ドウメキの体は、十四つの魂によって放たれた。体に溜め込んだ呪いが転じて神通力を宿したドウメキは、妖魔と括るにはあまりにも力が大きすぎると、祟り神認定をされたようだ。
 山主がいれば、他国に攻められることも少ない、無駄に多い軍事費から賄っただけのこととヤンレイは言っていたが、九魄が言うにはヤンレイにとっても悪くない話が舞い込んだのだとか。

 ヤンレイの兄であるタイランが山主を使役したことで、ヤンレイの名もまた上がった。
 タイランが守城を務めないことも一因だったようで、何か有事が起きた際は、ヤンレイを通さなければタイランに結界を動かすことも頼めない。
 そのことに気がついた国が、ヤンレイの地位を大きく上げたそうだ。
 今や将軍との関係も切ったらしい。以前より多忙を極めるようになったそうなのだが、今の方がとっつきやすくなったと九魄が言っていた。
 少しずつ、いい方へと向かっているような気がする。タイランは鍋をかき混ぜながら、そんなことを思う。
 後の問題は、タイラン自身のことだけだ。

「ぁち、っ」
「火傷か?」
「だ、大丈夫だ、冷やせば問題ない」

 思考を飛ばしすぎた。不注意で鍋のふちに触れてしまったタイランの手首を、ドウメキの大きな手のひらが包み込む。桶に溜めた水に手を入れられると、赤くなった皮膚を労るように、水を撫でつけられる。
 ドウメキの親指が己の手首に触れているだけで、脈がばれてしまうのではないかとヒヤヒヤした。
 長い時を経てようやく互いを好き合うことが許された今、恋人のような触れ合いはしていなかった。
 前の方が、それらしいことをしていたはずなのに、そういう接触はぴたりと止まってしまったのだ。
 原因はわかっている。多分、タイラン自身のせいだ。

「……あまり身を固くされると、どうしていいかわからん」
「す、まん……」
「いい……ただ、意識してくれているのだと言うことは伝わる」

 ドウメキが、苦笑いを浮かべる気配がする。元の力を取り戻したドウメキはなんというか、タイランよりも随分と大人だったのだなと理解させられるような振る舞いをするようになったのだ。
 無論、まだ無邪気な部分も残っている。しかし、大人の余裕とでも言うのだろうか。要所要所で繊細な心配りをされると、なんだかむず痒くなってしまう。
 大切にされている。そう、わかってしまうのだ。もっと雑に扱ってくれても構わないと言ったこともあったが、今の時間が嬉しいんだと言われて自滅した。
 己の耳がこんなにも正直に赤くなると言うことも、ここ数日で知った。




「だからって、なんで私に相談するんだ」
「だって、それは……、お前が一番理性的だろう……」

 ドウメキによって火傷を治され、今日は火を使うなとお役御免を言い渡されたタイランは、上衣下裳じょういかしょう旗袍チーパオを身に纏っていた。
 麻でできた部屋着がわりのそれで、喰録にもたれかかる。タイランを囲むようにして丸くなる喰録の羽毛は、陽の光も吸収してポカポカと温かい。

「城主には、神通力があるからな。タイランは気をつけろよ」
「……それは、心を読むとかそう言うやつか」
「違う。城主の……山主と言った方がいいのかな」
「今それはどちらでもいい。なんだ、俺は何に気をつければいい。もったいぶらずに教えてくれ!」
「私の体の上ではしゃぐな! 翼の付け根に響くだろう!」

 ぐへぇと情けない声を上げるように、タイランによって喰録が転がされる。毛艶の良い腹を真上にした状態で、タイランがのしかかる。単なる戯れではあったが、大きな獣を好きにしているようで、なんだか楽しくもなってきた。
 喰録の逆立つ胸元の毛に顔を埋める。お日様の匂いがするそこを堪能していれば、ブワリと喰録の毛並みが膨れ上がった。

「ぅわ、っな、なんだっ」
「まずい。今すぐそこから降りろタイラン」
「は?」
「後ろを向けば全ての答えがわかるだろう」
「うしろ……?」

 どことなくこわばった喰録の口ぶりに、タイランはきょとんとした顔をする。むくりと起き上がり、喰録の腰に跨るような形になった途端、両脇に無骨な手が差し込まれた。

「ヒィっ」
「そいつは雄だ」
「やめ、脇は弱いんだ!」
「頼むから静かに昼寝をさせてくれ……」

 げんなりとした喰録の上からどかされる。脇の下に手を入れて持ち上げてきたのはドウメキである。タイランは、全身に走る怖気に身を悶えさせるように、早く降ろせと抗議した。
 持ち上げられると、床に足がつかないのだ。まるで親猫に咥えられる子猫の気分である。ドウメキによってようやく解放されると、タイランは両腕を摩擦するようにして不快感を拭いとる。

「タイラン」
「な、なんだ……」
「話がある、こい」
「わ、ちょ……っ」

 微笑みながら、しっかりとこめかみに血管を浮かばせる。そんな器用さを見せるドウメキに手を引かれるままに、タイランは大広間から連れ出された。
 いつもなら足並みを合わせて歩いてくれるドウメキが、まるで余裕のなさを表すようにして足早に歩く。
 待てをいうまもなく、タイランを抱え上げて階段を降りるドウメキに、なすすべはない。

(こいつ、なんでこんなに虫のいどころが悪いのだ)
 
 無言で連れられてしまえば、流石のタイランもむすりとしてしまう。運ばれたのは自室だ。片腕でタイランを抱えたまま扉を開けるという、己にもない腕力も見せつけられてしまえば、閉口する他はない。
 運ばれた時よりも、丁寧な手つきで寝台の上に下ろされた。一体何が始まるのだと身構えるタイランの前にしゃがみこんだドウメキは、ヘナヘナとタイランの膝に顔を埋めてしまった。


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